毒素擬人化小説『ウミヘビのスープ』 〜十の賢者と百の猛毒が、寄生菌バイオハザード鎮圧を目指すSFファンタジー〜 

天海二色

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第十七章 迷子の子供達編

第357話 身代わり

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 フリードリヒが殺気を放った途端、空気がびりびりと張り詰める。
 ステージ6とは言え人間の姿をしたフルグライトに対して、混じり気のない純粋な殺意を向けている証拠だ。人間を殺める事に、何の躊躇も抱いていない。

「殺すだなんて、野蛮な。クスシならば、未知に対し調査と研究をすべきだろうに」
「おれの研究対象はウミヘビだけだ」

 クスシの本分たる『珊瑚』及び珊瑚症の追究。それをあまりにも堂々と、悪びれもせず放棄しているフリードリヒに、セレンとタリウムは唖然とした。
 しかし昔から彼を知っているらしいフルグライトは、「相変わらずだね」と苦笑をするに留めている。
 ……そこでふと、セレンは雨が止んだ事に気が付いた。
 雨雲が去った訳ではない。自分達の真上に浮かぶ『傘』が雨を遮ってくれているのだ。

「……アイギス」

 透明感が強く薄らとしか見えないが、薄桃色をしたフリードリヒのアイギスが確かにそこにいる。
 そのアイギスの触手がフルグライトへ伸び始めたのを見て、セレンは咄嗟にフリードリヒの足にしがみ付き、アイギスを止めるよう懇願をした。

「待って、待ってください、フリードリヒさん! あの人は私が殺したいのです……っ」
「それが君の願いならば、おれが代行しよう。必ず成し遂げてみせるから心配は無用だ」
「それでは意味がありません! 私は、私は……っ!」
「どの道その身体では、立つ事もまかりならない。どうかおれに任せて欲しい」
「駄目なんです、駄目なんです……!」
「どうしたんだ、セレン。いつになく聞き分けが悪いぞ」
「話が長引きそうだね。だがそろそろアレキサンドライトの元に戻らなくてはいけないから、私はこれで失礼するよ」

 セレンとフリードリヒが問答を繰り返す内に、フルグライトは菌糸の繭に身を包み姿を覆い隠してしまった。
 ステージ6が瞬間的な移動をする際に使う技である。あの繭を壊したとして、中にはもうフルグライトはいないだろう。
 途端、フリードリヒは「もう用はないと」と判断し、ひょいとセレンを小脇に抱え踵を返す。

「帰るぞ、タリウム」
「いやまだモーズさん見付けてませんよ……!?」
「知らん。おれはセレンの解毒をしなくてはいけないんだ。餓鬼じゃないんだ、自分で帰れるだろ」
「いやいやいや! と言うかついさっきまでモーズさんのこと餓鬼、餓鬼と言っていたのに……!」
「……移動させられていなければ、モーズ先生は3階の『隔離部屋』にいます」

 フリードリヒの腕をぺしぺしと叩き、さり気なく降ろしてほしい意志を伝えつつセレンは言う。

「お迎え、お願いできますか? フリードリヒさん」

 ◇

「オニキス、休憩は終わりだ。帰るよ」

 モーズとオニキスのいる『隔離部屋』へと戻って来たフルグライトは、座り込んだままのオニキスに立ち上がるよう催促をする。
 しかしオニキスは首を横に振ってそれを拒んだ。

「まだ起きたくない? そうは言っても、帰りが遅くなってしまうよ? 転移ができないアレキサンドライトは、直接運ばなくてはならないからね」

 それでもオニキスは言う事を聞かず、ただ意識のないモーズを指差す。

「セレンがいる? 夢を壊す怪物まで? んっふふふ。これは興味深い」

 そこで想定外の現象が起きている事を知ったフルグライトは、笑みを深めた。

「元々、人間の夢とは情報の整理だ。私がアレキサンドライトにインストールした情報から生じてしまったのか、はたまたこの部屋に残る残留思念と呼ぶべき情報を、菌糸が読み取ったのか」

 そのままオニキスの隣まで足を運び、片膝を床に付けると、冷ややかな印象を受ける金色の瞳を爛々と輝かせ、倒れた直後よりも少しばかり表情が和らいだモーズの顔、薄らと赤く変色した右頬に手を伸ばし、愛おしげに撫であげた。

「もっとよく、見せておくれ」

 ◆

「お父さんはの私に本を読んでくれて、ミルクをくれて、子守唄を歌ってくれて、あやしてくれて、笑いかけてくれた」

 セレンは長い腕を振り回し、無秩序に暴れる怪物を遠目から眺めながら、寂しげに語る。

「全部、あの怪物がしてくれたことだって信じ込んでいました。思い出として頭の中にありましたし、アルバムだって残ってた。しかしそれは全部、偽物で、捏造でした」
「……つらかったね」

 両手で服の裾を掴んで涙を堪えるセレンの背中を、モーズは撫でてあげる事しかできない。
 しかしオニキスは共感できないようで、遊園地の異物たる怪物を横目で見ては不服そうにしていた。

「そんなに悲しいこと? いい思い出が嘘だったとしてもさ、ご飯くれなかったり、ぶったりはしてこなかったんでしょ? 無害じゃん」
「オニキス、そういう問題じゃ」
「確かに怪物は私にイジワルすることはなかったです。でも怪物は、私の本当のお父さんをいじめていました」
「それだってセレンとは関係ないじゃない」
「関係、あったんです」

 そう言って、セレンはうつ向いてしまう。

「お父さんがガマンしている間は私にイジワルしないって、怪物はお父さんと約束していたんです」
「イジワル……」
「私は何も知らないで、のうのうと暮らしていました。お父さんがイジワルを受けているのは、研究所の言い付けを守れないせいだって思い込んでいました。バカ、なんだって……」

 モーズに訊かれた「ひどいこと」は確かにセレンは受けていなかった。
 代わりに『お父さん』が受けてくれていたから。
 殴られ、蹴られ、食事を抜かれ。衣服や教育を奪い、対話も交流も拒否をし、一方的に従わせた後には狭い部屋に押し込んで。
 ずっと耐えていた。耐えてくれていた。

「バカは私だったのに」

 その事を思い出したセレンはとうとう堪えきれなくなって、黒目がちの瞳からボロボロと大粒の涙を溢れさせる。
 モーズは直ぐにハンカチをポケットから取り出し、セレンの涙を拭ってあげた。

「セレン。君はウソをつかれて、だまされていただけだよ。何も悪くない」
「でも私は、きらわれてしまいました。……お父さんに、うまれてこなければよかったのに、って言われたんです」
「何それ!」

 その時、今までセレンの話にさして関心を向けていなかったオニキスが、顔を真っ赤にして激昂する。

「一方的で自分勝手! 理想的じゃなかったからって突き放して! だから大人なんて嫌いだよ!」

 自分事のような怒りっぷりだ。もしかしたら昔、似たような言葉を親に言われた事があるのかもしれない。

「怖い怪物も酷いお父さんも忘れてさ、遊ぼうよ! ずっと楽しいことしていれば、辛くなくなるからさ! ね?」
「私は……」
「それも、一つの答えだね」

 モーズも例えどんな理由があろうとも、幼く弱く、お金も力も選択肢もない子供に対して言う言葉ではないというのはわかるが、両親がいない為、自分事として捉える事はできない。だからオニキスのように、セレンの代わりに怒る事はできないし、悲しむ事も嘆く事もできない。できるのは話を聞いてあげる事ぐらいだ。
 ただ一つ、確かめておきたい事があった。

「でもセレン。君はきらわれたままでいいの?」

 セレンがお父さんを今も「好き」なのかどうか、だ。

「……。……いや、です。私にひどいこと言っちゃうぐらい、私はお父さんにガマンさせてしまったけれど……。きらわれたままなの、いやです」
「じゃあ、仲直りできないか。きいてみようよ」
「そ、それも。……こわいです。きらいって言われるの、こわいです」
「それも、そうだね」

 そこでモーズはハンカチをセレンの手に握らせ、迷いなくこう言った。

「ぼくがきいてくる」
「えっ」
「本当のお父さん、どこにいるかわかる?」

 モーズの宣言にセレンは戸惑った表情を浮かべたものの、自身を真っ直ぐ見つめてくる緑色の瞳に決意を感じ取ってか、おずおずと怪物を指差した。

「あの中に、います」
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