毒素擬人化小説『ウミヘビのスープ』 〜十の賢者と百の猛毒が、寄生菌バイオハザード鎮圧を目指すSFファンタジー〜 

天海二色

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第二十一章 ハロウィンの翌日

第434話 リミッター解除

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「ジョン先生~っ」

 資料室の前で攻防を続けているジョン達の元に、階段を下り真っ先に4階へ駆け付けたフリーデンがやって来る。

「勝手に手術室から出ないでくださいよ~」
「人工知能による検査はしただろうが。俺は資料室に入りたいんだ。フリーデン、こいつらを退けろ」
「部外者なのに無茶苦茶だぁ」

 それから間もなく、階段を上がってやってきたカールとパウルが合流した。

「ジョン先生てんてー~! おっはよーございまぁああすっ!!」
「ちょっ、鼓膜が破れるかってぐらい大声出さないでよ」

 開口一番、カールは大きな声で挨拶をし、隣に立つパウルが鬱陶しそうに、わざとらしく両手で耳を塞いだ。

「解凍したばっかなのに動けるの凄くなくなくない~? 身体重くない~?」
「ジョン! 勝手は困りま……っ! ……っあ」

 失言をした。
 そう認識したパウルは今度は両手で口元を覆い、気まずそうに俯く。
 暫し場が沈黙した。
 その最中、エレベーターに乗ってやってきたユストゥスとフリッツも合流したものの、沈黙は続いたまま。ただならぬ雰囲気を察し、彼らもまた沈黙を守った。
 それを破ったのは、他の誰でもないジョンであった。

「俺は院長ではない。その座はエドワードへ引き継がせた。ここにいるのは何の権限も持たない、何処にも所属していない、一介の医者だ。いや、今は被験体という方が相応しいか」
「そっ、そんな事は」

 パウルはどうにかフォローする言葉を探す。
 ジョンは院長の座を譲り病棟の最前線から離れ、ラボへ被験体としてやってきたものの、彼の英雄として残してきた偉業は未だ多くの人々の記憶に刻まれている。
 そもそも医師免許を返上した訳でも何でもない。彼は己が居た居場所から離れはしたものの、いつでも戻れる。そこに限らず、どこへでも行ける。
 そう励まそうと、パウルが意を決した時、

「つまり俺がここで何を言おうと何をしようと、俺以外の誰にも累が及ばないという事だ!!」

 ジョンの明後日の方向を向いた宣言を聞き、硬直してしまった。
 再び、場が沈黙する。
 数分の静寂の後、我に返ったクスシ達は大いに戸惑った。

「この人、院長辞任をリミッター解除扱いしているんですけど~!?」
「責任者という立場を失ったのを逆手に取ってるぅ⭐︎」
「て言うか自重してたの!? 院長だった頃もよっぽど自由だったのに!?」
「その調子で何かしでかされてたまるものかっ! 誰かこの人をイギリスに返却しろ! 今直ぐ!!」
「あと役職という名の足枷つけた方がいいね、絶対。理事長とかどうかな?」

 ――混乱極まった彼らが冷静になるまで、十分を有する事となる。

 ◇

「お前の顔を、共同研究室ここで見る日が……来るとはな。明日は、隕石でも降るか……?」
「黙れ。おれとて好きでここに来た訳じゃない。がここにしかないのがいけないんだ」

 オフィウクス・ラボの2階。
 共同研究室では青洲せいしゅうが丸椅子に腰を下ろし、フリードリヒがドラフトチャンバーの前で作業をしていた。

「これさえ手に入れれば、こんな所に用など……」

 彼がドラフトチャンバーの中で行っているのは、ステージ6となった『珊瑚』、その培養である。
 ラボでは菌床処分の際に僅かに生き残ったそれを回収、保管しているのだが、危険性が極めて高いと見做されここ共同研究室でしか保管されていない。
 なので個別研究室へ持っていく場合、一度共同研究室を訪れる必要がある上に、シャーレと寒天培地を用いた培養によって必要分を増殖させる作業がいる。
 よってステージ6の『珊瑚』が入り用となったフリードリヒは、数年振りに共同研究室の扉を開くハメになったのだった。
 なかなか求める量まで増殖しない『珊瑚』に、フリードリヒが苛立ちを募らせていると、

「ここで待機していればいいんだな? 約束を違えるなよ?」
「わかってますって。だからフェイスマスクと白衣用意するまで我慢してください」

 共同研究室の扉がガチャリと開き、フリーデンとジョンが入室してきた。

「どぅわぁああああ!?」

 瞬間、驚愕と混乱がないまぜになった悲鳴が共同研究室に響き渡る。
 そのまま悲鳴の主、フリードリヒは足を滑らせそうになる程の勢いで仰け反り、ドラフトチャンバーのガラスに背中をドンッと強かにぶつけてしまった。

「ジョ、ジョ、ジョン!? お前なぜここにいる!?」

 だが背中の痛みに意識を向ける余裕がないらしい彼は、寄りかかったまま震える指先でジョンを指差す。
 見た事ない程に狼狽している。フリーデンは唖然とした。

「今更クスシになったなどと言う気か!? あり得ん! お前は入所落ちしただろうがっ!!」
「……臨床試験諸々の件、何のチェックも……してないのか」
「フリードリヒだもんねぇ~。ウミヘビに関係ない事は眼中にないよねぇ~」

 ジョン達に続き入室してきたカールが言う。
 ラボの情報共有を放棄しているフリードリヒにとって、部外者であるジョンがこの場にいるのは想定外以外の何ものでもなく、まさに青天の霹靂なのである。
 なお渦中の人であるジョン本人はというと、フリードリヒの動揺も悲鳴もどこ吹く風で、ただ淡々とフリードリヒの芥子の花がデザインされたマスクを眺めていた。

「そのマスク、フリードリヒか。ここ数年姿を見せなかったから、死んだのかと思っていたが。生きてたんだな」
「おれは何故お前がここにいるのかを訊いているんだ! 答えろ!!」
「ここにいればウミヘビをくれると言われた」
「ちょっ!? ジョン先生、端折り過ぎ……! てか大いに語弊がある言い回し……っ!」
「はぁあああ!?」

 困惑と怒りが混じった声が、フリードリヒの腹の底から発せられる。
 気持ちはわかる。フリーデンが内心で呟く。ジョンの説明が端的すぎるのだ。「今後の為にウミヘビの護衛(と言う名の監視)を付ける」と伝えた内容を、こうも誤解を招く言い回しにできるとは。

「巫山戯るなぁっ! お前の事だ、手にしたウミヘビは切り刻む気だろう!? 絶対に許さんぞ! 例えウミヘビ本人が許してもだ!!」
「何だ、許してくれるウミヘビがいるのか?」
「そんな訳あるか! 例えと言っているだろう!?」
「ならば切開や縫合が試せるな」
「だから例えだと、」
「以前から気になっていた所だ。ウミヘビが集うアバトンに滞在できるまたとない機会、今の内に【自主規制ピーーー】や【自主規制ピーーー】や【自主規制ピーーー】をだな」
「人の話を聞けぇえええっ!!」

 それフリードリヒが言うんだ。
 人の話を聞かない筆頭であるフリードリヒ叫びに、クスシ達は心の中でそう思ったのだった。(なおカールも大概、人の話を聞かないが)


※第9章、155話でジョンが発言している「10年前に1人だけ会った事がある」というウミヘビが面接相手でした。

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