毒素擬人化小説『ウミヘビのスープ』 〜十の賢者と百の猛毒が、寄生菌バイオハザード鎮圧を目指すSFファンタジー〜 

天海二色

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第二十章 真っ赤な嘘

第421話 《硫黄(S)》

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 徐福はかつて、ウロボロスに所属していた。
 不老不死を得る為に死ぬ気で研究をしていた。
 その過程で、不老不死の手段として目を付けたのが――自身が発見した新種の生物。
 空中浮遊型クラゲ、アイギスであった。

「アイギスはいい所までいっタ。寄生した宿主に治癒を施し、庇護本能により障害を物理的に退け、老化も止める力は有能だったヨ。宿主は不老不死に限りなく近くなル。と、思ったが、不完全だったネ。アイギスの治癒には限度があり、代償として失血する欠点もあり……。何より、病は治せなかっタ」

 語る声に熱はなかった。ただの事実を読み上げるような、乾いた調子。
 だがその裏に、埋もれた怨嗟と喪失が覗いていた。

「心血を注いでアイギスをし続けたというのに、アタシの悲願は叶わなかっタ」

 徐福の赤い扇子がひらりと開かれ、自身を仰ぐ。
 その風が、ショールの頬をかすめる。苛立ちに似た寒気を残して。

「だから期待しているのヨ。『珊瑚』や御使いが真の不老不死を得られる、その時ヲ」
「期待しているのならば、なぜ正体を隠し『珊瑚』の天敵たるウミヘビを呼び寄せた! 撲滅する気だからだろう!?」
「あいつら勝手にやってきて勝手にどんぱちしだしたのヨ。アタシ知らないヨ」

 鋭く詰め寄るショールから顔を逸らし、しれっと言う徐福。
 あからさまに嘘を付いている態度である。取り繕う気がまるでない。

「しかしいい試練になったんじゃないカ? 不老不死になるには天敵の克服が不可欠ヨ。……それよりも、ショール。取り引きに応じるのカ応じないのカ、さっさと決めて欲しいネ。応じるのなラ、お前を必ずフリードリヒと会わせてやろウ」
「……信用できないな」
「ラリマーの所在も黙っておくヨ。国連警察にチクらなイ。アレキサンドライト……モーズにルチルの正体をバラす事もしなイ。これまで通り過ごせるネ。ま、お前にとってこんな条件どうでもいい事だろうが、これまで通りの間、アタシが約束を守っている証拠にはなるヨ」
「だから信用が、」
「で?」

 徐福の声が、寸分の隙もなく切り込んでくる。
 扇子を閉じ、手に打ち付け、目の前で一拍。
 パァンッ
 乾いた音が、決断を促すように、重く響いた。

「肝心なのはお前ヨ、お前。お前はあいつに会うのか会わないの。決めろ。今、ここで」

 ◇

「どう報告すりゃいいんだコレ……」

 『猿退治』と言う名の菌床処分がひと段落した後。
 足元が悪い森を歩き続け、ようやくアコニチンとパラチオンの元に辿り着いたフリーデンは、目の前の光景に唖然としていた。
 枯れ果てた森の一部。そして、赤黒く染まった巨大な穴。

「あいつら逃げ足速いねぇ! 片し切れなかったよ!」
「……チッ」

 大穴を中心に一帯の環境を見事に破壊し尽くした張本人、アコニチンはけらけらと無邪気に笑い、一方のパラチオンは、仕留め損なった『猿』がいることに舌打ち混じりの不満顔。
 反省の色は、ない。

(そりゃアコニチンに抽射器使用の許可出したの俺だけども……っ!)

 ウミヘビへの抽射器使用を許可した上での菌床の除去。それそのものは罪にはならない。だが、森の中で加減なく毒を撒いた結果、汚染は凄惨なレベルに達していた。
 どう浄化すれば元に戻るのか皆目見当がつかず、そしてこの惨状をどう報告しても上からの叱責は免れないだろう事に、フリーデンは大穴の前で「んえ~。んあ~」と情けない声を漏らしながら、うろうろと狼狽え続けるしかなかった。

「見事、見事」

 ぱちぱちぱち
 その時、場違いな拍手と称賛の声が、静まり返った空気の中に響いた。

「期待通りの動きをしてくれたな、パラチオン。それにアコニチンも」

 拍手と声と共に姿を現したのは、ペガサス教団の黒服を見に纏った、長身の男。
 服の上からでも屈強だとわかる体躯をした彼は、フードを目深く被り面頬を付け、顔を極力隠していた。
 見慣れない、それも教団の信徒の格好をした人物の登場に、フリーデンは身構える。

「これにてワタシのお役目は一区切りだ。ようやく、

 しかし面頬の男はあっさりと黒服を脱ぎ去り、フードの下に隠れていた陽光を受けて輝く鮮やかな金髪を晒した。
 しかもフリーデンらが帰る場所、人工島アバトンの名を口にしながら。

「はぁ!? アバトンに帰る!? お前はペガサス教団の信徒でステージ6だろう!?」

 当然、パラチオンは激昂して食ってかかる。
 一方でアコニチンは金髪と、面頬の隙間から覗く澄んだ青い瞳をじっと見つめていた。その視線に気付いたのか、男は面頬にも手をかけ、それを外す。
 露わになったのは、彫刻のように整った目鼻立ち。ローマ彫像を思わせる美貌だった。
 その顔を見た瞬間、アコニチンの目が見開かれる。

「あんた、声違うけどまさか……」
「あぁ、久しぶりだなアコニチン。息災だったか?」

 男が微笑みを浮かべて言う。
 その声は、面頬を外す前とは別人のようだった。途端、アコニチンは興奮した様子でパラチオンの肩を叩き始める。

「おっ、アタシの知っている声だ! それ変声機かい!?」
「正確には認識阻害装置だな」
「ちょっとパラチオン! あんた初めて会うだろう、ちゃんと挨拶しときなっ!」
「この不審者にか!?」
「なに言ってんだい!」

 困惑するパラチオンに構わず、アコニチンは指を突き出しながら声を張る。

「この人は初まりウミヘビの内の一人! それも水銀と共に誕生した片割れ! あたしらの原点に当たる人! 《硫黄(S)》だよ!!」
「……はぁっ!?」
「えっ、マジ?」

 パラチオンが素っ頓狂な声を上げた。
 隣でフリーデンも間の抜けた声を出し、唖然としている。

「こいつが、硫黄……っ!?」

 《硫黄(S)》。
 40年前、水銀と共に初めてこの世に産まれたウミヘビ。
 最古の一人に当たるだけあり、数え切れぬ程の修羅場を潜り抜け、生き残ってきた百戦錬磨の戦士である。
 という話は、パラチオンも聞いている。
 だが話に聞いていた、無骨で堅物な強者というイメージに反し、彼はどこか軽妙な口調と飄々とした振る舞いで周囲を煙に巻く、風変わりな長老という趣がある。
 信じがたいという顔をするパラチオンに、男──いや、硫黄は照れくさそうに頬をかいた。

「信じられないのならば、『ユワ』でいいぞ。最近は鶏血さま……。おっと、徐福先生にユワと呼ばれ続けていたからな、すっかり馴染んでしまった。ははは」



▼△▼

補足

硫黄(S)
元素の一つ。英語での名称「sulfurサルファー」はラテン語で「燃える石」が名前の由来。
日本語での名前は硫黄の読み「りゅうおう」や「湯黄(ゆおう)」が訛った結果、「いおう」になったとか。
また古代には「ゆあわ(湯泡)」の変形として「ゆわ」や「ゆわう」と呼ばれた事もあったとか。「ユワ」という偽名はここから取っているが、偽名というより単に別名である。

用途としては殺虫剤や漂白剤、顔料、火薬、治療薬など多岐に渡る。
また電気を通さない、真性の絶縁体であり、以前作中でフリーデンが着ていた絶縁衣にも硫黄が使われている。

硫黄自体の毒性は低い。が、化合物、特に硫化水素(H2S)は強力で空気より重い為に沈殿しやすい性質→濃度が濃くなり吸うと即死する事がざらにある。
硫化水素って腐卵臭がするから近付いたらわかるんじゃ? と思うかもしれないが、硫化水素は嗅覚を麻痺させるので知覚できるとは限らない。怖い。

容姿について
鉱石の黄色い見た目を金髪にしているのと、青く燃えることから瞳は青色にしている。
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