毒素擬人化小説『ウミヘビのスープ』 〜十の賢者と百の猛毒が、寄生菌バイオハザード鎮圧を目指すSFファンタジー〜 

天海二色

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第十八章 序曲の不協和音

第381話 黒マスク

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「どう、とは?」
「えぇ~っと」

 モーズの返しにカリウムが口ごもった瞬間、横からナトリウムが呆れたように割り込んできた。

「仲良くできているか気になっているんだとよ。ったく、訊くんならはっきり言えこのダボ」
「だだだだってぇ!」

 ナトリウムの補足に対し、もどかしそうに両手を振るカリウム。

「タリウムが俺達以外とつるむこと滅多にないじゃん! そんで一緒にいるだけで空気は最悪だったりしたら悲しいじゃん~っ!」
「親のような視点だな……」

 モーズは思わずマスクの下の目を瞬かせた。

「タリウムを教育したのはカリウム、と聞いているのだが、それで気になっているのか?」
「俺も手伝わされたけどな。何で一人でできねぇんだよダボ」

 ナトリウムがうんざりしたように頭をかきながら、少し昔を思い出すかのように目を細めた。
 するとカリウムがすかさず反論をする。

「仕方ないじゃん! 最初の方なんて、何かの拍子で吐いてくる毒霧の対処に追われて、体力削られてさぁっ!」
「ど、毒霧を……」

 周囲を無差別に中毒にしていまう、毒霧。それを頻繁に使われてしまうのは、確かに難儀である。
 寧ろタリウムがそんな状態だったからこそ、タリウムの毒素を中和できるカリウムが教育係として選ばれたのかもしれない。

「……それで、何か最近、自分の意思で積極的に動くようになったから、遠巻きに見守りたいっていうか」

 カリウムは視線を泳がせながら、小さく漏らす。
 その頬は少し赤らんでいて、気恥ずかしそうだった。

「でも具体的に何してんだか気になってストーキングしているんだよ、こいつ。アホだろ」
「ちょっ、余計なこと言うなこっっの高血圧っ!!」
「んだとこっっの低血圧! どうせこそこそした所で、タリウムにはバレてるだろ!? あいつ気配に敏感なんだ、気付かねぇはずねぇだろが!!」
「ぐぅっ! けど声までは聞こえてないかもじゃん! ちょっと偶然が重なっただけって思っただけかもじゃんっ!」
「言い訳がましいわ!!」

 ぎゃいぎゃいと騒がしく口喧嘩をするカリウムとナトリウム。
 元気のいい2人のやり取りを見てふと思い出すのは、モーズが初めてカリウムと出会った日の記憶である。

『いつもタリウムがお世話になってますぅ~。な~んちゃってっ!』

 あの時のカリウムは戯けた口調で、軽口を吐くようにそう言ったのだが……。

(あれは冗談ではなく、本心だったのだな)

 今ならばわかる。あの台詞は、タリウムを本気で気にかけていた末に出た言葉だったのだ、と。
 それを知ったモーズはマスクの下で静かに微笑むと、椅子を動かし、後ろに立っていたカリウムとナトリウムへ向き合う形で座り直す。

「タリウムは昨日、ちょっとした描画療法……心理テストみたいなものだな。を、した結果、あまりいいとは言えない診断が出てな。それを伝えてみたところ、彼は自分の精神面を気にかけ、私に改善法を求めてきた」
「タリウムが自分を鑑みた……!?」
「マジかそれ」
「そ、それほど驚くことなのだな……?」

 タリウムの成長? に驚愕している2人を見て、モーズは思わず戸惑ってしまう。

「で? で? 具体的にどう悪いんだ!?」
「落ち着いてくれ、カリウム。現時点で正確に判断できている訳ではない。あくまで可能性として……」
「勿体ぶらずにさっさと言いな」
「う、ううむ」

 2人にぐいぐいと迫られたモーズは、一つ咳払いをすると、

「可能性として、が前に付くが……。抑鬱、という症状だな」

 あくまで暫定的な診断、という点を強調してから、診断結果を伝えた。

「よくうつ?」
「抑鬱とは、簡単に言うと憂鬱な気分になる事だ」
「はぁ? それ、誰でも起きることじゃねぇの」
「そう。嫌な事が起きれば、誰だろうと憂鬱になる。何も特別な事ではないが……」

 抑鬱の状態から抜け出せず、長い時間、気分が落ち込んだままになる事もままある。それでいて、治療には一年以上の時間を必要とする事もある、厄介な心の症状。
 そもそも鬱病などの他の疾患が元で抑鬱の症状が起きている可能性もあり、何の影響で抑鬱状態になっているのか、知る事が重要になってくる。

「抑鬱の影に隠れ、他の病気が潜んでいる可能性もある。だから私は無視せずに向き合っていこうと考えている」
「そりゃ特殊じゃねぇの」
「ははっ、タリウムに主治医がついたか~。ちょっと、嬉しいじゃん」
「そこで。カリウム、ナトリウム。君達はタリウムがラボに来る“前”を知っているか? もしよかったらになるが、抑鬱の一端を知る為にも聞かせて欲しい」

 その問い掛けに対し、カリウムとナトリウムの2人はお互いの顔を見合わせた。
 髪色や瞳の色といった色素以外、瓜二つの容姿が鏡合わせになる。

「そういえば俺達、ラボに来た後しか知らないじゃん……?」
「詳細を知ってるのは……フリードリヒじゃねぇ?」
「あっ、それとニコチン先輩なら多少は知ってるじゃん!? タリウムとやり合ったって言ってたし!」
「ニコチンと、フリードリヒさんか」

 ニコチンはまだしもフリードリヒから聞き出すのは……、と一瞬諦めそうになるモーズ。
 しかしフリードリヒもウミヘビの為なら話してくれるかもしれない、と思い直し、最初から諦めては駄目だと気持ちを切り替えた。

「俺達はそれぐらいしか知らないけど……凄く抑圧されてたんだな、ってのはわかる。命令がなきゃ一切動かない、ロボットみたいでさぁ。多分、命令以外のことしようとしたら電撃流されるとか、そういう調教されてたんじゃないかな~」

 カリウムは記憶を辿るように天井を仰ぎ、いつもと同じ軽い口調で語る。だがその内容は酷く重い。
 モーズは膝の上に乗せていた拳を握りしめた。

「そうそう、一番大変だったのは口枷の扱いだった! 食事の命令以外で口枷を外した時は毒霧を吐くように仕込まれてたから、口枷を外しても毒霧吐かないようにする訓練から始まったんだよ。懐かしい~っ!」
「……口枷?」
「研究所で付けられてたんだってよ」

 ナトリウムは小さくため息を吐きつつ、腕を組んでカリウムの補足をする。

「今も何か付けてないと落ち着かないからか、いっつも黒マスク付けてるじゃねぇか。タリウム」



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