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第十三章 朝顔の種編
第265話 力不足
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◇
「おっ! 無事に脱出できたかい旦那方っ!」
菌床と化した屋敷から出たモーズ達を出迎えてくれたは、庭園でパラチオンを座らせ、休ませていた燐であった。
「待っている間に通信機器が復活したみたいでねぇっ! 車が壊されたって話だから、感染病棟に迎えを頼んどいたよっ! 30分もありゃあ着くってさぁ!」
「そうか……。しかし屋敷の前までは、来られないだろう……」
青洲はそう言いながら、顔を上げる。
豪邸と呼べる立派な日本家屋の屋根が、無数の菌糸によって突き破られている。そして敷地内で逃げ惑う信徒……“養分”の存在に気付くと、幾十もの“手”を伸ばし対象を掴み引き上げ、菌糸の中へと取り込んでしまった。
甲高い悲鳴が、辺りに響き渡る。
これだけ派手な被害が出ていれば、既にトップニュースとして大々的に報道されている事だろう。
幸い、警察は避難誘導に人員を割かれてか屋敷の敷地に姿はない(※実際はアトロピンが毒霧を散布した結果、毒ガスが発生していると受け取られ突入に慎重になっているのだが、それを青洲が知る事はなかった)。道路は規制され一般車両は通れないだろうが、青洲達の行方を阻む者はいない。
「離れるのならば、今の内か……」
「しかし青洲さん。この菌床は学会で出没した《植物型》と同系統と予想できる菌床です。警察は勿論、国連軍でさえ対応できるかどうか」
「そうは言うが、モーズ……。〈根〉の位置は、地下なのだろう……? 幾ら表面を攻めようと、深部には、届かない……。例えウミヘビの手、でも。処分をするとしても、《植物型》に近いというのなら、除草の毒素を宿す……相性のいいウミヘビを呼ばなくては……」
「転移装置……は、車ごと燃やされてしまいましたね。そうなると、国連軍の所持する転移装置を借りるのが堅実か……」
もしかしたら、国連軍は既にラボへ処分要請を出しているかもしれない。
その辺りの事はもうじき現場にやってくるだろう、国連軍の指揮官と話さなくてはわからないが、どちらにせよモーズ達が扱える転移装置がない以上、どこかで連携を取って対処するのが最適解に思えた。
「青洲さん。国連軍が到着するまでの時間稼ぎをさせてください。私はこれ以上、被害を広げたくない。《暁の悲劇》を、繰り返したくない」
日本家屋を真っ赤に染め上げた菌床は着実にその範囲を広め、庭にも侵蝕し始めている。
このままではやがて街全体に、菌糸が張り巡る事になるだろう。
アメリカで発生した超規模菌床のように。
「これは私の我儘です。例え貴方が承諾しなくとも、私はここに留ま……」
「ふっ、ふふふふ……」
「せ、青洲さん?」
マスク越しに口元を手で覆い、肩を震わせ笑う青洲。
誰がどう見ても笑っている場合ではないというのに、とモーズが戸惑っていると、ひとしきり笑った青洲は視線を真っ直ぐ菌床へ向け、
「小生が、出よう」
一歩前へ踏み出した。
「燐、ニコチン。戦えるか……?」
「アッシはいつでもイケるよぅっ!」
「俺も別に」
燐とニコチンは負傷も中毒もなく、いつでも戦闘に入れる。
ならば勝機はある。青洲はそう判断した。
「中毒症状に陥りかけたというパラチオンは、モーズ達の護衛でも……」
「おい、俺様を戦力外扱いにするつもりか……!」
戦闘員だというのに名前を呼ばれなかったパラチオンが、苛立ちを露わにしつつ立ち上がる。
アトロピンの解毒処置の甲斐あってか、もう動けるようだ。
「ふむ……。確かに、毒素を吐き出した方がいいかも、しれないな。お前も来るといい、パラチオン」
「言われずとも!」
「幸い、お前達は銃型の抽射器を扱うウミヘビ……。混戦の心配は、ない。街への被害を抑える為、まずは表に出ている菌糸を……片してくれ。後は、誤射にだけ気を付け、好きに撃つといい……」
「ガッテンだ! 射的の続きができるねぇ、続き! さぁさ! 誰が一番当てられるか競争しようじゃあないかっ!!」
「俺様が負けるとでも……!?」
「競争だぁ? ケッ、勝手にやってろ」
作戦という作戦もなく、青洲はウミヘビ達に自由に戦わせる事とした。ソロでの戦闘を推奨され、連携を学ぶ機会が少ないウミヘビだが、ここにいる彼等の得物は銃。狙いさえ誤らなければ自滅する心配はない。
戦闘許可が出るや否や、3人は屋根の上へ一っ飛びで飛び移ると、三者三様で銃を構え、夜空へ伸びる菌糸の束に向け一斉に射撃を始める。
ドン! ドン! ドン!
大きな発砲音と共に銃弾が撃ち込まれた菌糸の束には穴が空き、赤黒く変色し、死滅していく。すると〈根〉は菌糸が束のまま固まっていると一網打尽にされると判断したのか、切れ込みでも入れたかのように縦に裂け、菌糸の先端に生える“手”を更に増やし四方へ伸ばし始めた。
守りを固めるのならば屋敷の中に引っ込む方が有効だろうに、敢えて外へ“手”を伸ばしている。増殖と生存の本能に反する、不可解な動きだ。
(モーズを、探しているのか……?)
ステージ6やペガサス教団が求めているというモーズ。
手当たり次第“手”を伸ばす菌糸は、ニコチン達が片端から撃ち落としてくれているが、撃ち落とす速さよりも増殖スピードの方が優っていて、捌き切れていない。
いずれ自分達の方にも“手”を伸ばしてくるだろうと予想した青洲は、後ろに立つモーズへ顔を向けた。
「モーズ。お前はアセトアルデヒドと共に、下がっているように……。処分の邪魔と、なる」
「えっ。いえ、私だけ何もしない訳には……っ!」
「足手纏い。とでも、言えばいいか……?」
青洲の鋭い指摘に、モーズはぎくりと肩を強張らせる。
(……アイギスを分離できるようになったとはいえ、菌床処分をこなせる力は身に付いていない。それに私は先程、油断から信徒に捕えられるという失態を犯している。またヘマをやらかすのではないかと判断されるのは、当たり前だ)
気持ちだけではどうしようもない。モーズは悔しさから拳をキツく握りしめた。
「……力不足で、すみません」
「謝罪など、不要。本来クスシは、ウミヘビを見守るのが、仕事だ……。菌床処分では、ない」
青洲なりに、気を遣った言葉を投げかけてくれているのはわかる。
それが余計に、不甲斐なさを痛感してしまう。
「アトロピンも、彼等と離れた場所で……いつでも、補助に回れるよう、待機を……」
「……っ! 青洲先生、それでは貴方が一人になってしまいます!」
菌床が前列のないイレギュラーな変異をしているというのに、一人でいては対処の手段が限られ危険である。
せめて何かあった際に逃げ出せるよう自分が側にと、アトロピンはその指示に反対しようとした。
「行ってくれ。これは命令、だ」
だが命じられてしまっては、従う他ない。アトロピンはウミヘビで、青洲はクスシなのだから。
アトロピンは唇を噛み締め、押し黙った。
「じゃあ、行こっかぁ」
険しい表情を浮かべているアトロピンの浴衣の裾を引っ張り、アセトアルデヒドが移動を促す。
尤も敷地の外に沢山いるだろう警察に捕まると厄介なので、モーズ達は塀の近くに建てられた蔵の陰に身を隠す事とした。
だがアトロピンは「有事の際はいつでも解毒剤を撃てるように」とモーズに申し出て、一人狙撃銃を片手に蔵の上に立ち、屋敷と蠢く赤い“手”を、じっと見詰めていた。
「おっ! 無事に脱出できたかい旦那方っ!」
菌床と化した屋敷から出たモーズ達を出迎えてくれたは、庭園でパラチオンを座らせ、休ませていた燐であった。
「待っている間に通信機器が復活したみたいでねぇっ! 車が壊されたって話だから、感染病棟に迎えを頼んどいたよっ! 30分もありゃあ着くってさぁ!」
「そうか……。しかし屋敷の前までは、来られないだろう……」
青洲はそう言いながら、顔を上げる。
豪邸と呼べる立派な日本家屋の屋根が、無数の菌糸によって突き破られている。そして敷地内で逃げ惑う信徒……“養分”の存在に気付くと、幾十もの“手”を伸ばし対象を掴み引き上げ、菌糸の中へと取り込んでしまった。
甲高い悲鳴が、辺りに響き渡る。
これだけ派手な被害が出ていれば、既にトップニュースとして大々的に報道されている事だろう。
幸い、警察は避難誘導に人員を割かれてか屋敷の敷地に姿はない(※実際はアトロピンが毒霧を散布した結果、毒ガスが発生していると受け取られ突入に慎重になっているのだが、それを青洲が知る事はなかった)。道路は規制され一般車両は通れないだろうが、青洲達の行方を阻む者はいない。
「離れるのならば、今の内か……」
「しかし青洲さん。この菌床は学会で出没した《植物型》と同系統と予想できる菌床です。警察は勿論、国連軍でさえ対応できるかどうか」
「そうは言うが、モーズ……。〈根〉の位置は、地下なのだろう……? 幾ら表面を攻めようと、深部には、届かない……。例えウミヘビの手、でも。処分をするとしても、《植物型》に近いというのなら、除草の毒素を宿す……相性のいいウミヘビを呼ばなくては……」
「転移装置……は、車ごと燃やされてしまいましたね。そうなると、国連軍の所持する転移装置を借りるのが堅実か……」
もしかしたら、国連軍は既にラボへ処分要請を出しているかもしれない。
その辺りの事はもうじき現場にやってくるだろう、国連軍の指揮官と話さなくてはわからないが、どちらにせよモーズ達が扱える転移装置がない以上、どこかで連携を取って対処するのが最適解に思えた。
「青洲さん。国連軍が到着するまでの時間稼ぎをさせてください。私はこれ以上、被害を広げたくない。《暁の悲劇》を、繰り返したくない」
日本家屋を真っ赤に染め上げた菌床は着実にその範囲を広め、庭にも侵蝕し始めている。
このままではやがて街全体に、菌糸が張り巡る事になるだろう。
アメリカで発生した超規模菌床のように。
「これは私の我儘です。例え貴方が承諾しなくとも、私はここに留ま……」
「ふっ、ふふふふ……」
「せ、青洲さん?」
マスク越しに口元を手で覆い、肩を震わせ笑う青洲。
誰がどう見ても笑っている場合ではないというのに、とモーズが戸惑っていると、ひとしきり笑った青洲は視線を真っ直ぐ菌床へ向け、
「小生が、出よう」
一歩前へ踏み出した。
「燐、ニコチン。戦えるか……?」
「アッシはいつでもイケるよぅっ!」
「俺も別に」
燐とニコチンは負傷も中毒もなく、いつでも戦闘に入れる。
ならば勝機はある。青洲はそう判断した。
「中毒症状に陥りかけたというパラチオンは、モーズ達の護衛でも……」
「おい、俺様を戦力外扱いにするつもりか……!」
戦闘員だというのに名前を呼ばれなかったパラチオンが、苛立ちを露わにしつつ立ち上がる。
アトロピンの解毒処置の甲斐あってか、もう動けるようだ。
「ふむ……。確かに、毒素を吐き出した方がいいかも、しれないな。お前も来るといい、パラチオン」
「言われずとも!」
「幸い、お前達は銃型の抽射器を扱うウミヘビ……。混戦の心配は、ない。街への被害を抑える為、まずは表に出ている菌糸を……片してくれ。後は、誤射にだけ気を付け、好きに撃つといい……」
「ガッテンだ! 射的の続きができるねぇ、続き! さぁさ! 誰が一番当てられるか競争しようじゃあないかっ!!」
「俺様が負けるとでも……!?」
「競争だぁ? ケッ、勝手にやってろ」
作戦という作戦もなく、青洲はウミヘビ達に自由に戦わせる事とした。ソロでの戦闘を推奨され、連携を学ぶ機会が少ないウミヘビだが、ここにいる彼等の得物は銃。狙いさえ誤らなければ自滅する心配はない。
戦闘許可が出るや否や、3人は屋根の上へ一っ飛びで飛び移ると、三者三様で銃を構え、夜空へ伸びる菌糸の束に向け一斉に射撃を始める。
ドン! ドン! ドン!
大きな発砲音と共に銃弾が撃ち込まれた菌糸の束には穴が空き、赤黒く変色し、死滅していく。すると〈根〉は菌糸が束のまま固まっていると一網打尽にされると判断したのか、切れ込みでも入れたかのように縦に裂け、菌糸の先端に生える“手”を更に増やし四方へ伸ばし始めた。
守りを固めるのならば屋敷の中に引っ込む方が有効だろうに、敢えて外へ“手”を伸ばしている。増殖と生存の本能に反する、不可解な動きだ。
(モーズを、探しているのか……?)
ステージ6やペガサス教団が求めているというモーズ。
手当たり次第“手”を伸ばす菌糸は、ニコチン達が片端から撃ち落としてくれているが、撃ち落とす速さよりも増殖スピードの方が優っていて、捌き切れていない。
いずれ自分達の方にも“手”を伸ばしてくるだろうと予想した青洲は、後ろに立つモーズへ顔を向けた。
「モーズ。お前はアセトアルデヒドと共に、下がっているように……。処分の邪魔と、なる」
「えっ。いえ、私だけ何もしない訳には……っ!」
「足手纏い。とでも、言えばいいか……?」
青洲の鋭い指摘に、モーズはぎくりと肩を強張らせる。
(……アイギスを分離できるようになったとはいえ、菌床処分をこなせる力は身に付いていない。それに私は先程、油断から信徒に捕えられるという失態を犯している。またヘマをやらかすのではないかと判断されるのは、当たり前だ)
気持ちだけではどうしようもない。モーズは悔しさから拳をキツく握りしめた。
「……力不足で、すみません」
「謝罪など、不要。本来クスシは、ウミヘビを見守るのが、仕事だ……。菌床処分では、ない」
青洲なりに、気を遣った言葉を投げかけてくれているのはわかる。
それが余計に、不甲斐なさを痛感してしまう。
「アトロピンも、彼等と離れた場所で……いつでも、補助に回れるよう、待機を……」
「……っ! 青洲先生、それでは貴方が一人になってしまいます!」
菌床が前列のないイレギュラーな変異をしているというのに、一人でいては対処の手段が限られ危険である。
せめて何かあった際に逃げ出せるよう自分が側にと、アトロピンはその指示に反対しようとした。
「行ってくれ。これは命令、だ」
だが命じられてしまっては、従う他ない。アトロピンはウミヘビで、青洲はクスシなのだから。
アトロピンは唇を噛み締め、押し黙った。
「じゃあ、行こっかぁ」
険しい表情を浮かべているアトロピンの浴衣の裾を引っ張り、アセトアルデヒドが移動を促す。
尤も敷地の外に沢山いるだろう警察に捕まると厄介なので、モーズ達は塀の近くに建てられた蔵の陰に身を隠す事とした。
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