毒素擬人化小説『ウミヘビのスープ』 〜十の賢者と百の猛毒が、寄生菌バイオハザード鎮圧を目指すSFファンタジー〜 

天海二色

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第十六章 地獄の最前線

第337話 破壊衝動

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 朽ちかけていながらも荘厳さを保っていた教会内部が、菌糸が血管のように張り巡った事により、腹の中のような毒々しい光景へと様変わりする。
 白煙が薄れていき、その様子を目にした信徒達は錯乱状態に陥る者が続出した。

「なんて不気味な……! これも悪魔の仕業か!?」
「聖女さま! どこへ!」
「うわあああんっ!」
「大丈夫よ! きっと聖女さまが救いを……」

 グロテスクとも言える光景を前に、泣き出してしまった子供を抱き寄せ、宥める母親。
 その喧しい声を聞き付け、分銅鎖の先端、鋭いナイフが目にも止まらぬ速さで迫ってくる。そこから感じるのは純粋なる殺意。

「いやぁあああっ!」

 ガキンッ!
 母親の甲高い悲鳴が響くと同時に、甲高い金属音が鳴り、ナイフの矛先を、クロールの定めた狙いを、アンモニアの投げた分銅鎖の鎖によって強制的に変えさせた。

「さ、さ、させない」

 先程から幾度も幾度も、こうやってアンモニアに狩りの邪魔をされている。
 クロールはいよいよアンモニアのみに狙いを定め、ただ彼を壊す為の鎖をさし向けた。

「お前にっ! 感染者の処分を止められる筋合いはない! そもそも、これは俺達ウミヘビに! 押し付けられた仕事だろうが!!」
「だ、だ、駄目っ。そっ、それ、それでも、駄目っ!」
「雑魚が! ここに来て役目を放棄したか!?」
「ぼ、ぼ、僕は! フリーデン先生の研究を、無駄にしたくない……!!」

 絡み合うクロールとアンモニアの鎖は、縄張り争いをする蛇のようにぶつかり合い、弾け飛び、その最中に巻き込んだ周囲の壁や床、瓦礫の山を抉っていく。

「怖気ついて訓練さえロクに積まなかった雑魚が、俺に勝てるとでも!? 自惚れるのも大概にしろ!」
「か、か、勝つつもりは、な、な、ない。ぼ、ぼ、僕はクロールに勝つんじゃなくて、と、と、止めに、来たんだから……!」
「……巫山戯るなよ」

 勝つつもりはない。止めに来た。
 何とも中途半端で甘っちょろい覚悟を示したアンモニアに、クロールは冷え切った目を向ける。

「本当に止めたければ俺を壊すしかないぞ、アンモニア。俺はもうラボに戻る気もなければ、規則を守る気もない。人間だろうと感染者だろうと、破壊し尽くす。草木一本生えない程に、蹂躙する」

 クロールは大理石の床を覆った菌床から次から次へと生えてくる、蔦状菌糸や樹木状菌糸を鎖で切り刻みながら、叫ぶ。

「それが俺の【願い】なのだから!」

 彼の鎖が通った所は、彼の毒素が孕む腐食性によって溶け、焼け、ぐずぐずに崩していく。
 そうして更地にしていく事が、クロールの願い。
 破壊衝動の極致。
 それを聞いたアンモニアは、緩く首を横に振った。

「だ、だ、駄目だよ。そ、そ、そんな事、したら……クロール、中毒に、なっちゃう」
「構うもんか! 俺は! いつか来る廃棄に怯えるんじゃなく! お行儀よく規則に縛られるんじゃなく! 俺を使い潰す為に造った人間共を! 壊して潰して溶かしてやりたいんだよ!!」

 瓦礫や柱や菌糸という障害を溶かし、視界の邪魔がなくなった所でクロールは床を蹴り上げ、アンモニアに急接近する。
 一気に距離を詰められたアンモニアは慌てて後退しようとするが、それよりも先にクロールの蹴りが腹部に減り込み、壁まで蹴り飛ばされてしまった。

「あぐ……っ!」

 血管のように菌糸が張り巡った壁は硬化し、衝撃を吸収してくれない。アンモニアはクロールから受けたダメージをそのまま負う事になり、顔を歪めた。が、直ぐに背後の壁を蹴り、真横へ移動する。
 直後、アンモニアがいた壁にクロールの分銅鎖のナイフが突き刺さり、溶かし、拳大の穴を空けた。
 外した。チッと、クロールは舌打ちをする。そしてその苛立ちを言葉でぶつける。

「アンモニア! お前だって良いように人間共に使われていた癖に! ! 何を高潔ぶってんだ! 本音ではお前も壊したくてたまらないだろう!?」
「ぼ、ぼ、僕は、人間が怖いって思う事、沢山あるけど……」
「怖い!? はんっ! やっぱりお前は雑魚だなぁっ!」
「で、で、でもそれ以上に、やりたい事が、できたから。ぼ、ぼ、僕はね、クロール。フ、フ、フリーデン先生の役に、立ちたいんだ。そ、そ、それには、破壊は、いらない」
「いいや、そんな事はない! フリッツ先生は誰よりも破壊を、蹂躙をお求めだ! その証拠に、あの人は俺を連れ出した! お前じゃなく! お前は選ばれなかったんだよ!!」
「フ、フ、フリーデン先生は、僕に『期待』を、してくれたんだ」

 アンモニアはクロールの鎖が当たらないよう教会内を駆けながら、それでいて逃げ場がなく怯えている信徒達が巻き込まれないよう、都度都度、彼の鎖の軌道を自身の鎖で変えさせながら、フリッツフリーデンへの思いを語った。
 フリッツフリーデンは規則を破ってでも、どんな手を使ってでも、一刻も早くアパタイトというステージ6を殺したかった事ぐらい、アンモニアも察している。
 察したうえで教会ここに来た。

「も、も、もう、壊さなくて大丈夫な、研究を、悲願を、ぼ、ぼ、僕が叶えてくれるって、『期待』してくれたんだ」

 アンモニアは平和主義たるフリッツフリーデンの望む感染者の保護、つまり『不殺』を叶えてくれる存在。
 だからこそフリッツフリーデンは毎日、毎日、夜遅くまで凍結の研究を重ね、アンモニアと冷気放射器の練習を繰り返し、苦楽を共にしてきた。
 それによってアンモニアは出来ることが増え、褒められることも増え、自信がついた。いつしか自分がフリッツフリーデンの『期待』に応えられる日が来る、と思えるほどに。

「ぼ、ぼ、僕は見て欲しい。研究の、成果を。悲願が叶う時を、フリーデン先生に、見届けて欲しい。そ、そ、その為にも君を、止める」

 クロールが幾ら蔑もうとも、否定しようとも、アンモニアの意思は揺らがない。
 怖気つくどころか、力強くクロールを見据えている。クロールを射抜かんばかりに。
 その眼力に、いつか訓練場で何度殺しても立ち向かってきた、モーズの姿が重なった。

「ぼ、ぼ、僕は止め、止めるのが、精一杯だけど」
「黙れ」

 執拗にフリッツフリーデンに纏わりつき、足を引っ張る新人モーズ。
 折角ラボを飛び出したというのに、教会ここまで追ってきて邪魔をしてきた厄介者。

「き、き、君の願いを変える説得や、負の感情の昇華、まして救済とか、大それたこと、できないけれど」
「黙れ黙れ、黙れ!」

 フリッツフリーデンが破壊を決行するのに迷いがあるのも、アンモニアが図に乗っているのも、全ては彼が原因だ。
 何せアンモニアとフリッツフリーデンがよく共に過ごすようになったのは凍結実験がキッカケで、その突拍子もない研究を始めたのはモーズに他ならないのだから。

「こ、こ、壊さなくっても、大丈夫だって……示したい!!」
「その鬱陶しい口を今すぐ閉じろ!!」

 面白くない。面白くない。面白くない。
 クロールは中身が伴っていないのに大口を叩くアンモニアに、破壊を拒む全てに怒りを爆発させてしまう。

「俺を使う事しか考えてねぇ人間共なんざ、皆んな皆んな壊れちまえ!」

 そこで鎖を引き戻し、トグロを巻く蛇のように鎖で自身を覆うクロール。
 そうして外界を拒絶した後、口から黄緑色の煙を――毒霧を、吐き出し始めた。
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