毒素擬人化小説『ウミヘビのスープ』 〜十の賢者と百の猛毒が、寄生菌バイオハザード鎮圧を目指すSFファンタジー〜 

天海二色

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第十八章 序曲の不協和音

第370話 《アコニチン(C34H47NO11)》

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「顔を合わせるたンびに押し問答! しかもくだらない内容っ! チビの教育に悪いったらありゃしないよ!」
「く、くだらなくは……」
「くだらないよ! 意地の張り合いなんざ! それよりも青州先生は姿勢を気を付けな! 口を回すよりもしゃんと背筋を伸ばす!」

 ばしんっ! と菫色の髪をした青年に思い切り背中を叩かれ、青州は「うっ……!」という短い悲鳴を上げていた。
 完全に青年のペースに呑まれている。彼の気風のいい性格が青州は苦手なようで、何も言葉を返せない上にたじたじになっていた。

「確かに青州では力不足だろうな。どれ、アトロピンはおれが預かろう」

 そんな青州にフリードリヒがぬっと腕を伸ばし、アトロピンを強奪しにかかったものだから、青州は大袈裟なまでに後退りをし、距離を取る。

「お前にだけは、絶対に任せん」
「盆暗が。人の親切は受け取るべきだ」
「どっちもどっちだよ! 争いの種になるぐらいならあたしが預かっとく!」

 しかしアトロピンは菫色の髪をした青年がひょいっと抱え上げてしまい、そのまますたすたと早足でその場から離れにかかった。
 抱えられたアトロピンも大人しくしている。青年に懐いているようだ。

「おっ、蛇のマスク! あんたモーズだね? 日本じゃ青州先生がお世話になったって聞いているよ! ちっと向こうで話そうじゃないか!」

 その最中、ベンチの前で立っているモーズに気付いた青年は親しげに声をかけてきた上に、共に来るよう移動を促してくる。

「え、あ、あぁ……?」
「ほらこっちだ、こっち! キビキビ歩く!」

 ばしんっ!
 どう返事をしようか逡巡をしていたら、平手で思い切り背中を叩かれ、しかもそのままぐいぐいと押されてしまい、モーズはされるがまま歩き出す。

「待ってくれ、《アコニチン》……っ」
「暫く頭冷やしな~!」

 後ろから青州の困惑した声が聞こえた気がしたが、振り返る事はできなかった。

 ◇

「挨拶が遅れちまったねぇ! 《アコニチン(C34H47NO11)》だ、よろしく頼むよ!」
「モ、モーズという。と言っても、私の事は知っているのだな」
「そりゃ青州先生を連れ帰ってきてくれたお人だもの! よっく知っているさ!」

 モーズを植物園の外まで連れ出した菫色の髪を持つ青年の名は、《アコニチン(C34H47NO11)》。
 毒花で有名なトリカブトの主成分毒である。その毒性は非常に強く、2ミリグラムから6ミリグラムという僅かな量の摂取で致死に至る。シアン化水素と同等か、それ以上に恐ろしい毒だ。しかも特効薬が存在しない。
 とは言え、アコニチンを含むトリカブトはアトロピンと同じく、調合によっては薬にもなる。それも昔から。よって身近な薬草という一面も強い。

「青州先生の細君が亡くられて以降、塞ぎ込みがちだったのも改善してきたんだ。あんたのお陰だろう? 感謝してもし切れないよ」
「評価してくれるのは嬉しいが……。私は日本で、アトロピンを」
「あんたの所為じゃない」

 腕に抱いた幼いアトロピンの頭を撫でながら、アコニチンははっきりと否定した。

「誰の所為でもない。強いて言うなら『珊瑚』の所為だ。あたしらはずっと『珊瑚』と戦争をしているんだから、殉職は避けられない。悲しいけどね」

 日本で『朝顔』の死に立ち会ったニコチンと燐も、「仲間ウミヘビの死は初めての事ではない」と、何なら「はよくあった」と静かに受け止めていた。
 アコニチンの落ち着き払った様子からして、彼もまた、仲間ウミヘビの死を幾度も見送ってきた側なのかもしれない。

「でも正直言うと、羨ましいよ」
「羨ましい?」
「そうとも! 青州先生の為に生きて生き抜いて、その命を燃やしたんだ! ただでさえ『朝顔』はラボに来る前から先生と仲良しこよししていたのに、最期まで側に居続けたとか羨ましいったらありゃしないよ! まっ、あのまま日本から戻って来ないと思ってた先生が戻ってきてくれたんだし、今度はあたしが支えてやるつもりだけどね!」

 そう言って白い歯を見せて笑うアコニチンに、悲壮感はない。
 気持ちの切り替えはとうにできているようだ。

「尤も、当面はチビの世話が優先かな」
「アコニチン。ウミヘビは年齢が固定されていると言う話だが、この子もこのままの姿でいる予定なのだろうか? それとも成長を……?」
「ウミヘビが成長? する訳ないだろう、面白いことを言うねぇ、あんたは!」
「そ、そうか」

 やはりセレン――他のウミヘビの体内から産まれ落ち、成長したという出自は非常に特殊なようだ。

「けど流石にこのままじゃ何するにしても不便だから、所長が帰還したら『調整』するって話だよ。それまでは簡単な教育を仕込む、って段取りだね」

 アバトンの施設はネグラもラボも植物園も、成人男性が使用する事を前提に設計されている。
 なので平均的な大人の背丈の半分を超えるかどうか、な幼い姿のアトロピンは、日常生活を送るのも不便が多くなる事は容易に予想ができる。この状態で『朝顔』がこなしていた医療の従事は難しいのでは、とモーズは疑問に思っていたのだが、流石にずっと幼い姿のままではないらしい。見目を後から変更できるという所長の『調整』という技術も不思議だが。
 そんな話をしている内に、アコニチンが進む方へ特に深く考える事なくついて行っていたモーズは、ネグラの前へ辿り着く。

「じゃ、あたしはシアナミドに用があるからこの辺で!」

 目的地に着いたアコニチンはそのままネグラの門を開け、中へと入っていった。
 シアナミド。燐がマナーを教わったというウミヘビである。もしかしたらアトロピンはこれからマナー講座を受けるのかもしれない。

「今日は話せてよかったよ。また会おうな~っ!」

 彼が大きく手を振り全身でモーズへ別れを告げていると、ひょっこりと、アコニチンの胸元に顔を埋めていたアトロピンが顔を出し、彼もまた小さく手を振ってくれる。

(……。愛らしいな)

 手を振り返しながら一人和むモーズ。
 そして2人の姿が完全に見えなくなった所で、さてこれからどうしようかとモーズはまだ開いているネグラの門を眺めた。

「ううむ……。よし、私も行くか」

 しかしあまり悩む事なく、モーズもまたネグラの中へ足を踏み入れたのだった。


 ▼△▼

補足

アコニチン(C34H47NO11)
紫色の美しい花を咲かせる、毒草トリカブトに含まれる主成分毒として有名。
ただし生薬の材料にもなる。その為、日本では医療用“外”の毒が分類される毒物劇物には指定されておらず、アコニチンは『劇薬』という分類になる。
しかしその毒の強さは破格で、シアン化水素と同じかそれ以下の量で人を死に至らしめてしまう。即効性があるのも怖いところ。

小説やドラマ、果ては時代劇にも登場する現代でも身近な存在である。漢方薬の他、毒矢の毒として世界各国で使われていたことも有名。何なら現役だったり。
なので作中のアコニチンも気さくで風通しのいい性格をしている。





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