毒素擬人化小説『ウミヘビのスープ』 〜十の賢者と百の猛毒が、寄生菌バイオハザード鎮圧を目指すSFファンタジー〜 

天海二色

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第十五章 平和が終わる日

第329話 ふるさと

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 フリッツの故郷は、辺鄙な田舎町にあるこの農村は、珊瑚症の魔の手が届かないまま感染爆発パンデミックの時期をやり過ごし、結局、村民の誰も罹患者となる事なく今日までを過ごした。
 しかし珊瑚症は根絶された訳ではない。
 『珊瑚』がもたらす恐怖も悲劇も他人事として捉えて暮らせていたとして、いつだって降りかかる可能性がある。だがそれを実感することなど、平和に暮らす人間にできる筈もなく。
 どれだけ危険性を教え込んでも、『珊瑚』による災害は誇張表現だとして、頭の中で矮小化までしてしまう。

 だから村に現れた余所者の珊瑚症罹患者を、珍しい客人だと招き入れるのも、その余所者がペガサス教団の信徒だったと知っても、宿なんてないから泊まっていけと民泊させるのも、同じ食卓を囲うのも、その場に病院通いが面倒でワクチン接種をすっぽかしていた村民がいるのも、結果急速にステージ5となり、周囲の人間を蹂躙してしまうのも、悲しい事に珍しい話ではない。
 故に都会での災害が収まった現在は、地方や田舎での感染爆発パンデミック及び生物災害バイオハザードが度々起きる。
 取材が難しい事もあり、ネットニュースで小さく取り上げられる程度の事件。都会の人間ならば右から左に聞き逃すような、たまに起きる、画面の向こう側の悲劇。

 その災害現場は今も昔も、血と炎と菌糸と胞子で、真っ赤に染まる。

 ◇

「何が、あった……?」

 燃え盛る農村を前に、青洲は戸惑いを隠せないでいた。

「はははは! 壮観だな! どうせ壊すのなら、これぐらい派手にやった方が気持ちがいい!!」

 マスクの下で瞠目する青洲とは反対に、災害対処の戦闘員として連れて来たウミヘビ、塩素クロールは目の前の惨状に狂気乱舞している。
 ルイから直接、救助要請を受け取ったのはユストゥスであったが、生憎と彼は今、別の災害現場に向かっていて応えられない。だからとユストゥスは「ともかく急いで欲しい」という、切羽詰まったルイの頼みを無視できなかった。
 そこで「前に自分の生徒と顔を合わせた事がある」という理由で青洲に白羽の矢が立ち、青洲も顔見知りが大事に至るのは目覚めが悪いかと、要請を承諾する事とした。
 その時、直ぐに出動できるウミヘビがクロールだったので彼を車に乗せ、現場まで飛んで来たのだが――

 青洲が駆け付けた頃には、農村はライ麦畑ごと燃え、ドス黒い煙が辺りに立ち込め、爆撃でも受けたかのような光景となっていた。
 なお民間人の立ち入りを禁止する為、周囲に軍人が配置されてはいたものの、彼らは農村の中に入っていないらしい。
 ただルイから聞いた、『フリッツ』という青年が入るのを止められなかった、との事だ。ギリギリまで追いかけたが、見失ったのだという。

(しかもこの村、ただ燃えているだけではない)

 左腕に装着した、腕時計型電子機器が空気汚染を知らせてくる。
 生命を脅かすレベルの毒ガスが、この地に蔓延している、と。
 村の感染者達はその毒ガスによって倒れ、痙攣し、地に伏している。青洲もフェイスマスクをつけていなかったら、どうなっていたか。

「クロール……。大方、片されているようだが、感染者を見かけた場合は……迅速に、処分をするように」
「わかっているとも! しかしどうだ、これは! まるで絵巻物に描かれた地獄絵図じゃないか! はははは! いい景色だ! 人も家畜も虫も全てが根絶やしになっている!!」

 クロールは興奮した様子のまま、農村を駆け巡った。一応、青洲と一定の距離は保っているものの、あの様子ではいつ目的を見失って暴走するかわからない。
 腕は立つが扱い難い。今回のような緊急事態でもなければまず連れて来なかったウミヘビだ。しかし背に腹は変えられない。青洲はせめて早く仕事を終わらそうと、行方不明となっている『フリッツ』の姿を探す。
 毒ガスの効果は恐ろしいもので、感染者は勿論、犬も猫も鼠も鳥も、死骸となってそこら中に転がっている。植物も例外ではなく、畑のライ麦どころか雑草さえ変色し、しなび、枯れている。
 平等に、死を与えている。
 あまり長居をすると青洲自身、危ないかもしれない。

(まずは、毒ガスの発生源を探すのが先か……)
「おい! 青洲、こっちだ! こっちに来い!」

 その時、勝手に村を偵察していたクロールが青洲の元へ戻って来て、移動を急かされる。

「どうした……。青年を、見付けたか……?」
「人間は知らん! ただ、あそこだ! この地を蹂躙する根源は! 何と素晴らしい! 是非、中を見てみたい!」
「……ふむ」

 クロールの指差す先には、屋根に穴が空いた掘立て小屋。
 そこが毒ガスの発生源だと、彼にはわかるようだ。そこは毒素を宿すウミヘビ、対象が無色無臭だろうと敏感に感じ取れるらしい。
 青洲はクロールを連れ、その掘立て小屋の中へと侵入した。
 小屋の中は、澱んでいた。
 大気汚染された空気によって物理的に汚れているのもそうなのだが、それよりも部屋の奥、作業机の前で幽鬼のように佇む青年が、小屋の中に重苦しい雰囲気を作り出していた。

「フリッツ、か……?」

 20歳ほどの若い、金髪の青年。顔はガスマスクで覆われていてわからないが、その背格好は2年前に話をした彼そのものだ。
 作業机には沢山の試薬瓶にビーカー、フラスコ、試験管といった実験器具。
 その幾つかを用いて、フリッツは、農村そのものを滅ぼす毒ガスを、製造したようだ。
 たった一人で破滅を成したことに、青洲の背中に嫌な汗が流れる。
 危険だ。
 個人が持っていていい武力を超越してしまっている。例え相手が感染者だろうと、やっている事は大量殺人。それも独断での決行となると、このまま保護した所で、彼は刑務所に送られてしまうだろう。
 そもそも彼の故郷であるこの地でどうして毒ガスを振り撒いたのか、青洲は問いかけようとする。が、

「……っ!? よせ……!」

 フリッツは、何の気無しにガスマスクを外そうとした。それは自死を意味する。
 青洲はすかさず駆け寄り止めようとするも、間に合わない。しかし青洲よりも素早く動き、フリッツが外しかけたガスマスクを付け直させた者がいた。
 クロールだ。

「これは凄い! 一人でこの偉業を成し遂げたのか! 貴方には才能がある! とてつもない才能が!」

 そのままクロールは、場違いな程に明るい声でフリッツを称賛する。

! ! クスシになりませんか!? そして俺達と一緒に行きましょう、ねぇフリッツ先生! 貴方の才能を活かせる所に! 参りましょう!!」
「クロール……っ!」

 青洲の静止など無視し、クロールは満面の笑みを浮かべてフリッツの右手を両手を包み込む。
 まるでクスシになる事が決定事項かのように話しているが、これはただのクロールの願望だ。青洲は「離れていろ」とクロールをフリッツから引き離すと、改めて彼を保護しようと声をかける。

「君は、混乱しているのだろう。この地に感染者はもう、いない。少し、休む必要が……」
「……指輪」

 ボソリと、フリッツが小さな声で呟く。
 彼の視線は青洲の左手、薬指にはめられた指輪に付けられているようだ。
 医大の図書室で会った時と、同じように。

「あげ、たかったなぁ」

 ただしあの時とは異なり、彼からは生気も何も感じない。
 身体は生きているが、心が死んでいる。
 壊れてしまった。そう察するには、十分だった。

「……、……っ!」

 この状態のまま軍に引き渡すのは、青洲はどうしても出来なかった。
 故に暫し逡巡した後、青洲はフリッツの手を引き、真っ赤に染まったふるさとの外へ、彼を連れ出した。
 

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