毒素擬人化小説『ウミヘビのスープ』 〜十の賢者と百の猛毒が、寄生菌バイオハザード鎮圧を目指すSFファンタジー〜 

天海二色

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第十八章 序曲の不協和音

第375話 初診

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「一見すると無難に描かれているように見えるが、その実、現実には存在しない樹木がここには描かれている」

 モーズはタリウムの描いた木の絵を指差し、淡々と解説をする。

「左右対称の度が過ぎるんだ。自然に生えた樹木は左右非対称アシンメトリーなのが普通にも関わらず。それに加えて通常、地面に埋まっている根まで描き込んでいる」

 タリウムの描いた木は真ん中を境目に、鏡写しのように完璧な左右対称となっている。枝も葉も根も、同じ位置、同じ長さ、同じ太さと、実際の木と比べた場合あまりにも不自然。
 しかもタリウムは木の根を地面から露出させ、根の先端まで描いてしまっている。根が一切、地面に埋まっていないのだ。これもまた不自然である。

「これによって君は周囲を見る余裕がない、という考察もできる」
「マジっスか。えぇ……。俺、偵察は得意分野だと思っていたんスけど……」
「見たままを伝達するのと、思い浮かべながら描くのはまた勝手が違うからな。それにこれはあくまで私の考察だ。あまり気にする事はない」

 タリウムの絵の解説が終わった所で、モーズは紙を切り替えニコチンの絵の方を手前に出す。
 真っ黒な木が描かれた絵を。

「とは言え、ニコチンの方は……。まるで落雷を受けたかのような樹木だ。ネグラにも常緑樹が植えられているというのに、わざわざ特殊な状態のものを描くとは……。ニコチン、君はこのような樹を見た事があるのか?」
「知らねぇ。木って言われて思い浮かんだもん描いただけだ。てか写生すんなっつったのお前ぇだろが」
「ううむ」

 バウムテストを行う場合、写生をしてはいけない。実際に木を見て描かれてしまうと、心理状態を探れないからだ。
 そしてニコチンは約束通り写生せずに絵を描いてくれた。その結果、見るからに異常性を覚えるものが仕上がった。
 しかしそれだけだ。あくまでニコチンの一面が見られたというだけ。
 が、これはチャンスかもしれない。モーズは思考を巡らせる。

(……。たった一つの側面からものを言うのは、医者として褒められた事ではないが……)

 そして意を決し、モーズはニコチンへ真っ直ぐ顔を向けた。

「ニコチン。君には鬱病のケがある」
「は?」
「少なくとも精神的に不健全だ。この機に治していこう」
「お遊びに付き合ってやったってのに、何言ってんだ。ンなもん必要ねぇよ」

 ニコチンはタバコをふかし、不機嫌そうに顔を歪めている。しかしモーズは引き下がらない。

「ニコチン。鬱病は進行すると疲労が溜まりやすくなる。集中力や思考力も低下し、パフォーマンスも落ちてしまう。また直接的な症状に『目眩』がある。もしも敵前でそのような症状が出てしまった場合、……アセトアルデヒドを守れないのでは?」

 アセトアルデヒドの名を使ってでも、ニコチンの説得を試みた。

「都合の良い時だけでいい。私に、付き合ってくれないだろうか?」
「……。…………」

 アセトアルデヒドの名を出されてしまったニコチンは、タバコを片手に長考をしている。
 どうか聞き入れてくれないだろうかと、モーズはドギマギしながらニコチンの回答を待った。

「……たまに。たまになら、お前ぇの戯言に付き合ってやるよ」
「本当か!?」

 ニコチンが承諾してくれた。
 その事実にモーズはマスクの下で笑みを浮かべる。と同時に安堵する。

(よかった、上手くいった。『君はアセトアルデヒドに依存しているから治そう。それをアセトアルデヒドも望んでいる』と言った所で従わないだろうから、どう切り込むか悩んでいたが……。バウムテストがいい口実になってくれた)

 鬱病を治療するというていで、依存症の治療をする。これがモーズの狙いであった。
 日本から帰国した後、今までも折を見てニコチンとの接触を増やしてはいたものの、なかなか治療を施せず歯痒い思いを抱いていた。
 そもそもニコチンは自身が病気だという自覚がない。尤も自覚をしたとしても、アセトアルデヒドへの影響がなければ治療など放棄していた事だろう。しかしニコチン本人に治療の意思を芽生えさせなければ、幾らモーズが手を尽くそうとも完治する事はない。
 それを慣れないハッタリと話術で、どうにかニコチンをその気にさせられた。

(とは言えフェイスマスクで顔を隠していなければ、緊張が顔に出て、気取られていたかもしれない……。やはりネグラでも付けたままにした方が、何かと都合がいいな)
「モーズさん、モーズさん」
「うん? どうしたんだ、タリウム」
「俺も治療受けた方がいいんスかね?」
「タリウムの抑鬱は一過性の可能性もある。焦って治療に走る必要はないが、メンタルコントロールは健全者にも通用するからな。共に学びたいのならば歓迎しよう」
「そりゃ有り難いっスね。俺、今日は非番ですし、ご一緒させてください」
「勿論いいとも」

 モーズは2人から頂戴した紙を丁寧に折りたたんで白衣のポケットにしまうと、椅子から立ち上がる。

「では早速、取り掛かろう。まずは気軽にできる有酸素運動ウォーキングからだな」

 運動療法は心身の健康を保つのに有効な手段である。それはシミュレーターの中では叶わない。
 ウミヘビにとっての『適度な運動』がどの程度なのかはわからないが、第二の心臓とも称される足を動かすだけでも効果は見込めるはずと、モーズはニコチンとタリウムを連れネグラを歩き始めた。

「あぁ、そうだ。どうせならばこのまま《クロロメタン》に会いたいのだが、彼は何処にいるだろうか?」

 歩き始めて間もなく。闇雲に進むよりも目的地を定めた方が区切りがいいだろうと、モーズは歩みは止めないまま後ろについてくる2人に訊ねる。
 《クロロメタン》はフリッツが凍結実験の協力願いを申し出ているウミヘビの一人であり、冷気を操れるウミヘビ4人中、モーズが顔を合わせていない最後の一人である。

「クロロメタンならあそこじゃないスか?」
「あそこだろうなァ」

 訊ねられたニコチンとタリウムは横目で目線を送り合うと、

『プール』

 ウォーキングよりも更に効率的な有酸素運動ができる場所を口にしたのだった。
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