毒素擬人化小説『ウミヘビのスープ』 〜十の賢者と百の猛毒が、寄生菌バイオハザード鎮圧を目指すSFファンタジー〜 

天海二色

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第十七章 迷子の子供達編

第349話 赤い稲妻

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 ずっと笑わない貴方が不思議でした。

「おはようございます!」

 口角をあげていつもにこにこに満面の笑顔。
 声も明るく元気に出すようにして、物腰は柔らかく、時に大胆に距離を詰めて、
 研究員の皆さんに愛想を振り撒く。

 そうすれば皆さん笑い返してくれますし、ご飯を一緒に食べてくれたり、本を読んでくれたり、勉強を見てくれたり、毒素コントロールの特訓に付き合ってくれたり、仲良く過ごさせてくれます。
 こういうの、処世術というらしいですね。
 お陰様で私は危ない所以外の立ち入りも許されています。まぁ研究所は天井も壁も床も真っ白で、基本的には殺風景なんですけど。
 しかし食堂はよく人がおりますし、賑やかで好きです。たまにデザートなんてものも頂けます。

 笑顔でいるだけでこんなに快適に過ごせるのに、はどうしていつも無表情なのでしょうか。
 手狭とはいえ個室を与えられている私と異なり、あの人は筒状のガラスケースの中にいます。本の写真で見た、水族館の水槽みたいな部屋ですね。
 当然、プライバシーなんてものはありません。それどころかベッドもお布団も椅子も机もない。あるのは排水口みたいなお手洗いくらいですかね。
 昔の囚人のお部屋もこんな感じだった、と本に載っていました。あの人の扱いは囚人と同じみたいです。あ、でも確か独房でもベッドはありましたね。では囚人以下の扱いという事ですね。
 ちなみに洗身や洗髪と言った清掃は、定期的に研究員さんが施しているんだとか。

 ガラスケースの中のあの人はいつも虚な目をして、膝を抱えて座り込んでいます。
 灰色の髪やら顔付きやら背格好やら、私とよく似た外見を持つあの人。でもその虚ろな銀白色の目だけは、真っ黒な目をした私と異なります。
 あと声量も違いますね。たまにぶつぶつと小声で何か呟く事があるのですが、声が小さすぎて何を言っているのかわかりません。

 でも気になるものは気になるので、私はガラスに張り付いて喋っている事を聞こうとしました。
 しかし何回試しても聞き取れる事はありませんでした。それでも好奇心が消えなかったので、性懲りも無く聞き取りチャレンジをしていた所……

「……いま、は、むかし」

 ある日、幸運な事に聞き取れたのです。

「竹取のおきな、といふも、の、ありけり……」

 竹取物語をそらんじる、あの人の言葉を。

 ◆

「おはようございます、モーズ先生」

 セレンに声をかけられた事によって、モーズの意識は覚醒する。
 直後、横になっている事を自覚したモーズはすかさず起き上がり、周囲を見渡した。モーズとセレンが今いるのは、経年劣化が見て取れる建造物の中だ。
 天井には穴が空き、そこからさす雲越しの薄明かりが光源。床には彼方此方にガラスの破片と、瓦礫が落ちている。天井の穴や壁の穴から入り込んだのだろう、木の葉も舞っている。
 部屋の中央には、筒状の大きなガラスが設置されていた。ガラスは割れているが、人が入れる程の直径がある。それはオフィウクス・ラボで使われている培養槽に、よく似ている。
 そこから連想されるのは、《ウロボロス》の研究所だ。

「まさか、ここはウロボロスの跡地か……!?」
「はい。場所はギリシャ。私が造られた場所です」

 モーズの推測を肯定しながら、セレンは淡々と答えた。
 今の彼には、常日頃絶やす事がなかった笑顔がない。きっとよくない記憶が残る場所なのだろう。
 そんな所に、彼は自ら来た。それも、モーズという監視役クスシの意識を奪い、強引に。

「……セレン。君が強行手段を取ってでもここに来たかった理由は、なんだろうか。ウロボロスはトルコの地下宮殿に並び、私も気になっている場所だ。事前に話をしてくれていたら……」
「事前に話していたらきっと、連れて来てくれませんよ」

 セレンは黒目がちの目を細め、割れた筒状ガラスを凝視する。

「モーズ先生は私の【お願い】に否定的ですから」

 セレンの願い。それは【トールという男を殺したい】という、物騒なもの。
 民間人を手にかけるというその願いを叶えてしまったら、恐らくセレンは廃棄処分されてしまう。

「すまない。私は君を規則違反によって死なせたくない。ここに来たのも復讐絡みと言うのならば、長居はよそう」
「それは困る」

 その時、背後から聞こえてきたシワがれた声に、モーズの肩が強張る。
 声が聞こえてきた方へモーズがゆっくり顔を向ければ、暗がりの中から一人の男が現れた。黒山羊のフェイスマスクで顔を覆い隠した、2メートルはある長身を持つ、ペガサス教団のエンブレムが刻まれた黒服を着た巨漢。
 特殊学会で菌床を展開してきた、ステージ6。

「よく来たね、アレキサンドライト。会いたかったよ」
「フルグライト……!」

 警戒心を露わにし、モーズはフルグライトから距離を取った。
 そしていつでもアイギスを分離できるよう、右手首から触手を生やす。

(特殊学会の翌日、パラス会長が首無し死体として見付かったというニュースが報道されていたが、やはりあれはダミーだったか。……。……うん? 『アレキサンドライト』? 彼は今、私のことを『アレキサンドライト』と呼んだか?)
「ここならじっくり、君を見る事ができる。んっふふふ、楽しみだ。本当に、楽しみだ」

 『アレキサンドライト』という発言に引っ掛かりを覚えたものの、今はそれ所ではない。
 一歩、また一歩とこちらに近付いて来るフルグライトを対処しなければならないのだから。

「セレン、抽射器を……!」
「貴方お一人ですか?」

 しかしセレンは突如として現れたフルグライトにさして驚かず、何なら予め知っていた様子で話をしだした。

「こちらは条件を整えましたよ」
「んっふふふ、安心しておくれ。ちゃんと要望の品は持って来ているさ」

 状況がわからないモーズを差し置き、セレンとフルグライトは対話を続ける。
 その最中、フルグライトは黒山羊のマスクを外し素顔を見せた。

「ここに」

 歳は40程。目は切れ長で冷たい印象を受け、頬にギザギザした、赤い稲妻のような刺青が特徴的な、素顔を。
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