毒素擬人化小説『ウミヘビのスープ』 〜十の賢者と百の猛毒が、寄生菌バイオハザード鎮圧を目指すSFファンタジー〜 

天海二色

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第十四章 煙草の灰

第299話 殲滅作戦

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「殲滅……」
「感染者だろうとそうでなかろうと、住人を全滅させる。それで被害を押さえる。って感じの強行策だ。最後にゃ建物も焼き尽くしちまう。俺の少し後に入島した燐も見学に来てたっけか。目ぇ丸くしてたなアイツ」
「一人も残さず、処分をしたと……」
「あぁ。男も女も老人も大人も子供も、何なら赤子も関係ねぇ」

 徹底的に、完膚なきまでに、『珊瑚』諸共、人間を根絶やしにする。
 超規模菌床の存在自体、ラボに入所してから知ったモーズにとっては衝撃的な内容で、これはこれで吐き気を覚えてしまった。

「ま、俺がアバトンに来たのがおおよそ11年前で、都会での超規模は10年前を最後に大方片し終えた。実際は数えられるぐらいしか命じられてねぇ。シアンの方がよっぽど超規模潰しの経験あるだろうな」
「……ニコチン。《暁の悲劇》は」
「知ってる」

 《暁の悲劇》は10年振りに巻き起こった、都会での超規模菌床。アメリカ西部のビル街が『珊瑚』と炎で赤く染まり、たった2日で3000人もの犠牲者が出てしまった災害。
 ステージ6が出現した今、再びあの悲劇が繰り返される可能性は大いにある。《暁の悲劇》では現場を指揮していた国連警察、マイクの采配で生存者の救出を優先した作戦が取られていたが、指揮官が変わればかつてと同じように、殲滅作戦が取られても何らおかしくない。

「命じられたら行くだけだ。今までと何も、変わらねぇ」

 それを踏まえた上で、ニコチンは受け入れていた。
 地獄絵図を作る事に抵抗がない。ステージ6によって危険性も格段にあがっているのに、何とも思っていないようだった。
 彼は自分の心身を鑑みる事ができていない。モーズはマスクの下で冷や汗をかいた。

(よくない状況だ。依存症を治そうにも、アセトアルデヒドが人質状態では。いやそれ以前に契約内容が不条理だ。ウミヘビを兵器としか見ていない)

 ニコチンの話では、契約を提示してきた『アダマス』は物腰柔らかい男性のようだが、喋っている内容は容赦がない。
 断れない立場なのをいい事に、言いなりにさせているだけだ。わざわざ契約という形をとっているのは、『交渉をした』という実績を残したかったからからだろうか。

(それに契約内容的に、『珊瑚』に絡む事ならば殲滅作戦以外の命令も受けられてしまう。ステージ6を起点とするイレギュラーな事態が続いている今、他の命令が下る可能性もある。……例えば、不利益となる人間の、粛正)

 ステージ6は人間に擬態が可能。その見分け方はモーズが特殊学会で発表したものの、まだ公に扱われる基準とはなっていない。
 それをいい事に、不都合な人間をステージ6としてウミヘビに片させる事もできてしまう。ていのいい言い訳だ。

(アセトアルデヒドはニコチンがこれ以上、傀儡として扱われない事を願って私を頼ってきたのかもしれないな。彼の中の天秤から自分を下ろそう、と)

 ニコチンとアセトアルデヒドの仲は良好で、他者に迷惑をかけているでもなし、現状維持のままでも表面上は問題ない。と判断する事もできる。
 それでもアセトアルデヒドはニコチンの治療を求めてきた。このままでは危険だと、わかっているからだ。

(私もこの状況は看過したくない。それに、他にも不条理な契約を結んでいるウミヘビがいるかもしれない。ウミヘビに人権を与えるというセレンとの約束を果たす為にも、策を考えなくては。……この事態、所長や他のクスシは知っているのか? いや、殲滅作戦の命令が来ているんだ。流石に知っているか)

 それはつまり、把握した上で、現状を変えられていないという事。
 話に聞く限りウミヘビを大切に扱っている所長が、不条理を放っておく筈がないのに、手を打てていない。
 それだけ効力が強い契約。
 果たしてクスシとなって一年も経ていない新人のモーズに、出来ることはあるのか。

(考えなければ。考え続けなければ)

 この状況を打破する策を、見つけ出せるまで。

「つかお前ぇ、殲滅作戦を今知ったみてぇだが噂ぐらい聞いたことねぇのかよ。街が丸ごと滅びてんだぞ? 緘口令が敷かれていたとして、流石に誤魔化しきれねぇだろ」
「恥ずかしながら、噂も聞いたことがないな。それどころか私は君と出会うまで、ステージ5感染者と遭遇する事もなかった」

 パラス感染病棟でステージ5となったトーマスとの接触が、モーズにとって初めての被災であった。
 それ以前の被災経験といえば、感染者との遭遇を想定した避難訓練をシミュレーターで体験した事だけだ。しかも異形と化したステージ5でははく、意識障害で凶暴となったステージ4の感染者を想定した訓練。
 故に実際に人が、しかも自分が担当していた患者が災害と化したのを目の当たりにした時は、酷く胸が苦しくなったものだ。

「西暦2300年当初。生物災害バイオハザードが最も酷かった頃は、郊外にある教会の孤児院で篭もるように暮らしていたのも効いているだろうな。定期的に災害孤児がやってくるのと、音沙汰なく帰ってこなくなる者は度々いたが、私自身が災害の渦中にいた事はない」

 その所為か他のクスシ、特にユストゥスやフリッツ、パウルといった生物災害バイオハザードによって身内を亡くした者との温度差を感じる事がある。
 実際に災害現場へ踏み込むようになった今でさえ、その絶望や激情を理解し切れていない節があるのを、モーズは少し気にしていた。

「何より私が生まれ育ったフランスは感染病棟を最初に創立した国で、多くの対策を実施し、どの国よりも早く災害を収束させていたんだ」
「へぇ。そいつぁ初耳だな」
「私も医大に入学してから教わった。その学んだ内容もなかなかに非現実的で、信じがたかったが」
「非現実的? どういう事だよ」
「未来を見てきたかの如く、先見の明がある医師がいたんだ。20年前当時、『珊瑚』を発見したジョン先生は英雄と謳われていたが、その医師は『予言者』と呼ばれていたと聞く」

 感染爆発パンデミックが起きた直後から感染病棟の必要性を説き、「これは長い戦いになる」とフランス政府は勿論、国連にも訴え続け、珊瑚症の危険性と認知が広まってきたのを機に真っ先に感染病棟を創立。
 後に世界各国へ広まっていく基盤を確立した。

「フランス感染病棟前院長、そして現会長」

 現在、フランス感染病棟院長を勤めているルイの前任者。
 フェイスマスク開発のキッカケとなる、がトレードマークとなっている男性医師。

「名は『ミシェル』。いつか、お会いしたい方だな」


※補足
アメリカ遠征時、シアンはフリッツに「お任せ」をされた際は殲滅作戦を実行する気満々でした。
進軍した超高層ビルも「登るんやなくて(横に)斬り倒せばええやん」と内心は考えていた。
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