毒素擬人化小説『ウミヘビのスープ』 〜十の賢者と百の猛毒が、寄生菌バイオハザード鎮圧を目指すSFファンタジー〜 

天海二色

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第十三章 朝顔の種編

第278話 助け船

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 西暦2301年、春。
 感染爆発パンデミック以前ならば、外は花見で賑わっていただろう季節。
 一時は症状が和らいだ母上の容態は再び悪化。特に足の硬化が進み、彼女は布団の上から動けないでいた。

「御母堂、薬湯をお待ち致しました」
「ありがとう、朝顔ちゃん……」

 母上の部屋を訪れた朝顔は、日課となっている彼女への薬湯の服薬をすませる。
 調合は毎日変えているが、どれも劇的な回復は見られない。あくまで少し症状を遅らせているだけ。それでも表彰されるレベルの開発なのだが、根本的な解決法でない以上、青洲は家にいる間はずっと自室にこもって研究を続けていた。

「外は温かくなって参りましたよ、御母堂。そうです。山から花を持って帰りましょう。きっと気持ちが和らぎます」
「そうね……。もう菜の花が咲く、季節かしら……」
「はい。黄色い絨毯が美しい時期になりました」
「いいわねぇ。朝顔ちゃんと、見たいわ。私ね、貴方とのお散歩、大好きなの」
「わたくしもです、御母堂」
「……うふふ、朝顔ちゃん」
「はい、何でしょうか」
「うちに来てくれて、ありがとうね」

 ピンポーン
 その時、裏口のインターホンが押され、明るい機械音が2階に鳴り響く。

「あら、お客様……?」
「わたくしが対応いたします。御母堂はどうぞお休みください」

 予定にはない訪問客。
 とうとう警察に違法薬物の件が耳に入ったのかと、朝顔は警戒しつつ裏口へ足を運んだ。まずは来客の顔を確認しようとドアスコープを覗くが、そこには誰もいない。
 悪戯だったのか、それとも留守かどうか確認し押し入ろうなどと考えている不届きものがいるのか。研究所あそこの連中が現れた時のように、油断はできない。
 朝顔はゆっくりと開戸を開け、辺りに怪しげな人間がいないか確認しようとし……ガシリと、少し開いた扉を掴まれ、人間よりも強い力を持っている筈の朝顔の抵抗をものともせず、あっさりと扉が開かれた。

「あぁ、いたいた。研究所にいないと思ったら、貴方こっちに居たのね」

 輝く銀髪をたなびかせ、宝石を嵌め込んだかのように美しい銀眼を持ち、絵画に描かれた女神の如き美貌を持つ、長身の男性。
 浮世離れした中性的な容姿を持つその男性に、朝顔はたじろいだ。

「どっ、どちら様でしょうか」
「ボクは『水銀』。それで、アンタは『アトロピン』。そうでしょう?」

 宿す毒素を言い当てられ、朝顔は狼狽えた。
 そして男性は『水銀』と名乗った。毒の名前だ。つまり――

「ボクはアンタの同類よ、同類」

 朝顔の考えを読んだかのように、水銀はとんとんと自分のこめかみを叩いて言う。

「ど、同類……。それで、その、何のご用、でしょうか? ……この家に危害を加えるつもりならば、容赦はいたしません」
「あら物騒ねぇ。別に取って食おうって訳じゃなわよ。というか貴方……」

 水銀はじっと朝顔の姿を眺める。頭のてっぺんからつま先まで。
 きちんと衣服を与えられ、衰弱した様子もなく、寧ろ健康的。拘束具といった類もつけられていない。行動の制限もないようで、民間人が暮らしている家の為に自分から身を呈している。
 水銀は唇に手を当て「ふぅん」と一人頷くと、にやりと不敵な笑みを浮かべた。

「随分、自由に過ごしているみたいね」
「そ、それが何か?」
「いいえ、別に。ひとまずお邪魔させて貰っていいかしら」
「まずはご用件を伺いたく……」
「それじゃ、失礼するわ」

 警戒する朝顔の事などお構いなく、水銀は裏口から家の中へ入る。
 慌てて朝顔が追い返そうとするが、水銀の力は強くそれは叶わない。彼はまるで家主のように振る舞い、長らく開けていない店舗の方へ移動すると、座敷の真ん中に座り込んでしまった。

、早とちりしちゃったみたいねぇ。慌ててボクに別行動を取らせた結果がこれだなんて。まいいわ、ゆっくり来るよう言っておきましょう」

 水銀は何やら一人で喋りながら携帯端末を操作し、誰かと連絡を取っている。

「水銀、とおっしゃいましたか。何が目的なのでしょうか」
「アンタの回収」

 水銀から端的に語られた目的に、朝顔は硬直してしまう。
 彼は朝顔よりも力が強い。また、それも朝顔よりも毒性が強い水銀を宿しているのならば、勝ち目は薄い。
 冷や汗が朝顔の頬を伝った。

「しようと思って来たのだけれど、どうも想像と違ったみたいで、どうしましょうか」
「そ、想像と違う?」
「《ウロボロス》」

 今度は聞きたくもない単語が水銀から発せられて、朝顔は動揺してしまう。
 研究所あそこの名前だ。思い出したくない仕打ちを受け続けた場所の名前。穏やかな日々で幾ら上書きしようとも、忘れる事はできなかった場所。

「そこであったような事を、ここでも受けているのかと思ったのだけれど、全然違ったようねぇ」
「あっ、当たり前です! ここの家の方々はあんな、非道な事をするような方々ではありません! ……わたくしはわたくしの意思で、ここにいるのです」
「そう」

 朝顔の答えに水銀は上機嫌に笑っている。そして「それも伝えておくわね」と、ぽちぽちと携帯端末を操作し電子メールを送っていた。

「でも違法薬物を作るのはどうなのかしら?」
「う……。ご存知、ですか」
「下調べはしてきているわよ。まさか民家で作っていただなんて、想定外だったけれど。通りで研究所を叩いても叩いても何も出なかった訳だわぁ」
「……その、研究所あそこに、行ったのですか?」
「えぇ。今頃、解体作業中でしょうねぇ」
「解体、作業……」

 朝顔にとって恐怖の対象である研究所が、解体されている。
 俄かに信じられない情報だが、朝顔よりも力のある水銀が言っているのだ、力づくでも何でも成しえる方法を持っているのだろうと推察できる。

「その、ですね。薬を作っている方は、単位履修の関係で免許取得の条件が満たせておらず、しかしご家族の症状が芳しくないのを鑑みて、決死の覚悟で……」
「けれどこのままじゃ、違法治療で検挙されるわよ?」
「……わかって、おります」

 ぐっと、朝顔は拳を握り締める。朝顔はいざとなれば「無免許で製薬をしていたのは自分だ」と出頭するつもりだ。それで青洲の人生が守られるものならば、安いものである。
 するとそんな朝顔の考えを読み取ったのか、水銀はこんな事を言ってきた。

「助け舟、出してあげましょうか?」
「助け舟……。ど、どうやって」
「製薬をうちのがした事にするのよ。あの子は医師免許も薬剤師免許もその他諸々も持っているし、大丈夫でしょう。ただ結果的に、手柄を取ってしまう事になってしまうのだけれど」
「い、いいえ! いいえ! それで青洲先生が罪を被る事を避けられるのならば……!」
「ふぅん。貴方のいい人、『青洲』って言うのね」
「……あっ」

 言わないように気を付けていたのに、つい口に出てしまった。
 朝顔は顔を青くする。

「そう怯えなくてもいいじゃない。さっきも言ったけれど取って食おうって訳じゃないわよ」
「そ、そう仰られましても」
「信用ないわねぇ。初対面だから仕方ないでしょうけど、ボクとアンタは同類なんだからちょっとは……あら?」

 ギシ、ギシ、ギシ、と、階段の軋む音と共に二階から人影が降りてくる。
 母上だ。今日は歩けるほど体調がいいのか。朝顔はぱっと表情を明るくして、彼女を出迎えようとした。

「御母堂、お身体の具合は……っ」
「待ちなさいな」

 しかし水銀はそんな朝顔の服の袖を掴み、強制的に足を止めさせる。
 彼の視線は一階に降りて来た母上に注がれていた。

「もう、手遅れね」

 額に角のような菌糸を生やして、虚な目をして、覚束ない足取りで歩く――正気を失った母上に。
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