毒素擬人化小説『ウミヘビのスープ』 〜十の賢者と百の猛毒が、寄生菌バイオハザード鎮圧を目指すSFファンタジー〜 

天海二色

文字の大きさ
286 / 600
第十三章 朝顔の種編

第279話 鎮静剤

しおりを挟む
「ごっ、御母堂! 御母堂!」
「静かになさい。いくら呼びかけても聞こえていないわ」

 室内をあてもなく彷徨う母上の姿を見て、朝顔は必死に呼びかけるが、その声は届いていないようだった。

「ねぇ、この家に他に人間はいるのかしら?」
「もう2人暮らしておりますが……。奥方は買い物に、青洲先生は大学におります」
「そう。つまり居ないのね。それじゃ気兼ねなく使えるわ」

 そこで水銀は座敷から立ち上がり、右手を掲げたかと思えば銀色の液体金属を手の平から生成した。
 最初は手の平サイズの球体として現れたそれは、瞬く間に形を変え細剣へ変貌する。

「お、お待ちください! 何を……!」
「処分よ」

 その液体金属で生成した細剣の矛先を、母上に向ける水銀。

「生物災害が起きたのだもの。鎮めるのよ」
「ま、待ってください! どうか、どうか待って!」
「待って、どうするの? このまま放置して、あの感染者が貴方のいい人を殺す所を見る?」
「そ、それは……っ」

 朝顔は言葉を詰まらせる。放っておいた所で、母上はもう人に害をなす存在にしかなり得ない。何なら帰宅した青洲と加恵を真っ先に襲うだろう。
 そんな事、彼女させられない。
 しかしこのままただ見殺しにするのも、朝顔にはとても出来なかった。

『ア、ア、ァアア……』

 母上は意味をなさない鳴き声を発するばかりで、まるで獣のようだ。
 世界ニュースで連日報道されている、末期患者の言動そのもの。ここから更に症状が進行すると身体よりも大きな硬質な菌糸が生えて、辺りを破壊し尽くす異形と化してしまう。

「まだ人の形を保っている内に、眠らせてあげた方がいいんじゃないかしら?」

 正しい。水銀の言うことはどこまでも正しい。
 だが朝顔の感情は、その正しさを拒絶した。
 故に水銀の細剣が母上の身体を貫く前に、朝顔は必死に母上の元へ走り彼女の細身を抱き締める。
 そして、己の毒素を持ってして……鎮静した。

「ちょっと、いきなり前に出るだなんて危ないわね」

 幸い、水銀の優れた反射神経により、彼の細剣は朝顔と母上を貫く前に止められた。
 母上は無傷だ。そして朝顔の毒素『アトロピン』の鎮静効果によって、眠る事ができている。
 一時凌ぎだとしても、とっさの行動が成功した事に朝顔は肩を震わせた。

「ふぅん。効くのねぇ、鎮静剤。新しい発見だわ。に報告しなくっちゃ」

 細剣を持ったまま、しかし構えることはなく、水銀は朝顔の腕の中で眠る母上を興味深そうに観察している。

「けど、いつまでも眠らせられないでしょう? どっちにしろ、中毒になるわよ」
「……わかって、おります。ただもう少しだけ、このままに……」
「もう少しって、いつまでかしら」
「今夜」

 朝顔は紫色の瞳からぽろぽろと涙を流しながら、そう言った。

「青洲先生と加恵殿にお別れの挨拶を、させてあげたいのです」

 ◇

「母上……っ!」
「お義母かあさん……!」

 帰宅した青洲と加恵の前には、座敷の上に静かに横たわる、もう目覚める事はないと告げられた母上の姿。
 鎮静剤によって一時的に眠っているが、次に目覚めたら生物災害として処分される。別れを終えたら速やかに安楽死をさせる為、専用の施設に搬送するように、と行政に伝えられた体で、朝顔はその場を取り繕った。

「そんな、今朝はお喋りできるぐらい、元気だったのに……っ」
「母上、母上……っ! あぁ、畜生……っ!」

 悲しみと悔しさに包まれる中、朝顔は一人裏口から外に出ると、そこで待っていてくれた水銀と合流をする。

「……半刻もあれば、心の整理が付くと思われます。その後はどうぞ、ご随意に」
「そう。別にこっちは急いでいないから、いいのだけれど」

 水銀は両腕を組んで淡々と言う。
 彼は朝顔の頼みで、母上の安楽死を請け負ってくれている。朝顔にも青洲にも、出来ないからだ。

「そういえば、という方が未だ到着していないようですが」
「それがねぇ。何だか研究所の後始末に手こずっているみたいで、今日は来られないみたい」
「左様ですか」
「まぁ近日中には来るでしょう。違法薬物の件はその時に話しましょうか」
「……御母堂が亡くなったのです。対応できるか、わかりません」
「対応してくれるわよ」

 水銀は何故かわかりきった事のように断言をした。

「早くしないと、あの小さなお嬢さんの方もなるのよ? 休んでいる暇なんてないって事、貴方のいい人は理解しているでしょう」
「そう、ですね。あのお方は、そういうお人です」

 朝顔は目を伏せ、疲れた表情を浮かべる。

「何を沈んでいるのかしら。貴方ついさっき、凄い発見をしたのよ?」
「はぁ、何がでしょう?」
「鎮静剤よ、鎮静剤。効いた所を見るのはこれが初めて。今後、大きな影響を及ぼすわ」
「影響、と言いましても、わたくしはあくまで先延ばしをしただけでして……」
「でも本格的に災害化する前に鎮静ができるのなら、『』が施せる」

 そう言って、水銀は勝気な笑みを見せてくれた。

「前から検討はしていたけど、正気のままの感染者全員をコールドスリープにするのは現実味がなくって、どうしようか議論されていたのよ。けど正気を失った感染者に限定すれば対象を減らせるし、不満も出にくい。に報告すれば褒めてくれるかしら? 褒めてくれるわよね? えぇ、きっと褒めてくれるわ! うふふ、楽しみねぇ」
「そうですか」

 上機嫌に語る水銀の姿を、朝顔は他人事のように眺める。
 確かに正気を失っても処分を先送りにできる術があるのは喜ばしい。
 その対象に、母上も入って欲しかった。その無念さが、朝顔の胸中を蝕む。

 後日。
 約束通り水銀の話していたは青洲の元へ訪れ、違法薬物を合法に昇華する為の話し合いを重ねた。
 話し合いを終えた青洲曰く、は非常に聡明で、自分など足元に及ばない程の才覚を持っていた。よって今までの研究の成果を全て明け渡し、症状抑制剤及び治療薬の完成を彼に託したと言う。

 そのこそ、後にオフィウクス・ラボの所長として君臨する男であり、朝顔ことアトロピンや水銀を含む全ての人造人間ホムンクルス、いや《ウミヘビ》の父と言えるレシピ創造者であった。
 彼は青洲に言った。

 ――近々、『珊瑚』を撲滅する研究所を作る。そこに君も来て欲しい――

 魅力的な誘いではあったが、関係者以外の立ち入りを厳重に制限される規約も設けるらしいその研究所では、加恵の側にいられない。
 青洲はその旨を話し、丁重に断りを入れた。
 その際、朝顔の正体も聞いた青洲であったが、彼が望む限り共に居たいと伝えてみたところ、快諾。何かあった時用にと連絡先だけ寄越し、朝顔の滞在に口出しする事なく帰っていった。

 その年の内に、彼が開発したワクチンと完成させた症状抑制剤が世界へ普及。
 年末には感染爆発パンデミックの出口が見えてきた。
 翌年となる西暦2302年には感染病棟が日本に設立。更に翌年の西暦2303年。無事に医大を卒業し、医師免許を取得した青洲はそこへ配属される運びとなり、珊瑚症の症状が進行してきた加恵の入院も約束させた。
 そうして青州達は、住居を富士の麓へ移す事になったのだ。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

女神の白刃

玉椿 沢
ファンタジー
 どこかの世界の、いつかの時代。  その世界の戦争は、ある遺跡群から出現した剣により、大きく姿を変えた。  女の身体を鞘とする剣は、魔力を収束、発振する兵器。  剣は瞬く間に戦を大戦へ進歩させた。数々の大戦を経た世界は、権威を西の皇帝が、権力を東の大帝が握る世になり、終息した。  大戦より数年後、まだ治まったとはいえない世界で、未だ剣士は剣を求め、奪い合っていた。  魔物が出ようと、町も村も知った事かと剣を求める愚かな世界で、赤茶けた大地を畑や町に、煤けた顔を笑顔に変えたいという脳天気な一団が現れる。  *表紙絵は五月七日ヤマネコさん(@yamanekolynx_2)の作品です*

忘却の艦隊

KeyBow
SF
新設された超弩級砲艦を旗艦とし新造艦と老朽艦の入れ替え任務に就いていたが、駐留基地に入るには数が多く、月の1つにて物資と人員の入れ替えを行っていた。 大型輸送艦は工作艦を兼ねた。 総勢250艦の航宙艦は退役艦が110艦、入れ替え用が同数。 残り30艦は増強に伴い新規配備される艦だった。 輸送任務の最先任士官は大佐。 新造砲艦の設計にも関わり、旗艦の引き渡しのついでに他の艦の指揮も執り行っていた。 本来艦隊の指揮は少将以上だが、輸送任務の為、設計に関わった大佐が任命された。    他に星系防衛の指揮官として少将と、退役間近の大将とその副官や副長が視察の為便乗していた。 公安に近い監査だった。 しかし、この2名とその側近はこの艦隊及び駐留艦隊の指揮系統から外れている。 そんな人員の載せ替えが半分ほど行われた時に中緊急警報が鳴り、ライナン星系第3惑星より緊急の救援要請が入る。 機転を利かせ砲艦で敵の大半を仕留めるも、苦し紛れに敵は主系列星を人口ブラックホールにしてしまった。 完全にブラックホールに成長し、その重力から逃れられないようになるまで数分しか猶予が無かった。 意図しない戦闘の影響から士気はだだ下がり。そのブラックホールから逃れる為、禁止されている重力ジャンプを敢行する。 恒星から近い距離では禁止されているし、システム的にも不可だった。 なんとか制限内に解除し、重力ジャンプを敢行した。 しかし、禁止されているその理由通りの状況に陥った。 艦隊ごとセットした座標からズレ、恒星から数光年離れた所にジャンプし【ワープのような架空の移動方法】、再び重力ジャンプ可能な所まで移動するのに33年程掛かる。 そんな中忘れ去られた艦隊が33年の月日の後、本星へと帰還を目指す。 果たして彼らは帰還できるのか? 帰還出来たとして彼らに待ち受ける運命は?

織田信長 -尾州払暁-

藪から犬
歴史・時代
織田信長は、戦国の世における天下統一の先駆者として一般に強くイメージされますが、当然ながら、生まれついてそうであるわけはありません。 守護代・織田大和守家の家来(傍流)である弾正忠家の家督を継承してから、およそ14年間を尾張(現・愛知県西部)の平定に費やしています。そして、そのほとんどが一族間での骨肉の争いであり、一歩踏み外せば死に直結するような、四面楚歌の道のりでした。 織田信長という人間を考えるとき、この彼の青春時代というのは非常に色濃く映ります。 そこで、本作では、天文16年(1547年)~永禄3年(1560年)までの13年間の織田信長の足跡を小説としてじっくりとなぞってみようと思いたった次第です。 毎週の月曜日00:00に次話公開を目指しています。 スローペースの拙稿ではありますが、お付き合いいただければ嬉しいです。 (2022.04.04) ※信長公記を下地としていますが諸出来事の年次比定を含め随所に著者の創作および定説ではない解釈等がありますのでご承知置きください。 ※アルファポリスの仕様上、「HOTランキング用ジャンル選択」欄を「男性向け」に設定していますが、区別する意図はとくにありません。

ネクスト・ステージ~チートなニートが迷宮探索。スキル【ドロップ★5】は、武器防具が装備不可!?

武蔵野純平
ファンタジー
現代ファンタジー(ローファンタジー)です。ニート主人公のスキルは【ドロップ★5】――ドロップ確率が大幅上昇し、ドロップアイテムの品質も大幅上昇するチートスキルだった。だが、剣や盾などの装備品が装備出来ない欠陥があり、攻撃力、防御力に問題を残す。 ダンジョン探索をする為に冒険者となりパーティーメンバーを募集するが、なぜか【ワケあり】女性ばかり集まってくる。

初恋♡リベンジャーズ

遊馬友仁
青春
【第五部開始】  高校一年生の春休み直前、クラスメートの紅野アザミに告白し、華々しい玉砕を遂げた黒田竜司は、憂鬱な気持ちのまま、新学期を迎えていた。そんな竜司のクラスに、SNSなどでカリスマ的人気を誇る白草四葉が転入してきた。  眉目秀麗、容姿端麗、美の化身を具現化したような四葉は、性格も明るく、休み時間のたびに、竜司と親友の壮馬に気さくに話しかけてくるのだが――――――。  転入早々、竜司に絡みだす、彼女の真の目的とは!?  ◯ンスタグラム、ユ◯チューブ、◯イッターなどを駆使して繰り広げられる、SNS世代の新感覚復讐系ラブコメディ、ここに開幕!  第二部からは、さらに登場人物たちも増え、コメディ要素が多めとなります(予定)

 神典日月神示 真実の物語

蔵屋
歴史・時代
 私は二人の方々の神憑りについて、今から25年前にその真実を知りました。 この方たちのお名前は 大本開祖•出口なお(でぐちなお)、 神典研究家で画家でもあった岡本天明(おかもとてんめい)です。  この日月神示(ひつきしんじ)または日尽神示(ひつくしんじ)は、神典研究家で画家でもあった岡本天明(おかもとてんめい)に「国常立尊(国之常立神)という高級神霊からの神示を自動書記によって記述したとされる書物のことです。  昭和19年から27年(昭和23・26年も無し)に一連の神示が降り、6年後の昭和33、34年に補巻とする1巻、さらに2年後に8巻の神示が降りたとされています。 その書物を纏めた書類です。  この書類は神国日本の未来の預言書なのだ。 私はこの日月神示(ひつきしんじ)に出会い、研究し始めてもう25年になります。  日月神示が降ろされた場所は麻賀多神社(まかたじんじゃ)です。日月神示の最初の第一帖と第二帖は第二次世界大戦中の昭和19年6月10日に、この神社の社務所で岡本天明が神憑りに合い自動書記さされたのです。 殆どが漢数字、独特の記号、若干のかな文字が混じった文体で構成され、抽象的な絵のみで書記されている「巻」もあります。 本巻38巻と補巻1巻の計39巻が既に発表されているが、他にも、神霊より発表を禁じられている「巻」が13巻あり、天明はこの未発表のものについて昭和36年に「或る時期が来れば発表を許されるものか、許されないのか、現在の所では不明であります」と語っています。 日月神示は、その難解さから、書記した天明自身も当初は、ほとんど読むことが出来なかったが、仲間の神典研究家や霊能者達の協力などで少しずつ解読が進み、天明亡き後も妻である岡本三典(1917年〈大正6年〉11月9日 ~2009年〈平成21年〉6月23日)の努力により、現在では一部を除きかなりの部分が解読されたと言われているます。しかし、一方では神示の中に「この筆示は8通りに読めるのであるぞ」と書かれていることもあり、解読法の一つに成功したという認識が関係者の間では一般的です。 そのために、仮訳という副題を添えての発表もありました。 なお、原文を解読して漢字仮名交じり文に書き直されたものは、特に「ひふみ神示」または「一二三神示」と呼ばれています。 縄文人の祝詞に「ひふみ祝詞(のりと)」という祝詞の歌があります。 日月神示はその登場以来、関係者や一部専門家を除きほとんど知られていなかったが、1990年代の初め頃より神典研究家で翻訳家の中矢伸一の著作などにより広く一般にも知られるようになってきたと言われています。 この小説は真実の物語です。 「神典日月神示(しんてんひつきしんじ)真実の物語」 どうぞ、お楽しみ下さい。 『神知りて 人の幸せ 祈るのみ 神の伝えし 愛善の道』

日本列島、時震により転移す!

黄昏人
ファンタジー
2023年(現在)、日本列島が後に時震と呼ばれる現象により、500年以上の時を超え1492年(過去)の世界に転移した。移転したのは本州、四国、九州とその周辺の島々であり、現在の日本は過去の時代に飛ばされ、過去の日本は現在の世界に飛ばされた。飛ばされた現在の日本はその文明を支え、国民を食わせるためには早急に莫大な資源と食料が必要である。過去の日本は現在の世界を意識できないが、取り残された北海道と沖縄は国富の大部分を失い、戦国日本を抱え途方にくれる。人々は、政府は何を思いどうふるまうのか。

滝川家の人びと

卯花月影
歴史・時代
勝利のために走るのではない。 生きるために走る者は、 傷を負いながらも、歩みを止めない。 戦国という時代の只中で、 彼らは何を失い、 走り続けたのか。 滝川一益と、その郎党。 これは、勝者の物語ではない。 生き延びた者たちの記録である。

処理中です...