毒素擬人化小説『ウミヘビのスープ』 〜十の賢者と百の猛毒が、寄生菌バイオハザード鎮圧を目指すSFファンタジー〜 

天海二色

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第十五章 平和が終わる日

第327話 警戒区域

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「あ~……。気が重い……」

 西暦2318年。医師国家試験が終わった翌日。
 俺は寮の自室のベッドに仰向けで沈んでいた。合格発表が出るのは一月後。俺の持ちうる学力を全部ぶつけたんだ、試験は突破した! って思いたいんだけど、やっぱ結果出るまでは気分があがらねぇ……。落ちてたらどうしよ。
 ピコンッ
 その時、携帯端末が電子メールを受信した事を軽快な着信音で教えてくれた。もそもそ手を伸ばして枕元に置いていた携帯端末を手に取ってみれば、画面には『クララ』の文字。
 俺は腹筋を駆使して起き上がった。
 クララ含め婆ちゃん達とはもう3ヶ月連絡を取ってない。試験の追い込み時期だったから、勉強に集中する為に連絡を絶ったんだ。そんで「試験が終わったら俺から連絡する」って伝えておいたんだけど、まさかクララから連絡が来るなんて。
 俺はいそいそと携帯端末を操作し、電子メールを開く。


 ▽▽▽

 シティボーイくんへ。

 元気してる? 医師国家試験日が終わっちゃったね。
 大丈夫、君なら受かるってわかってるよ。

 お医者さんになったら都会で就職するのかな?
 その辺は君の自由だけど、たまにはこっちにも顔出して欲しいな。あたしも会いに行くよ。たまーにね。

 ……うーん。メールにまで嘘付くのって、ダサいか。
 ホントはね、君がいなくて寂しいよ。ずっとこっちにいて欲しい。
 でもきっと皆んな、寂しいを積み重ねて大人になっていくんだよね。
 君の人生は君のもの。あたしは我慢しなきゃだ。
 あは。文字にするとちょっとクサイかな? 本心なんだけどね。

 そうそう、朗報があるんだ。
 うちの親父にね。家業を継ぐにあたって、あたしの好きな事をさせて貰う約束を取り付けられたんだ。
 オリーブをね、沢山植えようと思う。
 折角、広い土地があるんだ。新しい作物も挑戦したいよね。

 オリーブは油になるし食用になるし、使い道沢山あっていいよね。
 それに何より平和の象徴だ。君の大好きな平和。実はね、あたしも好きなんだ。平和。
 喧嘩なんて嫌いだし、飢えも貧困もない方がいいに決まってる。
 男の子って喧嘩とかプロレスとか乱暴なこと好きな子も多いけど、君は違ったよね。寧ろ怖がりな所もあったり。……そういうとこ、嫌いじゃないよ。

 いつか見渡す限りのオリーブ畑を作って、君をアッといわせてみせるから、覚悟しといてね。
 だからさ、試験が終わったら連絡ちょーだい? 迎えに行くよ。それで今度はあたしがエスコートしてあげる。
 数年後には見違える、君の故郷を。

 待ってるよ、シティボーイ……。いや、違うか。
 ……お祝いさせてね、フリッツ。

 クララより。

 △△△


 どうもこのメールは予約投稿みたいだ。メール本文の下に制作日が書いてある。3ヶ月前の日にち。
 わざわざ試験日を調べて、事前に準備してくれていたのか。
 俺は直ぐにクララに通話をかけた。もう今からそっちに行く。幸い、今日明日は休みだからな。村に帰ったらエスコート頼む。そう伝えたくって。
 けど、幾らコールしてもクララから応答はなかった。寝てるのか? 農作業で忙しい? いま夏で繁忙期だもんな。
 先に父さんや母さんに連絡するか。

 プルル、プルル……
 応答がない。父さん達も忙しいか。そりゃそうだ、皆んな農家なんだから繁忙期も一緒だ。なら隠居してる婆ちゃんに電話かけよう。婆ちゃんなら出てくれるよな。
 プルル、プルル、プルル……
 ……出ない。何で?
 おい、何で? もしかして、婆ちゃんに何かあった?
 婆ちゃんも歳だし、いつ何かあってもおかしくないけどさ。けどそれなら俺に一言あったって……。いやでも、「試験に向けて外部情報全部断つ!」なんて修行僧みてぇな宣言しちまったから、気を使って連絡してこなかった?
 こうしちゃいられない。
 俺は荷物をまとめてリュックに詰めると、寮の廊下に出た。

「フリッツ」

 そこで声をかけられる。
 誰かと思えばルイ教授だ。えっ、何でルイ教授ってレアキャラが男子寮にいんの? しかも俺を名指ししてきたの? しかも早朝に?

「昨日が医師国家試験日であったな。まずはご苦労」
「あ、あぁ、はい。どうも」
「してお主、帰省の予定は?」
「は? それは丁度、今から……。いやそれ、教授に話す必要あります? 休日なんですし、俺がどう過ごそうが」
「ならぬ」

 ルイ教授は有無を言わさない声音で言った。

「帰省はならぬ。お主はここに留まれ」
「はぁ? 何でそんなこと言われなくちゃ」
「昨晩、警戒区域が定められた。対象は貴殿の生まれ故郷よ」
「……へ? 何、言って」
「あそこはもう、『珊瑚』に侵された災害現場に他ならぬ。お主に限らず、民間人が立ち寄る事は最早叶わぬ。大人しく自室で続報を待つといい」

 警戒区域? 『珊瑚』に侵された? 災害現場?
 何言ってんだ。何言ってんだ。何言ってんだ、この人。
 俺の故郷は一面のライ麦畑が広がっていて、白い漆喰が塗られた煉瓦造りの素朴な民家がポツポツ建っていて、空気は澄んでて星は綺麗で、村の住民みんな家族みたいで。
 試験日が近いからニュースとか余計な情報は入れてこなかった。大学の様子も変わった事なくて、いつも通りの日々だった。平和そのものだった。事故や事件の噂一つ耳にしなかった。だからこんな、いきなり、近寄るなとか、嘘だろ。嘘だよな。
 そうだ、自分で調べりゃいいんだ。災害なんて起きたらニュースで大々的に放送されるだろ。
 俺は携帯端末を操作して、直近のニュースを調べた。
 その直後、赤く染まる民家が映った写真が目に留まる。地方で起きた、取るに足らないってぐらい小さな小さなニュース記事に載ってた写真。
 見慣れた、実家。

 俺は駆け出した。
 ルイ教授が何か叫んでいたけど聞こえない。聞きたくない。

 知識でだけなら知っていた。
 資料や映像で何度も見た。罹患者本人やその身内からも、話を聞く機会は沢山あった。
 いつだか話を聞かせてくれた青洲さんや、ルイ教授の授業でも珊瑚症の怖さや災害の酷さを教えて貰っていた。
 だけど、それでも、だからって、いざ自分の身内に降り掛かったら。

 全く冷静になんてなれないし、受け入れる事なんて、出来ないんだ。
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