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第十八章 序曲の不協和音
第371話 破竹の勢い
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ネグラにある、噴水のある公園を模した広場。そこに設置された屋台バーの前では、今日も多くのウミヘビが集い、酒やソフトドリンクを片手にベンチで寛いでいる。
常と少し違うところと言えば、屋台バーの中に自動人形がいるという点だ。自動人形は売店作業をこなしてはくれるものの、酒の調合はしてくれないので、ブレンドしたいウミヘビは自分で材料を揃え作る他なくなってしまっている。
「はぁー……」
慣れない手付きで酒を混ぜていたり、シンプルに水で割ったり、逆にロックで飲むウミヘビもいる中、酒ではなくタバコを片手に吹かしているのはニコチンだ。
彼は肘を机につき、額に手を当て、気落ちしている。しかもタバコを吸っているというのに苛立ちが溜まっているようで、小刻みにタイルが敷かれた地面を足先で叩いていた。
そんな近寄り難い空気を垂れ流しているニコチンの元へ、モーズは躊躇なく歩み寄る。
「今日はアセトアルデヒドと一緒ではないのだな」
「うるせぇよ。……訓練場には付き添うなって言われちまったんだ。俺がいると訓練にならないんだと。ケッ」
普段ならば屋台バーの中でバーテンダーの仕事をこなしているアセトアルデヒド。
ニコチン曰く彼は今、シミュレーターで行える戦闘訓練の為にここを留守にしているのだという。自分の身くらい自分で守れるようになる為に、と。
しかしニコチンはアセトアルデヒドが擦り傷一つ付けようものならば戦闘訓練に割って入り、アセトアルデヒドの相手を撃破してしまう。それでは訓練にならないとして、アセトアルデヒド本人に訓練場を追い出されてしまったのだ。
「アセトが鍛えなくたって、俺が全部やるってのに……」
「過保護過ぎるのも考えものだな。それでニコチン、少し訊きたい事があるのだが、いいだろうか?」
「あ゙ぁ゙? なんだ、いきなり」
「タリウムはどこにいるか、知っているか?」
「タリウム? こっちから行かなくても、呼び出せばいいじゃねぇか」
「生憎と私は今、全ての電子機器の使用を禁じられていてな……。通信ができない」
「なんだそりゃ」
モーズは電子機器の使用が禁じられた現在も、左手首に腕時計型電子機器を付けてはいるが、これは受信用であり自分からの使用はできない。唯一、自分から使用できるのは電子決済の時だけである。それも購入対象は日用品に限定されている。
なので居場所がわからない者を呼ぶには、他の者を頼る他なかった。
ニコチンは怠そうにしながらも自身の携帯端末を起動し、要望通りタリウムへ通話をかけてくれる。
「食堂にいるってよ。呼ぶか?」
「いいや、私から向かう。ありがとう、ニコチン。では私はここで……」
モーズはそのままニコチンと別れようと思ったものの、
「いや。君も行かないか?」
依存症状が顕著に出ている彼を放っておくのは忍びないと、行動を共にする事を誘った。
「はぁ? 何で俺まで」
「他に用がないのだろう? 時間潰しに私を利用すればいい」
「確かに俺は今日、非番だけどよ。お前ぇに付き合う必要ねぇだろ」
「私といれば……ええと、そうだ。アセトアルデヒドへの話題作りもできるぞ? 彼は私を先生と呼ぶほど慕ってくれているから、喜んでくれるのでは?」
「……チッ! 何でアセトはこいつを気に入っちまったんだ……っ」
アセトアルデヒドを引き合いに出すのは気が引けたが、どうにかニコチンの重い腰を上げさせるのに成功したモーズは、彼を連れて食堂へと向かう。
◇
「どもっス。御用は何スかね?」
タリウムは食堂の出入り口でモーズの到着を待っていてくれた。
彼の丁寧な対応に感謝しつつも、モーズはひとまず食堂の中へ入り、空いている席へ座るよう促す。
そして長テーブルを挟む形でモーズとタリウムは向き合った。ちなみにニコチンはモーズの隣の席で不機嫌そうにタバコを吸っている
「タリウム。君はギリシャでセレンを助けてくれたと聞いた。不出来な私の尻拭いをさせてしまい、すまなかった。そして、ありがとう」
「モーズさんに礼を言われるような事じゃないっスよ?」
「そんな事はない。君がセレンに気を配っていなければ……研究所跡地に駆け付けてくれなければ、今頃どうなっていた事か」
モーズがタリウムに会いたかった理由は至極シンプルだ。
感謝と、謝罪。
アバトンへの帰還時はごたついていた上に、乗車した空陸両用車が別だったので伝えそびれていた。タリウムは謙遜しているが、彼が行動を起こしてくれなかったらセレンは殺されていた可能性が高く、モーズもまた、命があったかどうか。少なくともアバトンには戻れなかった筈だ。言葉で感謝するだけでは足りない程の恩ができてしまっている。
「本来ならば、セレンの側に居た私こそが、彼の異変に気づかねばならなかったのに……。不甲斐ない限りだ」
「そんな気負わずとも。最近セレンさん、ネグラでの様子が何か変だったから引っかかったってだけで、普通誰も気付かないと思うっスよ?」
そこでタリウムはちらりとニコチンに視線を送った。
「まぁ気付いていたとして、気にも留めない人もいるでしょうけど。先輩とか」
「あ゙ぁ゙? そりゃ他所の連中がヘマしようが勝手しようが、どうでもいいだろうが。アセトを巻き込むんだったら容赦しねぇがな」
「相変わらずアセトアルデヒドさん以外、無頓着なんスから」
アセトアルデヒドしか眼中にないニコチンに、タリウムは肩をすくめ呆れている。
「それにしても、まさかセレンさんが『再教育』だなんて。世の中、何が起こるかわからないっスねぇ」
規則の一つも破らず、徹底して模範的な姿勢を保ち、島外での潜入調査員に選ばれる事さえあった程に信用されていたセレン。彼はアバトンへ帰還後、『再教育』を命じられ今はその課題に追われている。
尤も独断でモーズを連れ去り、ペガサス教団の信徒かつステージ6である『フルグライト』へ単騎で挑んだ。という幾重にも規則違反を犯したセレンの処遇が『再教育』で済んだのは、フリードリヒが色々と手を回した結果である。その皺寄せがモーズへいき、副所長からの処罰が重くなってしまった面もあるが。
「そうか? 外面剥がれたってだけだろ。多方面に舐め腐ってた結果だ」
ニコチンがタバコを携帯灰皿に落ち着けながら、ぶっきらぼうに言う。
「舐め腐るという割には、戦績えらい事になってるスけど」
再教育の課題の一つ、『シミュレーター戦闘百勝』。戦闘に優れたウミヘビを相手に百という数を勝ち抜くのは非常に過酷で、以前同じように再教育を受けていたタリウムも百勝をこなせないまま、水銀の計らいで終わっている。
しかし、タリウムが腕時計型電子機器を用い、テーブルの中央へ投影したプログラム映像。そこに表示してくれたウミヘビ達の戦績表では、セレンの名が勝者として上から下まで並んでいる。再教育が始まったのは今日からだというのに、既に20勝はしているようだ。しかも連勝で。
「破竹の勢いだな……」
「セレンさんがこんなに強かっただなんて、俺も知りませんでしたよ」
「へっ。だぁからフルグライトとか言う奴の処分に失敗したんだろが」
セレンの好成績に感心するモーズとタリウムとは異なり、ニコチンは冷めた目で戦績を見ている。
「普段、手ぇ抜いている奴が本番で万全に動ける訳ねぇだろ。切り札を持つのはいいが、予め使い熟せるようにしとかなきゃ意味ねぇっての」
セレンはサポートが得意で個人での戦闘力は然程強くない、という印象付けをアバトンへ入島したその日から徹底して行い、危険性の低さを主張していた。そうすればクスシは気を許し、距離を縮められる上に、記録係や先入調査員として島外へ出る機会が増えるからだ。
全てはトールことフルグライトを殺める為にこなしていた、パフォーマンス。
アバトンに来る以前のセレンと対峙していたニコチンは、彼の本来の実力を知っていたので、そのパフォーマンスは通用していなかったが。
そしてセレンはもう、パフォーマンスを続行する気がない。そうなると、遠くない内に壁にぶち当たるとニコチンは分析をしていた。
「弱いフリしている間は弱いまま、強くなる事はない。騙し討ちが通じるのは最初だけだ。今は調子よく見えても、直に負けが込む。そっからが本番だな」
そこで言葉を締めたニコチンは新しいタバコに火をつけ、白煙をホログラム映像に吹きかけたのだった。
常と少し違うところと言えば、屋台バーの中に自動人形がいるという点だ。自動人形は売店作業をこなしてはくれるものの、酒の調合はしてくれないので、ブレンドしたいウミヘビは自分で材料を揃え作る他なくなってしまっている。
「はぁー……」
慣れない手付きで酒を混ぜていたり、シンプルに水で割ったり、逆にロックで飲むウミヘビもいる中、酒ではなくタバコを片手に吹かしているのはニコチンだ。
彼は肘を机につき、額に手を当て、気落ちしている。しかもタバコを吸っているというのに苛立ちが溜まっているようで、小刻みにタイルが敷かれた地面を足先で叩いていた。
そんな近寄り難い空気を垂れ流しているニコチンの元へ、モーズは躊躇なく歩み寄る。
「今日はアセトアルデヒドと一緒ではないのだな」
「うるせぇよ。……訓練場には付き添うなって言われちまったんだ。俺がいると訓練にならないんだと。ケッ」
普段ならば屋台バーの中でバーテンダーの仕事をこなしているアセトアルデヒド。
ニコチン曰く彼は今、シミュレーターで行える戦闘訓練の為にここを留守にしているのだという。自分の身くらい自分で守れるようになる為に、と。
しかしニコチンはアセトアルデヒドが擦り傷一つ付けようものならば戦闘訓練に割って入り、アセトアルデヒドの相手を撃破してしまう。それでは訓練にならないとして、アセトアルデヒド本人に訓練場を追い出されてしまったのだ。
「アセトが鍛えなくたって、俺が全部やるってのに……」
「過保護過ぎるのも考えものだな。それでニコチン、少し訊きたい事があるのだが、いいだろうか?」
「あ゙ぁ゙? なんだ、いきなり」
「タリウムはどこにいるか、知っているか?」
「タリウム? こっちから行かなくても、呼び出せばいいじゃねぇか」
「生憎と私は今、全ての電子機器の使用を禁じられていてな……。通信ができない」
「なんだそりゃ」
モーズは電子機器の使用が禁じられた現在も、左手首に腕時計型電子機器を付けてはいるが、これは受信用であり自分からの使用はできない。唯一、自分から使用できるのは電子決済の時だけである。それも購入対象は日用品に限定されている。
なので居場所がわからない者を呼ぶには、他の者を頼る他なかった。
ニコチンは怠そうにしながらも自身の携帯端末を起動し、要望通りタリウムへ通話をかけてくれる。
「食堂にいるってよ。呼ぶか?」
「いいや、私から向かう。ありがとう、ニコチン。では私はここで……」
モーズはそのままニコチンと別れようと思ったものの、
「いや。君も行かないか?」
依存症状が顕著に出ている彼を放っておくのは忍びないと、行動を共にする事を誘った。
「はぁ? 何で俺まで」
「他に用がないのだろう? 時間潰しに私を利用すればいい」
「確かに俺は今日、非番だけどよ。お前ぇに付き合う必要ねぇだろ」
「私といれば……ええと、そうだ。アセトアルデヒドへの話題作りもできるぞ? 彼は私を先生と呼ぶほど慕ってくれているから、喜んでくれるのでは?」
「……チッ! 何でアセトはこいつを気に入っちまったんだ……っ」
アセトアルデヒドを引き合いに出すのは気が引けたが、どうにかニコチンの重い腰を上げさせるのに成功したモーズは、彼を連れて食堂へと向かう。
◇
「どもっス。御用は何スかね?」
タリウムは食堂の出入り口でモーズの到着を待っていてくれた。
彼の丁寧な対応に感謝しつつも、モーズはひとまず食堂の中へ入り、空いている席へ座るよう促す。
そして長テーブルを挟む形でモーズとタリウムは向き合った。ちなみにニコチンはモーズの隣の席で不機嫌そうにタバコを吸っている
「タリウム。君はギリシャでセレンを助けてくれたと聞いた。不出来な私の尻拭いをさせてしまい、すまなかった。そして、ありがとう」
「モーズさんに礼を言われるような事じゃないっスよ?」
「そんな事はない。君がセレンに気を配っていなければ……研究所跡地に駆け付けてくれなければ、今頃どうなっていた事か」
モーズがタリウムに会いたかった理由は至極シンプルだ。
感謝と、謝罪。
アバトンへの帰還時はごたついていた上に、乗車した空陸両用車が別だったので伝えそびれていた。タリウムは謙遜しているが、彼が行動を起こしてくれなかったらセレンは殺されていた可能性が高く、モーズもまた、命があったかどうか。少なくともアバトンには戻れなかった筈だ。言葉で感謝するだけでは足りない程の恩ができてしまっている。
「本来ならば、セレンの側に居た私こそが、彼の異変に気づかねばならなかったのに……。不甲斐ない限りだ」
「そんな気負わずとも。最近セレンさん、ネグラでの様子が何か変だったから引っかかったってだけで、普通誰も気付かないと思うっスよ?」
そこでタリウムはちらりとニコチンに視線を送った。
「まぁ気付いていたとして、気にも留めない人もいるでしょうけど。先輩とか」
「あ゙ぁ゙? そりゃ他所の連中がヘマしようが勝手しようが、どうでもいいだろうが。アセトを巻き込むんだったら容赦しねぇがな」
「相変わらずアセトアルデヒドさん以外、無頓着なんスから」
アセトアルデヒドしか眼中にないニコチンに、タリウムは肩をすくめ呆れている。
「それにしても、まさかセレンさんが『再教育』だなんて。世の中、何が起こるかわからないっスねぇ」
規則の一つも破らず、徹底して模範的な姿勢を保ち、島外での潜入調査員に選ばれる事さえあった程に信用されていたセレン。彼はアバトンへ帰還後、『再教育』を命じられ今はその課題に追われている。
尤も独断でモーズを連れ去り、ペガサス教団の信徒かつステージ6である『フルグライト』へ単騎で挑んだ。という幾重にも規則違反を犯したセレンの処遇が『再教育』で済んだのは、フリードリヒが色々と手を回した結果である。その皺寄せがモーズへいき、副所長からの処罰が重くなってしまった面もあるが。
「そうか? 外面剥がれたってだけだろ。多方面に舐め腐ってた結果だ」
ニコチンがタバコを携帯灰皿に落ち着けながら、ぶっきらぼうに言う。
「舐め腐るという割には、戦績えらい事になってるスけど」
再教育の課題の一つ、『シミュレーター戦闘百勝』。戦闘に優れたウミヘビを相手に百という数を勝ち抜くのは非常に過酷で、以前同じように再教育を受けていたタリウムも百勝をこなせないまま、水銀の計らいで終わっている。
しかし、タリウムが腕時計型電子機器を用い、テーブルの中央へ投影したプログラム映像。そこに表示してくれたウミヘビ達の戦績表では、セレンの名が勝者として上から下まで並んでいる。再教育が始まったのは今日からだというのに、既に20勝はしているようだ。しかも連勝で。
「破竹の勢いだな……」
「セレンさんがこんなに強かっただなんて、俺も知りませんでしたよ」
「へっ。だぁからフルグライトとか言う奴の処分に失敗したんだろが」
セレンの好成績に感心するモーズとタリウムとは異なり、ニコチンは冷めた目で戦績を見ている。
「普段、手ぇ抜いている奴が本番で万全に動ける訳ねぇだろ。切り札を持つのはいいが、予め使い熟せるようにしとかなきゃ意味ねぇっての」
セレンはサポートが得意で個人での戦闘力は然程強くない、という印象付けをアバトンへ入島したその日から徹底して行い、危険性の低さを主張していた。そうすればクスシは気を許し、距離を縮められる上に、記録係や先入調査員として島外へ出る機会が増えるからだ。
全てはトールことフルグライトを殺める為にこなしていた、パフォーマンス。
アバトンに来る以前のセレンと対峙していたニコチンは、彼の本来の実力を知っていたので、そのパフォーマンスは通用していなかったが。
そしてセレンはもう、パフォーマンスを続行する気がない。そうなると、遠くない内に壁にぶち当たるとニコチンは分析をしていた。
「弱いフリしている間は弱いまま、強くなる事はない。騙し討ちが通じるのは最初だけだ。今は調子よく見えても、直に負けが込む。そっからが本番だな」
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