毒素擬人化小説『ウミヘビのスープ』 〜十の賢者と百の猛毒が、寄生菌バイオハザード鎮圧を目指すSFファンタジー〜 

天海二色

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第十七章 迷子の子供達編

第358話 自殺願望

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 フリードリヒから解毒という名の応急処置を受けたセレンは、下層の端、雨の当たらない屋根の下で膝を抱え座り込んでいた。
 安静にしていたお陰で目の充血も治り、容態は落ち着いてきている。そこで付き添いとして残っていたタリウムが移動を提案した。

「セレンさん。ここいつ崩壊するかわかりませんし、外に停めてある車に……」
「どうして助けたのですか?」

 セレンはぼんやりと空を見上げながら言う。
 雨は弱まってきて、雲の薄くなってきている。もう少し時間が経てば晴れる事だろう。

「どうしてって、そりゃ仲間だからに」
「そんな表面上の関係を取り繕う為に、助けたのですか?」
「表面上って何スか……。と言うか、あそこで俺が手を出さなきゃセレンさん死んで」
「それでよかったんですよ」

 タリウムの言葉を遮った上でセレンは言う。
 死ぬ気だったのだと。

「単騎撃破が理想でしたが、それが叶わない場合は殺されるつもりだったのです」
「……何でそんなこと」
「理由なんて、話した所でわからないでしょう? なので話しません。ただ、次からは止めないで頂きたい」
「嫌っス」

 しかしタリウムは要望を突っぱねた。
 ぴくりとセレンの片眉が吊り上がる。

「見殺しは規則違反に当たるからですか? ステージ6との戦闘の末の殉職ならば、咎められる可能性は低いかと」
「そういう問題じゃないスよ。規則とか関係なく。俺が止めたいから止めます」
「何ですか、それ。人の頼みは聞くものですよ」
「あと理由も知りたいっス。知らないままはもやもやするんで」
「話しませんよ。意味ありませんから」
「勝手に決め付けないでくださいよ。聞くまでわからないでしょう。溜め込まない方がいいって聞くんで、駄目元でもなんでも、話してください」
「話すのは無駄だと言っています」
「そんなのわからないっスよ」
「無駄なんですよ」
「決め付けないでください」

 何度拒絶をしてもタリウムは執拗に訊いてくる。
 そしてセレンは今、過度な疲労と、想定通りに事が運ばなかったストレスによって非常に苛立っていた。

「意思も感情も希薄で空っぽの貴方に! わかる訳がないでしょうが!!」

 よって平素ならば押え込み隠し通してしまう怒りを、溢れさせてしまった。

「わからないっスよ! これっぽっちも!!」

 だがタリウムはそれでも引き下がらなかった。
 寧ろ今までにない程、感情を剥き出しにした。

「何なんスか、その全部諦めた目は! 何でそんな簡単に死を望むんスか! 死んだら終わりなのに! だから虫も獣も必死に抵抗して足掻くのに! ニンゲンだってどいつもこいつも足掻いていたのに!!」

 セレンの今の目を、タリウムは見た事がある。
 アメリカの菌床で処分したクリスと同じ、死を受け入れている目だ。タリウムのダガーナイフを掴み、自分から胸に突き刺した時の目。

「楽になる為ってんなら俺にも理解できますよ! 苦痛からの解放なら! でも違う、その目は違う!」

 タリウムには理解できなかった。彼女の真似をしたら何かわかるのではと、味もわからないのにチェリーパイを作ってみたりもした。それでもわからない。わからないから考え続けてしまう。
 虫も獣も人間も一様に死を恐れ、どんな手を使ってでも避けようとするのが常で、そこに種の隔たりなんてなくて。

「俺は、俺は……!」

 結局、どれも同じなのだと。変わらないのだと。ナイフを振るってきた。相手が子供でも老人でも何でも。自分を造った『』に命じられるがまま、機械的に。全身が真っ赤に染まる事に慣れ、常に血の臭いを感じる程に。
 死を前にすれば理性なんてなくなる。本能だけが残る。そう思っていたのに。思い込もうとしていたのに。

「今までどれだけ、『人』を、殺して……」

 思考を続ける程に、急激に芽生えてくる後ろめたさ。目を背けたくなる仄暗い感情。
 それを『罪悪感』や『後悔』と呼ぶ事を、タリウムはまだ知らない。

「今更、自覚したのですか? 少しは中身が詰まったという事でしょうかね」
「セレンさん、俺……」
「……私は、あるウミヘビに死を願われる程に嫌われています」

 そのウミヘビはもしや、セレンが腹を突き破ったというテルルだろうか。人当たりのいいセレンは誰に対しても丁寧に接し、敵を作るような事はしない。少なくともタリウムは、セレンへ敵意や嫌悪を向けるウミヘビを見た事がない。
 思わず問いかけたくなったが、今は聞く事を優先し押し黙る。

「そのウミヘビは、私の命が終われば笑ってくれるしれません」

 自分を嫌うウミヘビの為に死ぬ。しかも自死を達成できた所で、目的が叶うか不鮮明。
 ふっ、と。セレンは力無く、自嘲した。

「理解できないでしょう? ねぇ、タリウムさん」

 ◆

 歯を慣らし腕を振り回し暴れる怪物に近付こうとするモーズの腕を掴み、オニキスは必死に止める。

「危ないよモーズ! なんで関わるの? いいじゃん放っておいたって! それで何の得があるの! 君だって怪物、怖いのに! 自分から怖い思いするなんておかしいよ!」
「……うん、怖いよ。でもぼくは怖い以上に、このままじゃイヤなんだ。ただのぼくの、ワガママだけど」
「モーズ!」
「心配してくれてありがとう、オニキス。遊園地で遊ぶの、楽しかったよ。すごく」
「うん、楽しいよね! ここが楽しいって思ったんならさ! その楽しい夢、ずっと見ていようよ!」

 ――幸せな夢。見たくない、の?

 オニキスの言葉に、モーズは最近聞いた誰かの言葉が思い浮かんだ。誰なのか記憶を辿れないが、とても綺麗な人に言われた気がする。
 楽しくて、幸せな夢。覚めなければいいと思う程、魅力的だが――

「ぼくはね、嫌とか怖いとかから逃げてばっかじゃ、手に入らないこともあるって知ってる。だから行くんだ。うまく行くかなんて、全然わからないけど……」

 モーズは、セレンが泣いたままなのは嫌だった。
 その思いだけが、彼を突き動かす。

「ぼくは、ぼくにできることをする」

 だからオニキスの手を振り払って、駆け出した。
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