毒素擬人化小説『ウミヘビのスープ』 〜十の賢者と百の猛毒が、寄生菌バイオハザード鎮圧を目指すSFファンタジー〜 

天海二色

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第十七章 迷子の子供達編

第359話 《テルル(Te)》

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(どうやったら、セレンのお父さんに会えるかな?)

 タイルが敷かれた道を走ると、足音でモーズが近付いてきた事に気付いたらしい怪物は暴れ回るのを止め、両腕を広げて歓迎するように身構える。
 油断させる罠にしか見えない。モーズは怪物の腕が届かないギリギリの位置で足を止め、一旦距離を保ち考える。
 こういう時はいつも、ような気がする。

(えっと、誰に手伝ってもらったんだけ? えっと、えっと……)

 誰かの手を借りて、手を延長して貰っていた。
 思い出そうとして腕を伸ばしてみると、手首からにゅるりとクラゲの触手が生えてきてモーズの前でゆらゆら揺れる。
 初めて見る筈なのに何だかとても、馴染みがある。

「手伝って、くれる?」

 疑問も抵抗も抱かずに願ってみれば、クラゲは願い通り触手をぐんぐん伸ばしていき、怪物の目の前まで辿り着いた。
 そのまま怪物の腹部に触れ、触手の先端を食い込ませ、左右に裂く。
 そうして露わになった怪物の【中】には、海の色をした卵が埋め込まれていた。

だ」

 直感的に察したモーズは触手を手足の延長線のように操り、海の色をした卵へと触れる。
 その直後、見た事のない光景がモーズの目に飛び込んできた。

 ◆

 白い部屋の床にうずくまり、苦しむ男性。
 彼は灰色の髪を振り乱し、中性的で美しい顔を歪ませ、汗を沢山かいて、口からを吐き、苦しそうに肩で息をしている。

「う、ぅううう……」

 男性が苦しんでいる原因は、腹部だ。
 十字に裂けていて、腸も飛び出ている。出血も止まらないようで、非常に痛々しい。

「おぎゃあ、おぎゃあ」

 その真っ青な血溜まりから、赤子の泣く声が、聞こえた。
 ふわふわと柔らかそうな灰色な髪を生やした、小さな赤子。顔を真っ赤にして泣き腫らし、ぐずっている。
 苦痛から瞼をキツく閉じていた男性は、ゆっくりと目を開けその赤子を銀白色の瞳に映す。途端、彼の瞬きが止まった。
 食い入るように、赤子を見詰めている。

『産まれた!』
『実験は成功だ!』
『早速、幼体を回収しデータの収集を!』

 その時、どたどたと荒い足音を立て、オレンジ色の防護服を着た人々、恐らく研究員が白い部屋の中に入って来た。
 彼らは我先にと腕を伸ばし、赤子を手にしようとしている。
 すると男性はハッとした表情をし、四つん這いとなって赤子を自身の下へと隠した。
 庇っている。だが明確な意思からの行動ではないようで、男性自身、目を泳がせ戸惑った顔をしている。
 ただ本能的に反射的に、赤子を守ろうとしているようだった。

『これはこれは。実に、興味深い』

 足早に部屋に入って来た研究員達とは異なり、大柄な男性が一人、ゆっくり堂々と入室して言う。

『トールさん』
『すみません、直ぐに回収を』
『その赤子が気に入ったのかい? 《テルル(Te)》』

 トールと呼ばれた大柄の男性は他の研究員の声など聞かず、男性――テルルへと声をかける。
 テルルはトールを見て、明らかに怯えた表情を浮かべた。顔を青くし、手を小刻みに震わせている。そして身体を縮こませ、より一層、赤子の姿を隠す。

『んっふふふ。いいね。親が存在しない人造人間ホムンクルスに父性が宿るのか……。実験と、いこうじゃないか』

 ◇

「うー、う~」

 カラフルなクッションブロックを柵とした囲いの中で、赤子が指を咥えて寝転んでいる。
 同じ囲いの中に身を置かれたテルルは端に座り、膝を抱え、居心地悪そうにしていた。幸いなのは入院着に似た簡素な衣服の下、腹部の裂傷は既に治っているので、苦しくはない。

『宿している毒素は《セレン(Se)》だったから、この子の名前はセレンだね。テルルの身体から産まれたというのに、異なる毒素を宿すとは……。実に、興味深い』

 トールは囲いの外から赤子、《セレン》を見下ろし観察を続けている。
 赤子ことセレンは、黒がちの目でじっとトールを見た後……泣き出した。

「びぇえええっ!」

 耳をつんざくような大きな泣き声。
 それを聞いたテルルはびくりと大きく肩を震わせ、膝を崩し、おろおろと手を所在なさげに揺らし動揺する。

『元気な声だね。石で塞いでしまおうかな』

 しかしトールの口から物騒な案が出たのを聞いて、テルルは慌てた様子でセレンへ近付くと抱き上げた。
 まだ首が座っていないので注意を払いつつ、周囲から隠すように両手で抱え込む。
 するとセレンはぴたりと泣き止み、それどころかにぱっと明るく笑った。

「きゃっ、きゃっ」

 自分の前に垂れてきたテルルの灰色の髪を掴み、嬉しそうにはしゃぐセレン。
 テルルは髪を引っ張られる痛みに少し顔をしかめたものの、セレンが笑ってくれた事にほっと胸を撫で下ろし、ゆっくりと身体を揺すってあげる。

「よし、よし」

 その様子を見ていたトールはあっさりと引き下がり、子供部屋の外へと出た。
 廊下には待機していた研究員が集まっていて、ガラス越しにテルルとセレンを凝視している。

『そんなに見詰めてしまっては、緊張してしまうのではないかな?』
『向こうからは見えないから大丈夫ですよ、トールさん』
『しかし本当にこのままテルルに育児を任せるつもりなのですか? 貴重な被験体が亡くなりでもしたら研究が水の泡ですよ?』
『勿論、サポートはするよ。でも出来る限りテルルに育てて貰おうと思う』
『理由を伺っても?』
『単純に気になるじゃないか』

 そこでトールは両腕を組み、防護服の下で笑い声をあげた。

『セレンがテルルを、ね』

 ◇

 人造人間ホムンクルスの子供セレンではあるが、育児方法は人間の子供と全く同じで、ミルクを飲んで食事をし、ゲップをさせてあげなければ吐き戻し、粗相の面倒も見なければならない。
 知識も経験も何もないテルルに一任するにはハードルが高いので、セレンの成長過程を記録するのも兼ね、最初は研究員も頻繁に育児を手伝った。
 だがテルルが一通り慣れてきた辺りでトールは補助を止めさせ、定期検査を除き極力2人切りにする環境を整える。
 育児の相手がテルル一人だけとなっても、セレンは順調に成長していき、みるみる身体を大きくさせていった。三日間起きていられるテルルと異なり一日の大半を眠って過ごし、一日一回の食事で十分な栄養が取れるテルルと異なり、一日に5回も6回もミルクを所望する。
 人間の赤子と丸切り同じ育ち方である。

 異なるのは、成長スピード。
 セレンが産まれてから1ヶ月後。セレンは生後半年と同じ程に大きくなり、離乳食を食べ始め、マットの上ではいはいまで始めようとしている。
 テルルとセレンがいる子供部屋のガラス越しで、新しい発見を目にした研究員達は沸き立つ。

『まるでかぐや姫だな。短期間でみるみる大きくなっていく』
『この成長速度の場合、3年もかからず成体になると予想されるが、果たしてその後はどうなるのか』
『老いるのかはたまた朽ちるのか、未知数だな』

 子供部屋の中。
 セレンと2人切りにされているテルルは、外で色んな議論が交わされているだろう事を察しながらも、クッションブロックの柵の内側で、鈴の音が鳴る筒を転がす。

「あぅ~」

 音に反応したセレンは短い手足を懸命に動かしマットの上を這いずると、玩具の筒をぺちりと平手で叩く。玩具の筒は今度はテルルの方へ転がってきて、それを追ってセレンもテルルの前へとずりずり移動をする。
 そしてテルルのズボンの裾を掴み、ぐいぐいと引っ張った。

「……? ……??」

 何を伝えたいのかわからないながら、テルルは取り敢えずセレンへ視線を合わせる為に胡座をかいて座ってみると、セレンはテルルの膝の上に乗り上げ、満足げに笑みを浮かべる。
 そしてそのまま丸くなって、すやすやと眠ってしまった。

「あ、え……」

 その場から動けなくなってしまったテルルは困惑した声を出す。だがセレンは当分、起きそうにない。
 仕方なくテルルはおずおずと手を伸ばし、セレンの頭を撫でた。

「……よし、よし」



 ▼△▼
補足

テルル(Te)
毒性があり、少量でも致死に至るなかなか強い毒である。
単体では銀白色をした金属として存在するものの、とても希少。
用途としては合金や半導体、ガラスの着色など。特に太陽電池などの電子部品に欠かせない、レアメタルの一種。

名前の由来はラテン語の『地球』や、ローマ神話の大地の女神『テルース』から来ている。
テルルはセレンと硫黄の化学的性質がよく似ており、かつてセレンが新元素だとわからずテルルとして扱っていた時期がある。
後に別物として判明した際、テルル(地球)と似ている事から、そこに因んでセレン(月)と名付けられた経緯がある。


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