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第十八章 序曲の不協和音
第369話 再利用(リサイクル)
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西暦2320年、9月。
大西洋に浮かぶ人工島アバトンに建てられた白い巨塔、オフィウクス・ラボの中、朝の共同研究室の室内。
「はぁあああ……」
そこに並ぶ実験台の1つでは、モーズが突っ伏して頭を抱えていた。
人工島アバトンに戻る前。パラスで感染病棟で通信した副所長の命令によって事実上、謹慎の身になってしまったからだ。ちなみに災害鎮圧の対処を命じられたフリーデンは早速、ラボに来た依頼を受けアバトンを出立している。暫くは戻れないだろう。
「すまない、フリッツ。研究を任せてばかりで……」
「気にしなくていいよ、モーズくん。君の頑張りのお陰で最悪の事態は回避されたんだから」
ペガサス教団の伝道師『アパタイト』の事で数日間ラボを空ける事になった挙句、帰還してからも研究に戻れないモーズに対し、彼の隣で事の仔細を聞いたフリッツは許してくれた。
「フリーデンくんが忙しくなっちゃったけど、アンモニアくんは彼がいなくても凍結実験を続けてくれるって言ってくれたし、引き続きシミュレートをしようと思う。それから、本格的に冷気放射器の改良に着手したいね」
「そっ、それならば私も手伝えるだろうか!?」
「改良には思い切り精密電子機器使うから駄目だね」
「そう、か……」
自分にもできる事があるかもしれない、と実験台から起き上がったものの、直ぐに駄目だと判明し再び気落ちするモーズ。
そんな彼に、フリッツは肩をぽんぽんと優しく叩き慰めてくれる。
「共同研究室に居ても気分が落ち込むだろうから、植物園にでも行って、ゆっくりしたらどうかな?」
◇
ラボの白い巨塔の北側に作られた巨大サンルーム。
古今東西ありとあらゆる植物を集めた、植物園。
フリッツの勧めで久し振りにその中を訪れたモーズは、園内にあったガーデンベンチに腰を下ろすと、スケッチブックと鉛筆を手に目の前の植物の写生を始めた。
少しでも気分を上向きにさせようと、幼い頃からの趣味に着手してみたのだ。
(……何もさせて貰えない事が、こんなにももどかしいだなんて)
手を動かす事によって先程よりは多少、雑念は減ったものの、それだけで苦悩や焦燥感を消せるなど都合のいい結果は得られず、モーズはランタナをスケッチしたページをぐしゃりと握り潰し、小さく丸める。
「あぁ、クソ。悔しいなぁ……!」
ガサ
紙屑となった一ページを白衣のポケットに仕舞い込んだその時、草と草が擦れ合う音がモーズの耳に届く。
誰かいる。植物園をよく利用している青州だろうかと、モーズが音が聞こえた方へ視線を向けてみると、白い髪をした幼子が草木を掻き分けているのが見えた。
その幼子の容姿に、モーズはマスクの下で目を見開く。
「アトロピン……!?」
絹糸のように艶やかで真っ白い長髪を三つ編みに結い、赤みがかった紫色の虹彩と広い瞳孔が特徴的で、中性的な美貌は白百合が、いやダチュラが人の姿を取ったかのような容姿。
――外見年齢が5歳程という事を除けば、アトロピンそのものである。
幼子はモーズが声を上げた事により、初めて人がいると気付いたらしく、ぴゃっと肩を強張らせると茂みの中に隠れてしまった。
間も無くして、幼子は青州の腕に抱き抱えられた形でもう一度モーズの前へ姿を現す。
「モーズ、か……。この子との挨拶が、まだだったな……」
青州に促された幼子は恐る恐る口を開くと、
「はじめ、まして」
とだけ言って、青州の着物に顔を埋めてしまった。
「えっ、あ、あぁ。初めまして」
モーズがベンチから立ち上がり、挨拶を返しても幼子は振り向きさえしない。完全に人見知りを発動してしまっている。
「あの、青州さん。その子の名前は……」
「アトロピン、だ」
ウミヘビは毒素が近しい者の容姿が似通っている特徴がある。
しかし幼子はただアトロピンと似ているのではなく、アトロピンそのものなのだと、青州は言う。
「しかし『朝顔』では、ない。……彼は、亡くなった。私の所為で」
「えっ。いえ、貴方の所為という訳では……!」
「その『朝顔』から回収した《卵》を、新しい【器】に埋め込み造られた……ウミヘビだ」
つまりアトロピンの毒素を宿す、新しいウミヘビこそが今青州が抱えている幼子なのだ。
なのでモーズとは初対面であり、以前、植物園で言葉を交わした事も日本へ共に行った事も知らない。
別人なのだから。
「ステージ6を始めとした、『珊瑚』の危険性が上がった事を鑑みて……毒素の解毒が可能であるアトロピンがいないのは痛手と判断した副所長の命により、造り直した……。小生としては、再利用などしたくなかった、がな」
「確か《卵》こそが毒素の源、とおっしゃっていましたよね」
「毒素に耐えられる、人工人体の【器】を製造。そして心臓部に《卵》を嵌め込み、造られるのが……ウミヘビ」
培養槽の中で作られる人工人体と《卵》を掛け合わせ造られる、人造人間ことウミヘビ。
外部では未だに人工人体に魂と呼ぶべき自我を与えられていない点と、初まりのウミヘビだという水銀や砒素は最初、人の形をしていなかったという話から、人工人体よりも《卵》が肝だという事が察せられる。
「この《卵》の造り方は、ウロボロスの研究員しか……把握していない」
(所長とフリードリヒさんは元ウロボロス研究員。その2人なら知っている、のか?)
「【器】の製造も……。ウロボロスの者でなければ、完璧には」
「誰かと思えば、猿に頓馬か」
その時、樹木の陰から唐突に姿を現したフリードリヒが話に割って入ってくる。
彼の腕には赤や桃色をした可憐な花が詰まったメイズバスケットがぶら下がっていて、随分とファンシーな格好をしている。どうも植物園には花を摘みに来たようだ。
フリードリヒはそのまま荒い足取りで青州に歩み寄ると、抱えられているアトロピンをマスク越しにまじまじと眺める。視線に気付いたアトロピンは少し顔を覗かせたが、至近距離に知らない人がいるのを知って再び青州の着物に顔を埋めてしまった。
そんな見た目も中身も幼いアトロピンの姿を確認したフリードリヒは、
「青洲お前、いつから稚児趣味になったんだ」
と、呆れた様子で言った。
「張り倒すぞ」
間髪入れずにフリードリヒの発言を否定する青州。心なしか語気が強い。
「ウミヘビの成体を造る事が、どれだけ大変か。お前なら理解している、と思っていたが……引きこもっていた影響で、痴呆にでもなったか」
「あ? 喧嘩なら買うぞ?」
「お前こそ。退くならば、今の内だが?」
「おれが怖気付くとでも? 舐められたもんだ」
「お、落ち着いてください」
物臭で事なかれ主義な面がある青州が、フリードリヒにはストレートに悪態を吐いている。よほど馬が会わないのだろう。
「植物園には危険な植物も沢山あるのですから、喧嘩をするならばせめて外で……」
「あっ、まぁた張り合ってる!」
その時、ハキハキとした、よく通る声が緊迫した空気を霧散させた。
よく通る声の主は、青州の背後から現れる。菫色の髪に花の顔を持ち、威風堂々といった佇まいをした青年。
「チビの前でくらい、仲良くできないのかいっ!」
大西洋に浮かぶ人工島アバトンに建てられた白い巨塔、オフィウクス・ラボの中、朝の共同研究室の室内。
「はぁあああ……」
そこに並ぶ実験台の1つでは、モーズが突っ伏して頭を抱えていた。
人工島アバトンに戻る前。パラスで感染病棟で通信した副所長の命令によって事実上、謹慎の身になってしまったからだ。ちなみに災害鎮圧の対処を命じられたフリーデンは早速、ラボに来た依頼を受けアバトンを出立している。暫くは戻れないだろう。
「すまない、フリッツ。研究を任せてばかりで……」
「気にしなくていいよ、モーズくん。君の頑張りのお陰で最悪の事態は回避されたんだから」
ペガサス教団の伝道師『アパタイト』の事で数日間ラボを空ける事になった挙句、帰還してからも研究に戻れないモーズに対し、彼の隣で事の仔細を聞いたフリッツは許してくれた。
「フリーデンくんが忙しくなっちゃったけど、アンモニアくんは彼がいなくても凍結実験を続けてくれるって言ってくれたし、引き続きシミュレートをしようと思う。それから、本格的に冷気放射器の改良に着手したいね」
「そっ、それならば私も手伝えるだろうか!?」
「改良には思い切り精密電子機器使うから駄目だね」
「そう、か……」
自分にもできる事があるかもしれない、と実験台から起き上がったものの、直ぐに駄目だと判明し再び気落ちするモーズ。
そんな彼に、フリッツは肩をぽんぽんと優しく叩き慰めてくれる。
「共同研究室に居ても気分が落ち込むだろうから、植物園にでも行って、ゆっくりしたらどうかな?」
◇
ラボの白い巨塔の北側に作られた巨大サンルーム。
古今東西ありとあらゆる植物を集めた、植物園。
フリッツの勧めで久し振りにその中を訪れたモーズは、園内にあったガーデンベンチに腰を下ろすと、スケッチブックと鉛筆を手に目の前の植物の写生を始めた。
少しでも気分を上向きにさせようと、幼い頃からの趣味に着手してみたのだ。
(……何もさせて貰えない事が、こんなにももどかしいだなんて)
手を動かす事によって先程よりは多少、雑念は減ったものの、それだけで苦悩や焦燥感を消せるなど都合のいい結果は得られず、モーズはランタナをスケッチしたページをぐしゃりと握り潰し、小さく丸める。
「あぁ、クソ。悔しいなぁ……!」
ガサ
紙屑となった一ページを白衣のポケットに仕舞い込んだその時、草と草が擦れ合う音がモーズの耳に届く。
誰かいる。植物園をよく利用している青州だろうかと、モーズが音が聞こえた方へ視線を向けてみると、白い髪をした幼子が草木を掻き分けているのが見えた。
その幼子の容姿に、モーズはマスクの下で目を見開く。
「アトロピン……!?」
絹糸のように艶やかで真っ白い長髪を三つ編みに結い、赤みがかった紫色の虹彩と広い瞳孔が特徴的で、中性的な美貌は白百合が、いやダチュラが人の姿を取ったかのような容姿。
――外見年齢が5歳程という事を除けば、アトロピンそのものである。
幼子はモーズが声を上げた事により、初めて人がいると気付いたらしく、ぴゃっと肩を強張らせると茂みの中に隠れてしまった。
間も無くして、幼子は青州の腕に抱き抱えられた形でもう一度モーズの前へ姿を現す。
「モーズ、か……。この子との挨拶が、まだだったな……」
青州に促された幼子は恐る恐る口を開くと、
「はじめ、まして」
とだけ言って、青州の着物に顔を埋めてしまった。
「えっ、あ、あぁ。初めまして」
モーズがベンチから立ち上がり、挨拶を返しても幼子は振り向きさえしない。完全に人見知りを発動してしまっている。
「あの、青州さん。その子の名前は……」
「アトロピン、だ」
ウミヘビは毒素が近しい者の容姿が似通っている特徴がある。
しかし幼子はただアトロピンと似ているのではなく、アトロピンそのものなのだと、青州は言う。
「しかし『朝顔』では、ない。……彼は、亡くなった。私の所為で」
「えっ。いえ、貴方の所為という訳では……!」
「その『朝顔』から回収した《卵》を、新しい【器】に埋め込み造られた……ウミヘビだ」
つまりアトロピンの毒素を宿す、新しいウミヘビこそが今青州が抱えている幼子なのだ。
なのでモーズとは初対面であり、以前、植物園で言葉を交わした事も日本へ共に行った事も知らない。
別人なのだから。
「ステージ6を始めとした、『珊瑚』の危険性が上がった事を鑑みて……毒素の解毒が可能であるアトロピンがいないのは痛手と判断した副所長の命により、造り直した……。小生としては、再利用などしたくなかった、がな」
「確か《卵》こそが毒素の源、とおっしゃっていましたよね」
「毒素に耐えられる、人工人体の【器】を製造。そして心臓部に《卵》を嵌め込み、造られるのが……ウミヘビ」
培養槽の中で作られる人工人体と《卵》を掛け合わせ造られる、人造人間ことウミヘビ。
外部では未だに人工人体に魂と呼ぶべき自我を与えられていない点と、初まりのウミヘビだという水銀や砒素は最初、人の形をしていなかったという話から、人工人体よりも《卵》が肝だという事が察せられる。
「この《卵》の造り方は、ウロボロスの研究員しか……把握していない」
(所長とフリードリヒさんは元ウロボロス研究員。その2人なら知っている、のか?)
「【器】の製造も……。ウロボロスの者でなければ、完璧には」
「誰かと思えば、猿に頓馬か」
その時、樹木の陰から唐突に姿を現したフリードリヒが話に割って入ってくる。
彼の腕には赤や桃色をした可憐な花が詰まったメイズバスケットがぶら下がっていて、随分とファンシーな格好をしている。どうも植物園には花を摘みに来たようだ。
フリードリヒはそのまま荒い足取りで青州に歩み寄ると、抱えられているアトロピンをマスク越しにまじまじと眺める。視線に気付いたアトロピンは少し顔を覗かせたが、至近距離に知らない人がいるのを知って再び青州の着物に顔を埋めてしまった。
そんな見た目も中身も幼いアトロピンの姿を確認したフリードリヒは、
「青洲お前、いつから稚児趣味になったんだ」
と、呆れた様子で言った。
「張り倒すぞ」
間髪入れずにフリードリヒの発言を否定する青州。心なしか語気が強い。
「ウミヘビの成体を造る事が、どれだけ大変か。お前なら理解している、と思っていたが……引きこもっていた影響で、痴呆にでもなったか」
「あ? 喧嘩なら買うぞ?」
「お前こそ。退くならば、今の内だが?」
「おれが怖気付くとでも? 舐められたもんだ」
「お、落ち着いてください」
物臭で事なかれ主義な面がある青州が、フリードリヒにはストレートに悪態を吐いている。よほど馬が会わないのだろう。
「植物園には危険な植物も沢山あるのですから、喧嘩をするならばせめて外で……」
「あっ、まぁた張り合ってる!」
その時、ハキハキとした、よく通る声が緊迫した空気を霧散させた。
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