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第十四章 煙草の灰
第303話 気難し屋
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帰りの飛行機内、ボックス席にて。
モーズは青洲と向かい合う席へ着き、彼に聞きそびれていた質問を問いかけていた。
「青洲さん。菌床処分後、何十匹ものアイギスがどこかへ飛んでいってしまっていましたが、あのアイギスはその後どうなるのでしょうか?」
「野生に……帰る、それだけだ……。蓄えていた毒素はいずれ抜け、身体も小さくなり、洞窟の奥深く、人目のつかない場所でひっそりと……生きていくことだろう」
菌床を破壊した後、青洲の元へ還らず風に流されて消えていったアイギスの群れ。
産まれた時から養殖されていたタイプでも、野生で生きる本能が備わっているので、人間がいなくとも生活に支障はないという。
ちなみに野生で生きるアイギスを見付けられた者は副所長を除き誰もおらず、生息域を把握している者も極小数。その見付けづらさから、結果的に人間を襲うことはないのだと言う。
「あと青洲さん。ニコチン……ウミヘビが結んでいるという、不条理な契約について、何かご存知ですか?」
「あぁ、あれか……」
国連の人間がウミヘビと交わす契約。
その存在を、やはりと言うべきか、ラボ古参の青洲は知っていた。
「ラボに回収される前に、多くの人間を殺めたウミヘビが結ばされる、契約だ……。国連曰く、廃棄を見逃す妥協案、と言っているが……」
そこで青洲は両腕を組み、
「手駒にしたい、だけだろう」
苦々しげに言った。
彼から見ても、その契約は不当なものであるようだ。
「契約の対象となっているウミヘビが誰か、確認できますか?」
「小生は、できない。国連の契約を含め、ウミヘビを完璧に把握しているのは、所長、副所長……そして、『フリードリヒ』だ」
「フリードリヒさん、ですか」
所長、副所長に続き3番目にクスシとなったと言うフリードリヒ。ユストゥスへ推薦を出した人物。抽射器を開発してしまうほど、武器の造詣が深いクスシ。
ただし性格に難がある。
(冷気放射器の件の助言も貰いたい。どうにか話をつけられないだろうか)
◇
半日のフライトは無事に終わり、人工島アバトンの砂浜に飛行機は危なげなく着陸してくれた。
時刻は昼前。太陽が人工島の真上にあがる頃合い。
離れていたのは少しの間だというのに、モーズはアバトンの潮風にどこか懐かしささえ覚えていた。
「いや~っ! あっという間に帰ってきちまったねぇ!」
「……そうだな」
「アッシはもっと長居したかったもんだが! バックギャモンも途中で終わっちまって消化不良よ!」
「そりゃお前ぇが一番で上がりたいとかでリトライしまくった所為だろ」
「あははは~。次は勝てるといいねぇ、燐」
行きとは異なり、帰りの飛行機内では静かに過ごしていたウミヘビ達も、自身のホームたるアバトンの海岸に降りてくると緊張が解けるのか、明るく会話を交わしている。
最後に青洲が階段から降りてくれば、飛行機の点検があるというヒドラジンを除き、全員の降機が完了した。
(……ウミヘビに、墓はあるのだろうか)
前を歩くウミヘビ達の姿を見てモーズの脳裏に浮かんだのは、飛行機内で訊けなかった、亡くなったアトロピンの行く末。遺体と《ウミヘビの卵》は既にラボへ送られているのだから、何らかの処置が施されていると推測できるものの、モーズはどうしても、青洲には訊けなかった。
他のクスシ、フリーデンかフリッツに訊いてみるかと、モーズはラボへ向かおうとして、そのラボの出入り口から一人の男性が出てきたのを目撃した。
その赤茶色の髪をした男性は、マスクで顔を覆い隠している。
つまりクスシだ。
紫がかった薄桃色の花――ケシの花がデザインされたフェイスマスク。モーズが初めて見るデザイン。それを付けた赤茶色の髪の男性はずんずんと足早でモーズ達の元へ接近してきて、
バキィッ!
青洲に向け拳を振りかざし、在らん限りの力でぶん殴ってきた。
「青洲さん!?」
まともに顔を殴られた結果、その衝撃によって青洲が付けていたマスクの留め具は外れ、狐面のマスクが砂浜の上へ吹き飛ぶ。
「よくも、のこのこと帰って来たものだ……!」
それでも怒りが収まらない男性は更に殴り掛かろうとしたが、青洲の手首から生えてきたアイギスの触手によって腕を絡み取られ、動きを止められてしまった。
チッ! と、盛大に舌打ちした音が、男性のマスクの下から聞こえてくる。
「何とか言えこの盆暗がっ!!」
「……フリードリヒ」
『フリードリヒ』。
この暴力と暴言を躊躇なく振り撒く男性こそが、所長、副所長に続きクスシとなった者。
気難し屋というレベルではない。モーズはフリッツが大分柔らかい表現を用いていた事に衝撃を受けた。
「あのアトロピンを壊すなど! 彼が簡単に壊れる筈がない! どうせお前の自棄に巻き込んだんだろう! えぇっ!? なのにどうしてお前は生き残っているんだ! お前が死ねばよかったというのに!!」
「なっ、何て事を言うんだっ!」
「餓鬼は黙っていろっ!!」
度を越した物言いをするフリードリヒにモーズが怒るが、モーズという若造など彼の眼中にはなく怒鳴り付けてくる。
そして触手を乱暴に振り払うと、今度は青洲の胸倉を掴み自身にぐいと引き寄せた。
「お得意のだんまりか? 何の為に口があると思っている! あぁ!? いっそこの機に舌を引き抜いてやろうか!」
「……小生は、彼に生きる事を願われた。故に、『珊瑚』を根こそぎ枯らすまで……死ぬ気はない」
「くだらん……!」
青洲の覚悟を、フリードリヒは価値がないものとして吐き捨てる。
「くだらん、くだらん、くだらん! お前の矮小な自己満足で! ウミヘビを危険に晒すつもりか! アトロピンを壊した後にも関わらず、更に犠牲を強いるつもりか!? 忌々しい!!」
「《アコニチン》を」
怒り狂うフリードリヒに対し、青洲はあくまで淡々と話を続けた。
「次に遠征へ出る時には、アコニチンを……連れて行くつもりだ」
《アコニチン》。トリカブトの花に含まれる毒素の名。そして恐らく、ウミヘビの名前。
それを聞いて、フリードリヒはようやく静まり返る。
「……本気か?」
「お前が何と言おうと、決めた事だ……。それに小生は、4年も遠征へ出ていないお前より、まともに、戦える」
「ぬかせ!!」
だが青洲が挑発的な物言いをした途端、直ぐに語気を荒げ、青洲の胸倉を掴んでいた手で彼を突き飛ばすと、衝動のまま砂浜を踏み付けた。
「おれが何の為にユストゥスへ推薦を出したと……! にも関わらず未だに『珊瑚』がのさばっているなど……! どいつもこいつも薄鈍か!? 嗚呼! 忌々しい、忌々しい、忌々しい!!」
理想とかけ離れているらしい現状にフリードリヒは嘆き、
「『珊瑚』を根絶やしにしたいのならばさっさと焼き払ってしまえ! 寄生先がいなければ何もできない真菌に何を手こずっている! あんな汚物の為にウミヘビを頼るなど! 頼っておいて使い捨てるつもりなど!! 愚かな人類など滅んでしまえばいい!!」
人類滅亡などという過激な発言までも口にした。
あまりの極論に、モーズは絶句する。
「ひ、人の滅びを願うと……!? 貴方も人だろう!?」
「それが何だ」
人類滅亡を願う、それ即ち自分の死を願うのと同じである。
にも関わらずフリードリヒはあっけらかんと自死を受け入れ、何なら自身の胸元、丁度心臓がある位置に手を置き、喜色を孕んだ声音でこう言った。
「そのぐらいの事でウミヘビの安寧を得られるというのならば、おれは喜んで、この心の臓を捧げよう」
▼△▼
次章より『平和が終わる日』、開幕。
ここまでお読みいただき誠にありがとうございます。
『煙草の灰編』これにて完結です。ニコチンとアセトアルデヒドの過去、大分ぼかしましたがレーティングあっているんだろうか……? 天海は訝しんだ。
ちなみに『ショール』はブラックトルマリンの別名なのですが、トルマリンの静電気を帯びる性質を利用し、昔は刻みタバコの灰を集めるのに使われていたそうです。
「灰を吸いつける」と呼ばれていたとか。
次章では、名前だけ出ていたモルヒネがいよいよ登場! そしてフリーデンの掘り下げが行われます!
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モーズは青洲と向かい合う席へ着き、彼に聞きそびれていた質問を問いかけていた。
「青洲さん。菌床処分後、何十匹ものアイギスがどこかへ飛んでいってしまっていましたが、あのアイギスはその後どうなるのでしょうか?」
「野生に……帰る、それだけだ……。蓄えていた毒素はいずれ抜け、身体も小さくなり、洞窟の奥深く、人目のつかない場所でひっそりと……生きていくことだろう」
菌床を破壊した後、青洲の元へ還らず風に流されて消えていったアイギスの群れ。
産まれた時から養殖されていたタイプでも、野生で生きる本能が備わっているので、人間がいなくとも生活に支障はないという。
ちなみに野生で生きるアイギスを見付けられた者は副所長を除き誰もおらず、生息域を把握している者も極小数。その見付けづらさから、結果的に人間を襲うことはないのだと言う。
「あと青洲さん。ニコチン……ウミヘビが結んでいるという、不条理な契約について、何かご存知ですか?」
「あぁ、あれか……」
国連の人間がウミヘビと交わす契約。
その存在を、やはりと言うべきか、ラボ古参の青洲は知っていた。
「ラボに回収される前に、多くの人間を殺めたウミヘビが結ばされる、契約だ……。国連曰く、廃棄を見逃す妥協案、と言っているが……」
そこで青洲は両腕を組み、
「手駒にしたい、だけだろう」
苦々しげに言った。
彼から見ても、その契約は不当なものであるようだ。
「契約の対象となっているウミヘビが誰か、確認できますか?」
「小生は、できない。国連の契約を含め、ウミヘビを完璧に把握しているのは、所長、副所長……そして、『フリードリヒ』だ」
「フリードリヒさん、ですか」
所長、副所長に続き3番目にクスシとなったと言うフリードリヒ。ユストゥスへ推薦を出した人物。抽射器を開発してしまうほど、武器の造詣が深いクスシ。
ただし性格に難がある。
(冷気放射器の件の助言も貰いたい。どうにか話をつけられないだろうか)
◇
半日のフライトは無事に終わり、人工島アバトンの砂浜に飛行機は危なげなく着陸してくれた。
時刻は昼前。太陽が人工島の真上にあがる頃合い。
離れていたのは少しの間だというのに、モーズはアバトンの潮風にどこか懐かしささえ覚えていた。
「いや~っ! あっという間に帰ってきちまったねぇ!」
「……そうだな」
「アッシはもっと長居したかったもんだが! バックギャモンも途中で終わっちまって消化不良よ!」
「そりゃお前ぇが一番で上がりたいとかでリトライしまくった所為だろ」
「あははは~。次は勝てるといいねぇ、燐」
行きとは異なり、帰りの飛行機内では静かに過ごしていたウミヘビ達も、自身のホームたるアバトンの海岸に降りてくると緊張が解けるのか、明るく会話を交わしている。
最後に青洲が階段から降りてくれば、飛行機の点検があるというヒドラジンを除き、全員の降機が完了した。
(……ウミヘビに、墓はあるのだろうか)
前を歩くウミヘビ達の姿を見てモーズの脳裏に浮かんだのは、飛行機内で訊けなかった、亡くなったアトロピンの行く末。遺体と《ウミヘビの卵》は既にラボへ送られているのだから、何らかの処置が施されていると推測できるものの、モーズはどうしても、青洲には訊けなかった。
他のクスシ、フリーデンかフリッツに訊いてみるかと、モーズはラボへ向かおうとして、そのラボの出入り口から一人の男性が出てきたのを目撃した。
その赤茶色の髪をした男性は、マスクで顔を覆い隠している。
つまりクスシだ。
紫がかった薄桃色の花――ケシの花がデザインされたフェイスマスク。モーズが初めて見るデザイン。それを付けた赤茶色の髪の男性はずんずんと足早でモーズ達の元へ接近してきて、
バキィッ!
青洲に向け拳を振りかざし、在らん限りの力でぶん殴ってきた。
「青洲さん!?」
まともに顔を殴られた結果、その衝撃によって青洲が付けていたマスクの留め具は外れ、狐面のマスクが砂浜の上へ吹き飛ぶ。
「よくも、のこのこと帰って来たものだ……!」
それでも怒りが収まらない男性は更に殴り掛かろうとしたが、青洲の手首から生えてきたアイギスの触手によって腕を絡み取られ、動きを止められてしまった。
チッ! と、盛大に舌打ちした音が、男性のマスクの下から聞こえてくる。
「何とか言えこの盆暗がっ!!」
「……フリードリヒ」
『フリードリヒ』。
この暴力と暴言を躊躇なく振り撒く男性こそが、所長、副所長に続きクスシとなった者。
気難し屋というレベルではない。モーズはフリッツが大分柔らかい表現を用いていた事に衝撃を受けた。
「あのアトロピンを壊すなど! 彼が簡単に壊れる筈がない! どうせお前の自棄に巻き込んだんだろう! えぇっ!? なのにどうしてお前は生き残っているんだ! お前が死ねばよかったというのに!!」
「なっ、何て事を言うんだっ!」
「餓鬼は黙っていろっ!!」
度を越した物言いをするフリードリヒにモーズが怒るが、モーズという若造など彼の眼中にはなく怒鳴り付けてくる。
そして触手を乱暴に振り払うと、今度は青洲の胸倉を掴み自身にぐいと引き寄せた。
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「……小生は、彼に生きる事を願われた。故に、『珊瑚』を根こそぎ枯らすまで……死ぬ気はない」
「くだらん……!」
青洲の覚悟を、フリードリヒは価値がないものとして吐き捨てる。
「くだらん、くだらん、くだらん! お前の矮小な自己満足で! ウミヘビを危険に晒すつもりか! アトロピンを壊した後にも関わらず、更に犠牲を強いるつもりか!? 忌々しい!!」
「《アコニチン》を」
怒り狂うフリードリヒに対し、青洲はあくまで淡々と話を続けた。
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《アコニチン》。トリカブトの花に含まれる毒素の名。そして恐らく、ウミヘビの名前。
それを聞いて、フリードリヒはようやく静まり返る。
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「ぬかせ!!」
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「おれが何の為にユストゥスへ推薦を出したと……! にも関わらず未だに『珊瑚』がのさばっているなど……! どいつもこいつも薄鈍か!? 嗚呼! 忌々しい、忌々しい、忌々しい!!」
理想とかけ離れているらしい現状にフリードリヒは嘆き、
「『珊瑚』を根絶やしにしたいのならばさっさと焼き払ってしまえ! 寄生先がいなければ何もできない真菌に何を手こずっている! あんな汚物の為にウミヘビを頼るなど! 頼っておいて使い捨てるつもりなど!! 愚かな人類など滅んでしまえばいい!!」
人類滅亡などという過激な発言までも口にした。
あまりの極論に、モーズは絶句する。
「ひ、人の滅びを願うと……!? 貴方も人だろう!?」
「それが何だ」
人類滅亡を願う、それ即ち自分の死を願うのと同じである。
にも関わらずフリードリヒはあっけらかんと自死を受け入れ、何なら自身の胸元、丁度心臓がある位置に手を置き、喜色を孕んだ声音でこう言った。
「そのぐらいの事でウミヘビの安寧を得られるというのならば、おれは喜んで、この心の臓を捧げよう」
▼△▼
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