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第十七章 迷子の子供達編
第355話 繁殖実験
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ギリシャの都市部から遥か遠く離れた森の中。人の手が入っておらず道路もなく、自然豊かな場所だ。しかしある地点だけ、木々が切り開かれ総合病院にしか見えない3階建ての建造物が占拠している。
緑豊かな森の中に建てられた白く無機質な総合病院は非常に異質で、合成した写真にも見えた。間違いなく現実の光景なのだが。
尤も壁には穴が空き、天井の一部は欠け、黒ずみ、長らく放置されていたと見て取れる。しかも今の総合病院は白の塗装と黒の汚れだけでなく、“赤”も存在していた。
『珊瑚』の菌糸が、総合病院全体を血管のように貼り巡っていたのだ。
つまり菌床と化している。
それを確認したフリードリヒは怠そうに溜め息を吐いた。
「衛星には映っていなかったというのに。電波障害も出来るというステージ6とやらの仕業か? 面倒だな」
「少し下がって欲しいっス。開けます」
出入り口が菌糸の壁で覆われているのを見て、タリウムがダガーナイフを手にそこを切り刻む。
四角くカッティングされた菌糸の壁は肉片のように地面へと転がり、やがて黒ずんで死滅していった。
「いい子だな、タリウム。花丸をやろう」
「いやいらないっスけど」
2人分の穴を開けられた所で総合病院、を模したウロボロス研究所跡地の中へ、ぽつぽつと雨が降ってきたのもあり足早に中へと入るフリードリヒとタリウム。
内部は外装の印象そのまま、病院と似た造りとなっていた。
「こっから先どう探しましょうか。凄く広いみたいですけど」
「端から虱潰しに当たる他あるまい。ひとまずこっちだ、タリウム」
フリードリヒはだだっ広い研究所内を、迷いのない足取りで進み始める。
「前に来たことがあるんスか?」
「ここを潰す際に間取りは頭に入れた。改築をした形跡もないんだ、迷いはしない」
「潰す……。それいつ頃の話です?」
「8年前だな」
8年前。フリードリヒはこの総合病院を模したウロボロス研究所跡地を制圧。解体に追い込んだのだと、移動しながらタリウムに話してくれた。
「同じウロボロスでも研究所によって毛色が変わるとは思うんスけど、ここは何か特色あったりしましたか?」
「気になるのか?」
「えぇ、まぁ。俺が居た場所と随分、雰囲気が異なるんで」
研究所内を移動する最中、タリウムの目に付いたのは廊下に置かれたカラフルなベンチや、床に敷かれたパステル色をしたマット、大木のイラストがペイントされた壁に、割れたガラスの向こう側にあるクッションブロックで作られた囲い。
朽ちてはいるものの、全体的にどことなく小児科をメインとした病院に見える内装だ。
「何というか、ネグラの【檻】を思い出す場所っスね」
「ここは余所より馴れ合いが多かった、という記録があるようだ。研究成果を急くのではなく、風通しの良さや居心地のよさが優先だったとか。よく知らんが」
「へぇ」
「しかし奴らが手掛けていた実験の内容は、不快の極みだった事はよく覚えている。崇高で美しいウミヘビへ行った数々の蛮行は、死んでも償えぬだろうよ」
「その内容について、訊いても大丈夫スかね?」
柔らかな雰囲気をしたここで行われていた、非道な実験。
気にならない訳がなく、タリウムは「機密でなければ」と聞き出そうとした所、フリードリヒは渋った。ウミヘビの願いは可能な限り聞いてくれる彼としては、珍しい事だ。
それだけ内容が凄惨なのだと、嫌でもわかった。
「タリウム。君が訊きたいと言うのならば答えるが、おれはそれによって君が傷付くのは避けたい。よって抽象的な回答で済ます事を許し……」
「俺はこのまま答えはぐらかされてモヤモヤ残るよか、ちゃんと聞いておきたいっス。具体的に、お願いします」
凄惨だとわかった上で、タリウムは知りたかった。それはただの好奇心からではない。
ここはセレンが造られた研究所。礼節を弁え社交的でお喋りな外面ばかり達者で、その実、内面を悟らせないセレンの原点の欠片を知る事が出来るのだ。この機会を逃したくない。
そのタリウムの思いが伝わったのか、フリードリヒは顎に手を当て少し考える素振りをした後、話を続けてくれた。
「この研究所が行っていた実験は、不老不死の探究、ウミヘビの製造、調査の他、……【繁殖】だ」
「繁殖?」
「そうだ。ウミヘビの、繁殖」
人造人間たるウミヘビの繁殖。
地球に産まれ落ちる生物ならば当たり前に行える生理現象である【繁殖】だが、その言葉を聞いたタリウムはぎょっと目を見開いた。
「繁殖って、無理じゃないっスか。俺達そういう風に造られていないでしょう? ウミヘビの身体は人間の男性に似せてはいますけど、根本は違う」
「その通り。正確にはウミヘビに雌雄という概念はない。単為生殖も無性生殖もしない。ウミヘビの身体たる【器】はあくまで【器】で、繁殖には対応していないのだから」
ウミヘビは繁殖ができない。それが常識であり、真理である。
「それじゃ繁殖できるタイプの【器】を作ったって事っスか?」
「ウミヘビは《卵》がなければウミヘビたり得ない。しかしウミヘビが新たな《卵》を産む事はない。それは現在も変わらん」
「つまり不可能と。じゃその実験は失敗した、ってオチっスかね」
「いいや」
先を進むフリードリヒの足が早まる。苛立ちから多動になっているのだ。
「実現は、した。非常に歪な形で」
それに比例して、声音も低く冷たいものに変化をした。
「新たな《卵》を産めなくとも、植え付ける事は出来るのではないかと、ここの連中は仮説を立て、実行し、成功してしまった」
「植え付ける……? もしかして既に造ったウミヘビの身体に、別の《卵》を突っ込んだんスか!? そんな事したら中毒か拒絶反応で死ぬっスよ!?」
ウミヘビの《卵》は毒素の源。
ふたつ目の《卵》を植え付けられてしまえば、ウミヘビの身体こと【器】の許容量を超え中毒になり、中毒を耐えられたとしても拒絶反応を引き起こし、自壊してしまう。
「実際、何人も壊れたようだ。が、一人だけ生き残り、それでいて【繁殖】まで成功したウミヘビがいた」
今確認できるウミヘビの中で唯一、「子供」を造ったウミヘビ。
「名を《テルル》という」
オフィウクス・ラボの最上階、天文台でいつも夜空を見上げているウミヘビ《テルル》。彼こそがその奇跡を成し遂げた。
尤もタリウムからするとテルルは今この場で初めて聞く名前だったので、感心よりも困惑の方が優ってしまったが。
「テルル……?」
「テルルはラボで養生をしているウミヘビでな。ラボに入れないタリウムは見かけた事さえないだろうが、君より長くアバトンで暮らしているぞ」
「えっ。そ、そうなんスね」
しかもまさかの先輩である。タリウムはますます困惑した。
「それにしてもどんな形で繁殖したんスかね? 俺達、子宮もなけりゃ膣もないじゃないですか。ミミズやプランクトンみたく分裂したとか?」
「産まれたウミヘビは人間の赤子大だった、という記録が残っている。《卵》を植え付けた場所、テルルの場合は腹部だな。臍の奥、腸の手前。そこに寄生する形で定着し、人間の胎児と同じ経緯で成長していき、手狭になったからか、最後は自ら腹を突き破って生誕した」
マムシは母体の腹を食い破って産まれる。
と、かつては勘違いされていたが、そのウミヘビは勘違いでも何でもなく、文字通り腹を裂いて外に出てきたのだ。
「そうして此処で産まれたのが――《セレン》だ」
緑豊かな森の中に建てられた白く無機質な総合病院は非常に異質で、合成した写真にも見えた。間違いなく現実の光景なのだが。
尤も壁には穴が空き、天井の一部は欠け、黒ずみ、長らく放置されていたと見て取れる。しかも今の総合病院は白の塗装と黒の汚れだけでなく、“赤”も存在していた。
『珊瑚』の菌糸が、総合病院全体を血管のように貼り巡っていたのだ。
つまり菌床と化している。
それを確認したフリードリヒは怠そうに溜め息を吐いた。
「衛星には映っていなかったというのに。電波障害も出来るというステージ6とやらの仕業か? 面倒だな」
「少し下がって欲しいっス。開けます」
出入り口が菌糸の壁で覆われているのを見て、タリウムがダガーナイフを手にそこを切り刻む。
四角くカッティングされた菌糸の壁は肉片のように地面へと転がり、やがて黒ずんで死滅していった。
「いい子だな、タリウム。花丸をやろう」
「いやいらないっスけど」
2人分の穴を開けられた所で総合病院、を模したウロボロス研究所跡地の中へ、ぽつぽつと雨が降ってきたのもあり足早に中へと入るフリードリヒとタリウム。
内部は外装の印象そのまま、病院と似た造りとなっていた。
「こっから先どう探しましょうか。凄く広いみたいですけど」
「端から虱潰しに当たる他あるまい。ひとまずこっちだ、タリウム」
フリードリヒはだだっ広い研究所内を、迷いのない足取りで進み始める。
「前に来たことがあるんスか?」
「ここを潰す際に間取りは頭に入れた。改築をした形跡もないんだ、迷いはしない」
「潰す……。それいつ頃の話です?」
「8年前だな」
8年前。フリードリヒはこの総合病院を模したウロボロス研究所跡地を制圧。解体に追い込んだのだと、移動しながらタリウムに話してくれた。
「同じウロボロスでも研究所によって毛色が変わるとは思うんスけど、ここは何か特色あったりしましたか?」
「気になるのか?」
「えぇ、まぁ。俺が居た場所と随分、雰囲気が異なるんで」
研究所内を移動する最中、タリウムの目に付いたのは廊下に置かれたカラフルなベンチや、床に敷かれたパステル色をしたマット、大木のイラストがペイントされた壁に、割れたガラスの向こう側にあるクッションブロックで作られた囲い。
朽ちてはいるものの、全体的にどことなく小児科をメインとした病院に見える内装だ。
「何というか、ネグラの【檻】を思い出す場所っスね」
「ここは余所より馴れ合いが多かった、という記録があるようだ。研究成果を急くのではなく、風通しの良さや居心地のよさが優先だったとか。よく知らんが」
「へぇ」
「しかし奴らが手掛けていた実験の内容は、不快の極みだった事はよく覚えている。崇高で美しいウミヘビへ行った数々の蛮行は、死んでも償えぬだろうよ」
「その内容について、訊いても大丈夫スかね?」
柔らかな雰囲気をしたここで行われていた、非道な実験。
気にならない訳がなく、タリウムは「機密でなければ」と聞き出そうとした所、フリードリヒは渋った。ウミヘビの願いは可能な限り聞いてくれる彼としては、珍しい事だ。
それだけ内容が凄惨なのだと、嫌でもわかった。
「タリウム。君が訊きたいと言うのならば答えるが、おれはそれによって君が傷付くのは避けたい。よって抽象的な回答で済ます事を許し……」
「俺はこのまま答えはぐらかされてモヤモヤ残るよか、ちゃんと聞いておきたいっス。具体的に、お願いします」
凄惨だとわかった上で、タリウムは知りたかった。それはただの好奇心からではない。
ここはセレンが造られた研究所。礼節を弁え社交的でお喋りな外面ばかり達者で、その実、内面を悟らせないセレンの原点の欠片を知る事が出来るのだ。この機会を逃したくない。
そのタリウムの思いが伝わったのか、フリードリヒは顎に手を当て少し考える素振りをした後、話を続けてくれた。
「この研究所が行っていた実験は、不老不死の探究、ウミヘビの製造、調査の他、……【繁殖】だ」
「繁殖?」
「そうだ。ウミヘビの、繁殖」
人造人間たるウミヘビの繁殖。
地球に産まれ落ちる生物ならば当たり前に行える生理現象である【繁殖】だが、その言葉を聞いたタリウムはぎょっと目を見開いた。
「繁殖って、無理じゃないっスか。俺達そういう風に造られていないでしょう? ウミヘビの身体は人間の男性に似せてはいますけど、根本は違う」
「その通り。正確にはウミヘビに雌雄という概念はない。単為生殖も無性生殖もしない。ウミヘビの身体たる【器】はあくまで【器】で、繁殖には対応していないのだから」
ウミヘビは繁殖ができない。それが常識であり、真理である。
「それじゃ繁殖できるタイプの【器】を作ったって事っスか?」
「ウミヘビは《卵》がなければウミヘビたり得ない。しかしウミヘビが新たな《卵》を産む事はない。それは現在も変わらん」
「つまり不可能と。じゃその実験は失敗した、ってオチっスかね」
「いいや」
先を進むフリードリヒの足が早まる。苛立ちから多動になっているのだ。
「実現は、した。非常に歪な形で」
それに比例して、声音も低く冷たいものに変化をした。
「新たな《卵》を産めなくとも、植え付ける事は出来るのではないかと、ここの連中は仮説を立て、実行し、成功してしまった」
「植え付ける……? もしかして既に造ったウミヘビの身体に、別の《卵》を突っ込んだんスか!? そんな事したら中毒か拒絶反応で死ぬっスよ!?」
ウミヘビの《卵》は毒素の源。
ふたつ目の《卵》を植え付けられてしまえば、ウミヘビの身体こと【器】の許容量を超え中毒になり、中毒を耐えられたとしても拒絶反応を引き起こし、自壊してしまう。
「実際、何人も壊れたようだ。が、一人だけ生き残り、それでいて【繁殖】まで成功したウミヘビがいた」
今確認できるウミヘビの中で唯一、「子供」を造ったウミヘビ。
「名を《テルル》という」
オフィウクス・ラボの最上階、天文台でいつも夜空を見上げているウミヘビ《テルル》。彼こそがその奇跡を成し遂げた。
尤もタリウムからするとテルルは今この場で初めて聞く名前だったので、感心よりも困惑の方が優ってしまったが。
「テルル……?」
「テルルはラボで養生をしているウミヘビでな。ラボに入れないタリウムは見かけた事さえないだろうが、君より長くアバトンで暮らしているぞ」
「えっ。そ、そうなんスね」
しかもまさかの先輩である。タリウムはますます困惑した。
「それにしてもどんな形で繁殖したんスかね? 俺達、子宮もなけりゃ膣もないじゃないですか。ミミズやプランクトンみたく分裂したとか?」
「産まれたウミヘビは人間の赤子大だった、という記録が残っている。《卵》を植え付けた場所、テルルの場合は腹部だな。臍の奥、腸の手前。そこに寄生する形で定着し、人間の胎児と同じ経緯で成長していき、手狭になったからか、最後は自ら腹を突き破って生誕した」
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