毒素擬人化小説『ウミヘビのスープ』 〜十の賢者と百の猛毒が、寄生菌バイオハザード鎮圧を目指すSFファンタジー〜 

天海二色

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第十八章 序曲の不協和音

第368話 副所長

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 宇宙空間を模した景色を映す電子蛍光板の前に、真っ黒い蛇が浮かんでいる。
 ここはVR(バーチャルリアリティ)であり、フルダイブしたモーズとフリーデンが見せられている、作られた世界。
 この光景を見せているのは黒蛇……のアバターを使用した、副所長である。

『問いかける』

 金色の瞳を見開き、黒蛇こと副所長は言う。
 その声は人工的に作られた電子音だ。白蛇のアバターを使用していた所長と同じように、年齢も男か女かも感じさせない。

『無許可でウミヘビを連れ出した理由は何か?』
「ペガサス教団に幼馴染みが利用されてると思って、居ても立っても居られなかったからです!」
「同じく。フリーデンがいなくなってしまい、居ても立っても居られなかったからです」
『軽率短慮。愚痴無知』

 抑揚のない人工音声で話しているというのに、副所長の苛立ちがありありと伝わってくる。

『問いかける。汝らは文盲か?』
「いいえ」
「読めますし聞こえますっ! 頭もしっかりしてますっ!」
尸位素餐しいそさん。得手勝手の極めなり』
「仰る通りで、返す言葉もないですね」
「すみません、俺は衝動のままに動きました。けど悪いのは俺で、モーズはそんな暴走した俺を助けに来てくれただけで……!」
『フリーデン』
「はっ、はいっ!」

 唐突に名前を呼ばれたフリーデンは、声を裏返しながらも精一杯の返事を返した。

『我、求む。長月の厄災消滅。おしなべて取り掛かるべし』
「え、えーっとつまり、9月の間の生物災害バイオハザード鎮圧は全部俺がやれって事で、いいんです?」
『然り』
「う、うぃっす……。謹んでお受けいたします……」

 ラボへ依頼される生物災害バイオハザード鎮圧は、軍が対処しきれなかった過酷な現場。
 その全てを9月の間だけとは言え一人で請け負うのは非常にキツい命令だが、それでクビを避けられるのならばと、フリーデンは甘んじて受け入れる。

『モーズ』
「はい、何なりと」
『問いかける。汝は天馬の諜者ていしゃか?』
「天馬、とはペガサス教団の事でしょうか? いいえ、私はあの教団とは何も関わりはありません。ラボの機密を漏らした事など決して」
『偽り。汝、天馬の遣いと密会を交わした』
「え……!? ペガサス教団の者と密会だなんて、私はしていませ、」

 言い切る前に、モーズはハッと思い出す。ルチル所有の診察室で内緒話をした事を、だ。
 周囲から観測できない状態で対談をしたのは事実で、副所長が『密会』と表現する気持ちもわかる。モーズはしどろもどろになりながらも弁解に走った。

「あの、その、ルチル医師とは前の職場の同僚で友人で、プライベートな話をしたかったので、彼の所持している診察室を利用させて頂いたというだけです……!」
『それだけに在らず。汝、授かった。洗礼名を』

 副所長は淡々と、

『《アレキサンドライト》』

 フルグライトから聞かされた『洗礼名』を告げた。
 モーズ自身、つい最近まで把握していなかった『洗礼名』。それを副所長はいつ、どこで知ったのか。誰から訊いたのか。心の中に疑念が渦巻くが、それよりも隣から困惑と驚愕と忌避が混ざった視線を向けてくるフリーデンに気を取られた。

「えっ、マジ……?」
「違う、違うんだフリーデン。入団してもいないのに勝手に名付けられていたんだ、本当に!」

 身振り手振りで必死にペガサス教団との関係を否定するモーズ。ペガサス教団アパタイトの件で嫌な思いをしたばかりのフリーデンに、万が一にも信徒だと思われるのは避けたかった。
 そもそも会った事がなく顔さえ知らないペガサス教団の【教祖】が、本当にモーズへ洗礼名を付けたのか。確かめようがない以上、フルグライトが勝手に言っているだけの可能性もある。

「確かに私はペガサス教団側から強く接触を求められているようです! しかし私自身はペガサス教団とは無関係です! ルチル医師との交流はその、完全に断つ事は難しいですが、今後は通話内容は全て記録しラボと共有します!」
蝉噪蛙鳴 せんそうあめい

 だがモーズの精一杯の弁解は、副所長に「煩い」と一蹴されてしまった。

『我、求む。汝のあらゆる不通を』
「ふ、不通?」
『然り。音信、通話、電文、電報、電機……。長月の間、おしなべて禁ずる』
「電機? 副所長、まさかそこにパソコンやシミュレーター使用などは入っていませんよね?」
『禁ずる』
「なっ!? オフラインでもですか!?」
『禁ずる』

 副所長が課してきた、とても従えない内容の厳罰に、モーズは驚愕する。

「その命令には従えません! 一ヶ月もの間、実験も研究もできなくなってしまう! 報道の閲覧や情報収集もです! 最新の論文を読む事さえ困難になる! 時間がない私にとって、一ヶ月がどれほど貴重だと思っているのですか!? アバトンを出ない事や、部外者との連絡を取らないなどは幾らでも受けます! ですから電機機器全ての使用を禁じる事はやめて頂きたい!」
『禁ずる』
「副所長! ここまで厳しいと、辞職を視野に入れてしまいますが!?」
『禁ずる。従わないと申すのならば、汝を凍結す』
「……は?」

 副所長の言う凍結とは、コールドスリープを施すということ。
 研究どころか思考も何もできなくなる、実質的な死刑宣告。

『天馬と関わりし汝、あらゆる外つ者と接すること罷りならぬ。従わぬのならば、その身凍ると思え』
「副所長、幾ら何でもそりゃ横暴じゃ」
『くどい』

 フリーデンの非難に耳を傾ける事もなく、副所長はモーズの首にぐるりと巻き付き、アバターである黒蛇越しに至近距離で向き合った。

『島内に我の目、届かぬ場所なし。ゆめゆめ忘れるな』

 大口を開け、鋭い牙を見せ付けながら。
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