毒素擬人化小説『ウミヘビのスープ』 〜十の賢者と百の猛毒が、寄生菌バイオハザード鎮圧を目指すSFファンタジー〜 

天海二色

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第十四章 煙草の灰

第298話 不条理契約

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「今、国連会議で君達の処遇が話されています。強制されていたとは言え、君達は危険過ぎる。特にアセトアルデヒドは……即刻、廃棄すべきだという声が強い」

 廃棄する? アセトを?
 巫山戯んなよ。そんなこと考える輩の喉笛なんざ、食いちぎってやる。

「しかし私は反対です。人工的に造られたとはいえ、尊い命を人の勝手で断つだなんて。けれど立場の弱い私がただ訴えただけでは、その主張は通らないでしょう」

 じゃあ何しに来たんだこいつは。俺をダシにただ悲壮感に浸りにきたのか?

「そこで! 取引きを致しませんか? ニコチンは毒素の強いウミヘビだ。……シアンや砒素のような活躍を見込める程に……」

 アダマスとかいう奴は、そう言って俺に右手を差し出してきた。

「その毒素を、『に、使わせて頂きたい」

 俺の毒素を使う? 今までと何が違うんだか。
 ずっと利用してきたじゃねぇか。わざわざ条件を提示してくる意味がわからん。

「今すぐではありませんよ? 何せきたる時が来た際の“切り札”ですからね、安易に命じる事はありません」

 “切り札”っていうのも理解ができん。貴重性がある認識とかねぇだろ。
 用なしなら簡単に廃棄して、使えるなら使えるでレモン絞るみてぇに毎日血ぃ奪っといてよ。

「ただし、きたる時に使いモノになるよう日頃から鍛えては欲しいですね。ウミヘビの中でも、トップクラスの腕前になる程に」
「……うみへび、って、なんだ」
「えっ」

 何で虚を突かれた顔してんだよ。そんなに動揺することか?
 お前ぇは一方的に俺が事情を把握している前提で喋っているが、俺はうみへびが何なのか知らねぇっての。まさか海にいる蛇のこと言ってんじゃねぇよな? 蛇相手に海中戦を鍛えろって? 馬鹿馬鹿しい。

「う、ウミヘビというのは貴方方のことでして、人造人間ホムンクルスの呼称です。より正確にいうと、有毒人種の人造人間ホムンクルスをウミヘビと呼びます」

 へぇ。人造人間ホムンクルスをウミヘビって呼ぶんだな。
 何でわざわざ呼び分けてんだか。どうでもいい。

「そしてウミヘビは何十人もおりまして、皆揃って身体能力が高い。毒素も同様に。その中でトップを目指して頂きたいのです。とても大変なことですが、そのぐらい強く言わなくては、上層部は納得しないでしょう。心苦しいですが、どうかご検討を」
「それ、で、あせと、しなねぇ、のか?」
「はい。貴方が成果を出す限り、保証いたしましょう」

 へぇ、そうか。

「わか、た」

 なら、断る理由はねぇな。

「なんだって、してやる……。いま……までと、かわ、んね……」
「何でも?」

 アダマスは念の為、といった感じで確認してくる。
 そうだ。何だってしてやるよ。今まで通りにな。
 違うのは受動的じゃなく、能動的になったってぐらいだ。

「言っておきますが、監視役であるクスシの命に反するのもいけませんよ? これから所属する事になる、オフィウクス・ラボの規則も守る事。普段から従う姿勢を見せてください」
「あ、あ……」
「よろしい」

 くすしとかおふぃうくすとか知らん単語を出されているが、テキトーに頷いておく。
 どうせ他に選択肢ねぇんだろ。いちいち訊くな鬱陶しい。

「詳しい条件は会議で定まるでしょう。それまでごゆっくり、おやすみなさい」
「……ま、て。あせと、どこ、だ」

 あいつ、泣いていたんだ。今も泣いているのか? 怖い思いをしているのか?
 そうなら、その原因を取り除かねぇと。今の俺ならきっと、いや絶対できる。

「アセトアルデヒドは今、隔離部屋の中です。貴方も収納する予定だったようですが、あまりに損壊が激しかったので、クスシの訴えを聞き、ここで治療に回させて頂きました」
「ちりょ、とか、いらねぇ。あせ、あせと、あせとのところ」
「焦らなくとも大丈夫ですよ。今は栄養不足を解消することに集中しましょう。……今後、契約を遂行する為にも」

 アセト。アセト。アセト。
 強くなれとか、規則を守れとか、条件に従えとか、何だって、何だってするから、頼む。どうか、笑ってくれアセト。笑った顔を見せてくれ。
 俺にはそれだけでいい。他には何もいらねぇ。
 他には、他、他にもナニカ、あったような気がするんだが、それが何だったのかもう、何もわからない。
 お前の笑顔を見る。その思いしか残っていない。から、それだけ、望ませてくれ。願わせてくれ。叶えさせてくれ。

 なぁ、アセト。

 ◆

「その後はアセトと一緒にアバトンに飛ばされた。そんでクスシ共にみっちり教育叩き込まれた後、俺は戦闘員、アセトは非戦闘員として過ごすようになったンだよ」

 ニコチンの昔話はそこで終わった。
 想像を絶する苦痛を受けた過去を淡々と話せたのは、彼の感覚が麻痺しているからだろう。いや、無意識下でのかもしれない。
 傷付き疲弊した心身を守り、正気を保つ為に。
 モーズは白衣の端を握り締め、胃から通り迫り上がってくる吐き気をどうにか飲み込む。

(畜生以下の扱いとは、胸糞が悪い。ウミヘビは皆、多かれ少なかれこのような仕打ちを受けているのか? 人間と同じ容姿を持ち、思考や感情を持ち、分別もあるというのに)

 むごい。
 一言で表すのならば、それが的確である。規則だらけのネグラに押し込まれている今の状況の方が、よほどマシだと思える程に。
 モーズはもう話を終わらせたい所だったが、まだ訊くべき事は残っている。踏み込ませて貰った以上、徹底的に向き合わなければ意味がない。

「ニコチン。その、アダマスという方の言う『『珊瑚』に関わる有事の際』というのは……」
「最近はめっきりねぇが、10年前はちょいちょいあったぞ」

 意を決して訊いた問いかけの答えは、

「超規模菌床って判断された街の、殲滅」

 残酷としか喩えようのない、内容だった。
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