毒素擬人化小説『ウミヘビのスープ』 〜十の賢者と百の猛毒が、寄生菌バイオハザード鎮圧を目指すSFファンタジー〜 

天海二色

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第十九章 狂信者のカタリ

第403話 信仰をカタル者

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「家族の理解も得られず、今までさぞ苦しかった事でしょう」

 クロアチアの海岸から少し離れた街中。
 家も道も灰色の石で造られた狭い路地で、アレキサンドライトは自分の元へ訪れる無辜の民を慰める。
 その無辜の民――青年は珊瑚症ステージ3の感染者で、治療の効果が芳しくないからと医者を不審に思い通院をサボるようになった。すると警察に追われるようになり、家にいられなくなり夜の街へ飛び出した。
 されど行く宛などなく路地裏を彷徨っていた所に、日夜メディアで取り上げられているアレキサンドライトと運命的な出会いを果たしたのだ。

 青年は嘆く。医者は金の亡者だと。治す事もできないのに金をむしり取る。薄給の自分を追い詰める悪党だと。そんな詐欺に騙されるものか、と治療を突っぱねたら警察を呼ばれたと。国と結託して悪事を働いているのだと。挙句、味方である筈の家族に裏切られ……。
 アレキサンドライトは傾聴に徹し、青年の苦悩を受け止める。

「そうですね。貴方の周りの人々は皆、洗脳されている」

 それを聞いた青年は嗚咽を漏らす。

「しかし貴方は惑わされなかった! そして私の元に辿り着けた! 神の導きがあったに違いありません。もう、大丈夫ですよ」

 ――後光が差している。
 アレキサンドライトの慈愛に満ちた微笑みを見た青年は感涙し、両膝を石畳の上について手を合わせる。そして感謝の言葉を繰り返し告げた。

「さぁ、行きましょう。『秘密の楽園』へ」

 そのままアレキサンドライトが青年の手に自身の手を重ねた。その時……
 カッ!
 アレキサンドライトが光り輝いた。心理的にではなく、物理的に。物陰に潜んでいた警察達が路地に現れ、一斉にライトを当てたのだ。
 青年は驚愕する。けられていた事に。泳がされていた事に。そして次に必死に弁明をする。自分は警察に関わっていないと。あくまで被害者だと。

「えぇ、わかっています」

 アレキサンドライトは笑みを崩さない。青年は頬を緩める。

「しかしこれで、楽園へ入る資格は失われてしまいました。残念です」

 青年は絶望した。
 警察は自分を殺す気だと喉が裂けんばかりに叫び、見殺しにする気かと罵り、アレキサンドライトの黒服を鷲掴む。
 どうせ救ってくれないのならば、お前も殺されてしまえ! と道連れにしようとする。

「楽園へ行けないどころか地獄に堕ちるとは、憐れですね」

 アレキサンドライトは憐憫を孕んだ目を細め、青年の手を払い退ける。
 直後、青年の皮膚は一気に赤化していき、右目から背中から真っ赤な菌糸が突き出てきて、狭い路地いっぱいに広がる。
 警察は喫驚しながらも拳銃を発砲。青年の足を狙う。しかし赤化に伴い硬化した皮膚に鉛玉が通る事はなく、鉛玉は金属音と共に石畳の上に転がった。
 火炎放射器を用意しろ。軍を呼べ。
 慌ただしくなるに比例し現場は混乱に包まれ、そうこうしている内に石畳の上は血管のように菌糸が張り巡り、海中の珊瑚に似た子実体をも生えてくる。
 悲鳴や怒声が交わる中、災害現場と化したそこにアレキサンドライトの姿は既になく。

 彼は忽然と姿を消していた。

 ◇

「石ころばかりだな」

 災害対処に追われ、四方からライトドローンに照らされている路地。
 夜なのに昼間並みに明るくなっているそこを、アレキサンドライトことガーネットは海岸から眺めていた。

(あわよくば《パパラチアサファイア》の原石が見付けられたら、と期待しているというのに、外ればかりだ。これでは教祖様に朗報を届けられない)

 昼夜を問わずメディアも駆使し、積極的に伝導をしているにも関わらず、望んだ結果が得られない事にガーネットは渋い顔をする。
 ラボからの反応も相変わらずなく、自分の活動は放置されている。まるで「気に留めるような事ではない」、と言われているようで、ガーネットは面白くない。本物のアレキサンドライト……モーズの生死も不明なまま。

「このまま現状が変わらないのならば、いっそのこと私が……」

 そこではたと、ガーネットは気付く。

「そうだ、私がアレキサンドライトになればいい。空席は私で埋めればいい。ウミヘビという悪魔に下ったあんな背徳者よりも、敬虔な信徒たる私がアレキサンドライトになった方が、教祖様も喜ぶ事だろう」

 教祖様から賜った《ガーネット》の洗礼名を変えるのは些か罪悪感を覚えるが、教祖様の求めるアレキサンドライトになれるのらば大した犠牲ではない。
 アレキサンドライトになれば信徒達から慕われ、敬われ、他の《御使い》にも一目置かれる。
 想像するだけでガーネットは高揚した。石のように固まった感情が刺激を受けるのがわかった。仮面のように貼り付いた笑顔が狂喜で崩れるのがわかった。

「あぁ、いけない。いけない。アレキサンドライトになるとしても、目的を見失ってはいけない」

 ガーネットは頭を振り、冷静になるよう努める。

「信徒を増やす。導く。《パパラチアサファイア》を探す。そして何より、ウミヘビの排除。それが私の使命。役目。その為には……」

 今までもメディアにウミヘビの危険性を訴えてきたが、機密として世間に秘匿されてきたウミヘビの存在を人々は信じられないようで、危機感を感じない。
 断片的な映像を流す事で多少は認知度があがっているものの、それも微々たるもの。人々を動かすにはもっとセンセーショナルな絵が必要になる事だろう。

(そろそろ国連警察辺りがアバトンに入島し、の存在を確認する頃合いと思われる。この騒動は自作自演ではないか、と。つまりルチルの要望は放っておいても叶う。私はウミヘビの方に集中しよう。アレキサンドライトになる為に)

 手柄を教祖様に示す為に。
 ガーネットはそのまま闇夜に溶け、クロアチアの海岸から姿を消した。
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