毒素擬人化小説『ウミヘビのスープ』 〜十の賢者と百の猛毒が、寄生菌バイオハザード鎮圧を目指すSFファンタジー〜 

天海二色

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第十五章 平和が終わる日

第305話 いい人

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 モルヒネに気圧されているモーズを見兼ね、青洲が口を開く。

「モルヒネ。彼は長距離移動で……疲労している。休ませて、欲しい」
「そ、う? 残念、ね。せんせ、お部屋、戻りましょう?」
「悪いが、おれはウミヘビ達のメンテナンスがある。先に部屋に戻って寝ていてくれ」
「せんせ、お部屋戻らない、の? ぼく、寂しい」

 フリードリヒがラボに戻らないと知ると、モルヒネはあからさまにしょぼくれた。しかもフリードリヒは「ヒドラジンを呼びつける」として、モルヒネを置いて飛行機の方へ向かってしまったものだから、尚のこと不満そうにしていた。
 そして再び、モーズへ関心の目を向ける。

「ぼうや、ぼうや。ぼくと一緒に、おねんね、しない?」
「しつこいな……。モーズ、行くぞ」
「えっ、あ、はい」

 埒が開かないと判断した青洲は、アイギスの触手で砂浜に落ちていた狐面を拾った後、モーズの手を引いてその場から立ち去った。
 そのまま迷いなく寄宿舎に向かう2人の背中を、モルヒネはつまらなそうに眺める。

「……あのぼうや、ニコチンの、いい人?」
「んな訳あるか。あいつを気に入ってンのはセレンだ、セレン」
「そ、う?」

 じ、と。モルヒネの発言を否定するニコチンを、モルヒネは首を傾げて凝視する。
 そして突然、目を細めにぃと口の端を歪め、歪に笑った。

「うふふふ。あはははは」

 そのまま裸足の足跡を砂浜に残しながら、緩慢な動きでどこかへ歩いていってしまうモルヒネ。
 先の読めない不可解な言動を繰り返す彼の姿に、パラチオンは底知れなさを覚えていた。

「何なんだ、あの不気味なウミヘビは……」
「パラチオンは初めて会うんだったかい? モルヒネは一日の大半を寝ているからか、寝惚けているような言動が多いのさぁ!」
「一日の大半を眠る……!? 俺様より寝ているではないか! それほど毒素が強いのか、はたまた分解力が劣るのか……!」
「違ぇ。単に寝るのが好きなだけだ。パラチオンが会ったことねぇのも、あいつが基本寝てっからだ」

 必要睡眠時間が短いのと、眠れないのは異なる。
 モルヒネは可能な限り眠るのが好きなウミヘビで、しかも彼の使うベッドがフリードリヒの個別研究所にあるものだから、ラボに篭っているも同然なのである。
 よってパラチオンに限らず、モルヒネと顔を合わせた事がないウミヘビは多い。

「毒素も弱い。致死量で比較するんならパラチオンの足元にも及ばねぇ。……尤も人間を壊すのに、致死量なんざ関係ねぇが」

 ぼそりと、ニコチンは小さな声で独りごちると、呟いた事それ自体を誤魔化すようにタバコを咥え、火をつけた。

「あいつは頭のネジ外れたイカれ野郎だ。理解しようとせず、放っときゃいいんだよ」

 口から白煙を吐き気持ちを落ち着けたニコチンは、心配そうに自分を見詰めるアセトアルデヒドへ視線を向け、ネグラを指差す。

「帰るぞ、アセト」
「あっ、うん。……そうだねぇ」

 ◇

「お帰りモーズ~。遊ぼうぜ~」
「唐突だな」

 青洲に手を引かれ寄宿舎に入ったモーズは一旦、自室に戻り荷物を置いて再び廊下へと出ていた。
 そしていつの間にやらそこで待ち伏せをしていたフリーデンに、遊びに誘われた。

「日本旅行に行った筈なのに色々と大変だったんだろ?」
「旅行ではなく研修だが?」
「けど引きずってちゃ研究に差し障りが出ちまう! 今日は休み貰ってんだし、頭を切り替える為にもここはパーッとだな!」
「いや、日本感染病棟でたっぷり休ませて貰ったんだ。今日は資料室にでも篭ろうかと……」
「ええい! 先輩の言う事が聞けぬのか~っ!」
「都合よく肩書きを利用してきた……!」

 モーズは海外研修帰り、という事でフリッツから「今日は休暇にするように」と電子メールで言い渡されているのだが、入院と飛行機内での休息によって身体が疲れていないので、研究に着手する気満々であった。
 しかしそれはフリーデンの先輩命令によって阻止されてしまう。

「もうネグラにゲーム大会の会場セッティングしちまったの! お前を労わるっつぅ大義名分での開催だから、モーズの参加は決定事項なの!」
「私の意思は反映されないんだな?」
「レッツ、ネグラだ~っ!」
「やれやれ」

 意気揚々とエレベーターに乗り込むフリーデンに続き、モーズも呆れながら同乗する。
 そうして寄宿舎の外に出た所で、カルバミドを連れたフリッツと鉢合わせた。

「あっ、フリッツさん。昼間に寄宿舎の方に来るなんて珍しいですね~!」
「あぁ。氷が欲しくて来たんだけれど、ちょっとラボには近付きたくなくてね。この顔をユストゥスに見られたらラボがどうなるか、火を見るより明らかだから……」

 そう言ってマスクを外したフリッツの右頬は、赤く腫れ上がっていた。

「うわ~。綺麗に腫れてる~」
「ど、どうしたんだ。その頬は」
「フリードリヒさんに、ね。他言無用でお願いするよ」
「あの人、酷いです! 酷いです! 大人なのに子どもみたいに人に当たるなんて! ぼく嫌いですっ!」
「こら。滅多な事は言ってはいけないよ、カルバミド」

 負傷したフリッツ以上に顔を赤くして怒るカルバミドに、気持ちは嬉しいけれど、とフリッツは嗜める。
 カルバミドならばこの場で悪態を吐くに留まってくれるが、もしもユストゥスに見られてしまったらフリードリヒとの乱闘は避けられない。共同研究室その他がしっちゃかめっちゃかになる事を望まないフリッツは、今日一日ラボへ戻る事を諦めたのだった。

「まぁそういう事だから、今日は凍結実験を進められそうにないんだ。ごめんねモーズくん」
「それは構わない。身体を労わる方が大事だからな。私も今日は研究に着手できないようだし……」

 フリーデンの手でガッシリ掴まれている自分の腕を見て、モーズは苦笑する。

「そうだ。折角ネグラでゲーム大会とやらを開催するのだから、この機にウミヘビの連携力を測るのはどうだろうか」
「えぇええ。この後に及んで研究かよっ! 今日は頭空っぽにして遊ぼうぜ~?」
「あははは。ウミヘビと一緒にゲームをするだけでも一体感が得られるし、いいんじゃないかな? 冷気放射器を扱うには一体感が大切だからねぇ」
「冷気放射器? 先生、ほっぺを凍らせる予定なのですかー!? 駄目ですー! 凍傷を負ってしまいますー!」
「あぁ、違うよカルバミド」

 冷気放射器の話をここで初めて聞いたカルバミドの為に、フリッツは彼と目線を合わせて丁寧に説明をする。

「僕らが凍らせたいのはステージ5感染者だ。保護をするに当たってね。だけどこれがなかなか上手くいかなくて、どうやって冷気を届けるか試行錯誤中なんだよ」
「感染者? 凍結? 冷気?」

 小首を傾げ、フリッツが口した単語を復唱するカルバミド。
 その単語からある事を連想した彼は、それをフリッツに伝えてきた。

「凍らせたいのならぼくの兄さん、呼びましょうかー?」
「……。うん?」

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