毒素擬人化小説『ウミヘビのスープ』 〜十の賢者と百の猛毒が、寄生菌バイオハザード鎮圧を目指すSFファンタジー〜 

天海二色

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第十七章 迷子の子供達編

第360話 向日葵

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 セレンが産まれてから2ヶ月後。新生児から一歳の外見年齢にまで成長した頃。
 テルルは与えられた絵本を使い、毎日彼へ読み聞かせをするようになった。
 そろそろ意味のある単語を喋る筈というトールの見立てから、無口なテルルを強制的に喋らせ、沢山の言葉を聞かせようと言う魂胆である。
 例え嫌でも従う他ないテルルはクッションブロックの内側で絵本を広げ、今日も今日とてひたすら朗読をする。セレンは聞いているのか居ないのか、はいはいをしてクッションブロックの端まで移動したり、クッションブロックを掴み支えとし、立とうとしては失敗して後ろにころころと転がっている。
 そのままテルルの側までボールのように転がってきた。
 仰向けとなったセレンと目が合ったテルルは暫し固まってしまったが、ひとまずもう直ぐ読み終わる絵本の続きの朗読を再開する。

「……こうして魔女をやっつけ、お菓子の家から出られたヘンゼルとグレーテルは、お家に帰れました。意地悪なお母さんは病気で亡くなっていて、兄妹を捨てたことを後悔していたお父さんは喜んで2人を……」
「しゃ」
「……?」
「おとしゃ!」

 喋った。
 しかもがっつりテルルを凝視して。

「おと……?」
「おとしゃっ! おとしゃ!」

 お父さんと、言っているのだろうか。テルルは判断に迷う。
 子供部屋の外では研究員達が大騒ぎしているのだろう。防音にも関わらず、複数人の声や忙しなく鳴る足音が微かに聞こえてくる。

「おとしゃ~」

 そんなテルルの困惑も研究員の騒動も露知らず、セレンはにぱっと笑うとテルルの方へ小さな手を伸ばし、覚えたての言葉を繰り返し喋った。
 その日からセレンは意味のある単語を喋るようになり、テルルはセレンを膝の上に乗せた状態で絵本を広げ、本に描かれた絵を指差し、一つずつ単語を呟く事を始めた。
 セレンは舌足らずながらテルルの言葉をおうむ返しで喋り、急ピッチで言語を吸収していく。

「これは、月」
「ちゅきっ!」
「これは、太陽」
「たいおっ!」
「これは、向日葵」
「ひまわり!」

 セレンは向日葵が好きなようで、向日葵だけはいつも流暢に喋れた。

「ひまわり、ひまわりっ!」

 また、手の平でぺちぺちと向日葵の絵を叩き、強い関心がある事を全身で表している。
 しかし子供部屋には絵本の中以外、向日葵は存在しない。向日葵の玩具、あわよくば現物をここに用意できたら、セレンはもっと喜んでくれるかもしれない。だがテルルにそんな要求を出す自由はない。そもそも研究員と口を聞く勇気がない。
 今はセレンの子育てを任されているからか、大変ながらも穏やかな日々が続いているが、その前は全身を穴だらけにされるのが日常茶飯事で、それ以外にも繁殖実験と題し様々な苦痛を伴う実験を受けてきた。
 特にトールは、視界にも入れたくない。
 だからとこのまま、というのもテルルは何だか寂しくて、クッションブロックの内側にある本や玩具を片端から自身の近くに引き寄せた。ここにある物だけは、自由に扱えるから。
 そうして、玩具の一つである折り紙が目に入る。

「……」

 頭にインストールされている知識が正しければ、折り紙は道具もなしに色んな物を作れる代物である。
 テルルは試しに黄色い折り紙を一枚手に取って、半分に折ってみる。
 折り目は斜めにずれ、角は重ならず、不恰好となってしまった。

「……?」

 どうして失敗したのかわからず、テルルはもう一度折り紙を半分に折ってみる。しかし同じように折り目はズレてしまった。
 不器用。テルルの頭の中にネガティブな単語が浮かぶ。
 それは何だか恥ずかしい気がして、テルルは暇を見ては折り紙の練習を重ねた。
 尤もテルルは不器用なのではなく、慣れていなかったというだけで、数日後には不恰好ながらも折り紙の『向日葵』を完成させる事ができた。折り紙の見本や参考書などなく、手探りで作った為に『向日葵』は折り目が幾つもつき、左右非対称で不恰好だが。

「……。…………」

 テルルは折り紙の『向日葵』を暫し見詰めた後、眉をさげ、ゴミ箱へと放る。
 がしっ
 だが『向日葵』はゴミ箱の中へ着地する前に、ぐんと伸ばされたセレンの手が掴んだ。

「ひまわりっ!」

 『向日葵』を持てた事にぱあっと明るく笑い、歓喜するセレン。
 そのままセレンは高く『向日葵』を掲げ見上げると、立った。

「……? ……!?」

 テルルが驚愕している最中、支えなしで立ちあがったセレンは拙い歩みでクッションブロックの中を歩き回り、『向日葵』を戦利品かのようにあちらこちらに見せびらかす。

「おとしゃ! ひまわりっ!」

 最後にはテルルの元まで駆け寄ってきて、満面の笑みを向けられてしまえば、「ゴミだから捨てろ」だの「恥ずかしいからやめて」だのテルルは言えなくなってしまい、セレンの頭をおずおずと撫でる事しかできなかった。

「よし、よし」

 ◇

「今は昔、竹取の翁といふ者ありけり。野山にまじりて竹をとりつつ、よろづのことに使ひけり」

 もう少し高度な会話力を。という訳で選ばれた読み聞かせの本は、竹取物語であった。
 セレンの名前の由来が『月』である事と、成長スピードの速さから連想された結果なのだろうが、セレン自身シンパシーを感じるのか、読み終わっても何度も繰り返し読む事を求められた。

「もいっかい、もいっかい!」
「今は昔、竹取の翁という者ありけり……」

 その度に、テルルはセレンが満足するまで幾度となく竹取物語を朗読した。
 最終的には本がなくとも誦じられる程に。
 その後セレンは3歳の外見となっても食べる量は人間と変わらず、何なら人間以上に食事を要求してきた。一日に5回も6回も食事をし、だからと肥満になる事などなく、全て成長のエネルギーに変換されるようですくすく大きくなっていく。
 喋るのも歩くのも習得できてきた。次は読み書きを覚えさせる為、文房具とローテーブルが子供部屋に持ち込まれる。同時に算術の学習を、という指示でテルルは簡単な足し算をセレンに教えるようになっていた。

「クロワッサン、何個食べた?」
「2コっ!」
「もう一つ食べると、何個になる?」
「3コっ!」
「正解」

 セレンが正しい答えを言えた時は、自分の分のクロワッサンをセレンの皿に移してあげる形で褒美をあげる。

「やた~っ!」

 セレンはクロワッサンが特に好きなようで、目を輝かして喜んでくれた。

「……ふふ」

 それに釣られて、テルルもまた、頬を緩ませたのだった。





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