毒素擬人化小説『ウミヘビのスープ』 〜十の賢者と百の猛毒が、寄生菌バイオハザード鎮圧を目指すSFファンタジー〜 

天海二色

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第十六章 地獄の最前線

第338話 傀儡

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 人造人間ホムンクルスは、壊していい玩具も同然だ。

 へし折っても切り刻んでも割っても焼いても溶かしても、心臓に当たる《卵》が無事かつ、血液さえ不足していなければ、何度でも再生をするのだから。
 例え頭蓋骨を砕き脳が欠損しても、全壊を免れたら治ってしまう。しかし脳とはデリートなもの。幾ら再生するとしても、傷を負えば記憶や機能に支障が出る。口が上手く回らなくなる事もあれば、手足が痙攣しまともに立てなくなる事もある。再生力が弱いウミヘビは不完全にしか治らず、使いものにならなくなって廃棄になる者も出る。
 それを知っておきながら「また造り直せばいい」「これも実験」と頭を機能不全に陥らせ、実験室の床に無様に転がるクロールの姿を見て、研究員奴らはよく笑っていた。

(壊してやる)

 元より奴らは破壊を求めて、クロール達を造ったのだ。

(全部、全部、全部)

 植え付けられた破壊衝動に身を任せ、物だろうと人だろうと関係なく。

(俺が壊れる、その時まで……!)

 ◆

 菌床と化した教会内部で、クロールは毒霧を製成し続ける。フェイスマスクを付けていないフリッツフリーデンを巻き込もうが、中毒になろうが関係なく。
 目の前に立つアンモニアを壊せれば、それでよかった。

「ク、ク、クロール……!」

 黄緑色の毒霧を見たアンモニアは動揺している。
 その間にも毒霧は質量を増していき、菌床内部に広がっていく。

(俺達は壊す事を求め作られて、実際、壊す事しかできねぇんだ)

 望まれた働きをしているというのに、なぜ拒まれるのかわからない。
 アンモニアも研究所あそこで一緒に転がっていたのに、どうして綺麗事を述べられるのかわからない。忌むべき人間に、何なら処分対象の感染者に加担するような事をしていて、意味がわからない。
 わかるのは、あらゆる面で邪魔だという事だ。

(コイツはここで、片す)

 故にクロールは手段を選ばずに毒霧を使用した。アンモニアとクロールの毒の耐性は近しい。まともに喰らえば動きが鈍る。そうして弱った所で首を斬り落とし失血させればいい。

「だ、だ、駄目……っ!」

 だがクロールの期待とは裏腹に、アンモニアは意を決した表情を浮かべると分銅鎖を手放した。

(……っ!? 武器を捨てた……!?)

 次いで白衣の下に手を入れると、そこからサブマシンガン型の冷気放射器を取り出し、毒霧に向け冷気を放つ。
 冷気を浴びた空気は毒霧を巻き込んで凍結していき、氷となって床へと落ちていく。
 上手いこと氷付けに出来たのを見たアンモニアは更に出力をあげ、冷気を操り次々に毒霧を氷の中へと閉じ込めていった。それに伴い菌床内部の気温も下がり、夏だというのに冬並みの寒さが訪れる。
 想定外の方法で奥の手を封じられた事に、クロールは白い息を吐きながら瞠目した。

「こんな、事……!」
「お痛が過ぎますよ、クロールさん」

 声が聞こえたと同時に、クロールの背中に重い蹴りが入る。防壁として展開していた鎖の隙間を縫って、セレンが一撃入れたのだ。
 意識の外からの攻撃に身体と頭の対処が追い付かず、何とか受け身は取れたものの、クロールは氷が転がる床に叩き付けられてしまった。
 いつから背後そこに居たのか。アンモニアに注意を向けていたにしても、全く気配を感じられなかった事に、クロールは動揺が隠せない。

「辺りに八つ当たりしたい気持ちは否定しませんが、やんちゃも程々にしなくては」

 しかもセレンはクロールの戦闘も毒霧もで済ませている。取るに足らない、とでも言うかのように。

「くっ!」

 セレンはサポートを主としているウミヘビとは言え、自分より毒素が強い第一課。隙を見せてはいけないとクロールは直ぐに起き上がり、鎖を構え直した。
 が、クロールが攻撃に転じるよりも速く、急接近してきたセレンは今度は腹部に蹴りを入れてくる。これも防ぐ事が叶わず、まともに受けてしまったクロールは体勢を大きく崩し前屈みとなった。
 その結果、無防備に曝け出されたクロールの後頭部に向け、セレンは真っ直ぐ手刀を落とす。容赦のない打撃にクロールの視界はぐわんと歪み、やがて暗転した。意識を飛ばしたのだ。
 気を失い倒れかかったクロールを受け止め、セレンはちゃんと意識が落ちているか確認をする。

「これで暫く起きませんかねぇ」
「か、か、加勢、あ、あ、ありがとう」
「一息ついている時間はありません」

 セレンは恐る恐る歩み寄ってきたアンモニアに、脱力し切ったクロールを放り投げ押し付けると、チャクラムを構えて投げ、菌床の壁を四角く切り刻み穴を空ける。
 しかし菌糸の増殖は激しく、端から生えていきものの数分で塞がってしまう。そこでセレンは再度、チャクラムで穴を空けながら、アンモニアに頼み事をしてきた。

「アンモニアさんには民間人を外へ連れ出して頂きたい。その辺に倒れている方、全員。出口は私が都度、開きますので」
「た、た、倒れている方……?」
「倒れている方は『セレン』を頂戴した方々です」

 クロールとの戦闘で気付けなかったが、氷が転がり、冷え切った床には、いつの間にか何人かの信徒達がぐったりと倒れ込んでいる。
 これはセレンが人間の体内にある『セレン』を奪い、欠乏症にしたのだ。尤も信徒全員が倒れている訳ではない。寧ろ怯えた様子ながら起きている信徒の方が多い。
 アンモニアは戸惑った。

「そ、そ、それじゃ、起きている、人は……?」


 黒目がちの目を細め、冷ややかにそう言ったセレンは、

「傀儡というべき、処分対象です」

 突如としてチャクラムの軌道を変え信徒の一人の胴体を横一文字に断ち、中身を暴いた。
 胴を斬られた信徒は出血をせず、内臓はなく、体内は空洞。ガワだけ人の形をした、菌糸の塊。そして上半身と下半身に分かれたにも関わらず、信徒は依然として動いている。糸が繋がれたマリオネットのように。
 その異様な光景に、アンモニアはたじろいだ。

「こ、こ、これって、ステージ6……?」
「恐らく違いますね。としての機能はあるようですが、思考力や戦闘力は皆無といっていい。手応えもまるでない」

 ぐしゃっ
 どこぞの妖怪のように上半身だけで這い回る信徒の頭を、セレンは容赦なく踏み潰し粉々にする。しかし骨のような硬さはなく、プラスチックを踏み潰した感覚に近い。
 粉々にした頭部もまた中身がなく、空っぽだ。どちらかと言えば、菌床内に生えている、海中の珊瑚を真似た菌糸と同じ部類だろう。
 それっぽく擬態しているだけの、ハリボテ。

「これが何なのか。は、クスシの方々が解明してくれる事でしょう。貴方は民間人の避難に集中してください。あと毒霧が詰まった氷も危ないので、外に廃棄を。そしてそれが終わりましたら次の手を打ちます」
「う、う、うんっ!」

 セレンの指示に素直に従い、アンモニアは鎖を使用し倒れている信徒達へ巻き付け浮き上がらせると、最後にクロールを背負いセレンが空けた穴から外へと出て行く。
 このままアンモニアは菌床が簡単には迫って来ない、町の方まで走るだろう。つまり暫くは戻って来ない。そしてモーズとフリーデンはアパタイトの対処で、こちらに注意をさせていない。
 セレンは空中に飛ばしていたチャクラムを手中に戻し、両腕を下げる。攻撃の意思がない事を伝える為に。

「さて。貴方方に目や耳が機能しているかわかりませんが、今ならば内緒話ができますよ?」

 次いでセレンは立っている信徒の一人……いや菌糸のハリボテににじり寄り、不敵な笑みを浮かべた。

「一つ取り引き、いたしませんか?」



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