毒素擬人化小説『ウミヘビのスープ』 〜十の賢者と百の猛毒が、寄生菌バイオハザード鎮圧を目指すSFファンタジー〜 

天海二色

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第二十章 真っ赤な嘘

第420話 変面

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【と、派手に演出すれば】

 パチン。
 真っ赤な扇子が音を鳴らして閉じられる。

【アタシは死んだと、騙されてくれるか?】

 地盤が落ち毒が降り注ぎ崩落を続ける大穴の外、枯れ木に身を潜め、鶏血は母国中国語で淡々と呟く。
 彼はあの地獄の底と言っても過言でない地下から、密かに抜け出してきたのだ。ペガサス教団のエンブレムが付けられた黒服を脱ぎ去り、その下に着ていた銀色の長砲チャンパオを曝け出して。

(毒に侵された死体を調べる。などという危険な事、信徒達はしない。アタシの教団の黒服も地下に置いてきた。にはなるだろう)

 崩落に巻き込まれ、毒に侵され、見る影もなく損壊した死体。
 それが「鶏血の末路」だと、周囲が信じるように
 とは言え死体偽装はいずれ露見かもしれない。それでも、今この瞬間さえ欺ければそれでいい。
 仮面の下で、鶏血は薄く笑った。

(さて、『珊瑚』に勘付かれる前に……)

 ザワリ。
 枝葉が揺れた直後、鶏血の足元に赤黒い菌床が音もなく広がり始めた。血管のように張り巡った菌糸が一気に増殖し、隆起し、鋭利な角を形成していく。
 そしてその矛先を、鶏血の胸元へと向ける。

【早いな】

 しかし鶏血の身体を貫く直前、菌糸の角はピタリと止まってしまった。

「動きに迷いがないネ。お前、最初からアタシを疑っていたカ?」
「君のような怪しい喋りに怪しい風貌の男、誰だって警戒するだろう」

 その時、森の奥から誰かが現れる。
 その者は黒髪黒目の神経質そうな男、ショールであった。鶏血と同じくつい先程まで地下の礼拝堂菌床内に居た、御使い。
 ステージ6。

「しかしここまで大胆な事をする裏切り者だったとはな。小心者に振る舞っていたのは演技か」

 彼の声には怒りが混じっている。とは言え、激情に駆られてはいない。
 つまり……。

(あの一つ目。《珊瑚サマ》はハリボテだと予想していたが、確定か。こいつの落ち着いた様子を見るに、教祖も無傷と見ていい)

 チッ。鶏血は仮面の下で密かに舌打ちをした。
 それに気付かず、菌床を広げながら前に出るショール。

「教祖様に首を差し出す前に、猶予をやろう。……菌糸をどうやって止めた?」

 鶏血の身体を貫く事なく止まっている、菌糸の角。幾らショールが命じても、時が止まったかのように静止して動かない。
 これは異常だ。菌糸のコントロールは、御使いにしか出来ない御技。だと言うのに、鶏血は動きを止めた。未成熟子の身にも関わらず。
 ショールからすれば不可思議極まりない。故に問いただしたのだ。

 すると鶏血はひらりと扇子を振り上げ、ふっと鼻で笑う。

「そんな事もわからないのカ。三流」
「……あ?」

 挑発的な口調に、ショールの眉がピクリと動く。
 空気が冷たく張り詰めた。

「『珊瑚』も人間と同じように電気信号を介して動ク。だから電気信号を流せばいいのヨ。

 ずるり
 鶏血の首周り、長砲チャンパオの衿の内側から、薄く平らで細長い、帯状の、銀色の何かが生えてくる。
 それも一本や二本ではなく無数に生え、最終的に襞襟のように広がった。

「――渦巻け、アイギス」

 次いで鶏血がそう呟いたと同時に、帯状のそれは、分離する。

「お前、お前……! まさか……!!」

 ショールは黒い目を見開き戦慄く。
 鶏血から分離したそれは、間違いなくアイギスである。傘を球体ではなく扁平にし、触手が極端に短い、遠目から見ると蛇のような形状をした、オビクラゲ型のアイギス。
 それを寄生されている者は、現状クスシしかいない。

「軽率短慮。愚痴無知」

 帯状のアイギスを周囲に漂わせながら、鶏血は真っ赤な扇子を開き、仮面を覆い隠す。
 アイギスは彼から分離した事により、より自由に電気信号を放てるようになったのか、菌糸の角は勝手に後退していき、鶏血から距離を離されてしまった。

「アタシが何者か、予想もつけずに追って居ただなんテ……。尸位素餐しいそさん。三流も三流で間違いなイ。残念な頭だネ」

 鶏血が冷たく言い放ったその一言が、ショールの最後の理性を焼き切る。

「黙れ! 黙れ黙れ黙れ!! この僕が! その生意気な口を二度ときけなくしてやろう!!」

 怒声と共に地面の菌床が爆ぜ、角が再び隆起した。
 彼の怒気がそのまま菌糸に伝播したかのように、大地は荒れ狂い、木々は震え、空気はビリビリと痺れた。
 だが、鶏血はその場から一歩も動かず、悠然と立っている。仮面の奥から、何かが静かに笑っていた。
 ショールがその様を見て、言い放つ。

「オフィウクス・ラボ副所長――『徐福じょふく』!!」

 声が木霊した。
 扇子が、下ろされる。その下に、太極図がデザインされた仮面はもうない。
 あるのは、2匹の赤い金魚が泳ぐ様が描かれた、
 そのごと鶏血は、いや『徐福じょふく』は、己を長らく秘匿してきた。だが暴かれた所で、彼は動揺一つ見せない。
 その余裕を感じさせる態度に、ショールは怒りを再燃させる。

「教祖様の手土産に相応しい頭だ!!」

 ショールは叫びながら菌糸を更に尖らせ、今後こそ徐福の命を絶とうとした。
 その時、

「いいのカ? アタシをここで殺すのは勿体ないヨ?」

 徐福は突拍子もない事を口にした。
 しかし彼の声音には余裕と自信が滲む。挑発ではなく、確信に裏打ちされた言葉とわかる程に。その真意が掴めず、ショールは苛立つ。

「勿体ない? 何を寝惚けた事を! 本部をめちゃくちゃにした報いは、疾く受けるべきだろう!!」
「フリードリヒ」

 その名に、ショールの眉がピクリと跳ねる。
 彼の中の何かが、一瞬だけざわめいた。

「ここでお前が退くのならば、フリードリヒと会わせてやろウ」
「フリー、ド、リヒ……」

 口の中で名を繰り返すショール。動揺が否応なく滲む。

「以前のお前が命尽きるその時まで執着していた、あのフリードリヒだヨ。あいつはアバトンに引き篭もって久しいが……アタシなら、外に引き摺り出せる上に、お前と引き合わせる事が可能」

 ショールの喉がごくりと鳴る。僅かに足が前に出かけた。
 その一歩を、自らの理性で制する。彼の思考は混乱していた。

「そん、そんな事で! 僕が惑わされると思うな!? お前は、僕が、今ここで……っ!!」
「あぁ、別にいいのヨ。興味がないのなラ、代わりに森を枯らしているウミヘビに会わせてやろウ。今すぐにネ」

 声を荒げるショールに、徐福は今度は脅迫めいた事を告げてきた。

「あの子達は速いヨ。獣よりモ。それに長距離だろうと仕留めてくるヨ。今日は丁度、狩人(アコニチン)が来ているからネ。お前も見ただろウ? あの、大地ごと森を死滅させた矢ヲ」

 ショールの表情が引き攣る。視界の端に、枯れた森の一部が映る。
 アコニチンが放った毒の矢。それは大地を、植物を根本から枯らし、そのまま菌床を死滅させ、《珊瑚サマ》の本尊までも貫いた矢。
 それを自分に向けられるのは、確かに危険だ。しかし、だからこそ、ショールは怒り、叫んだ。
 徐福が自身を騙しにかかっていると思ったからだ。

「それだけ強力なウミヘビがいるのなら、僕に猶予を与えず呼び出せばいいじゃないか! 敵を見逃すメリットなんてないのだから! それができないって事は、ハッタリだ! 姑息な嘘に決まって……!」
「アタシ、別にお前を敵だと思っていないヨ」
「……は?」

 思わず漏れた、間抜けな一音。
 想定外の言葉が続く徐福に、怒りよりも混乱が優ってしまった。
 大いに戸惑うショールなどお構いなく、徐福は続ける。静かに、けれど一切の揺らぎなく。

「不老不死が欲しいのは本当ヨ。実際アタシは昔、その為に《ウロボロス》に入って死ぬほど研究していたのヨ?」
「ウロボロス!? お前が!?」
「偽名を使っていたからネ、把握していないカ。けどフルグライトに聞けば裏は取れる筈ヨ。ウロボロス時代に会った事もあル」

 そこで徐福はアイギスの一体を自身の側に寄らせ、その細長い身体に手を添えた。

「アタシは不老不死を得る為に、アイギスを研究していたのヨ」


※日本の菌床で菌糸の動きを止めていたのも、実はユワではなく徐福です。
※あと扇子を持って事あるごとにぱたぱたしていたのは、変面の演出をやりたかったからという。
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