毒素擬人化小説『ウミヘビのスープ』 〜十の賢者と百の猛毒が、寄生菌バイオハザード鎮圧を目指すSFファンタジー〜 

天海二色

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第十五章 平和が終わる日

第316話 火気厳禁

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「冷気放射器は要改善と……」

 ホログラムモニターに実験結果を書き込みながら言うモーズ。
 彼の目の前には、氷ごと壁に磔にされ、バタバタと力任せに暴れる感染者の偽物デコイ。冷気を当てる事には成功しているが、不活性化は叶っていない。冷気が身体の芯まで届いていないのだ。
 それでいて廃ホテルのエントランスは壁も床も天井も真っ白に染め上がり、氷柱ができ、冷凍庫の中かと思うような景色に変貌している。
 アンモニアの使用した冷気放射器の照準が安定せず、辺り一体を凍漬けにした結果である。

「試作品って事を除いても出力不安定すぎんだろ~。やっぱウミヘビが扱うには抽射器にしないと駄目かぁ?」
「ごっ、ご、ご、ごめんなさい……」
「いやアンモニアが謝る事じゃねえよ?」
「そうだ。そもそも実験とは想定通りにいくか、いかないかを試す行為。この結果も立派な成果だ、気にする事はない」

 望む結果が出せなかった事に、肩を落として落ち込むアンモニアを宥めるフリーデンとモーズ。
 しかしウミヘビが冷気放射器の冷気を毒素と化合しコントロールした場合、人間が扱う時よりも強い冷気が出せる結果が出たのは収穫である。この調子で冷気の操作性を高めたら、感染者凍結も夢ではない。

「ところでアンモニア。アセトアルデヒドから聞いたのだが、君のように冷気を操れるウミヘビは、夏場では涼を求められるそうだな。ジエチルエーテルは自室を効率よく冷やしたり、自ら氷を作る事ができていたが、君はどのような方法で涼を得るのか、訊いてもいいだろうか?」
「え、え、ええと……」

 モーズの要望を聞いたアンモニアは冷気放射器を一旦、床に置くと、誰もいない方向に向かって、そっと両手を掲げる。
 次いで彼の手元から雪の結晶が現れたかと思ったら、その結晶は瞬く間に増殖し床に積み上がり、5分もしない内に天井へ先端が付きそうな高さの氷の山を生成した。

「お~っ! でっけぇ氷山っ!」
「す、凄い。素でこれとは、寧ろ下手に道具を使わない方がいいか?」
「ネ、ネ、ネグラでは、この大きさにする事は、な、な、ないです。精々、手の平サイズで……。あ、あ、あんまり、大きくすると……」

 身の丈を超える氷の山に興奮するフリーデンに、唖然とするモーズ。
 フリーデンは興奮そのまま氷の山に駆け寄り、アイスクライミングを試みたところ――
 ドカンッ!
 大きな爆発音と共に、辺りが、吹き飛んだ。
 爆発の衝撃により廃ホテルは粉々に破壊され、崩れ落ち、爆風と崩落に巻き込まれたモーズ達は、死亡判定を受け瓦礫の山と化した廃ホテルの上に転移させられる。
 寝転がった状態で。

「こ、こ、こんな、感じで、ぼ、ぼ、僕も、ジエチルエーテル、も、扱いずらい、から」
「成る程よくわかった」
「フィールド丸ごと吹っ飛ぶとか末恐ろしい威力だなぁ」

 何が起きたのか。
 原理はとてもシンプルである。アンモニアは自身の毒素を手から放出し、気化する事によって空気の熱を奪って氷のカケラを作った。それを繰り返し、氷の山を生成。だが気化したアンモニアの毒素は氷の山の周囲に残ったまま。
 可燃性のその毒素が、フリーデンが駆け寄った際に生じた静電気によって引火。連鎖的に空中の毒素全てに火が付き、爆発したという訳である。
 これが試薬として扱われるアンモニアならば刺激臭で危険を察知できただろうが、ウミヘビの毒素は異臭を放たないよう手を加えられている。
 アンモニアは、無臭の可燃ガスが作り放題なのである。

「今みた、く、ぼ、ぼ、ぼ、僕らの、毒素、は、火気や、静電気がある、と、爆発する事も、あって。被害が、酷くて。だ、だ、だから、戦闘経験も、あんまり、なくて……。でっ、でも燐はその辺り器用で、優秀なんですけど……」

 アンモニアと同じく、可燃性の毒素を宿す燐。
 しかし彼は毒素のコントロールが非常に器用で、可燃性を抑え毒性に注力した弾丸を抽射器から発砲する事が可能。また逆に可燃性をあげ、花火といった爆発も任意で出来るという、ウミヘビからすると破格の器用さを持つ。
 これは燐が白燐や赤燐といった、毒性や可燃性に差がある同素体を持つ性質が関係しているのかもしれない。

「そう言えば他候補の《アセトン》や《クロロメタン》も可燃性の毒素だな」
「むか~しは冷媒に使われてだけど、危なっかしくて使われなくなったって話だもんなぁ。その点はここでも一緒かぁ」
「ううむ。それでは益々、ウミヘビのポテンシャルを安定させる抽射器が必要になってくるな」

 燐は自前で毒性及び可燃性をコントロールしていたが、抽射器の性能をあげれば個々の能力差に関係なく、任意の力を発揮できるはず。実際、毒素に関してはウミヘビ達は能力差に関係なく、一定の出力が出るよう調整されているのだ。
 冷気に性能の重きを置いた抽射器を製造する必要がある。モーズはホログラムモニターに課題を書き込み、今後の目標を明確としたのだった。

 ◇

「実験、捗っているかい?」
「早速、壁にぶつかっている所だ」

 凍結実験を終えた後。
 モーズはラボのエントランスでフリッツと合流し、進捗を話し合っていた。ちなみにフリーデンは「もう少し凍結チャレンジしてみる」と、アンモニアと共にシミュレーターに残っている。

「フリッツは以前、カルバミドの毒素に合わせた抽射器を作った事があるのだろう? 助言を頂きたいのだが」
「う~ん、あ~……。あれは既存の抽射器を改造しただけで、イチから作った訳じゃないからなぁ」

 フリッツが調整を施した抽射器は、毒性をあえて抑え、肥料として出力できるよう改良を加えたもの。
 だが改良したといっても、出力を落としたのが主で、丸切り改造した訳でも最初から造ったという訳でもない。

「そもそも今まで火炎や爆発、冷気を主要武器として扱ってこなかったのは、ウミヘビにとってコントロールが難しいからだ。彼らが扱えるのはあくまで毒素で、そこから発生した副産物の制御はできない」
「ううむ……」
「更に言うと、際限なく燃え広がる炎と違って冷気の効果範囲は限定的。破壊力も低いから、実戦での使用は見送られてきた。現に僕らの実験でも、凍結の実現が叶っていない」

 そこでフリッツはホログラム画面を空中に映し出し、そこに過去、冷気での菌床処分を試みた記録ログ映像を映し出す。
 記録ログ映像を見るに、動きを鈍らせる事には成功しているが、処分は勿論、不活性化もできていない有様だ。とても実用的とは言えない。

「その上で実験の結果を鑑みると、今後はアンモニアくん達がコントロール下における、二酸化炭素を始めとする冷気をどれだけ用意できるかが課題になるかな」
「あらかじめ用意する……。そうだ。カリウムやナトリウムは使い捨てタイプの抽射器を使用し、爆発の威力を制御していた。冷気も使い捨てタイプの方が効率よく凍結ができるのでは?」
「あぁ、成る程。抽射器そのものに冷気を詰めるんじゃなくて、あらかじめ凍結弾とかを用意しそれを使って貰う、と。確かにその方が、抽射器の性能に依存しない手段を取れる。いい考えだね」

 自分で出力調整をするのが難しいのならば、初めから出力が定まった使い捨ての弾を使う。
 カリウムとナトリウムはそれで爆発性のある毒素をコントロールしていたのだ、きっと冷気にも応用できるだろう。

「賛同ありがとう。ところで、そちらの交渉はどうだっただろうか?」
「それが、ごめん。あんまり乗り気にさせられなくてね。一人は報酬次第でやる気を出してくれそうなんだけど、もう一人は厳しいかもしれない」

 フリッツのスカウトは失敗してしまったらしい。両腕を組み、気落ちしている様子だ。

「だから明日も、話してみるよ」

 しかして諦める気など毛頭なく。

「ウミヘビだけじゃなく、フリードリヒさんともね」

 感染者の保護という悲願を達成する為に、彼は使えるものは全て使い全力を尽くす、と言ってくれた。

「あぁ。そちらは任せた、フリッツ」
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