毒素擬人化小説『ウミヘビのスープ』 〜十の賢者と百の猛毒が、寄生菌バイオハザード鎮圧を目指すSFファンタジー〜 

天海二色

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第二十一章 ハロウィンの翌日

第445話 割られる卵

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「話は変わりますが、今回の審査役をご存知の方はいらっしゃるでしょうか? 事前告知がなかったもので、気になりまして」

 マイクの説明が終わったところで、フローレンスが特殊学会の審査役について言及した。
 だがその問いに答えられる者はおらず、各々が思い思いに憶測を口にする。

「此度の特殊学会は一般人やメディアも投入するのだ。平素と形式が変わるのでは?」
「ばってんルイ院長、審査がのうては学会とは呼ばんのやなか? ただん発表になるばい」
「けれど告知がなかったのは初めての事だ。研究内容が内容なのだし、特殊学会という形の発表なのかもしれないよ、柴三郎。審査はその後、論文で行うとか」
「ステージ4治療の確立が目前なのですわよ? わたくしとしては審査を挟むよりも、臨床試験の回数を増やす方に舵を切って欲しいですわ!」

 そのやり取りを聞きながら、この場で一番心が荒んでいるのは、エドワードであった。

(審査が通らなければステージ4の治療が公認されない。ジョン先生がステージ3まで緩和なされた事を、否定されてしまう。そうすれば再びコールドスリープか、最悪、処分の可能性が……っ!)

 民衆に認知された英雄を処分するなど、国連は短絡的な判断はしないと信じたい。しかし可能性はゼロではない。
 ジョンが、帰ってこなくなる。寒気のような不安が、エドワードの背筋を伝って這い上がってくる。

だ」

 ただ一言。
 それだけで、その場が水を打ったかのように静まり返った。
 医療業界の頂点にいる、といっても過言ではない立場を持つミシェルが、直々に審査をする。
 そう告げられた事に、みな驚愕の色が隠せなかった。

「ミシェル会長、それは本当ですか?」

 静寂を打ち破ったのは、やはりロベルトだ。

「国連会議ではロベルト院長を推す案も出ていたが、予が引き受けた」
「え、私が? 差し支えなければ、私が候補にあがっていた理由を伺っても?」
「そりゃあミシェル会長に次ぐベテランやからやろう?」

 そこで柴三郎が話に割って入る。

「それよりも、なしてロベルト院長ば候補から外したか、更にはミシェル会長が引き受けた理由が気になると」

 言いながら、彼はマスク越しにミシェルをめ付ける。
 ミシェルが審査役を引き受けた事に不満を言う気はないが、わざわざロベルトを退けた事が引っかかったのだ。
 まさか“ロベルトは実力不足だから”、“身内(※パウルやモーズ)を相手に公平な評価を下せるか怪しいから”、などという、ロベルトを見くびった理由を口にする気ではあるまいな。と、柴三郎は無言で問いかけるように、ミシェルの答えを待った。

「卵を割らなければオムレツは作れない」
「はい?」

 だがミシェルの返答は、あまりにも想定外な、場違いと言っていいものだった。
 しかも彼は言うだけ言って、柴三郎が唖然としているのも気にせず踵を返し、コツ、コツ、コツ、と、規則的な靴音を立ててこの場から去ってしまう。
 ヒュウと、冷たい秋風が吹き、院長達の白衣の裾を揺らす。

「何か、当たり前の事を言われただけなような……?」
「あの人はよく、抽象的な発言で煙に巻く方だからね。気にしなくていいよ、柴三郎」

 ミシェルが何を伝えたかったのかわからず困惑している柴三郎の肩を、ロベルトが優しく叩いて慰める。その声には少しだけ苦笑が混じっていた。
 妙な空気が残ってしまった中、一人だけ、ミシェルの発言の真意を理解している者がいた。
 ミシェルと同じフランスを祖国とする、ルイである。

(卵を割らなければオムレツは作れない。あれはフランスのことわざだ。……意味は『成果を得る為には、何かしらの犠牲を払わなくてはならない』)

 日本語で言えば「虎穴に入らんば虎子を得ず」。
 不穏な気配に、ルイは目を伏せた。
 まるで何かが、既に「壊される」と決まっているかのような口ぶり。

(ミシェル会長が何を犠牲に何を得ようとしているのかわからぬが、此度の特殊学会も波乱が起きそうだ)

 現在、9時半。
 第36回特殊学会開始まで、残り、30分。

 ◇

 残り5分。

「……」

 講演ホール内部。
 特殊学会の会場となる、1000人もの人数を収容できる多目的ホール……ではなく、4つの椅子と一つのテーブルで手狭になってしまう、会議室の一室。
 その内の椅子に深く腰掛け、頭を項垂れている一人の男性医師がいた。
 顔を覆うフェイスマスクは、馬のシルエットが描かれている。
 彼の目の前、テーブルの上にはホログラム映像が展開されており、多目的ホールを映し出していた。木製椅子に赤布を貼り付けた座席には、多くの聴講者が座し開始を今か今かと待っている。前方の席と両脇の通路にはメディア関係者が並び、設置型や手持ちカメラの他、頭上にも浮遊型自動人形オートマタを浮かばせ、多方面から壇上を映し出している。
 このホログラム映像も、会場中に浮かぶカメラの内の一つから配信されている映像である。

 そして人々の目と、カメラのレンズが交差する一点。
 壇上には、ユストゥスが立っている。
 下手にはフリッツやフリーデンの姿も確認できて、発表の補佐をする為、壇上奥に設置されたスクリーンの接続を確認しているようだ。

(……。……いない?)

 一人しかいない会議室の中で、男性医師が顔を上げる。
 ガチャ
 直後、見計らったかのように部屋の扉が開き、道化師を彷彿とさせるペイントを顔に施した、小柄な男が入ってきた。

「おおっ! パウル先生、ここにおったぞ!」

 小柄な男に呼ばれて入室してきたパウルは、男性医師を見て呆れたように腕を組む。

「えええ。何でこんな所にいるの、『エミール』」

 パウルに名を呼ばれた男性医師――ドイツ感染病棟院長エミールは、膝の上に置いていた手をぎゅっと握り締める。

「パウルこそ、どうしてここに来たのでありますか。発表者でありましょう?」
「発表者はユストゥスだよ。補佐はフリッツとフリーデンで充分だし、僕まで壇上にいる必要はないでしょ」

 マスコミの案内とか、段取り確認とか準備を終えた時点で仕事は終わり、と結び、パウルはエミールの隣の席に腰を下ろす。

「だからエミールやロベルト院長と同じように、聴講席側から後輩達を見守ろうかなって思ったんだよ。そしたらエミールがいないもんだから、探し回ってた」
「……そうでありますか」
「で? エミールがここで一人でいた理由は? 会場提供者として特等席を用意したのに、空席にした理由は何?」
「そ、それは」
『ではこれより、第36回特殊学会を開始させて頂く』

 10時。
 ユストゥスの厳かな声が、映像越しに響き渡った。
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