毒素擬人化小説『ウミヘビのスープ』 〜十の賢者と百の猛毒が、寄生菌バイオハザード鎮圧を目指すSFファンタジー〜 

天海二色

文字の大きさ
322 / 600
第十五章 平和が終わる日

第313話 皇太子

しおりを挟む
「ところでモーズ先生。貴方はどうして《アレキサンドライト》が気になったのですか? もしかして、宝石がお好きだとか?」
「宝石に対する関心はあまりないな。美しいとは思うが、それだけだ」

 空腹を満たせる物でもなければ、娯楽に使える物でもなし。
 金銭的な余裕のない孤児として育ったモーズにとって、宝石は縁のない物で、街中のショーウィンドウの中に並べられている物を横目で見る事がある程度だ。

「いつどこで発掘され、誰が発見し、誰が名付け、どのような経緯で市場に流れ着くのか、という歴史や物流を知るのは面白そうだとは思うがな」
「成る程。ちなみに《アレキサンドライト》とはロシアで採れた宝石でして、当時の皇太子の名前が付けられたのですよ」
「あぁ、それは何となく聞いた事があるな。ん? いや待て、皇太子?」

 皇帝ではなく、皇太子。
 《アレキサンドライト》は皇帝から名前が付けられた、とモーズはぼんやりと覚えていたのだが、ルチルの話からすると、どうも誤りだったらしい。

「皇帝の名前が由来かと思っていたのだが、違うのだな?」
「『皇帝の宝石』と呼ばれる事もありますからね。勘違いするのも無理ない事かと」

 《アレキサンドライト》は光源によって赤か緑に変化する、二面性を持つ宝石。
 当時のロシアの軍服は赤と緑でデザインされた物だったので、同じ色を持つ《アレキサンドライト》は特別視されていたらしい。

「《アレキサンドライト》が当時の皇帝に貢献された日、偶然にも皇太子の【】だったそうで。この皇太子の名前を付けられたんだとか」
「何と。凄い偶然だな」
「事実と異なる伝説も入っているとは思いますがね。ともかく縁起物として持て囃されていたそうです」

 宝石一つ取っても、歴史や伝説がある。
 全く知らない分野だったが、話を聞いてみると存外、面白く、今までただ眺めるしかしていなかった宝石にも違う見方ができるな。と、モーズが感心をしていると、

「モーズ先生、よろしければ一緒に美術館にでも行きませんか?」
「えっ」

 ルチルに実際に宝石を見る事を提案されてしまった。

「都合のいいお休みがあれば、の話になりますが……。ワタクシは現在フランスに在住しているので、宝石含む多くの美術品を楽しめますよ。あぁ、モーズ先生の故郷に立ち寄るのも良いですね。是非、案内して欲しいです」
「う、ううむ」

 ルチルの誘いにモーズは即座に返事を返せず、悩ましげな声をあげる。

(ルチル医師には以前、パラス国で食事代を支払って貰っている。学会で意識を失った際も診て貰っている。その礼が返せていない。しかし私がアバトンから出る度に何かしら騒動が起きている気がするし、安易に受けられないな……)

 ルチルの言う通りモーズの故郷はフランスで、そこで名産として扱われている葡萄酒を購入したい意思もある。
 だがイレギュラーな災害続きの中、アバトンを出るのは得策ではない気がした。フランチェスコの写真を取りにパラス国に向かった時など顕著で、散々な目に遭っている。同じ轍は踏みたくない。

「よ、予定が合うかわからないな。その提案は保留にして貰ってもいいだろうか」
「構いませんよ」
「それから、もし会うとしても人を複数人、連れて行く事になると思う。それでも構わないだろうか?」
「えぇ」

 ルチルはモーズの条件を全て飲んでくれた上で、「連絡をお待ちしていますね」と言い残し退室ログアウトしていった。
 災害を警戒しウミヘビを連れて行く事も、ペガサス教団の信徒を警戒し他のクスシを連れて行く事も、ルチルは許してくれている。
 会って、話して、美術館を巡って、お茶をして、土産を購入しにワインセラーにでも立ち寄って、最後にモーズの生まれ育った教会跡地にある墓地へ、花を添えた後に帰宅する。
 友人と過ごす休日として、何も問題はないように思える。しかしモーズの中に燻る懸念は消えない。

「……。相談。明日、相談を、してみよう」

 会う約束を結ぶ場合、私用でウミヘビを連れ出す事になるのだし、ラボに迷惑をかけないようにしなければ。
 そんな事を考えながらモーズはVR空間の診察室から退室ログアウトし、自室のベッドに寝転がっていた身体へ意識を戻した所で、シャワーを浴びる準備を始めたのだった。

 ◇

 ネグラで最も高い場所は、マンションの屋上である。
 白亜の石灰で塗り固められたそこは月光をよく反射し、灯りなしでも充分に明るい。
 その屋上の端に腰を下ろして、セレンは一人ぼんやりと潮風に当たっていた。彼の手中には、モーズから頂戴した手拭いが未だに握られている。

「セレン、セレン。ここにいた、の」

 そこに現れたのは、裸足で歩く妖艶なウミヘビ、モルヒネである。
 想定外の人物が屋上に来た事にセレンは黒目がちの瞳をパチクリと瞬いたが、彼は直ぐに立ち上がり、平素と同じ明るい笑顔をモルヒネに向ける。

「こんばんは、モルヒネさん! ネグラにいらっしゃるだなんて珍しい。私に何かご用でしょうか?」
「ぼくね。貴方のいい人に、会った、の」

 モルヒネはぺたぺたと足音を立てながら、屋上の端に立つセレンへ歩み寄る。

「いい人……。モーズ先生の事でしょうか?」
「モーズ、モーズ。可愛いぼうや。うふふふ。あはははは」
「そのモーズ先生が、どうかしたのでしょうか?」
「ぼくね。セレンにとって、ぼうやのどこがいい人なのか、気になった、の」

 会話が成立していない。だがこれはいつもの事だ。モルヒネは相手の返事に関わらず、自分の好きなように喋る。一方的に喋り出し、満足すれば切り上げる。そんな支離滅裂な言動が多い。
 彼と言葉を交わした機会が多い訳ではないセレンも、それは知っていた。

「ぼうや、ぼうや。虫も殺せなさそうな、子。ねぇ、セレン、セレン。どうしてぼうやが、いい人なの?」
「貴方は虫も殺せない、という印象を抱いたのですか。いえいえ、モーズ先生は行動力のあるお方ですよ。こちらが驚いてしまう程に。私はあの方の行く末が気になると言いますか、心配になるといいますか、それでお側にいたくてですね」
「それで、満足できる、の?」

 いつの間にかセレンの眼前まで迫っていたモルヒネが、鼻が付きそうな程に顔を寄せる。

「ぼくね、ぼくね、間違えちゃった、の。よく、似ている、から。後ろ姿、勘違いしちゃった。うふふふ、あはははは。お馬鹿さん。ぼく、お馬鹿さん」

 モルヒネはそのまま脈絡のない話を続け、

「そしたら、ね。テルルも、ぼうやとお喋りしたって言っていた、の」

 セレンが今、一番聞きたくなかったウミヘビの名を口にした。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

女神の白刃

玉椿 沢
ファンタジー
 どこかの世界の、いつかの時代。  その世界の戦争は、ある遺跡群から出現した剣により、大きく姿を変えた。  女の身体を鞘とする剣は、魔力を収束、発振する兵器。  剣は瞬く間に戦を大戦へ進歩させた。数々の大戦を経た世界は、権威を西の皇帝が、権力を東の大帝が握る世になり、終息した。  大戦より数年後、まだ治まったとはいえない世界で、未だ剣士は剣を求め、奪い合っていた。  魔物が出ようと、町も村も知った事かと剣を求める愚かな世界で、赤茶けた大地を畑や町に、煤けた顔を笑顔に変えたいという脳天気な一団が現れる。  *表紙絵は五月七日ヤマネコさん(@yamanekolynx_2)の作品です*

忘却の艦隊

KeyBow
SF
新設された超弩級砲艦を旗艦とし新造艦と老朽艦の入れ替え任務に就いていたが、駐留基地に入るには数が多く、月の1つにて物資と人員の入れ替えを行っていた。 大型輸送艦は工作艦を兼ねた。 総勢250艦の航宙艦は退役艦が110艦、入れ替え用が同数。 残り30艦は増強に伴い新規配備される艦だった。 輸送任務の最先任士官は大佐。 新造砲艦の設計にも関わり、旗艦の引き渡しのついでに他の艦の指揮も執り行っていた。 本来艦隊の指揮は少将以上だが、輸送任務の為、設計に関わった大佐が任命された。    他に星系防衛の指揮官として少将と、退役間近の大将とその副官や副長が視察の為便乗していた。 公安に近い監査だった。 しかし、この2名とその側近はこの艦隊及び駐留艦隊の指揮系統から外れている。 そんな人員の載せ替えが半分ほど行われた時に中緊急警報が鳴り、ライナン星系第3惑星より緊急の救援要請が入る。 機転を利かせ砲艦で敵の大半を仕留めるも、苦し紛れに敵は主系列星を人口ブラックホールにしてしまった。 完全にブラックホールに成長し、その重力から逃れられないようになるまで数分しか猶予が無かった。 意図しない戦闘の影響から士気はだだ下がり。そのブラックホールから逃れる為、禁止されている重力ジャンプを敢行する。 恒星から近い距離では禁止されているし、システム的にも不可だった。 なんとか制限内に解除し、重力ジャンプを敢行した。 しかし、禁止されているその理由通りの状況に陥った。 艦隊ごとセットした座標からズレ、恒星から数光年離れた所にジャンプし【ワープのような架空の移動方法】、再び重力ジャンプ可能な所まで移動するのに33年程掛かる。 そんな中忘れ去られた艦隊が33年の月日の後、本星へと帰還を目指す。 果たして彼らは帰還できるのか? 帰還出来たとして彼らに待ち受ける運命は?

織田信長 -尾州払暁-

藪から犬
歴史・時代
織田信長は、戦国の世における天下統一の先駆者として一般に強くイメージされますが、当然ながら、生まれついてそうであるわけはありません。 守護代・織田大和守家の家来(傍流)である弾正忠家の家督を継承してから、およそ14年間を尾張(現・愛知県西部)の平定に費やしています。そして、そのほとんどが一族間での骨肉の争いであり、一歩踏み外せば死に直結するような、四面楚歌の道のりでした。 織田信長という人間を考えるとき、この彼の青春時代というのは非常に色濃く映ります。 そこで、本作では、天文16年(1547年)~永禄3年(1560年)までの13年間の織田信長の足跡を小説としてじっくりとなぞってみようと思いたった次第です。 毎週の月曜日00:00に次話公開を目指しています。 スローペースの拙稿ではありますが、お付き合いいただければ嬉しいです。 (2022.04.04) ※信長公記を下地としていますが諸出来事の年次比定を含め随所に著者の創作および定説ではない解釈等がありますのでご承知置きください。 ※アルファポリスの仕様上、「HOTランキング用ジャンル選択」欄を「男性向け」に設定していますが、区別する意図はとくにありません。

ネクスト・ステージ~チートなニートが迷宮探索。スキル【ドロップ★5】は、武器防具が装備不可!?

武蔵野純平
ファンタジー
現代ファンタジー(ローファンタジー)です。ニート主人公のスキルは【ドロップ★5】――ドロップ確率が大幅上昇し、ドロップアイテムの品質も大幅上昇するチートスキルだった。だが、剣や盾などの装備品が装備出来ない欠陥があり、攻撃力、防御力に問題を残す。 ダンジョン探索をする為に冒険者となりパーティーメンバーを募集するが、なぜか【ワケあり】女性ばかり集まってくる。

初恋♡リベンジャーズ

遊馬友仁
青春
【第五部開始】  高校一年生の春休み直前、クラスメートの紅野アザミに告白し、華々しい玉砕を遂げた黒田竜司は、憂鬱な気持ちのまま、新学期を迎えていた。そんな竜司のクラスに、SNSなどでカリスマ的人気を誇る白草四葉が転入してきた。  眉目秀麗、容姿端麗、美の化身を具現化したような四葉は、性格も明るく、休み時間のたびに、竜司と親友の壮馬に気さくに話しかけてくるのだが――――――。  転入早々、竜司に絡みだす、彼女の真の目的とは!?  ◯ンスタグラム、ユ◯チューブ、◯イッターなどを駆使して繰り広げられる、SNS世代の新感覚復讐系ラブコメディ、ここに開幕!  第二部からは、さらに登場人物たちも増え、コメディ要素が多めとなります(予定)

【完結】大量焼死体遺棄事件まとめサイト/裏サイド

まみ夜
ホラー
ここは、2008年2月09日朝に報道された、全国十ケ所総数六十体以上の「大量焼死体遺棄事件」のまとめサイトです。 事件の上澄みでしかない、ニュース報道とネット情報が序章であり終章。 一年以上も前に、偶然「写本」のネット検索から、オカルトな事件に巻き込まれた女性のブログ。 その家族が、彼女を探すことで、日常を踏み越える恐怖を、誰かに相談したかったブログまでが第一章。 そして、事件の、悪意の裏側が第二章です。 ホラーもミステリーと同じで、ラストがないと評価しづらいため、短編集でない長編はweb掲載には向かないジャンルです。 そのため、第一章にて、表向きのラストを用意しました。 第二章では、その裏側が明らかになり、予想を裏切れれば、とも思いますので、お付き合いください。 表紙イラストは、lllust ACより、乾大和様の「お嬢さん」を使用させていただいております。

プライベート・スペクタル

点一
ファンタジー
【星】(スターズ)。それは山河を変えるほどの膂力、千里を駆ける脚力、そして異形の術や能力を有する超人・怪人達。 この物語はそんな連中のひどく…ひどく個人的な物語群。 その中の一部、『龍王』と呼ばれた一人の男に焦点を当てたお話。 (※基本 隔週土曜日に更新予定)

日本列島、時震により転移す!

黄昏人
ファンタジー
2023年(現在)、日本列島が後に時震と呼ばれる現象により、500年以上の時を超え1492年(過去)の世界に転移した。移転したのは本州、四国、九州とその周辺の島々であり、現在の日本は過去の時代に飛ばされ、過去の日本は現在の世界に飛ばされた。飛ばされた現在の日本はその文明を支え、国民を食わせるためには早急に莫大な資源と食料が必要である。過去の日本は現在の世界を意識できないが、取り残された北海道と沖縄は国富の大部分を失い、戦国日本を抱え途方にくれる。人々は、政府は何を思いどうふるまうのか。

処理中です...