毒素擬人化小説『ウミヘビのスープ』 〜十の賢者と百の猛毒が、寄生菌バイオハザード鎮圧を目指すSFファンタジー〜 

天海二色

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第十四章 煙草の灰

第296話 業火

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※この回はグロテスクな展開が続きます。ご注意ください。

 毒と可燃物、どちらがより危険か。結論から言えばどちらも危険だ。
 しかしその危険性は、性質によって度合いが変わってくる。
 よって人造人間ホムンクルスの創造主はこう考えた。

 ――力が強い子ほど、頑丈な【器】をあげよう。
 どれだけコストがかかろうとも、簡単に青い血が流れてしまわないように。流れてしまってもすぐに再生して、止まるように。自分の血で自分を傷付けてしまわないように。
 人として生きるのに、不便がないように。

 その思いが込められたレシピによって造られた人造人間ホムンクルスは、危険性が高いほど強靭な身体を持つ。
 他人が造ろうとも所詮はレシピの模倣。その特性は色濃く反映されている。
 つまりガソリンよりも燃え広がりやすいアセトアルデヒドは、ニコチンよりも頑丈で、強靭で、再生力の高い身体を持っているのだ。

 ゼロ距離で起動した爆発にも、耐えられてしまう程に。

「ば、ば、化け物……っ!」

 首が骨だけとなっても瞬く間に再生し、元の姿へ戻ったアセトアルデヒドを見て動揺した職員の一人が、声を震わせながらも電気銃を構える。

「馬鹿っ! !!」

 すかさず室長が止めようとしたが、時既に遅し。

 ――ゴウッ

 電気銃の引き金が引かれたと同時に、辺り一帯は炎に包まれた。
 アセトアルデヒドの性質を宿す、青い血が散布された狭い廊下で、電気という火種を作ったのだ。当然の帰結である。
 彼の首に仕込んでいた爆弾もアセトアルデヒドの燃えやすさを考慮し、火薬は最低限に抑え、爆風の威力に注力した特製のもの。それだけアセトアルデヒドの青い血へ火種を近付けるのは危険な行為。
 火事を認識し、天井からスプリンクラーが散布されるがそれでも火は消えない。何故ならばアセトアルデヒドの青い血は、水と混ざろうとも可燃性を失わず、火を灯し続けているからだ。
 寧ろ下手に散布されたスプリンクラーの水によって、水と混ざった青い血は床を伝い一気に広がっていき、それに伴い火も燃え広がっていき、天井にも床にも廊下の奥にまでも広がり、集会所にも燃え移り、やがてその先の階段や廊下や研究所にも広がっていく。
 そのうち炎はスプリンクラーの機械本体まで燃やし、壊してしまった。
 もはや火の手から逃れる術など、ない。

「ア、ア、アア、アツい、アツいよぉ……」
「水、だれか、水を……」
「イタい、イタい、イタいぃぃ」
「たすけて、たすけてください。たす、けて」

 消えない炎にのたうち回り、呻く職員達。救いを求めもがき苦しむ声に、アセトアルデヒドは耳を塞ぎたくなる。
 しかしそれはニコチンを抱えているので叶わない。

「ニ、ニコ。ニコ……」

 幸い、腕に抱くニコチンの身体に火はついていない。正確には火がついても端から再生し、火は消えてくれた。しかし引き摺るほどに伸びた彼の髪は燃え続けていたものだから、アセトアルデヒドは慌てて彼の髪を切ろうを刃物を探した。
 そこで胸ポケットに鋏を入れている職員がいる事に気が付き、拝借しようと恐る恐る手を伸ばす。

「あ、ぁあああっ!」

 その伸ばした手を鷲掴みにされ、アセトアルデヒドは反射的に蹴飛ばしてしまった。掴んできた職員は大声を出した際に煙を吸ってしまったのか、やがて動かなくなる。
 ばくばくと心臓が早鐘を打つのを感じつつ、アセトアルデヒドは震える手で今度こそ鋏を拝借し、ニコチンの髪を短く切った。そのまま口枷も外し縫い付けられていたを切り、その辺に投げ捨てる。残念ながら杭が打ち付けられた手足の“蓋”は取れなかったので、仕方なくそのまま移動する事とした。
 初めて見るニコチンの顔は、骸骨のようにやつれていた。

「い、行こう。ニコ。行こう……」

 どこに?
 出口なんて知らない。自分がいまどこに居るのかもわからない。炎と高温に包まれたここから逃れられる場所などあるのか。逃れられたとして、ここよりもまともな場所に辿り着けるのか。
 生きていけるのか。
 少し冷静になった所で、赤と青の血を流し火を振り撒き、惨事を引き起こしてしまった事への恐怖が襲ってくる。
 アセトアルデヒドはぼろぼろと、大粒の涙を流した。

「……あせと」

 その時、耳を傾けなければ聞き逃しそうなほど小さな声が、アセトアルデヒドの耳に届く。

「なくな。おまえは、わらったかおが、にあってる」

 腕の中にいるニコチンが、喋ってくれたのだ。舌と歯が再生したのだろう。
 初めて聴く彼の声に、名前を呼んでくれた事に、アセトアルデヒドは再び涙を流してしまう。ただし今度は喜びで。
 低く落ち着く声音。長年、喋れなかったからか掠れているが、ちゃんと発音はできている。
 ようやくまともな意思疎通が叶った。

「ニコ、ニコ! もう喋れるんだね! 嬉しいなぁ、僕ずっと、君と話したかったんだぁ。ずっと、ずっと……」
「うた、うたうといい、アセト」
「歌? うん、うん。ニコは歌好きだものねぇ。君が望むなら、」
「あせと、は……うたうときがいちばん、たのしそうに、わらう」

 ニコチンが何と言ったのか。
 ちゃんと聞き取れた筈なのに、アセトアルデヒドはその意味を理解するのに時間を要した。
 アセトアルデヒドは今までずっと、ニコチンが好きだから、喜ぶから、求めるからと思って歌を歌ってきた。白い部屋に縛り付けられていたニコチンへ、少しでも安らぎを与えられていると思っていた。
 それが、どうだ。
 実際は歌を楽しむアセトアルデヒドの為に、願っていたというのか。
 自分だけ気持ちよくなって、その事を自覚しないで、それでいて何かしてあげたつもりになっていたというのか。

(……こういうの。思い上がりって、いうんだっけ)

 アセトアルデヒドは足を止め、ニコチンを抱きしめ、その場でしゃがみ込む。
 自分よりも圧倒的に酷い状態の中でも気を遣ってくれていた事に、恥ずかしくて悔しくて悲しくて情けなくて、顔を見せたくなかった。

「あせ、と?」
「……ごめんねぇ。ごめ、ごめん、ねぇ」

 口にした所で何の効果もなさない謝罪を繰り返している所に、バタバタと慌ただしい足音を立て、防護服を着込んだ職員達がやってくる。
 耐火性かつ酸素も中に入っているのだろう防護服。やや重そうなものの、火と煙が立ち込める中で問題なく動けている。

「見付けたぞ!」
「撃てっ! 撃てっ!」

 職員達はアセトアルデヒド達の姿を見たと同時に、迷わず撃ってきた。
 鉛玉がアセトアルデヒドの身体に穴を空け、青い血が散布される。ただニコチンには当たらないようにと、アセトアルデヒドは身体を小さくし庇った。ニコチンが腕の中で心配そうな声をあげているが、今は敢えて無視をする。
 職員が二発目の鉛玉を発砲してしまえば、銃口に生じた火花が、空中に漂う青い血へ着火してしまうのだから。
 パァンッ!
 甲高い銃声が鳴り響いた直後、耐火性能など意味をなさない程の業火が、全てを、焼き尽くす。


※ウミヘビの弱点は頭と心臓(卵)です。
逆に言うと。失血してしまうと流石に駄目ですが。
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