毒素擬人化小説『ウミヘビのスープ』 〜十の賢者と百の猛毒が、寄生菌バイオハザード鎮圧を目指すSFファンタジー〜 

天海二色

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第十九章 狂信者のカタリ

第404話 外部交渉

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 オフィウクス・ラボの朝は慌ただしい。
 特に臨床試験の実施が決まってからはその準備に追われ、クスシ達は共同研究室の中で資料をまとめたり、卵型機器カプセルを用いた遠隔会議を重ねたりと、食事を摂る暇もない程だ。
 尤もラボには完全栄養食であるペースト状の携帯流動食があるので、それを一度飲めば一日の栄養は賄える。よってクスシ達は食事休憩も挟まず動き回っていた。

「パウル先輩~。ちょっといいです~?」

 がらり
 共同研究室の扉を開けたと同時に間延びした声を発したのは、どこか怠そうなフリーデンだ。
 それもそのはずで彼は夜中にクロアチアで災害が起きたという通報を受け、遠征に駆り出され、今したが帰ってきたばかりなのである。

「何? 僕忙しいんだけど? もしかして、遠征先で問題でも起きた?」
「いえ菌床処分は無事に終わったんですけど、帰り際に国連警察の人達が無理矢理車に乗って来ちゃって……」
「はぁ? なんで追い出さなかったの。馬鹿なの」
「何か、向こうも必死で……。連れて行かなきゃ『モーズは菌床発生に関与している!』って吹聴するとか何とか……」

 フリーデン曰く、車に乗って来た国連警察はアレキサンドライト捕縛に失敗続きで後がなく、このまま何の成果も持ち帰らず支部に戻れば降格か、下手をすれば首が飛ぶと嘆き、フリーデンに泣き付いて来たのだという。
 それでも拒否をした所、今度は脅して来たのだ。モーズが今回の災害の原因ではないか、と。自分達は彼がクロアチアに居た所を目撃しているんだ、映像にも残っているんだ。違うというのならば直接モーズに会わせ、証明しろと。
 手に余るとフリーデンが先輩方に相談しようにも、折悪く先輩方は通話に出てくれない。日を改めないかと国連警察に提案しても、何かしらの手柄を持ち帰りたい彼らの剣幕に押されてしまったらしい。

「だからってアポ無しで部外者入れるとかないでしょ。そいつら今どこにいるの?」
「港の車の中に。今はテトラミックスが相手してくれてます」
「それじゃそのまま元いた場所に帰してきなさい」
「ちょ、冷た過ぎません? モーズとアレキサンドライトの関与だけは否定しとかないと、あることないこと上層部に報告する気ですよ彼ら」
「モーズと会わせた所で信じると思う? あいつは9月に入ってからアバトンから出てません~。証拠はこれです~。って監視カメラ見せた所で、どうせフェイクだ合成だ言うでしょ」
「えぇ~。ならどうやって証明すれば……」
「証明させる気なんて端からないよ、あいつら」

 パウルは丸椅子の上で腕を組んで言う。

「アレキサンドライトとモーズは別人、って説明した所で手柄が欲しい奴は納得しない。それよりここには、そんな形のない情報よりもっと良いものがある。モーズっていう物的証拠がね。あいつらの目的はモーズの確保でしょ」
「ええええ。モーズ連れて行った所でアレキサンドライトは止まらないのに?」
「モーズ本人がいればアレキサンドライトとラボとの関与が否定できるし、何より『捜査は進展している』っていう絵面が手に入る。実際は何も進展してなくとも、上層部に対しお茶を濁せるって訳だ」
「体裁を取り繕いたくてモーズを? 嫌だなぁそれ……」
「わかったんならさっさと追い出すっ!」
「でもそのぉ、意地でも帰らない気ですよ彼ら。先輩は今回メディア担当でしょ? だから先輩の抱えているなんか良い感じのネタ提供して満足して貰おうかな~っ、て思いまして……」
「……何で僕に声かけたのかと思ったら、ネタ出し要員? お前僕のこと舐めてる?」
「な、舐めてませんよ!? 適材適所って言うでしょう!?」

 憤るパウルにどうかお助けを、とフリーデンは必死に頭を下げ助言を請う。
 調子のいい事を言う彼にパウルは呆れつつも、丸椅子から立ち上がり共同研究室の出口へ向かう。フリーデンも慌てて彼の後を追う。
 彼が向かった先はラボの外、港だ。
 港には、緊張感が淀んでいた。  
 停泊中の空陸両用車の傍らで、重たい制服を着た男達――国連警察の2人組がテトラミックスに詰め寄っている。表情は険しく、腕を組んだり、ポケットに手を突っ込んだりと、どこか「強者」の演出が露骨だ。

「大っ変、お待たせしましたぁ!」

 そんな彼らに向け、パウルは明るく爽やかな声音で話しかけた。平素と全く異なる声音に、隣に立つフリーデンが思わずパウルを二度見する。

「遠路はるばるお越し頂き、ご苦労様です。オフィウクス・ラボ所属のクスシ、パウルと申します」

 パウルはフリーデンの視線を無視し、警察2人組へ歩み寄り、深々と頭を下げ挨拶を交わした。
 丁寧で謙虚な態度のパウルを前に、2人組が纏っていたひりついた空気が少し和らぐ。

「お忙しいでしょうから早速、本題に入りますが……。本日はどういったご用件で?」
「そいつから聞いていないのか?」
「確認もかね、改めて貴方方の口から直接聞こうかと思いまして。ほら、何かしら聞き間違いがありましたら困るでしょう?」
「……。クロアチアでの菌床事件と、貴ラボの研究員の関与について、」
「あり得ませんね」

 バッサリと、言葉を被せた。
 静かな拒絶。それは、あまりにも自然で、あまりにも確信に満ちていて、フリーデンでさえ思わず背筋を伸ばしてしまうほどだった。
 2人組の顔色が、目に見えて険しくなる。

「ど、どうして言い切れるんだ! こちらは確かにモーズの姿を現場で見たんだぞ!?」
「憶測で言っているんじゃない! ライトではっきりと顔を照らしたんだからな!」
「成る程、成る程。目視で顔を見たと。では指紋は? 足跡は? 毛髪は? 皮膚片は?」

 口々にまくし立てる警官達に対し、立て続けに問いかけるパウルの声は、あくまで穏やかだった。
 しかし中身は鋭利な刃物だ。返答の隙を一切与えない、容赦ない連打。
 言葉を詰まらせる2人組。
 港に吹きつける潮風すら、どこか白々しく感じられた。

「今時、顔が同じだったというだけじゃ有力な証拠にはなりませんよねぇ? 幾らでも顔を変えられるんですから」
「そっ、それでも疑いがある以上、確認の義務が……っ!」
「当ラボは機密を扱う特殊機関」

 狼狽する2人組を黙らせるように、きっぱりと、パウルは言った。

「個人情報に踏み込む場合、国連の管理下にある我々には相応の手続きが必要となります。『職員の関与が疑われる』というだけで、当ラボの研究員への接触はできないのですよ」

 どこか諭すような声音。
 しかし、そこに含まれるのは情けでも情け容赦でもない。ただ一方的な、冷たい事実だけだった。
 2人組の肩が、じわじわと沈んでいく。

「しかし折角ご足労頂いた貴方方を手ぶらでお帰り頂くのは、僕も良心が痛みます」

 絶対、嘘だ。
 フリーデンは心の中でひっそりと呟いた。

「そこで! 特別に当ラボの記録映像を提供しましょう!」

 パウルは手を打ち鳴らし、ぴしりと指を立てた。

「モーズが9月以降アバトンを出ていない証拠映像、時刻付きで揃っておりますので! 解析ログも外部監査に通したもので、フェイクではありませんよ? 勿論ご自身で確認して下さっても結構! 寧ろ是非お願いします! 信憑性があがりますので!」

 隙のない、完全武装のデータ提示。
 ここまで手回しが完璧だと、もはや誰も「異議あり」と言えない。

「そ、それは……検討させてもらう」
「わかりました! ではデータを送りますので、送り先の記入をここにお願いします! お帰りはフリーデンに送らせますので、書き終わりましたら車でお休みください」

 パウルがさっと手渡したタブレットに、2人組はもはや黙って必要事項を書き込むしかなかった。
 次いで無言で車内に戻っていく後ろ姿を、パウルとフリーデンは並んで見送った。
 静かな港に、波の音だけが響いている。
 フリーデンはぽつりと呟いた。

「証拠を与えているようで選択肢を与えずこっちに踏み込ませず、逆に相手の所属データをぶっこ抜く……。えげつな……あ、いや凄い手腕ですねぇ、パウル先輩っ!」
「僕が何年、外回りやってると思ってるの。フリーデンもこの程度、やり込めるようになりなよ?」
「うぃ~す、頑張りま~す」

 でもこれ、何年修行しても絶対真似できる気がしねぇ。なんて思いながら、2人組を帰す為にフリーデンも車へ向かったのだった。
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