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第十三章 朝顔の種編
第277話 常連客
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結論から言うと、母上は新年を迎えられた。
青洲の製薬した症状抑制剤が、確かに効果を発揮したのだ。それに伴い、身体の硬化の緩和が起き倦怠感も収まったようで、母上は人気のない夜に朝顔と共に出歩くようになった。それどころか出かけた先、借りている山の敷地の雑草取りまでこなす程に体力が戻っていた。
とは言え、違法行為を繰り返して製薬した薬――それも朝顔の血を希釈に希釈を重ね、原料の一つとした薬だ。公にする訳にはいかず、青洲はひたすら秘密裏に研究を重ねた。
しかし医者が年を越えられないと見ていた母上が回復。そして夜だとしても出歩いていれば、誰かしら訝しむ者が出てくるもので。「あの家には何かある」と水面下で噂は流れ、その噂を聞き付けた者が実行に移すのに、さほど時間はかからなかった。
「ごめんください、ごめんください」
感染爆発以降、開けられていない呉服屋のシャッターが叩かれる。
その音を聞き付けた朝顔が店頭に出てみると、暫く顔を見ていなかった高齢の常連客女性が外に立っていた。
「如何いたしました。すみませんがお店は当分、休業の予定でして……」
「そうじゃないのよ、朝顔ちゃん。店長の事なんだけどね」
「はい。店長は只今、療養中で……」
「その店長に、巷じゃ出回っていないお薬を使っているって、本当?」
ギクリと、朝顔は肩を強張らせる。
秘密裏に製薬していた薬の存在がばれている。どこから聞き付けたのか、噂程度なのか何かしら確信があるのか。それを読み取る為にも、朝顔は一旦常連客を店内へと招き、落ち着いて話を聞くことにした。
「そのような与太話、どこで聞いたのでしょうか?」
「どうもこうも、お医者さまよ。店長もお世話になっているかかりつけ医。あの人がねぇ、店長が年を越えられたなんて信じられないとか、安楽死の準備をしていたのにとか、きっと世間に隠されている治療を受けたんだ、とかこないだぶつくさ言っていたのよぉ」
「お、お医者さまが……」
守秘義務はどこへ行った。朝顔は心の中で毒吐く。
しかし出所不明の噂話なら適当に流して終わりにしようかと思っていたが、出所が医者からとなると、ただ否定するだけでは納得してくれないだろう。
朝顔は頭を悩ませる。
「ええと、店長は青洲先生の献身的な看病のお陰で、奇跡的に容態が回復したのですが、その原因の特定には至っておらず……」
「朝顔ちゃん」
言い訳を述べようとした朝顔の声を、常連客は遮った。
「私も幾らか調べたわ。だって私も罹ってしまったんだもの、『珊瑚症』に」
そして身に付けていた黒い手袋を外して、赤い斑点ができた手の甲を見せる。
「治らない。正気を失う。凶暴になる。怖い事ばかり出てきたわ。ニュースも連日、災害の暗い話ばかり。……でももし、もし何か、ここに手があるのなら私は、それに身を委ねたい」
「身を委ねると、仰られましても」
「私はどの道、老い先短い命だから、寿命が先か病気が先かな状態でしょうけど、それでも家族に迷惑をかけて亡くなるのは嫌なのよ」
「……も、もしここに何かしらの手段があったとして、国の認可のおりていない、違法な行為に当たると、貴女もおわかりでは……」
「いいの」
年を重ねているだけあり、彼女は朝顔達が後ろ暗い事をしている気配を感じ取っているようだ。
その上で、彼女は治療を頼みに来たのである。
「こういうの、藁にもすがる思いっていうのよ、朝顔ちゃん。でもヤケになった訳じゃないわ。だって私、貴方達の事を信頼しているから。だからどうか、託させて欲しい。勿論、結果が振るわなくっても文句は言わない。押しかけてきたのは私ですもの」
「そ、そう、ですか……。……その、少々、お待ちください」
どう答えるべきか考えあぐねて、朝顔は一旦常連客をその場で待たせると2階へ走り、青洲へ相談をした。
「ふむ。そんな噂が出回っているとは……」
「如何いたしましょう。違法行為の露見を危惧し、突っぱねることも……」
「……可能性があるのならば違法だろうと縋る気持ちは、よくわかる。小生も同じように可能性に縋って、法を破った。そんな小生が彼女を突き放す権利など、ない」
そこで青洲は薬品で皮膚が爛れた手で机について、立ち上がる。
「青洲先生」
「正直に話す。安全性のなさ。再現性の低さ。違法性……。その上で、判断を聞く」
青洲は自ら常連客の元へ足を運び、国に認可されていない薬湯の話を正直に伝えた。
今、確認できている効果は症状の抑制であり、根本的な治療に至っていない事、その効果も必ず現れる保証はどこにもない事。
それを聞いた常連客は、「それじゃ私も被験体仲間ね」とあっさりと承諾。躊躇なくその身を提供してきた。
「治験には沢山人が必要なのよね? 私のお友達も呼んできましょうか? 口が固い子を選りすぐるわよ?」
「お、お気持ちは非常に有難いです。しかし再三伝えておりますが、これは違法行為で、治験を承諾するという事は、貴女達にも法を破らせてしまう事に……」
「いいのよ。だって命には変えられないもの。ねぇ、青洲ちゃん?」
こうして青洲は、思わぬ形で被験者を確保。
常連客を始めとし、その家族や親戚、親しい者へと人伝に話は広がっていき、多くの人々の協力の元、薬の精度をあげていく事となった。
それは人材も財源も潤沢である筈のWHOよりも早く正確に、完成度をあげていく事となる。
しかし関わる人間が増えれば増える程、話は予期せぬ人間の耳にも入るもの。
青洲も朝顔も、近いうちに政府機関に違法薬物の件が露見してしまうだろう、と読んでいた。
その日が来る前に、何より母上と加恵の容態が悪化する前に、一日でも早く治療薬を完成させる為、2人は寝食を惜しまずに研究に没頭した。
しかし日本の政府機関に違法薬物の件が耳に入るよりも先に、いち早く薬の情報を得た者が居た。
◇
スイスのとある田舎町に建てられた別荘。
その別荘の中にある豪華絢爛な寝室のベッドには、美しい銀髪と輝く美貌を持つ青年『水銀』が横たわっていた。
「水銀っ! 水銀っ! 見てみぃっ!」
「なぁに砒素? ボクは処分続きで疲れているのだけれど」
白い布団が敷かれたキングベッドに身を預け、休んでいた水銀の元へ騒がしくやってきたのは、ペイントを顔に施した小柄な美青年『砒素』である。
彼は靴を脱ぐや否や、水銀の横たわるベッドの上に飛び乗って、手に持っていた巻物を水銀の前で広げる。
そこには暗号化された文章が綴られていた。
「何と極東の地で、珊瑚症の薬が開発されとるんじゃと! 坊主が言うとったわ!」
「はぁ? そんな話、ボクは聞いていないけれど。今のところ坊ちゃんしかまともにワクチン開発が進んでいないって、あの国連の連中が悔しそうに言っていたのよ?」
「この薬はワクチンじゃなくてしょうじょーかんわざい? という奴らしいが、どっちにしろ凄い開発じゃと坊主も驚いておったぞ!」
「あらあら。流石の坊ちゃんも悔しい思いをしたのかしらね」
「それだけではないぞ! 実はのぉ、どうにか薬を入手した坊主が原材料を分析した所……。極々微量ながら、『青い血』が、入っておったそうじゃ」
ピクリと、水銀が片眉を潜める。
そしてベッドから起き上がった。
「それはそれは……。お迎えに行かなくっちゃ、いけないわね」
青洲の製薬した症状抑制剤が、確かに効果を発揮したのだ。それに伴い、身体の硬化の緩和が起き倦怠感も収まったようで、母上は人気のない夜に朝顔と共に出歩くようになった。それどころか出かけた先、借りている山の敷地の雑草取りまでこなす程に体力が戻っていた。
とは言え、違法行為を繰り返して製薬した薬――それも朝顔の血を希釈に希釈を重ね、原料の一つとした薬だ。公にする訳にはいかず、青洲はひたすら秘密裏に研究を重ねた。
しかし医者が年を越えられないと見ていた母上が回復。そして夜だとしても出歩いていれば、誰かしら訝しむ者が出てくるもので。「あの家には何かある」と水面下で噂は流れ、その噂を聞き付けた者が実行に移すのに、さほど時間はかからなかった。
「ごめんください、ごめんください」
感染爆発以降、開けられていない呉服屋のシャッターが叩かれる。
その音を聞き付けた朝顔が店頭に出てみると、暫く顔を見ていなかった高齢の常連客女性が外に立っていた。
「如何いたしました。すみませんがお店は当分、休業の予定でして……」
「そうじゃないのよ、朝顔ちゃん。店長の事なんだけどね」
「はい。店長は只今、療養中で……」
「その店長に、巷じゃ出回っていないお薬を使っているって、本当?」
ギクリと、朝顔は肩を強張らせる。
秘密裏に製薬していた薬の存在がばれている。どこから聞き付けたのか、噂程度なのか何かしら確信があるのか。それを読み取る為にも、朝顔は一旦常連客を店内へと招き、落ち着いて話を聞くことにした。
「そのような与太話、どこで聞いたのでしょうか?」
「どうもこうも、お医者さまよ。店長もお世話になっているかかりつけ医。あの人がねぇ、店長が年を越えられたなんて信じられないとか、安楽死の準備をしていたのにとか、きっと世間に隠されている治療を受けたんだ、とかこないだぶつくさ言っていたのよぉ」
「お、お医者さまが……」
守秘義務はどこへ行った。朝顔は心の中で毒吐く。
しかし出所不明の噂話なら適当に流して終わりにしようかと思っていたが、出所が医者からとなると、ただ否定するだけでは納得してくれないだろう。
朝顔は頭を悩ませる。
「ええと、店長は青洲先生の献身的な看病のお陰で、奇跡的に容態が回復したのですが、その原因の特定には至っておらず……」
「朝顔ちゃん」
言い訳を述べようとした朝顔の声を、常連客は遮った。
「私も幾らか調べたわ。だって私も罹ってしまったんだもの、『珊瑚症』に」
そして身に付けていた黒い手袋を外して、赤い斑点ができた手の甲を見せる。
「治らない。正気を失う。凶暴になる。怖い事ばかり出てきたわ。ニュースも連日、災害の暗い話ばかり。……でももし、もし何か、ここに手があるのなら私は、それに身を委ねたい」
「身を委ねると、仰られましても」
「私はどの道、老い先短い命だから、寿命が先か病気が先かな状態でしょうけど、それでも家族に迷惑をかけて亡くなるのは嫌なのよ」
「……も、もしここに何かしらの手段があったとして、国の認可のおりていない、違法な行為に当たると、貴女もおわかりでは……」
「いいの」
年を重ねているだけあり、彼女は朝顔達が後ろ暗い事をしている気配を感じ取っているようだ。
その上で、彼女は治療を頼みに来たのである。
「こういうの、藁にもすがる思いっていうのよ、朝顔ちゃん。でもヤケになった訳じゃないわ。だって私、貴方達の事を信頼しているから。だからどうか、託させて欲しい。勿論、結果が振るわなくっても文句は言わない。押しかけてきたのは私ですもの」
「そ、そう、ですか……。……その、少々、お待ちください」
どう答えるべきか考えあぐねて、朝顔は一旦常連客をその場で待たせると2階へ走り、青洲へ相談をした。
「ふむ。そんな噂が出回っているとは……」
「如何いたしましょう。違法行為の露見を危惧し、突っぱねることも……」
「……可能性があるのならば違法だろうと縋る気持ちは、よくわかる。小生も同じように可能性に縋って、法を破った。そんな小生が彼女を突き放す権利など、ない」
そこで青洲は薬品で皮膚が爛れた手で机について、立ち上がる。
「青洲先生」
「正直に話す。安全性のなさ。再現性の低さ。違法性……。その上で、判断を聞く」
青洲は自ら常連客の元へ足を運び、国に認可されていない薬湯の話を正直に伝えた。
今、確認できている効果は症状の抑制であり、根本的な治療に至っていない事、その効果も必ず現れる保証はどこにもない事。
それを聞いた常連客は、「それじゃ私も被験体仲間ね」とあっさりと承諾。躊躇なくその身を提供してきた。
「治験には沢山人が必要なのよね? 私のお友達も呼んできましょうか? 口が固い子を選りすぐるわよ?」
「お、お気持ちは非常に有難いです。しかし再三伝えておりますが、これは違法行為で、治験を承諾するという事は、貴女達にも法を破らせてしまう事に……」
「いいのよ。だって命には変えられないもの。ねぇ、青洲ちゃん?」
こうして青洲は、思わぬ形で被験者を確保。
常連客を始めとし、その家族や親戚、親しい者へと人伝に話は広がっていき、多くの人々の協力の元、薬の精度をあげていく事となった。
それは人材も財源も潤沢である筈のWHOよりも早く正確に、完成度をあげていく事となる。
しかし関わる人間が増えれば増える程、話は予期せぬ人間の耳にも入るもの。
青洲も朝顔も、近いうちに政府機関に違法薬物の件が露見してしまうだろう、と読んでいた。
その日が来る前に、何より母上と加恵の容態が悪化する前に、一日でも早く治療薬を完成させる為、2人は寝食を惜しまずに研究に没頭した。
しかし日本の政府機関に違法薬物の件が耳に入るよりも先に、いち早く薬の情報を得た者が居た。
◇
スイスのとある田舎町に建てられた別荘。
その別荘の中にある豪華絢爛な寝室のベッドには、美しい銀髪と輝く美貌を持つ青年『水銀』が横たわっていた。
「水銀っ! 水銀っ! 見てみぃっ!」
「なぁに砒素? ボクは処分続きで疲れているのだけれど」
白い布団が敷かれたキングベッドに身を預け、休んでいた水銀の元へ騒がしくやってきたのは、ペイントを顔に施した小柄な美青年『砒素』である。
彼は靴を脱ぐや否や、水銀の横たわるベッドの上に飛び乗って、手に持っていた巻物を水銀の前で広げる。
そこには暗号化された文章が綴られていた。
「何と極東の地で、珊瑚症の薬が開発されとるんじゃと! 坊主が言うとったわ!」
「はぁ? そんな話、ボクは聞いていないけれど。今のところ坊ちゃんしかまともにワクチン開発が進んでいないって、あの国連の連中が悔しそうに言っていたのよ?」
「この薬はワクチンじゃなくてしょうじょーかんわざい? という奴らしいが、どっちにしろ凄い開発じゃと坊主も驚いておったぞ!」
「あらあら。流石の坊ちゃんも悔しい思いをしたのかしらね」
「それだけではないぞ! 実はのぉ、どうにか薬を入手した坊主が原材料を分析した所……。極々微量ながら、『青い血』が、入っておったそうじゃ」
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