毒素擬人化小説『ウミヘビのスープ』 〜十の賢者と百の猛毒が、寄生菌バイオハザード鎮圧を目指すSFファンタジー〜 

天海二色

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第二十章 真っ赤な嘘

第419話 猿退治

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 アコニチンがパラチオンに追い付いた頃には、爆音、火線、毒霧と、樹海の一角がまるごと戦場と化していた。

「あ~あ~! 派手にやっているねぇ、パラチオン!」

 小高い枝の上からそんな光景を見下ろす彼は、呆れ半分に口を開く。

「こんなに毒を撒き散らかして! 始末書もんだよ、これ!」

 木々は黒く枯れ、土壌は死に、風さえも淀んでいる。
 環境汚染という意味では、もはや災害指定が下りてもおかしくない規模だ。
 アコニチンはそのまま視線を凝らし、パラチオンが短機関銃を向けている標的を確認しようとするが、煙と毒素に遮られてはっきりしない。

「誰か居るみたいだけど……。ここからじゃよく見えないねぇ。ま、いいか。ともかくパラチオンをどう止めるかだ」

 彼は手首の腕時計型電子機器に指を当て、通信を開いた。

「フリーデン、あたしも抽射器使っていいかい?」
『えぇ~? 感染者いねぇのに?』
「抽射器を使ってる奴に、抽射器なしで止めろって? それ、無理筋ってもんだよ。それともこのまま森が枯れるの待つかい?」

 皮肉めいた一言に、通信の向こうでフリーデンが悲鳴を上げる。

『究極の選択させんなよ~っ! ……アコニチンは元々許可おりてるし、ぎりイケる、か? これ以上被害広がる方が事だし……。ええい、ままよ! アコニチン、頼んだ!』
「あいよ!」

 朗らかに返しながら、アコニチンは既に行動を開始していた。
 背中のホルダーから弓を取り出し、次いで指先から滲ませた薄紫の液体を空中で収束し、鋭い一条の矢へと変貌させる。

「そんじゃ、早速。っと」

 弦を引き、狙いを定める。目的は敵ではない。敵とパラチオン、その間に割って入る「地形」だ。
 びゅん、と風を裂き、毒矢が放たれる。
 矢は狙い通り地面へ突き刺さり、瞬く間に周囲の植物を根本から枯らし始めた。音を立てて軋む大木が、一本、また一本と傾いていく。

「命中! 後はいい感じに倒木してくれりゃ、パラチオンと誰かさんを分断できるだろ」

 しかし、次の瞬間。

「ん?」

 地面から、不穏な音が響いた。

 ゴゴゴゴゴゴゴ……ッ!!

「おおっと!?」

 彼の足元で、土が沈むように揺れ始める。
 そしてアコニチンが矢を命中させた地面を中心として地響きが鳴り響き、やがて地面が崩落した。

『アコニチン!? なんかすげぇデカい音が聞こえるんだけど!?』

 慌てるフリーデンに、アコニチンも驚き混じりに応じる。

「なんか大穴が空いちまったよ! というかこれ、元々空洞……?」

 崩れた大地の下に現れたのは、異様な光景。
 広がるのは、大穴全体に隙間なく覆われた真っ赤な菌床。そしてその中で動く、黒服を纏った集団の姿。
 ペガサス教団の信徒たちだ。
 彼らは地中に潜伏していたのか、それともここが根城だったのか。
 どちらにせよ、単なる偶然でこの穴が開いたとは思えない。
 アコニチンは小さく舌を打つ。

「……あぁ、もしかして。『猿』ってのは、あいつらの事かい」

 ◇

 突如、地面が陥没した。
 パラチオンは即座に身を引きつつ、その足を止めた。足元にぽっかりと空いた大穴。覗き込むと、そこには異様な光景が広がっていた。

(赤い)

 真っ赤な胞子が、靄のように揺らめいている。
 地表下に広がる菌床は血を流すように赤く、ぬめりを帯びて蠢いていた。その中心、ぬるりと立つのは一本の『赤い塔』。いや、塔などという無機質な言葉では到底言い表せない。
 血管のような模様が走る、臓腑に似た塊。
 その中心には真っ赤な一つ目が開き、ぐるりと不規則に動いている。周囲からは触手が幾つも生え、空中をくるくると撫でるように揺れていた。
 触手の先端では花のような突起が幾重にも開き、胞子を撒き散らす様は、奇怪であると同時に、どこか「祝祭」のような、不気味な美しさすら孕んでいた。

(……何だ、あの塔。塔……じゃない。目がついている。花が咲いている……意味がわからん)

 理解が追いつかない。
 だが、漂うこの赤い胞子。これは明らかに、『珊瑚』のそれだ。
 『珊瑚』に塗れた菌床で、黒服を纏った信徒達が、落下してくる地面に驚き、混乱の中で逃げ惑っている。
 黒服の信徒達に、菌床に、触手を持つ赤い塔。

 雰囲気が、日本の菌床と似ている。己が死滅殺せなかった菌床。
 彼が、あの日、散った土地に。

『パラチオン! 聴こえるかい!?』

 その時、腕時計型電子機器を通じて、アコニチンの声がパラチオンの元に飛び込んでくる。

『標的の『猿』がお出ましだ! あんたは見学って話だったけど、もう抽射器使っちまったんだし、全部片そうといこうじゃないか!』

 脳裏に過ぎるのは、あの日の色。あの日の空気。
 パラチオンは、呼吸を一つ整えた。

 ――狙え。掴み取れ。自分の実力で……命を。

 面頬の男の声が、耳の奥で再び響く。
 パラチオンは、ぐっと短機関銃を握り直した。迷いは、もうなかった。
 無言のまま、引き金が、引かれる。

 ドパパパパパッ!

 銃声が森を裂いた。
 毒の弾丸が赤い空間を切り裂き、真紅の菌床へと淡黄色の発光体を浴びせていく。

 ◇

 ズズズ……ッ!! ガラガラッ!
 菌床内部では、地上から降ってきた土砂と木々が雪崩のように降り注いでいた。
 真紅に染まった菌糸の海が、みるみるうちに土に埋もれていく。

「ひょぉおおおっ!?」

 いつ生き埋めになってもおかしくない中、鶏血は悲鳴をあげながら落下物の下敷きにならないよう必死に逃げ惑っていた。
 
 ドパパパパパッ!

 そこに追い打ちをしかけるかの如く、淡黄色の発光体、パラチオンの弾丸が雨のように降り注ぐ。続いてアコニチンの紫色の矢も飛んできて、菌床の底を貫く。
 直後、菌床はまるで生き物のように脈打ちながら割れ始めた。
 隆起していた床が陥没し、断裂し、深く裂けていくその様は、まるで大地が自らの腹を割くかのようだ。
 足場が不安定になる中、間を置かず突如、赤い塔こと《珊瑚サマ》も崩れ出す。
 連射されたアコニチンの矢によって、眼を、潰されたのだ。

「珊瑚サマァッ!?」

 鶏血が絶望する間にも、《珊瑚サマ》の本尊は崩れ飛び散り赤黒く変色し、花が咲くように広がっていた菌糸の触手も、弾丸と矢によって全て潰され、裂け、泥に還っていった。
 衝撃的な光景を前にした信徒達の悲鳴が交錯する。

「何!? 何なのよこれハッ!! 教祖様……!」

 そんな中、鶏血は助けを求め教祖の姿を探した。そして崩落した《珊瑚サマ》の奥にそのシルエットを見付け、駆け寄ろうとする。
 その時。発光する弾丸が、一筋の閃光となって飛び、教祖の影法師めがけて弾けた。
 パァンッ!

「教祖様っ!?」

 血の気が引いた鶏血は、足元の菌床を踏み外しかけながら叫ぶ。

「あぁ、嫌だヨ! アタシここまで来たのニ! もう少しで【誕生日】を迎えられるのニ! 老いない身体ヲ、死なない身体ヲ、永遠ヲ……ッ!!」

 老いない身体。死なない身体。永遠。
 その全てが、手の届く所にあった。……筈だった。
 だが、その願いを飲み込むように、頭上の地盤が崩れ落ちてくる。がらがらと音を立て、土砂が菌床を押し潰し、触手を裂き、赤い花を薙ぎ倒していく。

「ァァアアアア嗚呼!!」

 断末魔が、地下に響き渡った。
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