毒素擬人化小説『ウミヘビのスープ』 〜十の賢者と百の猛毒が、寄生菌バイオハザード鎮圧を目指すSFファンタジー〜 

天海二色

文字の大きさ
311 / 600
第十四章 煙草の灰

第303話 気難し屋

しおりを挟む
 帰りの飛行機内、ボックス席にて。
 モーズは青洲と向かい合う席へ着き、彼に聞きそびれていた質問を問いかけていた。

「青洲さん。菌床処分後、何十匹ものアイギスがどこかへ飛んでいってしまっていましたが、あのアイギスはその後どうなるのでしょうか?」
「野生に……帰る、それだけだ……。蓄えていた毒素はいずれ抜け、身体も小さくなり、洞窟の奥深く、人目のつかない場所でひっそりと……生きていくことだろう」

 菌床を破壊した後、青洲の元へ還らず風に流されて消えていったアイギスの群れ。
 産まれた時から養殖されていたタイプでも、野生で生きる本能が備わっているので、人間がいなくとも生活に支障はないという。
 ちなみに野生で生きるアイギスを見付けられた者は副所長を除き誰もおらず、生息域を把握している者も極小数。その見付けづらさから、結果的に人間を襲うことはないのだと言う。

「あと青洲さん。ニコチン……ウミヘビが結んでいるという、不条理な契約について、何かご存知ですか?」
「あぁ、あれか……」

 国連の人間がウミヘビと交わす契約。
 その存在を、やはりと言うべきか、ラボ古参の青洲は知っていた。

「ラボに回収される前に、多くの人間を殺めたウミヘビが結ばされる、契約だ……。国連曰く、廃棄を見逃す妥協案、と言っているが……」

 そこで青洲は両腕を組み、

「手駒にしたい、だけだろう」

 苦々しげに言った。
 彼から見ても、その契約は不当なものであるようだ。

「契約の対象となっているウミヘビが誰か、確認できますか?」
「小生は、できない。国連の契約を含め、ウミヘビを完璧に把握しているのは、所長、副所長……そして、『フリードリヒ』だ」
「フリードリヒさん、ですか」

 所長、副所長に続き3番目にクスシとなったと言うフリードリヒ。ユストゥスへ推薦を出した人物。抽射器を開発してしまうほど、武器の造詣が深いクスシ。
 ただし性格に難がある。

(冷気放射器の件の助言も貰いたい。どうにか話をつけられないだろうか)

 ◇

 半日のフライトは無事に終わり、人工島アバトンの砂浜に飛行機は危なげなく着陸してくれた。
 時刻は昼前。太陽が人工島の真上にあがる頃合い。
 離れていたのは少しの間だというのに、モーズはアバトンの潮風にどこか懐かしささえ覚えていた。

「いや~っ! あっという間に帰ってきちまったねぇ!」
「……そうだな」
「アッシはもっと長居したかったもんだが! バックギャモンも途中で終わっちまって消化不良よ!」
「そりゃお前ぇが一番で上がりたいとかでリトライしまくった所為だろ」
「あははは~。次は勝てるといいねぇ、燐」

 行きとは異なり、帰りの飛行機内では静かに過ごしていたウミヘビ達も、自身のホームたるアバトンの海岸に降りてくると緊張が解けるのか、明るく会話を交わしている。
 最後に青洲が階段から降りてくれば、飛行機の点検があるというヒドラジンを除き、全員の降機が完了した。

(……ウミヘビに、墓はあるのだろうか)

 前を歩くウミヘビ達の姿を見てモーズの脳裏に浮かんだのは、飛行機内で訊けなかった、亡くなったアトロピンの行く末。遺体と《ウミヘビの卵》は既にラボへ送られているのだから、何らかの処置が施されていると推測できるものの、モーズはどうしても、青洲には訊けなかった。
 他のクスシ、フリーデンかフリッツに訊いてみるかと、モーズはラボへ向かおうとして、そのラボの出入り口から一人の男性が出てきたのを目撃した。
 その赤茶色の髪をした男性は、マスクで顔を覆い隠している。
 つまりクスシだ。
 紫がかった薄桃色の花――ケシの花がデザインされたフェイスマスク。モーズが初めて見るデザイン。それを付けた赤茶色の髪の男性はずんずんと足早でモーズ達の元へ接近してきて、

 バキィッ!

 青洲に向け拳を振りかざし、在らん限りの力でぶん殴ってきた。

「青洲さん!?」

 まともに顔を殴られた結果、その衝撃によって青洲が付けていたマスクの留め具は外れ、狐面のマスクが砂浜の上へ吹き飛ぶ。

「よくも、のこのこと帰って来たものだ……!」

 それでも怒りが収まらない男性は更に殴り掛かろうとしたが、青洲の手首から生えてきたアイギスの触手によって腕を絡み取られ、動きを止められてしまった。
 チッ! と、盛大に舌打ちした音が、男性のマスクの下から聞こえてくる。

「何とか言えこの盆暗がっ!!」
「……フリードリヒ」

 『フリードリヒ』。
 この暴力と暴言を躊躇なく振り撒く男性こそが、所長、副所長に続きクスシとなった者。
 気難し屋というレベルではない。モーズはフリッツが大分柔らかい表現を用いていた事に衝撃を受けた。

「あのアトロピンを壊すなど! 彼が簡単に壊れる筈がない! どうせお前の自棄に巻き込んだんだろう! えぇっ!? なのにどうしてお前は生き残っているんだ! お前が死ねばよかったというのに!!」
「なっ、何て事を言うんだっ!」
「餓鬼は黙っていろっ!!」

 度を越した物言いをするフリードリヒにモーズがいかるが、モーズという若造など彼の眼中にはなく怒鳴り付けてくる。
 そして触手を乱暴に振り払うと、今度は青洲の胸倉を掴み自身にぐいと引き寄せた。

「お得意のだんまりか? 何の為に口があると思っている! あぁ!? いっそこの機に舌を引き抜いてやろうか!」
「……小生は、彼に生きる事を願われた。故に、『珊瑚』を根こそぎ枯らすまで……死ぬ気はない」
「くだらん……!」

 青洲の覚悟を、フリードリヒは価値がないものとして吐き捨てる。

「くだらん、くだらん、くだらん! お前の矮小な自己満足で! ウミヘビを危険に晒すつもりか! アトロピンを壊した後にも関わらず、更に犠牲を強いるつもりか!? 忌々しい!!」
「《アコニチン》を」

 怒り狂うフリードリヒに対し、青洲はあくまで淡々と話を続けた。

「次に遠征へ出る時には、アコニチンを……連れて行くつもりだ」

 《アコニチン》。トリカブトの花に含まれる毒素の名。そして恐らく、ウミヘビの名前。
 それを聞いて、フリードリヒはようやく静まり返る。

「……本気か?」
「お前が何と言おうと、決めた事だ……。それに小生は、4年も遠征へ出ていないお前より、まともに、戦える」
「ぬかせ!!」

 だが青洲が挑発的な物言いをした途端、直ぐに語気を荒げ、青洲の胸倉を掴んでいた手で彼を突き飛ばすと、衝動のまま砂浜を踏み付けた。

「おれが何の為にユストゥスへ推薦を出したと……! にも関わらず未だに『珊瑚』がのさばっているなど……! どいつもこいつも薄鈍か!? 嗚呼! 忌々しい、忌々しい、忌々しい!!」

 理想とかけ離れているらしい現状にフリードリヒは嘆き、

「『珊瑚』を根絶やしにしたいのならばさっさと焼き払ってしまえ! 寄生先がいなければ何もできない真菌カビに何を手こずっている! あんな汚物の為にウミヘビを頼るなど! 頼っておいて使い捨てるつもりなど!! 愚かな人類など滅んでしまえばいい!!」

 人類滅亡などという過激な発言までも口にした。
 あまりの極論に、モーズは絶句する。

「ひ、人の滅びを願うと……!? 貴方も人だろう!?」
「それが何だ」

 人類滅亡を願う、それ即ち自分の死を願うのと同じである。
 にも関わらずフリードリヒはあっけらかんと自死を受け入れ、何なら自身の胸元、丁度心臓がある位置に手を置き、喜色を孕んだ声音でこう言った。

でウミヘビの安寧を得られるというのならば、おれは喜んで、この心の臓を捧げよう」



 ▼△▼

 次章より『平和が終わる日』、開幕。

 ここまでお読みいただき誠にありがとうございます。
 『煙草の灰編』これにて完結です。ニコチンとアセトアルデヒドの過去、大分ぼかしましたがレーティングあっているんだろうか……? 天海は訝しんだ。
 ちなみに『ショール』はブラックトルマリンの別名なのですが、トルマリンの静電気を帯びる性質を利用し、昔は刻みタバコの灰を集めるのに使われていたそうです。
 「灰を吸いつけるアッシェントレッカー」と呼ばれていたとか。

 次章では、名前だけ出ていたモルヒネがいよいよ登場! そしてフリーデンの掘り下げが行われます!

 もしも面白いと思ってくださいましたらフォローや応援、コメントよろしくお願いします。
 励みになります。



しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

女神の白刃

玉椿 沢
ファンタジー
 どこかの世界の、いつかの時代。  その世界の戦争は、ある遺跡群から出現した剣により、大きく姿を変えた。  女の身体を鞘とする剣は、魔力を収束、発振する兵器。  剣は瞬く間に戦を大戦へ進歩させた。数々の大戦を経た世界は、権威を西の皇帝が、権力を東の大帝が握る世になり、終息した。  大戦より数年後、まだ治まったとはいえない世界で、未だ剣士は剣を求め、奪い合っていた。  魔物が出ようと、町も村も知った事かと剣を求める愚かな世界で、赤茶けた大地を畑や町に、煤けた顔を笑顔に変えたいという脳天気な一団が現れる。  *表紙絵は五月七日ヤマネコさん(@yamanekolynx_2)の作品です*

忘却の艦隊

KeyBow
SF
新設された超弩級砲艦を旗艦とし新造艦と老朽艦の入れ替え任務に就いていたが、駐留基地に入るには数が多く、月の1つにて物資と人員の入れ替えを行っていた。 大型輸送艦は工作艦を兼ねた。 総勢250艦の航宙艦は退役艦が110艦、入れ替え用が同数。 残り30艦は増強に伴い新規配備される艦だった。 輸送任務の最先任士官は大佐。 新造砲艦の設計にも関わり、旗艦の引き渡しのついでに他の艦の指揮も執り行っていた。 本来艦隊の指揮は少将以上だが、輸送任務の為、設計に関わった大佐が任命された。    他に星系防衛の指揮官として少将と、退役間近の大将とその副官や副長が視察の為便乗していた。 公安に近い監査だった。 しかし、この2名とその側近はこの艦隊及び駐留艦隊の指揮系統から外れている。 そんな人員の載せ替えが半分ほど行われた時に中緊急警報が鳴り、ライナン星系第3惑星より緊急の救援要請が入る。 機転を利かせ砲艦で敵の大半を仕留めるも、苦し紛れに敵は主系列星を人口ブラックホールにしてしまった。 完全にブラックホールに成長し、その重力から逃れられないようになるまで数分しか猶予が無かった。 意図しない戦闘の影響から士気はだだ下がり。そのブラックホールから逃れる為、禁止されている重力ジャンプを敢行する。 恒星から近い距離では禁止されているし、システム的にも不可だった。 なんとか制限内に解除し、重力ジャンプを敢行した。 しかし、禁止されているその理由通りの状況に陥った。 艦隊ごとセットした座標からズレ、恒星から数光年離れた所にジャンプし【ワープのような架空の移動方法】、再び重力ジャンプ可能な所まで移動するのに33年程掛かる。 そんな中忘れ去られた艦隊が33年の月日の後、本星へと帰還を目指す。 果たして彼らは帰還できるのか? 帰還出来たとして彼らに待ち受ける運命は?

織田信長 -尾州払暁-

藪から犬
歴史・時代
織田信長は、戦国の世における天下統一の先駆者として一般に強くイメージされますが、当然ながら、生まれついてそうであるわけはありません。 守護代・織田大和守家の家来(傍流)である弾正忠家の家督を継承してから、およそ14年間を尾張(現・愛知県西部)の平定に費やしています。そして、そのほとんどが一族間での骨肉の争いであり、一歩踏み外せば死に直結するような、四面楚歌の道のりでした。 織田信長という人間を考えるとき、この彼の青春時代というのは非常に色濃く映ります。 そこで、本作では、天文16年(1547年)~永禄3年(1560年)までの13年間の織田信長の足跡を小説としてじっくりとなぞってみようと思いたった次第です。 毎週の月曜日00:00に次話公開を目指しています。 スローペースの拙稿ではありますが、お付き合いいただければ嬉しいです。 (2022.04.04) ※信長公記を下地としていますが諸出来事の年次比定を含め随所に著者の創作および定説ではない解釈等がありますのでご承知置きください。 ※アルファポリスの仕様上、「HOTランキング用ジャンル選択」欄を「男性向け」に設定していますが、区別する意図はとくにありません。

ネクスト・ステージ~チートなニートが迷宮探索。スキル【ドロップ★5】は、武器防具が装備不可!?

武蔵野純平
ファンタジー
現代ファンタジー(ローファンタジー)です。ニート主人公のスキルは【ドロップ★5】――ドロップ確率が大幅上昇し、ドロップアイテムの品質も大幅上昇するチートスキルだった。だが、剣や盾などの装備品が装備出来ない欠陥があり、攻撃力、防御力に問題を残す。 ダンジョン探索をする為に冒険者となりパーティーメンバーを募集するが、なぜか【ワケあり】女性ばかり集まってくる。

初恋♡リベンジャーズ

遊馬友仁
青春
【第五部開始】  高校一年生の春休み直前、クラスメートの紅野アザミに告白し、華々しい玉砕を遂げた黒田竜司は、憂鬱な気持ちのまま、新学期を迎えていた。そんな竜司のクラスに、SNSなどでカリスマ的人気を誇る白草四葉が転入してきた。  眉目秀麗、容姿端麗、美の化身を具現化したような四葉は、性格も明るく、休み時間のたびに、竜司と親友の壮馬に気さくに話しかけてくるのだが――――――。  転入早々、竜司に絡みだす、彼女の真の目的とは!?  ◯ンスタグラム、ユ◯チューブ、◯イッターなどを駆使して繰り広げられる、SNS世代の新感覚復讐系ラブコメディ、ここに開幕!  第二部からは、さらに登場人物たちも増え、コメディ要素が多めとなります(予定)

【完結】大量焼死体遺棄事件まとめサイト/裏サイド

まみ夜
ホラー
ここは、2008年2月09日朝に報道された、全国十ケ所総数六十体以上の「大量焼死体遺棄事件」のまとめサイトです。 事件の上澄みでしかない、ニュース報道とネット情報が序章であり終章。 一年以上も前に、偶然「写本」のネット検索から、オカルトな事件に巻き込まれた女性のブログ。 その家族が、彼女を探すことで、日常を踏み越える恐怖を、誰かに相談したかったブログまでが第一章。 そして、事件の、悪意の裏側が第二章です。 ホラーもミステリーと同じで、ラストがないと評価しづらいため、短編集でない長編はweb掲載には向かないジャンルです。 そのため、第一章にて、表向きのラストを用意しました。 第二章では、その裏側が明らかになり、予想を裏切れれば、とも思いますので、お付き合いください。 表紙イラストは、lllust ACより、乾大和様の「お嬢さん」を使用させていただいております。

プライベート・スペクタル

点一
ファンタジー
【星】(スターズ)。それは山河を変えるほどの膂力、千里を駆ける脚力、そして異形の術や能力を有する超人・怪人達。 この物語はそんな連中のひどく…ひどく個人的な物語群。 その中の一部、『龍王』と呼ばれた一人の男に焦点を当てたお話。 (※基本 隔週土曜日に更新予定)

滝川家の人びと

卯花月影
歴史・時代
勝利のために走るのではない。 生きるために走る者は、 傷を負いながらも、歩みを止めない。 戦国という時代の只中で、 彼らは何を失い、 走り続けたのか。 滝川一益と、その郎党。 これは、勝者の物語ではない。 生き延びた者たちの記録である。

処理中です...