毒素擬人化小説『ウミヘビのスープ』 〜十の賢者と百の猛毒が、寄生菌バイオハザード鎮圧を目指すSFファンタジー〜 

天海二色

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第十五章 平和が終わる日

第306話 バーチャルゲーム大会

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『れでぃーすあーんどじぇんとるまーんっ!』
『れでぃーすはいないのだが……。まぁいいか』

 昼下がりのネグラの広場に、拡声器を用いたフリーデンの声が響き渡る。その拡声器はネグラの至る所にあるスピーカーにも無線で繋がっていて、ここに限らず食堂や図書館にも声は拡散されていた。
 なお彼の隣に立つモーズから入る、細かい突っ込みも拡声器の収音範囲内なようで、ついでに拡声されてしまっている。

『第一回バーチャルゲーム大会、始めるぞ~! 優勝者の景品はなんと! 高級純米大吟醸だ~っ!』
『私の日本土産……』

 フリーデンがゲーム大会の優勝景品として用意したのは、モーズがウミヘビ達への土産として複数購入した日本酒である。
 その内の一本はかねてより要望があったペンタクロロフェノールに渡し済みだが、フリーデンの提案によって残り全て景品にされてしまった。彼曰く「タダで貰うより勝ち取って飲む方が美酒になるだろ!」との事だが、本音では単にウミヘビを釣りたいだけでだろう。
 実際、ゲーム大会開催を宣言しても広場にいたウミヘビ達の反応は薄かったのに、酒が景品と知った途端にワッと盛り上がり始めた。珍しい酒の集客効果は絶大なようだ。
 尤もモーズにはウミヘビ全員分の酒を購入する予算はなかったので、どう配ろうか、食堂で試飲形式で飲んで貰おうかなど考えていた所に、「ゲームを頑張ったウミヘビに贈る」という選択肢ができたのは良かったかもしれない。

『あ、ニコチンは強制参加な~』
「……。は?」

 広場の屋台バー前で酒を飲んでいたニコチンが、フリーデンの突然の命令に間の抜けた声を発する。
 そして数秒後、猛抗議をし出した。

「なに勝手なこと言ってんだお前ぇ!」
『だってニコチンいると人が集まるからさ。大会盛り上がっていいかなって!』
「知るか! 俺はアセトと酒飲むって決めて」
「参加しないのぉ、ニコ。僕だけ参加になっちゃうかぁ」

 屋台バーの中でグラスを拭いていたアセトアルデヒドが寂しそうに言う。
 ゲーム含め競争事など参加した事がないアセトアルデヒドが、参加する意思がある。青天の霹靂並みの想定外の事態に、ニコチンは赤い目を見開き耳を疑った。

「あっ、ううん。何でもないよぉ。ニコは気にしないでぇ」
「…………。チッ!」

 アセトアルデヒドが参加するのならば自分も付き添わねば。ニコチンは使命感から、不本意ながらフリーデンの命令を受け入れる。

『そんじゃ~この機にニコチンをボコりたい奴、訓練場に集合~っ!』
『酷い集客があったものだな』
「フリーデンてめぇ、覚えてろよ……?」

 ゲーム大会の概要を拡散し終えた所でフリーデンとモーズは訓練場へ移動を始め、ニコチンとアセトアルデヒド含む大会に興味があるウミヘビ達も椅子から立ち上がり動き出す。直ぐには決められず、観戦に留まるか酒目当てに参加するか、話し合うウミヘビもいた。
 動くにしても喋るにしても、広場には慌ただしい空気が流れる。
 そんな中、パラチオンは一人、木製椅子に腰掛けたまま微動だにせず過ごしていた。

「賑やかねぇ。ネグラがお祭り騒ぎになるだなんて、初めてじゃないかしら。……貴方は参加しないの? パラチオン」

 そこに食堂の方から広場にやってきた水銀が、沸き立つウミヘビ達を横目にパラチオンの元へ足を運ぶ。

「……別に」

 しかしパラチオンは自分にとっていけ好かない水銀が目の前に現れてなお、視線を動かさず――ずっと、手に持つ現象された写真を凝視していた。

「勝負事が大好きな貴方が不参加とか。明日は槍でも降るのかしら」
「参加するしないなど、俺様の勝手だ。放っておけ」

 写真の中には慣れない浴衣を着る己と、壊れてしまった、アトロピンの姿が写っている。

「放って、おけ」

 もう二度と、話すことができない者の姿が。
 今日からパラチオンは【檻】に戻る必要はなく、自由に動ける。ネグラ内ならばどこにでも行けるし、常識の範囲内ならば何でもできる。
 にも関わらず、写真に囚われている。日本で起きた出来事の整理ができないでいる。
 そんな彼を見た水銀は目を細め、少し呆れたような表情を浮かべた後に、彼の隣の席に腰を下ろし長い足を組んだ。

「泣き方もわからないだなんて。本当、お子ちゃまなんだから」

 ……そうして黄昏ていた所に、ヒドラジンを連れた状態で広場にやってきたフリードリヒが、パラチオンの腕を掴み彼を引きずる形で歩き始めた。

「なっ! 何なんだお前っ!?」
「メンテナンスをすると言っただろう。行くぞ」
「そんな事をする必要などないっ! こ、の……っ! 放せ……っ!」

 メンテナンスの必要性を感じていないパラチオンが、フリードリヒの腕を力任せに振り解こうとする。
 その直後、パラチオンの身体はふわりと浮き上がってフリードリヒの頭上に固定された。

「……!?」

 地面があれば蹴れる。壁があれば殴れる。しかし何もない空中ではなす術がない。尤もパラチオンはひとりでに浮かんでいるのではなく、のだ。
 フリードリヒの操る、薄らしか見えないアイギスの触手によって。

「アイギス出されたら敵わないから、諦めた方が賢明ってワケ……」

 フリードリヒのアイギスを知っているらしいヒドラジンが、遠い目をして言った。
 ちなみにこれでも、ヒドラジンの飛行機点検が終わるまでフリードリヒは辛抱してくれたのだという。

「手間をかけさせるな。お前達を診た後は燐達も診なくてはならないんだからな。全くどいつもこいつも、なぜ己の再生力を過信するのやら」

 ◇

「う、う、うぅ……」

 訓練場の中に入っていくウミヘビ達を、店舗と店舗の間、大きい通りに繋がる細道の真ん中で眺める美青年が、一人。
 毛先のみオレンジ色をした白髪と、鮮やかな黄色い瞳を持つその美青年は、前に進もうか後ろに進もうか、迷いが見て取れる動きで右往左往している。

「わっ! そんな所でどうしたのっ!」
「あ、う、く、く、クロロホルム……」

 挙動不審で不審者にも見える美青年に、通りがかりのウミヘビ、薄緑色の髪を持つクロロホルムが驚愕した声をあけた。

「え、え、えと、ぼ、ぼ、僕、その」
「退け」

 吃りながらもクロロホルムと話をしようとした美青年だったが、背後から現れた黄緑色の髪を持つウミヘビ、塩素クロールによって道の端、店舗の壁へ押し除けられてしまう。

「邪魔だ、根暗」
「あ、う、う、うぅ……」
「相変わらず呻くしかできねぇのか? 穀潰しの雑魚が」
「ちょっとクロール!」
「何だ弱虫」
「よっ、弱虫じゃないよっ!」

 クロールが押し除けた事により、白レンガの壁に背中をぶつけた美青年にクロロホルムが駆け寄る。

「ハッ! 雑魚は雑魚同士で群れているのがお似合いか。なら雑魚らしく物陰で震えてろ。分不相応に目立とうってんなら、ましてフリーデン先生に擦り寄ろうって言うんなら……。捩じ切ってやる」

 しかしクロールは一切、悪びれる様子もなく、寧ろ殺意の籠った目で美青年を睨み付け、さっさと訓練場へと向かっていく。
 先生と慕うフリーデンが主催する、ゲーム大会に参加する為に。
 残されたクロロホルムは腰に手を当て、不機嫌な表情を浮かべた。

「何あれ! 相変わらず感じ悪いっ!」
「で、で、でも、ぼ、ぼ、僕が弱いのは、ほ、ほ、本当だから……」
「えっ、そんな事ないよっ! 君だってちゃんと実力は……」
「あっ、兄さん見付けましたーっ!」

 その時、とてとてと、小さい身体を懸命に動かし小走りに走るカルバミドが、美青年を指差しながらやって来た。

「通話に出ないから、どうしたのかと思いましたよー!」
「カ、カ、カルバミド」

 美青年は自身を『兄』と呼ぶカルバミド、つまり身内が側に来てくれた事に少し安堵する。
 が、彼と共に姿を表したクスシのフリッツを見て、美青年は先程以上に緊張し、肩が上がってしまった。

「フリッツさん、こんにちは」
「こっ、こ、こ、こ、こんにち、は」
「あぁ、そう畏まらなくていいよ。2人とも」

 丁寧に挨拶をしてくれたクロロホルムと美青年に、フリッツは努めて優しい声音で話す。

「ところでこの後、時間いいかな? 《アンモニア(NH3)》くん」
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