毒素擬人化小説『ウミヘビのスープ』 〜十の賢者と百の猛毒が、寄生菌バイオハザード鎮圧を目指すSFファンタジー〜 

天海二色

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第十五章 平和が終わる日

第328話 Tote mich jemand

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「はぁっ、はっ、はぁっ、はぁっ!」

 俺は走る。
 新幹線に飛び乗って、乗り継ぎの悪いバスに乗って、そっから先の交通網は全部潰されてたから、車道の端をひたすら走った。足が痛い。横腹が痛い。息が苦しい。酸素が足りてない。
 構うもんか。
 ひたすら走って走って、車でなきゃ移動の厳しい、交通の便がめちゃくちゃ悪い農村に向かった。
 俺の故郷。婆ちゃんや父さんや母さんの暮らす実家のある村。
 クララが待ってる場所。

 そこに繋がる道のど真ん中には、戦車が鎮座していた。

「……。え?」

 キャタピラで農地を踏み荒らし、砲弾で民家を破壊してしまう、無骨な鉄の塊。
 なんでそんな破壊兵器が、ここにあるんだ。
 俺が困惑していると、戦車の側に立っていた男性が声をかけてきた。軍服を着ている。ヘルメットを被っている。機関銃を持っている。ガスマスクを付けている。
 今から戦争をおっ始めるのかってぐらい、武装している。
 その軍人の一人が俺に話しかけてきた。

「君、どうやってここに? 交通規制はかけたはずなんだが……。この先は警戒区域だ、直ぐに引き返しなさい」
「な、な、何で、軍人が。テロ、テロリストでも出たんですかね? はは……」
「テロリストは出てないが、感染者は出た」

 感染者。と言えば、珊瑚症罹患者だ。

「ステージ5だ。そいつがこの先にある農村を菌床にしちまった。早く対処に移らなきゃだ」

 軍人が対処する感染者の災害って、何だよ。戦車まで持ち出して。焼け野原にする気か? 穴だらけにする気か?
 させるかよそんな事。そんな事。

「あっ! おい君っ!」

 軍人達の手をすり抜けて俺は走る。
 車道を挟むように聳え立つ、ライ麦畑に入っちまえば後はこっちのもんだ。地の利があるからな。視界がライ麦に覆われてわからなくったって、辿り着ける。
 がさがさライ麦をかき分けて、俺は村に向かって直進する。遠くから軍人達の声が聞こえてくるけど無視だ、無視。
 そうして軍人っていう追手とライ麦畑から抜け出した俺は、

 真っ赤に染まった故郷を、目の当たりにした。

「な、んだ、これ……」

 ポツポツと建つ民家の壁も、塀も、地面も、血管みたいな赤い線、菌糸が張り巡っていて、毒々しい。
 しかも赤い胞子が綿毛みたく飛んでいて、空まで、赤い。半透明なフィルターでもかけたみたいになってる。

「と、父さん。母さん。婆ちゃん……」

 実家、ともかく俺の実家。
 写真で赤くなったのを見たけど、やっぱり実際に見ない事には……!
 なんて希望的観測は、写真と相違ない実家を見た事によって打ち砕かれた。
 しかも写真にはなかった、身体に真っ赤な突起を生やした父さんと母さんが庭を彷徨いていたんだ。『ア』とか『ウ』とか、意味をなさない声を発して、虚な目をして、ゾンビみたく正気のない顔して、不規則に動いている。
 俺は塀の陰で身を隠しながら、変わり果てた家族の姿を見るしか出来なかった。

(何で俺、息殺してんだ?)

 父さんと母さんがそこにいるのに。2年振りに帰ってきたのに。何で、こんな。
 ……婆ちゃん。そうだ、婆ちゃんの姿がない。家の中か? 籠城してるとか? なら直ぐに助け出さないと。婆ちゃんだけでも、

『ギィエエエエエッ!!』

 その時、獣の咆哮みたいな声が、家の中から響いた。
 次いで2階の窓ガラスを割って、蜘蛛が出てくる。赤くてデカい蜘蛛だ。人間と同じ大きさの。人面蜘蛛って奴か? 顔、婆ちゃんとよく似てるな。
 壁を伝って屋根に登るなんて、足が悪い婆ちゃんには出来ない芸当をやってのけているけどさ。あ、屋根に留まってたカラスにすげぇ速さで飛び付いた。そんで赤い脚を使って吸血してる? 資料でもちらっと見た事あるな。
 養分を奪う為に吸血する、赤い菌床の突起を生やした、虫に似た感染者。

「……は、はは……」

 俺、何で医者になりたかったんだっけ?
 足の悪い婆ちゃんみたく、気軽に病院に通えない人も診てあげられるような病院作りたくって。こんな田舎でも怪我や病気に怯えずに済む暮らしを実現したくって。
 忙しくて大変でも、平和で穏やかな日々を紡ぎたくって。
 ボロボロと涙が止まらない。何だってこんな事になったんだ。ワクチンちゃんと打ってたじゃないか。農家は身体が資本だから、皆んな健康には気を使っていたじゃないか。3ヶ月前は元気にしてたじゃないか。
 大きな声で笑って喋って、画面越しとは言え食って飲んで騒いで。
 なのに何で、何でだ。何でだよ。
 これ以上、直視したくなくって、悪い夢かなんかだと思いたくって、俺はふらつく足でその場から離れた。離れたってだけで、行き先なんて決めてない。決められない。
 けど歩く先歩く先、感染者が、知った顔をした化け物が彷徨いていた。泥遊びが好きな近所のガキンちょも、絵描きが好きな内気な子も、本当だか怪しい武勇伝を喋るおじさんも、お菓子をわけてくれるおばさんも、他にも、他にも、他にも。
 皆んな一様に、虚な顔してて、俺は物陰に隠れながらやり過ごす。
 けどやり過ごして、どうすんだ。
 これからどうするんだよ、俺。どこに帰るっていうんだよ。何をすればいいっていうんだよ。

 ぐるぐると纏まらない思考が巡る最中、ふと滲む視界に、ぼんやりと輝く光が見えた。
 気が付けばもう辺りは真っ暗だった。だから俺が見えた光は、月? 星? あぁいや、違う。あの光は、俺が使ってる作業小屋の灯りだ。無意識にこっちの方に来ちまったのか。
 けど灯りが付いているって事は、誰かいる? それももしかすると、正気の人が。
 俺は直ぐに駆け出して、作業小屋へ向かった。作業小屋も菌糸が張り巡っていて、扉を閉じた状態で固定されていたけど、幸い蹴破れた。
 作業小屋の中には、人がいた。床に倒れているけど、息はしている。暴れてもいないし、人の形をちゃんと保っていて、化け物になってない。

 生存者。
 キャラメル色の髪を持つ、女の子。

「……っ! クララ! クララ!」

 彼女だ。間違いない。よかった。クララだけでも助けられて。
 俺はクララの背中に手を回して必死に声をかける。

「クララ俺だ! フリッツだ! 帰ってきたぞ! なぁ、クララ!」
『ア、ァアア……』
「軍人が直ぐそこに来ているんだ、保護して貰おう! まずは病院だよな! 怪我してないか? 俺も医者の卵だから診る事ができるぞ? 凄ぇだろ!」
『ゥ、ウウゥ』
「そんで元気になったら、またショッピングモールに行こうぜ? 宝石店行こう、宝石店! 気に入ってた指輪あっただろ? 買ってやるよ! あ、いや、買わせてください! そんで、その、薬指に、だな」
『グゥウウ、アァアアァ』

 何か言ってくれよ、クララ。この際、笑うんでも突き放すでもいいよ。それとも喋れないほど辛いのか? わかった運んでやる。直ぐにここを離れて、……ああクソ! めちゃくちゃ重い!
 都会暮らしで筋力が落ちたか? 女の子一人運べないでどうするんだ、俺! おぶってでもなんででも運んでやる! だからクララ、持ち堪えろ! 絶対、助けてやるから!
 そう思って握ったクララの手は、指輪をはめたいって思っていた指先は、獣の爪みたいな真っ赤な菌糸が生えていて。

『……コロシテ』

 ようやくまともに聞き取れた、聞き間違いかなって思う言葉を発すると、彼女はいきなり起き上がってそのまま飛び上がり、天井を突き破ってどこか行っちまった。
 嫌になるぐらい綺麗な星空が、天井の大穴から見える。

(ころして?)

 嘘だろ。きっと幻聴だ。だってクララ、オリーブ畑を作るんだろう? まだ苗さえ貰って来てないじゃないか。
 沢山植えて、ライ麦に並ぶ産業にしてみせるんだろう? なぁクララ。
 ……どこ行っちまったんだよ、クララ。

 天井が壊れた衝撃で、作業机の上に置かれていた紙が俺の目の前に舞い落ちる。
 その紙にも、書いてあった。殴り書きで、白を埋め尽くす勢いで――

『殺して』

 それは確かに、クララの筆跡だった。



※ Tote mich jemand
ドイツ語で『誰か私を殺してください』
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