毒素擬人化小説『ウミヘビのスープ』 〜十の賢者と百の猛毒が、寄生菌バイオハザード鎮圧を目指すSFファンタジー〜 

天海二色

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第二十一章 ハロウィンの翌日

第435話 拱手傍観

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 このままフリードリヒとジョンを同室に置いておくと、歯止めが効かなくなったフリードリヒがジョンを殺しかねないとして、フリードリヒは青洲(のアイギス)に引きずられる形で退室した。
 そのまま個別研究室へ連行し、頭を冷やさせるそうだ。

(ソリが合わない先住猫と新米猫を隔離する処置みたいだなぁ)

 フリーデンは思わずそんな事を考えてしまったが、口に出す事はせず、ジョンの座る席の側に歩み寄る。

「というかジョン先生、入所試験受けた事あったんですね」
「十年前になるがな」
「俺ちゃんが推薦出したんだよ~っ」

 右手の指でピースポーズを作り、自己主張をするカール。

(何で推薦を出したのか想像つくな……)

 好奇心の塊たる彼が、行動の読めないジョンを気に入らない筈がない。
 故にラボに入所させようと推薦を出したのだろうが、失敗してしまったようだ。しかし破天荒な人物が増えなかったのは、振り回されがちなフリーデンからすると有り難いと思えてしまう。

「筆記は突破できたのだが、面接で不合格を喰らってしまった」
「それはウミヘビ相手の面接ですか? それとも所長?」
「ウミヘビだな。毒素を宿すと噂で聞いていたので真偽を確かめようと詰め寄ったら、直ぐに打ち切られ不合格となってしまった。何故だ」
「そのぉ~。さっきみたく肉片が欲しいとか口にしました?」
「そうだが?」

 不合格理由、火を見るより明らかでは。
 フリーデンは心の中で、かつてジョンの面接相手をしたウミヘビの誰かに合掌を送った。

「それにしても俺が正気を取り戻したという事は、脳を弄ったという事だろう?」

 ジョンが自身の後頭部をさすりながら言う。それに合わせ、彼の髪が揺れた。
 そこには縫合跡どころか傷跡一つない。ジョンは体感的に、コールドスリープを受ける前と何も変わらない状態であった。

「その割には手術痕が残っていないな。髪も生えたままだ」
「あぁ、それ?」

 ガチャリ
 折よく共同研究室に入室してきたパウルが、小脇に抱えていた資料の束をジョンの元へ持って来る。
 フリッツがまとめた、臨床試験の施術内容が記載された資料。それを実際に施術を受けたジョンへ渡す為、用意してきたのだ。

「この資料を見ればわかるけど、『珊瑚』に侵された箇所はレーザーや超音波で焼き切ったんだ。頭蓋骨を切断して摘出して、ってやるよりずっと身体の負担が少ないからね」

 つまりジョンの身体に切り傷はないのである。
 その説明を受けたジョンは、ピクリと片眉をひそめた。

「……切らなかったのか」
「後遺症が残らないよう、焼き切った腫瘍は分解薬で溶かしたし、脳を焼いた箇所は随時、再構築手術を施したよ。髄膜下に直接投薬をして、再生具合を見ながらまた切除に移って……。流石に注射痕は残っているけど、それも直ぐ治るよ」
「……切らなかったのか」
「何でちょっと、いや大分残念そうな顔してるの……?」
「ジョン先生てんてーの解剖趣味って自分自身にも反映されるんだね~っ!」

 ケラケラ笑うカール。困惑するパウル。露骨に不機嫌な態度を取るジョン。
 三者三様の反応を横から見ていたフリーデンは「早くユストゥスさんとフリッツさん来ないかな……」と、白衣とフェイスマスクの用意でこの場にいない2人に思いを馳せたのであった。

 ◇

「話にならないネ」

 無機質で、淡々とした声だった。
 その一言が、モーズの胸に突き刺さる。
 モーズのアイギス、ハブクラゲ型は徐福のオビクラゲ型へ干渉する事ができず、逆に四方から電気信号を受け地面にぺしょりと落ちてしまっていた。
 自分達を囲うように漂うオビクラゲ型アイギスに対し、モーズが手を打たなかった訳ではない。普段通り、指示を下した。声に出し言葉にし、はっきりと、明瞭に。それを聞いたアイギスは、モーズが無茶をするような指示でなければ、忠実に従ってくれていた。
 だが今は何を伝えても従ってくれない。そもそも聞こえていないのだろう。アイギスには聴覚などなく、周囲の情報は電気信号で会得している。よって幾ら声を張り上げようが、途中で信号を阻害されてしまえばその伝達方法は意味をなさない。
 モーズはただ無様に手を掲げ、額に汗を滲ませているだけ。滑稽な人形も同じ。

 この状態で徐福のアイギスがモーズを襲ってきたとしたら、なす術がない。
 モーズは血の気が引いた。

「すみ、ません。もう一度、お願いします……っ!」

 息を荒げながら言うモーズに、徐福はため息を吐く。

「お前、アタシを舐めているのカ?」

 ふと、徐福の足元に漂っていたオビクラゲ型アイギスの一体が宙を舞い、モーズの顔の前まで滑るように浮かび上がる。
 次の瞬間、鋭い閃光。
 何が起きたか、モーズは理解する前に倒れていた。

「ぐっ……!?」

 こめかみを貫いたような衝撃。視界が白く染まり、膝が折れる。
 地面についた掌が震えていた。いや、手だけでない。全身が痙攣していた。
 テーザーガンに近い、電撃だ。アイギスは微弱な電気信号に留まらず、人の動きを止められる程の電撃を放てるらしい。

「ここがシュミレーターだからト、失血を気にしなくていいからト、アタシが付き合っているからト、気を抜いているんじゃあなイ」

 冷ややかに言い捨てた徐福が、また一歩、こちらへ歩み寄る。

「お前はステージ進行による処分も覚悟の上でラボに入所したそうだネ。ハッ。そんな覚悟、犬の餌にもなりゃしなイ」

 モーズの痺れる身体が、炎でも当てられたかのようにひりつく。だが物理的に熱せられている訳でも、電気信号による錯覚を与えられている訳でもない。
 ただシンプルに、プレッシャーを浴びせられているだけだ。
 徐福から、殺意を孕んだプレッシャーを。

「シミュレーターだろうと脳が焼き切れれば絶命すル。負荷をかけ続ければいイ。単純ヨ。他所の卵型機器カプセルならばセーフティが働くだろうが、ラボここでは関係ないネ」

 眼前まで歩を進められ、冷え切った目で見下ろされる。

「もっと足掻ケ。もがケ。できなければ死ぬだけヨ。……拱手傍観きょうしゅぼうかんがむざむざ殺されるまで、屍を晒せばいイ」

 瞬間、モーズの目の奥がカッと熱くなった。

「副所長」

 痛む身体に鞭打ち、モーズは無理矢理に立ち上がる。

「貴方は、知っているのですか?」
「何をダ」
「私の探しモノ、その行方を。現状を」

 自身よりも背丈があるモーズが立ち上がれば、自然と徐福は見下ろされてしまう。
 が、見下ろされようが鋭い目で睨み付けられようが、徐福の傲慢な態度が変わる事はなかった。

「さァ?」

 それどころか、

「聞きたければ、力尽くで聞けばいいヨ」

 茶化すように煙に巻き、モーズの中の怒りと焦りを増幅させるように、挑発したのだった。
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