毒素擬人化小説『ウミヘビのスープ』 〜十の賢者と百の猛毒が、寄生菌バイオハザード鎮圧を目指すSFファンタジー〜 

天海二色

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第二十一章 ハロウィンの翌日

第439話 《クレゾール(CH3C6H4OH)》

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 ウミヘビ の からだ の ひみつ

 ウミヘビ の あおい ち は からだ の そと に でてしまっても
 いろ が かわる こと は ありません
 つち に まざる こと も ありません
 ただしい やりかた で おかたづけ しないと
 ずーっと そのまま です
 もしも けが を して ち が そと に でてしまったら、 ほか の ひと に そうだん しましょう

 ◇

「アバトンに来たウミヘビがまず読まされるのが、これ」

 薄桃色の短髪を持ち、淡黄色の瞳を覆う四角い眼鏡をかけ、知的な印象を受ける美青年。
 ウミヘビ、《クレゾール(CH3C6H4OH)》。
 ラボの共同研究室へ招集された彼は、「監視と世話をして欲しい」と押し付けられ……もとい、付き添いを任された対象、ジョンを前にして、『ウミヘビのからだのひみつ』と題された絵本を手に、ウミヘビの基礎を懇切丁寧に教えていた。

「ウミヘビの血は自然環境下じゃ還元も酸化もされない。土やコンクリートに染み込んでも性質は保たれたまま。放置していると影響が出るかもだから、誰かに報告しろって話だな」

 実験台の黒板の上に広げられた絵本を興味深そうに覗き込みながら、ジョンはクレゾールの説明を静かに傾聴する。

「ウロボロス……あーっと、昔ウミヘビの研究をしてた機関だな。そこじゃ、僕もさんざっぱら採血されたもんだ。保存環境が多少アレでも平気なもんだから、デカかったり特殊な設備がいらない。コストを抑えられるわ長期的に使えるわで、便利だったろうなぁ」
「ほう」

 ジョンは白と黒のチェッカー柄をした、フェイスマスクの表面を指先でなぞりつつ、一つ頷く。
 マスクはユストゥスが「人工島アバトンでの必需品」として、用意してくれた物である。服装も患者服からスーツに着替え白衣を着込み、院長時代と変わらない、所謂の格好をしている。
 尤もクレゾールから見ると『裏地が蛇柄ではない白衣』を着ている人間は特異に映るが。

「やはりウミヘビは、人間とは根本的に異なる生態をしているのだな。毒素や再生力など、既存の技術では再現不可能な機能も、その生成過程を是非とも観察してみたいものだが……」
「もしも規約違反を犯したらイギリスへ強制送還、という話だぞ。迂闊な発言はよすんだな」
「わかっている。非常に残念だが、耐えるとしよう。ところでお前はウミヘビの中でも博識と聞いた。ウミヘビの生態についてどこまで判明しているか訊きたい。主食は? 活動時間は? 知能指数は? 内臓は人間と同じか? 繁殖方法や耐熱耐冷温度も興味があるのだが。また、ウミヘビの再生能力は視力低下を防げないのか?」
「忠告した直後に規約を破ろうとすんな。あとこの眼鏡は伊達だ。ファッション」

 ウミヘビの情報は部外者には機密中の機密だというのに、無遠慮に踏み込んでこようとするジョンにクレゾールは引いている。

「規約違反? メスの所持は諦めたぞ?」
解剖バラすのだけが規約違反じゃねーっての! アホか! あーもう、まずはルール説明からかよ!」

 ぐしゃぐしゃと髪を乱しながら、クレゾールはラボの規約が纏められたルールブック(ユストゥスが着替えを渡すついでにジョンへ提供された。なお彼は一ページも読んでいない)をジョンに出すよう指示をすると、重要な規約が載った最初のページを朗読するよう命じるのだった。
 ジョンに振り回されながらも、ぎりぎり手綱を握れている。それを確認したクスシ達は各自の仕事へ戻った。
 その中でもフリッツとフリーデンは共同研究室から退出し、謹慎が解かれたというモーズと合流する為にシミュレーションルームのある6階へと向かう。

「部外者の滞在を許可するだなんて、副所長も随分と思い切った決断を下しましたねぇ」
「ペガサス教団がどう動くかわからない今、イギリスに帰国させるのは危険性が高い。って判断だからね。そもそもジョン先生がアバトンに来たキッカケがステージ6との接触だったのだし、副所長の判断は正しいよ」

 ステージ6は珊瑚症の症状を促進させる能力を持つ。
 弛まぬ研鑽の末に叶った症状の緩和も、その能力を駆使されると意味をなくしてしまう。運が良くてとんぼ返りか、最悪の場合は処分対象になってしまう懸念を考えると、認識阻害装置で世界から秘匿されている人工島アバトンここに身を置かせる事が最も安全だ。
 ちなみにジョンの帰国を待つイギリス感染病棟には「経過を見る為」を理由に、ジョンを滞在させる旨は連絡済みである。ただし情報漏洩防止の為、ジョンが外部と連絡を取るのは禁じている。

「俺、ジョン先生と顔を合わせたの数えるぐらいしかなかったんですけど、あの人カール先輩とは別方向に破天荒ですね~」
「あの迷いのなさと行動力は見習う所があるね」

 話している内に2人はエレベーターに揺られ6階へ辿り着き、そのままシミュレーションルームへ入室した。
 その時丁度、シミュレーションが終わったらしいモーズが卵型機器カプセルの蓋を開け、2人を出迎える。

「フリーデン、フリッツ。わざわざ足を運ばせてすまない。私から共同研究室へ、とも考えたのだが……」
「いいっていいって。迎えに来て貰っても、また戻るんじゃ二度手間じゃん」
「冷弾の試行するのはここが一番だからね。それで、新しく設計を考えた冷弾は『ウミヘビの青い血を利用する』、って話だったね」

 モーズの右隣の卵型機器カプセルへ入りながら、フリッツが言う。ちなみに左隣はフリーデンが入り込んだ。

「そうだ。今までの冷弾の設計では、使用時に毒素を注ぎ凍結を狙う。と言った流れだったが、青い血を使用すれば事前に調整が可能。使用時にどうしても生じてしまう微調整を省け、ウミヘビに撃つ事だけに集中させられる」

 ウミヘビの体外から出ても青い血は性質を保つ。モーズはその事をネグラの図書館に所蔵されていた『ウミヘビのからだのひみつ』で知った。
 正確に言うと、テルルに読み聞かせをして貰っていたアトロピンが、絵本を本棚に戻そうとしているのを見てその存在を知った。
 ウミヘビに助力をして貰うのならば、ウミヘビの特性を理解しなければ。それを失念していた事を反省しつつ、ネグラの図書館で改めて学習した結果、青い血を利用する事を思い付いたのだ。

「一弾、一弾へいちいち注入しなくて済むのならば、ウミヘビ一人一人の活躍の幅も広がる。4人一塊で動く必要もなくなるかもしれない」

 今までは冷気を操れるウミヘビ4人が同時に、息を合わせ一人の対象へ冷弾を打ち込む作戦が練られていたが、この作戦は感染者一人に対する手間が多く非常に効率が悪い。
 そうでもしなければ凍結は叶わないとして、今まで目を瞑っていたコストであったが……。

「また『ただ撃つ』だけで凍結が可能になれば、アンモニア達以外でも、下手をすれば私達でも凍結ができるようになる可能性さえ、作れる」

 それだけの可能性希望が、青い血には含まれていた。



▼△▼

補足

クレゾール(CH3C6H4OH)
劇物に指定されている。
三種の異性体o-m-p-(オルト、メタ、パラ)を持つ毒素のうちの一つで、異性体ごとに少し形状が違う。
オルト、パラは無色の結晶、メタは微黄色の液体。
そしてどの異性体でも腐食性を持ち、皮膚に触れたら火傷してしまうので注意。吸入した場合は昏倒か最悪死亡するおっかないやつ。

用途としては消毒剤や殺菌剤、殺虫剤、塗料や農薬の原料、木材の防腐など。
作中ではこの木材の防腐の特性を活かし、図書館で本の管理をすると同時に司書をこなしている。
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