毒素擬人化小説『ウミヘビのスープ』 〜十の賢者と百の猛毒が、寄生菌バイオハザード鎮圧を目指すSFファンタジー〜 

天海二色

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第十七章 迷子の子供達編

第356話 月の影

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 ◆

 8年前。西暦2312年。

「今は昔り竹取の翁といふ者、ありけり。野山にまじりて竹をとりつつ、よろづのことに使ひけり」

 研究所の薄暗い部屋の中で、パソコンの前の椅子に腰掛けていた大柄の男性、『トール』は独り言を呟きながらキーボードを打ち込んでいた。
 すると彼の後ろからセレンがひょっこりと顔を出し、トールへもたれかかる。

「お父さん、また竹取物語ですか?」
「セレンが好きな物語だからね、私も気に入ってしまって」
「ええ~。息子の影響受け過ぎでしょう。しかも暗唱できるレベルだなんて」
「お前が毎晩のように読み聞かせをせがむから、すっかり覚えてしまったよ」
「いつの話ですか、それ」

 の話を引き出され、セレンは不服そうだ。
 そんなむくれている姿さえトールは愛おしげに微笑むと、パソコンの画面を指差す。そこには10姿セレンが、トールを始めとする研究員と飯事をしている写真が写っていた。

「そうそう、セレン。データを整理をしていたら、懐かしい写真が出てきたんだ。一緒に見ないかい?」

 ◆

 食堂に蔓延っていた『傀儡』であるキメラは全て輪切りにした。青い血をチャクラムに付着したからか、斬った後のキメラは増殖による再生をせず、ぐずぐずとなった状態で床に転がっている。ここで養分不足になったのか、新たなキメラは現れない。
 しかし依然と菌床は展開されたまま。出入り口は菌糸の壁に塞がれ、食堂の床や壁には蔦状菌糸が生えイソギンチャクのように蠢いている。セレンに逃げ場はない。

『私に当てられなくて残念だったね、セレン』
「いいえ、狙い通りです」

 姿を見せず声だけを届けるフルグライトに向け、セレンは不敵に笑う。
 キメラを殲滅する為に、セレンは今の今までチャクラムを投げ続けた。自身への負担を考えず、ひたすら攻撃をけしかけ続けた。
 そしてセレンの毒素には『腐食』の効果がある。無機物だろうと有機物だろうと、生き物だろうと人工物だろうと関係なく、溶かしてしまう腐食を。

「トールもフルグライトも、雷に縁のある名前だそうですね。今日の空模様はチェックしましたか?」

 セレンは左手に持っていたチャクラムを掲げ、真上へ、投げた。
 チャクラムは重力に反し真っ直ぐ天井へ飛んでいき、グサリと突き刺さる。
 直後、蓄積された負荷がピークに達した天井は亀裂が稲妻のように全体へと走り、瓦礫となって食堂へ降り注ぐ。
 バケツをひっくり返したような勢いで激しく降る雨と共に。

「生憎の豪雨です」

 瞬く間に水浸しとなった食堂の床に向け、セレンはすかさず腰のベルトに下げていたテーザーガンを手に取り構え、引き金を引いた。
 バチバチバチッ!
 大きな音と共に電撃が水を伝い食堂の菌床全体へと走る。上も下も右も左も関係ない。雨がある場所、全てだ。
 モーズがかつてパラスの菌床で実行した、我が身を犠牲にしての電気信号の阻害。これによってフルグライトは菌糸を操る事も新たに『傀儡』を作る事も、何なら身を隠しているが故に視認という、この状況で唯一できる知覚手段が取れずセレンの居場所さえ把握できなくなる。

(チャンスは一度! 奴が身動きが取れない内に、斬り刻む!!)

 テーザーガンの充電が底を尽きるまでの僅かな時間。セレンは左手に持っていたチャクラムを構え、全身に走る焼けるような痛みを押して、その場で円を描くように回った。
 片足で立ち、くるりくるりと、バレエを踊るかのように回り――三日月状の斬撃を飛ばす。
 上も下も右も左も関係ない。三日月状の斬撃は星の数程飛び、セレンの周囲全てを射程範囲とし、細切れとなった食堂は原形を留める事ができず崩壊。床が崩れセレンもそれに伴い地下へと落下した。

「は、は……っ!」

 どしゃり
 着地を失敗し、地下の床で膝をつくセレン。
 全方位をチャクラムから飛ばした斬撃によって細断する、という大技を使った反動だ。力が入らない。手足が震える。カランと音を立て、自分の側に落ちてきたチャクラムを拾う事さえままならない。
 挙句の果てには右目が青く充血し始めた。中毒に、陥ったのだ。

(まだ、倒れてはいけません。奴を殺せたのか、確かめ、なければ……)
「素晴らしい。実に、素晴らしい」

 ぱちぱちぱち
 鼓膜を揺らす、拍手の音。
 まさかとセレンが顔をあげれば、擦り傷どころか汚れ一つないフルグライトが、目の前に立っていた。

「あ、なた……」
「流石にヒヤリとしたよ。しかしセレンがお月様でよかった」
「は……?」
「月には影があるものだろう?」

 それはつまり、斬撃が届かない死角があったという事だ。
 と言っても2メートルはある背丈を持つ大柄なフルグライトが、セレンが極限まで削った死角に納まるはずがない。

(オニキスは首だけになっても生きていましたし、再び五体満足で現れた。元は寄生菌なのです、常に人の形を取る必要なんてない。……もしや今まで隠れていたのではなく、ただ小さくなっていただけ? そして僅かな死角に逃げられた?)

 セレンは隙間なく細断した気になっていたのに、穴があった。その失態を自覚し奥歯を噛み締める。

「それで、嫌味を言いに姿を現したのですか?」
「まさか。息子の成長を喜ばなくて何が父親か」
「ハッ」

 目の前のこの男は、何処までもセレンの神経を逆撫でする。

「自分の成果物を観察できて、嬉しいだけでしょう。外道に人の情なんて、存在しないのですから」
「まだ反抗期を続ける気かな? もう疲れただろう、セレン。ここでゆっくり眠るといい」

 セレンの視界の端で蔦状菌糸が揺らめくのが見える。切先を鋭くし、串刺しにせんと狙いを定めている。
 わかっていても、動けない。

「悠久に」

 そしてフルグライトの合図と共に、菌糸が喉笛目掛け迫り――
 ザンッ
 上から投擲されたダガーナイフに切断され、標的に届く事はなかった。
 黒い靄に包まれたそのダガーナイフには見覚えがある。あれはタリウムの得物だ。

「あっぶな」

 想定通り、崩壊を免れた上層の端ではタリウムが顔を出し、セレン達を見下ろしている。

「おぉ、セレン。見付けられてよかった」

 続いてケシの花がデザインされたフェイスマスクを付けたクスシ、フリードリヒまでもが現れた。
 彼はセレンを見るや否や、タリウムの手を借りる事もなくさっさと下層へ飛び降り、未だ降り注ぐ雨も気にせず駆け寄ってくる。そして充血した目の状態から容態を察した。

「いや良くないな。中毒に陥ってしまっている。至急、解毒しなくては」
「これはまた、ビッグゲストが来たものだね」
「ん?」

 声をかけられ、フリードリヒは初めてフルグライトの方へ顔を向ける。今この瞬間、気付いたようなリアクションだ。
 いや“ような”ではなく、実際気付いていなかったのだろう。この場にセレン以外の存在がいた事に。

「何だお前」
「見覚えないかい? 。室長と一緒に、何度か会ったことがあるのだけれど」
「室長……?」
「もう20年近く昔の話だから忘れてしまったかな? しかし室長の顔は最近見た筈だ。『ショール』として」
「誰だそいつ」
「フリードリヒさんほら、ラボで情報共有されたステージ6っスよ」

 フリードリヒの後を追って来たタリウムが、腕時計型電子機器を用いて『ショール』の顔写真をその場に投影。フリードリヒに見せる。
 イギリスの菌床でカールと接触したステージ6。ウロボロスに所属していた生前、ニコチンとアセトアルデヒドを造った男。
 そこまでして漸く思い出したらしい彼は「あぁ」と頷いた。

「何かいたな、こういうの。ScheiBeクソどうでegalもいい

 尤も、彼の中では取るに足らない事のようだが。

「で。お前は何だ、セレンへ暴行をしたのか。大罪だな。死刑に値する」

 フリードリヒにとって世界の中心はウミヘビであり、

「ここで死ね」

 ウミヘビの安寧を妨げる存在全てが、粛清対象であった。
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