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第十七章 迷子の子供達編
第362話 成り変わり
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テルルとセレンが同じベッドの中で寄り添って眠っている夜。
監視カメラが壁一面に並ぶ研究室の席に鎮座しているトールの元に、研究員が報告へやってきた。
「セレンの成長、止まったようです。ここ一ヶ月の変化がありません」
「そのようだね。テルルと同じ年頃で固定とは、面白い」
セレンはテルルと同じ年頃まで成長した途端、それ以上、外見的に年を重ねる事はなくなった。
それと同時に、食事量や睡眠頻度がテルルと同じになる程に減った。だからと身長や体重は変化せず、気味が悪いほどに数値は固定となっている。それらの数値はテルルと酷似しており、体格や顔立ち、声や所作までもがよく似通っていた。
しかし非常に似てはいるものの、目の色が異なるように全てが同じではない。セレンの方が僅かばかりに背が低く、体格が小さいのだ。ほぼ誤差の範囲ではあるのだが。
「【器】の情報を寄生対象から得て再現。しかし学習し切る前に寄生対象が壊れそうだったので分離。それから改めて学習、再現を達成したといったところかな。見目に少しばかり差ができているのは、早いうちに分離した結果なのかもしれないね」
トールはセレンから得たデータを冷静に分析する。
その話を聞いていた研究員は、トールが『分離』と口にした事に引っ掛かりを覚えた。
「トールさんはセレンを『産まれた』とは言わないんですね」
「君は蝶の蛹から蜂が出てきた時、『産まれた』と表現するタイプかな? だとすれば私も産まれたというべきなのだろうが、やはり分離と言うのが近いと思うよ」
世の中には蝶の蛹や幼虫に寄生をし、宿主を喰らい尽くし成体として外に出てくる寄生蜂がいる。更に近しい生物としては、カニに寄生する『フクロムシ』だ。メスでもオスでも構わず侵食し都合のいい身体へ変化させ、神経を操り乗っ取る。
《卵》を植え付けられたテルルも寄生されたのと同じ状況に陥ったものの、許容量を越える毒素にテルルは即死こそしなかったが瀕死となってしまい、《卵》ことセレンはこのままでは宿主ごと死ぬと判断し、未成熟なまま分離。
そして成体になるまでの庇護を宿主のテルルに求めた、というのがトールの見解であった。
「セレンの成長過程を記録する研究はおおよそ終わったが……。テルルの感情変化は気になるね。幼体を本能的に愛おしく思うベビースキーマの時期はとうに過ぎているというのに、テルルは未だにセレンに情があるように見える。それも散々、搾取されていたにも関わらず。……人造人間がどこまで、子という幻想を抱いていられるのか……。気になるなァ」
ずっと席に座っていたトールだったが不意に立ち上がり、監視カメラに映るテルルを凝視する。
そして何を思い立ったのか、研究員にテルルを『隔離部屋』に呼び付けるよう指示を出した。
『隔離部屋』には中央に人一人分が入れるガラスの筒がある。そこにテルルを押し込んで貰った所で、トールはガラス筒の前まで足を進め、話を始めた。
「よく子育てを頑張ってくれたね、テルル。もう終わりでいいよ。そろそろ、君の実験に入ろうと思うんだ」
テルルは膝を抱えて身体を小さくするばかりで、何も答えない。
ただ動揺した様子はなかった。セレンが成長し切った辺りで覚悟はしていたのだろう。
「しかしこれから君が受ける実験は君にとって、とても過酷なものになるだろう。もしも辛くなったらいつでも言ってくれ。君の意思を尊重し、必ず止めると誓おう」
テルルはトールの言葉をうつむいた状態で聞き流しているようだったが、
「セレンと交代でね」
セレンの名前が出た途端、ハッとした表情を浮かべ顔を上げた。
「そうそう。君が実験を受ける間、セレンの世話は我々が引き継ぐから、安心しておくれ。人の子と同じように、慈しむつもりだよ」
じ、っと。テルルは刺すような目をトールに向けてきた。いつも無気力で無表情なテルルが、感情を表情に乗せている。
珍しい光景に、トールはクツクツと喉を鳴らした。
「信用ならない、という顔だね。ガラス越しになってしまうだろうけど、なるべくセレンの元気な姿を君に見せるよ。それでも不満があったら言ってくれ」
伝えたい事を伝え終えたトールは踵を返し、隔離部屋の出口へと向かう。
「じゃあね、テルル」
◇
テルルがセレンと再会したのは、3日後の事だった。
「わぁ。びっくりするぐらい私とそっくりなお方ですね」
隔離部屋へ入室したセレンはガラス筒の中にいるテルルを見て、開口一番そう言った。
そのまま彼はテルルの事を物珍しそうにまじまじと眺め、
「初めまして。私はセレンと申します」
初対面かのように、振る舞ってきた。
状況が理解できずテルルが言葉を返せずにいると、そこに防護服を着ていないトールが入ってきて、セレンに退室を促す。
「挨拶は終わったかい? 食事の用意ができているから、先に向かいなさい。セレン」
「はい、お父さん。今行きます」
素直に言うことを聞き、テルルの前から足早に去っていくセレン。
セレンは今、確かにトールを『父』と呼んだ。その事実をテルルは受け止め切れなかった。
「驚かせてしまったようだね」
トールは悪びれた様子もなく言う。
「人の子と同じように慈しむ為に、まずは私に懐いて貰おうと思って刷り込んでみたんだ。上手くいってよかったよ。実は最近、他所の研究所が行った興味深いデータを入手したんだ。塩素やアンモニアを製造した所なのだけれど、そこでは脳を弄る研究をしていたんだよ」
他所の研究所のデータを入手したトールは、その研究をセレンに反映させる事とした。
「脳は繊細で複雑だからか、人造人間のような再生力があっても完全に回復できるとは限らないようだ。だから海馬の損傷による記憶欠如をさせた所に思い出と称した映像を見せると、勝手に自分の記憶として認識し、馴染んでくれたよ」
つまり脳を直接弄ることによる、洗脳。
テルルの指先が震える。
「しかしこれ以上、弄る事はしない。あくまで仲良くなりたくてした事だからね。宣言通り擦り傷一つ負わせず、慈しむよ」
顔を青くしているテルルなど気にもせず、トールは穏やかな口調で話を続けた。
「私の息子として」
テルルははくはくと魚のように口を開閉し、言葉を紡ごうとしては失敗に終わる。
今自分は何を言いたいのか、何を思っているのか、テルル自身整理ができず混乱しているようだった。
そんなテルルにトールはどこか嬉しそうに、こう告げた。
「セレンと交代したくなったら、いつでも教えておくれ」
監視カメラが壁一面に並ぶ研究室の席に鎮座しているトールの元に、研究員が報告へやってきた。
「セレンの成長、止まったようです。ここ一ヶ月の変化がありません」
「そのようだね。テルルと同じ年頃で固定とは、面白い」
セレンはテルルと同じ年頃まで成長した途端、それ以上、外見的に年を重ねる事はなくなった。
それと同時に、食事量や睡眠頻度がテルルと同じになる程に減った。だからと身長や体重は変化せず、気味が悪いほどに数値は固定となっている。それらの数値はテルルと酷似しており、体格や顔立ち、声や所作までもがよく似通っていた。
しかし非常に似てはいるものの、目の色が異なるように全てが同じではない。セレンの方が僅かばかりに背が低く、体格が小さいのだ。ほぼ誤差の範囲ではあるのだが。
「【器】の情報を寄生対象から得て再現。しかし学習し切る前に寄生対象が壊れそうだったので分離。それから改めて学習、再現を達成したといったところかな。見目に少しばかり差ができているのは、早いうちに分離した結果なのかもしれないね」
トールはセレンから得たデータを冷静に分析する。
その話を聞いていた研究員は、トールが『分離』と口にした事に引っ掛かりを覚えた。
「トールさんはセレンを『産まれた』とは言わないんですね」
「君は蝶の蛹から蜂が出てきた時、『産まれた』と表現するタイプかな? だとすれば私も産まれたというべきなのだろうが、やはり分離と言うのが近いと思うよ」
世の中には蝶の蛹や幼虫に寄生をし、宿主を喰らい尽くし成体として外に出てくる寄生蜂がいる。更に近しい生物としては、カニに寄生する『フクロムシ』だ。メスでもオスでも構わず侵食し都合のいい身体へ変化させ、神経を操り乗っ取る。
《卵》を植え付けられたテルルも寄生されたのと同じ状況に陥ったものの、許容量を越える毒素にテルルは即死こそしなかったが瀕死となってしまい、《卵》ことセレンはこのままでは宿主ごと死ぬと判断し、未成熟なまま分離。
そして成体になるまでの庇護を宿主のテルルに求めた、というのがトールの見解であった。
「セレンの成長過程を記録する研究はおおよそ終わったが……。テルルの感情変化は気になるね。幼体を本能的に愛おしく思うベビースキーマの時期はとうに過ぎているというのに、テルルは未だにセレンに情があるように見える。それも散々、搾取されていたにも関わらず。……人造人間がどこまで、子という幻想を抱いていられるのか……。気になるなァ」
ずっと席に座っていたトールだったが不意に立ち上がり、監視カメラに映るテルルを凝視する。
そして何を思い立ったのか、研究員にテルルを『隔離部屋』に呼び付けるよう指示を出した。
『隔離部屋』には中央に人一人分が入れるガラスの筒がある。そこにテルルを押し込んで貰った所で、トールはガラス筒の前まで足を進め、話を始めた。
「よく子育てを頑張ってくれたね、テルル。もう終わりでいいよ。そろそろ、君の実験に入ろうと思うんだ」
テルルは膝を抱えて身体を小さくするばかりで、何も答えない。
ただ動揺した様子はなかった。セレンが成長し切った辺りで覚悟はしていたのだろう。
「しかしこれから君が受ける実験は君にとって、とても過酷なものになるだろう。もしも辛くなったらいつでも言ってくれ。君の意思を尊重し、必ず止めると誓おう」
テルルはトールの言葉をうつむいた状態で聞き流しているようだったが、
「セレンと交代でね」
セレンの名前が出た途端、ハッとした表情を浮かべ顔を上げた。
「そうそう。君が実験を受ける間、セレンの世話は我々が引き継ぐから、安心しておくれ。人の子と同じように、慈しむつもりだよ」
じ、っと。テルルは刺すような目をトールに向けてきた。いつも無気力で無表情なテルルが、感情を表情に乗せている。
珍しい光景に、トールはクツクツと喉を鳴らした。
「信用ならない、という顔だね。ガラス越しになってしまうだろうけど、なるべくセレンの元気な姿を君に見せるよ。それでも不満があったら言ってくれ」
伝えたい事を伝え終えたトールは踵を返し、隔離部屋の出口へと向かう。
「じゃあね、テルル」
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テルルがセレンと再会したのは、3日後の事だった。
「わぁ。びっくりするぐらい私とそっくりなお方ですね」
隔離部屋へ入室したセレンはガラス筒の中にいるテルルを見て、開口一番そう言った。
そのまま彼はテルルの事を物珍しそうにまじまじと眺め、
「初めまして。私はセレンと申します」
初対面かのように、振る舞ってきた。
状況が理解できずテルルが言葉を返せずにいると、そこに防護服を着ていないトールが入ってきて、セレンに退室を促す。
「挨拶は終わったかい? 食事の用意ができているから、先に向かいなさい。セレン」
「はい、お父さん。今行きます」
素直に言うことを聞き、テルルの前から足早に去っていくセレン。
セレンは今、確かにトールを『父』と呼んだ。その事実をテルルは受け止め切れなかった。
「驚かせてしまったようだね」
トールは悪びれた様子もなく言う。
「人の子と同じように慈しむ為に、まずは私に懐いて貰おうと思って刷り込んでみたんだ。上手くいってよかったよ。実は最近、他所の研究所が行った興味深いデータを入手したんだ。塩素やアンモニアを製造した所なのだけれど、そこでは脳を弄る研究をしていたんだよ」
他所の研究所のデータを入手したトールは、その研究をセレンに反映させる事とした。
「脳は繊細で複雑だからか、人造人間のような再生力があっても完全に回復できるとは限らないようだ。だから海馬の損傷による記憶欠如をさせた所に思い出と称した映像を見せると、勝手に自分の記憶として認識し、馴染んでくれたよ」
つまり脳を直接弄ることによる、洗脳。
テルルの指先が震える。
「しかしこれ以上、弄る事はしない。あくまで仲良くなりたくてした事だからね。宣言通り擦り傷一つ負わせず、慈しむよ」
顔を青くしているテルルなど気にもせず、トールは穏やかな口調で話を続けた。
「私の息子として」
テルルははくはくと魚のように口を開閉し、言葉を紡ごうとしては失敗に終わる。
今自分は何を言いたいのか、何を思っているのか、テルル自身整理ができず混乱しているようだった。
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