毒素擬人化小説『ウミヘビのスープ』 〜十の賢者と百の猛毒が、寄生菌バイオハザード鎮圧を目指すSFファンタジー〜 

天海二色

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第十四章 煙草の灰

第291話 《アセトアルデヒド(C2H4O)》

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※この回はグロテスクな展開が続きます。ご注意ください。

 両足は太ももから切断され、鉄の蓋が杭で打たれ塞がれた。両腕も同じように、二の腕の真ん中辺りで切り落とされ、鉄の蓋がされた。断面を一度、焼いた上で。
 蓋がされている間は再生が叶わず、そのままだ。今までも虫の標本みてぇに床に繋がれていたが、いよいよイモムシと変わらない状態だな。
 しかも手足だけじゃなく、口と目も塞がれた。目玉を抉り取ってを詰め込んで、瞼を針金で縫われた。口も同じだ。歯も舌も全部引き抜いてツメモノを詰め込んで、唇を針金で縫われた。その上に、見苦しいからって目隠しと口枷を付けられた。
 見苦しくしたのはそっちだろうが。

「せめて顔だけでも《モルヒネ》に近ければ、更なる使い道が……」

 室長は俺の顔の作りに不満らしく、ぶつくさ文句を言っていた。造ったお前ぇのセンスがなかっただけだってのに、当たり散らかしてきて意味がわからん。それともがあったのか? 知ったこっちゃねぇが。
 尤も仮に俺が室長の理想通りの見目だったら、またロクでもねぇ使い方する気だろ。お前ぇのセンスのなさに救われたか。

 まぁ俺は救われるよりも、早く欲しいんだが。

 *
 *
 *

「うぅ……。俺あの部屋入りたくねぇよ」
「我慢しろ、仕事なんだ」

 扉が開く音が聞こえる。それに続いて足音も。2人分の足音だ。
 採血係……じゃねぇな。清掃係って奴だっけか。モップを動かして、白いタイルの床をキュッキュッと磨く音が聞こえる。

「うわ、ナメクジみてぇ。汁出てるし」
「こんなんでも生きてるんだからすげぇよなぁ」

 自分じゃ身動き取れねぇ俺は、排泄物やら分泌液やらの処理も他人任せだ。いいご身分だって? ケッ。俺は寝返りも打てねぇ赤子かっての。

「室長もエゲツないよなぁ。けど生物兵器もこれだけ弱らせときゃ怖くねぇな! 記念撮影でもしちまうか?」
「機密なんだから無理に決まっているだろ」
「ジョーダンだって。でも例えばこうやってポーズ取ってさぁ。あれ邪魔だなこれ。これから清掃するんだし、ちょっと外しても……」
「あっ! 馬鹿っ!!」

 カチリと小気味のいい音がして、右腕の蓋に繋がる鎖が取れたのを悟る。
 あぁそうだ。モップ、そこにあったな。

 ◇

「馬鹿共が」

 モップの柄を短い腕と身体の間に挟んで、きねんさつえいとやらをしようとした奴らの胸や口内を貫いたら、室長が部屋にやってきた。
 鉄の臭いが強いから、多分、俺の目の前には2人分の死体が転がってる。

「お前もだよこの能無し! 何で言いつけ一つ守れないんだ! 折角、廃棄を見送って使ってやっているっていうのに! この代替品が!」

 その死体を見たらしい室長は、ヒステリックに叫びながら俺の頭を踏み付けた。
 そう言うんなら早く終わらせてくれ。こちとら口を塞がれてから栄養補給まで腹に穴を空けなきゃいけなくなって、しんどいんだ。
 早く、終わらせてくれ。

「室長。これ以上の被害を出すなと、上から苦言が……」
「補給が面倒だと言うんだろう」

 ガンガンと、室長は何度も俺の頭を踏み付ける。このぐらいじゃ、終われねぇってのに。

「仕方ない。手を打つ」

 ◇

「もしも~し。聞こえますか~……?」

 ふと、聞き慣れない声が聞こえてきた。ちょっと間延びした感じの、緩い声。
 今までの連中と明らかに違う。何せ声がこもっていない。つまり防護服越しじゃない声だ。

「えっとぉ。これで見えるかなぁ?」

 ぐいと、目隠しを引っ張られて身体が強張る。いつの間にか金具を外されていたらしく、目隠しはあっさり取れた。
 まぁだからって見えない状態は変わらないんだが。

「あっ、ごめんねぇ。そんな状態って知らなくて……痛かったぁ?」

 俺の瞼が縫われている事を知ったそいつは、「えっと、えっと」と戸惑った声をあげながら、恐らくペンチを使って針金を切ってきた。
 そして慎重に引き抜いて、眼孔を埋めていたツメモノも取って、優しい手付きで俺の頭を支え様子を見てくる。
 段々と、視界に光がさしてきた。

「よかったぁ、ちゃんと再生したねぇ」

 最初はぼやけて何があるのかわからなかったが、目の前の光景は少しずつ輪郭を帯びてきて、橙色の髪をした、赤ら顔の青年の姿が見えてきた。
 ……あぁ、綺麗だな。

「僕、君と目を見てお話したかったんだぁ」

 随分と久し振りに見る景色が、こんなにも美しくていいんだろうか。なんてズレた事を思うぐらいには、俺はぼんやりと赤ら顔の青年に見惚れていた。
 今まで奇異な目で見られるか、苦々しい顔で見られるか、断末魔をあげもがき苦しむ姿しか、見た事がなかったから。
 ただ優しく微笑みかけられただけで、何だか酷く、惹かれてしまった。

「初めましてぇ、ニコチン。僕の名前はねぇ。アセトアルデヒドって、言うんだってぇ」

 アセトアルデヒド。……アセト、アルデヒド。

「よろしくねぇ」

 俺の同類、か。

「ねぇ、ニコチン。そのぉ、『ニコ』って呼んでも、いいかなぁ?」

 アセトアルデヒドは俺の伸びに伸びた髪を櫛で丁寧に梳かしながら、そんな提案をしてきた。
 好きに呼べばいい。そう言ってやりたいが、口は依然と塞がれたままだ。

「僕の事は『アセト』って……呼んで欲しいんだぁ。あ、心の中で大丈夫だよぉ?」

 アセト、アセトか。うん。わかった。

「本当はお喋りしたり、握手っていうのもやってみた……あ、ううん、何でもない」

 アセトに許されたのは俺の目隠しを外す事までで、他は駄目みたいだ。
 別にそれでも、構わない。
 何せ初めて、安らぎってのを知れた気がするから。

 ◇

「何を余計な事を口走っているんだ!」

 ヒステリックな室長の絶呼と共に、鈍い音が廊下に響く。
 頬を思い切り殴られたアセトアルデヒドは、廊下に倒れ込んでしまった。

「口枷を外す予定も手足を戻す予定はないと言っただろうが! 期待を抱きそれでいて失望し、逆上したらどう責任を取るつもりだ!!」
「ご、ごめんなさ……」
「喋るな! 耳障りだ!」

 謝罪の言葉を聞くのも煩わしかったらしい室長は、今度はアセトアルデヒドの背中を踏み付ける。

「ただの《人造人間ホムンクルス》のお前に檻ではなく部屋を与え餌を与え、リードも付けずに過ごさせてやっているんだぞ! 破格の待遇に見合った働きをしろ! ……次にミスを犯したら廃棄だ。覚えておけ」
「は、はい」

 そこで解放されたアセトアルデヒドは、ふらつく身体で起き上がり、自室へと戻った。
 自室といっても、物置き部屋だ。足の踏み場もない量のガラクタや、捨てるのが間に合っていない資料が押し込まれた物置き部屋。
 どうにか物を避け、壁際に一人分が座れるスペースを作り、そこに座って壁に背中を預けたアセトアルデヒドは目を瞑る。

(明日はご飯、食べられるかなぁ……?)

 そんな事をぼんやりと、考えながら。

 ◇

「鈍臭い《人造人間ホムンクルス》だ。アセトアルデヒドでなかったら直ぐに廃棄している所だったぞ」

 アセトアルデヒドを部屋に追いやった後、室長は研究室へ向かうと椅子に腰を下ろし、思い通りに動かないアセトアルデヒドに対し不満をこぼしていた。

「しかしメタノールの〈レシピ〉を元にホルムアルデヒドを作れたという報告から、エタノールの〈レシピ〉からアセトアルデヒドも作れると読んだ僕の慧眼に狂いはなかった!」
「あの、室長。どうしてアセトアルデヒドなんですか?」

 研究室で雑務をこなしていた職員が、室長におずおずと訊ねる。

「以前アセトアルデヒド自身は大した使い道がないとおっしゃっていましたし、他の《人造人間ホムンクルス》でも……」
「ニコチンの使うにあたって、あいつが一番便利だと思ったんだよ。アンモニアとも迷ったけど」

 その質問に対し、室長は苛立ちながらも答えてくれた。

「アセトアルデヒドの毒素は、ニコチンの急性中毒症状を緩和する効果を持つ」
「解毒するって事ですか?」
「いいや、解毒ではない。もっとタチが悪い代物だよ。アセトアルデヒドは人間が吸収したニコチンの毒性を緩和する事によって、ニコチンの受け皿を増やす。つまり摂取量を増加させ……ニコチンの依存性を、跳ね上がらせる事ができる」

 室長は不敵な笑みを浮かべ、漆黒の瞳を細める。

「身を差し出すのも厭わない程に人間を狂わせるには、もってこいだ」




 ▼△▼

補足
アセトアルデヒド(C2H4O)
別名、エタナール、エチルアルデヒドなど。

日本では第4類危険物の特殊引火物に指定されている危険物。
第4類危険物の中で最も沸点が低く、約20℃で発火してしまう。本編で彼が笑い上戸なのはだったりする。
しかも沸点が低いだけでなく、揮発性が高い上に燃焼範囲が広く、引火すれば大惨事を引き起こす危ないやつ。
発ガン性などの毒性もあるが、引火物としての危険性の方がよく取り沙汰される。

またエタノールを摂取すると胃の中で分解されてできるのがアセトアルデヒドであり、二日酔いの原因とされている。

煙草の煙にも含まれている。
そして何より、アセトアルデヒドにはニコチンの急性中毒性を緩和する事によって摂取量を増やさせ、人をニコチン依存症に貶めてしまう。
酒とタバコは程々に。
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