毒素擬人化小説『ウミヘビのスープ』 〜十の賢者と百の猛毒が、寄生菌バイオハザード鎮圧を目指すSFファンタジー〜 

天海二色

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第二十一章 ハロウィンの翌日

第438話 コーヒーとレモネード

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 報酬目当てのみならず、硫黄に挑む腕試しや鍛錬に関心のあるウミヘビ達も訓練場へと移動し、広場には僅かなウミヘビしか残っていなかった。

「貴方は参加しなくていいのかしら?」

 その残っている内の一人、水銀が向かいの席に座る砒素に言う。

「わしは褒美などいらぬしのぅ。どうせ硫黄とるのならばタイマンがよいし、ここは若人わこうどに経験を積ませてやるのが、老婆心というものよ」
「なぁ~に好々爺面しとるんや、ジジイ」

 不敵な笑みを浮かべ、耳心地のいい砒素の台詞をばっさりと切ったのは、たったいま広場へ姿を現した青髪の美青年、シアンである。

「ジジイはもうドイツ行きが決まっとるから、余裕で構えていられるってだけやろ」

 彼は目を細め、ジジイこと砒素を睥睨した。

「ドイツに? そういえばさっき、硫黄もドイツ遠征がどうのとか話していたけれど……」
「特殊学会がドイツで開催されるそうなんじゃ。クスシ複数人で赴くらしくての。それに比例して、ウミヘビの同行者も増やす方針なんじゃと」
「前回は会場に菌床ができたとかで、大騒ぎだったっちゅう話や。せやから腕が立ってやる気のある奴、探したいんやろ」

 つまるところ、硫黄の開催したバトルロワイヤルはドイツ遠征へ赴くウミヘビを決める、オーディションも兼ねているのだ。
 硫黄との戦闘を経験する、という鍛錬も課す事もでき、様々な側面で利がある。
 欠点といえば、モチベーションを引き上げる為に提示した『望むものを与える報酬』による予算の浪費が青天井になってしまう懸念だが――40年もの時を生き、百戦錬磨の実戦を積み重ねてきた硫黄には他のウミヘビを圧倒する実力を持つ。その為、髪の毛一本触れるのさえ難しい。よって予算浪費というリスクは非常に低いのだった。

「特殊学会にパウル先生も行くそうじゃ。わしは前回、置いて行かれてしまったからの。此度こそ同行させて欲しい! と頼み込んだのよ」
「駄々っ子やなぁ。餓鬼と変わらんやないかい。ま、そういう幼稚な面もパウルと似とって、惹かれているのかもやけど」
「何を言い出すのかと思えば。幼稚と言えば、目に付くもの全てに興味を示し、衝動のまま動くカールの方がよほど子供に見えるがの」
「あ?」

 ピリリと、砒素とシアンの間の空気が張り詰める。

「ちょっと。ここで喧嘩するなら硫黄の相手してきなさいな」

 水銀が呆れた様子で言った。

「どうせシアンは暴れに来たのでしょう? ついでに砒素こいつも連れて行って……」
「ちゃうちゃう。自分はバトルロワイヤルしに来た訳やない。報酬も要らんし、ドイツへ行く気もない。先生が留守番っつっとっからな。なら自分も留守番や」

 シアンにとっての先生、カールは特殊学会へ参加しない事を既に表明しており、シアンもそれに伴いドイツに向かう気はさらさらないのだという。

「ただ参加者全員の『抽射器の調整してこい』、って指示受けてなぁ」
「あら、全員?」
「せや。誰がドイツ遠征んなってもええように、やろうな。けど人数が人数や。片っ端から着手せんと間に合わへん。正直しんどいけど、終わったら先生の側にずぅっとおってもええって言ってくれてなぁ~! こりゃ張り切らんと!」

 正確に言うと、特殊学会が終了し、学会へ向かっていたクスシとウミヘビが帰還するまで、カールの側で助手をして欲しいとのことだった。
 ここ一月近く、臨床試験の件で忙しかったカールの側に居られなかったシアンにとって、それは願ってもない待遇であり、断るという選択肢はない。

「ほー。珍しく働くのぅ、シアン」
「自分は常日頃から勤勉です~。てかジジイも指示受けてる筈やろ! 手伝えや!」
「え~。わしは水銀とでぇと途中じゃのに……」
「後でええやろそんなもん、行くで!!」

 怠そうに椅子を温め続けようとしていた砒素の首根っこを掴み、引き摺る形でシアンは歩みを再開する。目的地は催し物の会場となっている訓練場だ。そこで参加者を確認し、必要ならば自分達も仮想空間へと入り、抽射器の使い心地を聞き込む。
 ウミヘビによっては新たな抽射器を求める者も出てくるので、ただ調整や整備するだけで終わらない事もある。

(広場にいた参加者だけでも、数日じゃ終わらないでしょうねぇ)

 シアンと砒素は暫くラボの製作所に籠ることになるだろう、と想像しながら、水銀はテーブルに置いていたレモネードに口を付けた。
 そのまま飲み切った辺りで、一人でふらりと広場にやってきた人物が視界に入り、気紛れに声をかける。

「あら、ニコチン。アセトアルデヒドと一緒じゃないのね」

 水銀に声をかけられた人物、ニコチンは鬱陶しそうに目を細めると、屋台バーの自動人形オートマタにコーヒーを用意させ、それを片手に近場の席へ無造作に座った。

「……修練かねて、バトルロワイヤルに参加するんだと。条件達成できる気はしねぇみてぇだが、経験積むにゃいいとか何とか」

 ミシ。
 コーヒーが入った紙コップが、少し凹む。

「必要ねぇってのに」

 ニコチンは凹んだカップの中身を幾らか飲むと、テーブルに置きポケットからタバコを取り出す。

「しかもアセトは最近、火炎放射器を主要武器にしようと考えているみてぇだ。確かに自前の毒素よか威力あるがよ、巻き込むのが悪いとかで俺を遠ざけてくるのは困るな」

 一本指に挟んだそれに火をつけ、ふかす。
 じりじりと燃えてできた灰は灰皿ではなく、コーヒーが底に溜まったカップへ落とした。

「避けている言い訳はそれだけかしら?」
「仕方ねぇだろ。俺はアセトの望みは最大限叶え……」
「貴方が、アセトアルデヒドを避けている言い訳よ」

 ミシ。
 煙を立ち上がらせるタバコの真ん中が、少し歪む。

「そう見えるってだけだろ。距離を置くってのが、モーズがアセトに吹き込んだ治療の一つらしいからな。ケッ、余計な真似を」
「そうかしら?」
「あぁ。俺は何も変わってねぇ。アセトが笑ってくれさえすりゃ、それでいい。……それだけで、いい」

 ぽちゃん
 タバコ一本分の一服。それを終わらせたニコチンはさっさとタバコをコーヒーの中に落とし火を消し、灰に塗れたカップを片手に広場から立ち去ってしまう。

「捻くれているわねぇ、本当。反抗期の子供みたい」

 訓練場の方向でも食堂の方向でもマンションの方向でもない、そもそも行く先を決めているかもわからない、ふらついたニコチンの背中を眺めながら、水銀は空になったカップのフチを指先でなぞったのだった。
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