毒素擬人化小説『ウミヘビのスープ』 〜十の賢者と百の猛毒が、寄生菌バイオハザード鎮圧を目指すSFファンタジー〜 

天海二色

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第二十一章 ハロウィンの翌日

第451話 ハロウィンの、翌日

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 冷弾銃に手を添えるジエチルエーテルとアンモニアの背中を見て、クロールは忌々しげに舌打ちをした。

「俺が補佐など……! やはり納得いかん。早い所、牽制が瓦解して処分許可が降りないものか」
「殺気立っているねぇ、クロール! 押さえて、押さえて!」

 軽快な声でそう言って肩をぽんぽんと叩いてきたのは、軍服を脱ぎ、軽装となった燐だ。
 クロールの眉間に深くシワが寄る。

「確かにアッシらの仕事は、ジエチルエーテルとアンモニアの補佐だがねぃ。菌床が出たって事ァ、大暴れできる余地があるってもんよ!」
「何? どういう意味だ、燐」
「突発的に菌床を作るのも、ステージ5を急増させられるのも、仕掛け人がいなきゃ無理だろう?」

 そこで燐は人差し指を《植物型》へ向ける。
 正確には、《植物型》の支柱と化した西棟の屋上を指す。
 そこには、真っ赤な菌糸と胞子の中でも目立つ、黒服を着た人影が立っていた。
 ペガサス教団の信徒。この災害を引き起こしただろう、元凶。
 ステージ6。

「ははっ! そうか、そうか!」

 燐の意図を知ったクロールは一転、にたりと笑みを浮かべると、白衣の内側から分銅鎖型抽射器へ手を添える。

「原型を留めない程、壊してやろう」


 ◇

「あのさぁ、柴三郎」

 ふよふよと、パウルの頭上でアイギスが舞う。
 タコクラゲ型のそれは傘の水玉模様が特徴的で、見る者に愛らしい印象を与える。

「アイギスは治癒能力があるって話、前にしただろう? 宿主のお腹に穴が空いても塞いじゃうぐらい、凄いんだよ?」

 そのアイギスは8本の触腕を使い、会議室の天井から氷柱のように生えた、無数の、真っ赤な菌糸を叩き壊してゆく。
 壊された菌糸の破片は、もう一匹のアイギスによって、パウルに当たらないよう、触腕を使って次々と弾き飛ばし、会議室の隅に追いやっていく。

「そもそもさ、僕はもう子供じゃないんだ。感染者ステージ5も怖くないし、地震だって平気だよ。柴三郎が心配する事なんて……何もないって、散々、話して……」

 しかしこの部屋で一番赤く染まっているのは、パウルの真下。

「ほんと、馬鹿じゃないの」

 白衣を鮮血に染め、床に赤い水溜まりを広げながら、横たわる柴三郎であった。

(……違う。わかってる)

 氷柱状の菌糸に背中から貫かれ、腹部まで穿たれた傷口。
 それは菌糸の出現した刹那、咄嗟にパウルに覆い被さったからこそ生じた傷だった。

(柴三郎が動いてくれなきゃ、心臓に穴、空いてた)

 菌糸の矛先は明確にパウルの胸を狙っていた。
 アイギスの治癒能力は優秀だ。腹に穴が空いても、肺を貫かれても、命さえ繋がっていれば再生が可能。
 だが心臓は、駄目だ。即死すれば、もう戻らない。
 回復も、再生も、その瞬間に断ち切られる。

(……動けなかった)

 言い訳は山程ある。
 地震に気を取られていた。死角からの攻撃だった。菌糸は通常、床や壁から這い上がってくるものだ。それが今回は、天井から――。想定外の動きだった。
 加えて、扉の向こうにいるロベルトが、電気信号でアイギスの動きを乱した可能性すらある。
 でも、それでも。

(全部、言い訳だ)

 足元に転がる、2つのフェイスマスク。
 てんとう虫の意匠がついたものと、白虎をデザインされたもの。破損した留め具は、菌糸の急襲の威力を物語っていた。
 その直ぐ隣で、素顔を晒した柴三郎が、口元から血を零しながらも、かすかな呼吸を繰り返している。

「柴三郎! 柴三郎……っ!」

 赤い水溜りに膝を付き、必死に呼び掛けるエミールの声が、パウルの耳にはどこか遠く、靄の向こうから響いてくるようだった。
 彼もまたフェイスマスクを失い、悲痛と焦燥が刻まれた蒼白な顔を曝け出している。

「……ばってん、パウル」

 その時、掠れた声がした。
 柴三郎だ。

「中身が、何であれ……。敬愛する人に傷付けられるんは……しんどかよ?」

 そう言って彼は虚な目を細め、微笑みを浮かべる。まるで迷子になった幼子をあやすような、優しく、静かな笑みだった。
 学生時代の頃から何も変わらない、災害の度に身を寄せ励ましてくれる、兄、のような――

「……う、」

 パウルの視界が滲んだ。
 思考も感情も、ひとつに絡みつき、堰を切ったように溢れ出す。

「ぅ、う、あ、ぁあああああっ!!」

 喉を引き裂くような慟哭が、会議室に木霊した。
 その会議室の、外。
 重たい空気が張り詰める廊下で、ロベルトは足元を見下ろしていた。
 右足の甲に突き刺さった、一本のヒ首。それがまるで杭のように、彼の動きを封じている。

「不意打ちが失敗したとなると、此方としては退くしかないのだけれど……」

 ロベルトは小首を傾げながら、顔を上げた。
 そして目の前に立つヒ首を投擲した張本人、砒素へ問いかける。

「逃してくれない感じかな?」
「愚問じゃのぅ」

 ひひっと、砒素は喉の奥で笑う。
 会議室の扉を背に、腕も脚も胴も、何本もの菌糸の棘に貫かれ、青い血を流し、磔にされている状態で。
 その眼差しには、微塵も怯えがない。

「パウル先生を傷付けたんじゃ、逃す訳がなかろうて」

 言うが早いか、砒素はちょいちょいと指を振る。
 その合図を受けたのは、廊下の少し先で尻餅をついていたアニリンだった。
 砒素に突き飛ばされ、呆気に取られていた彼だったが、指先を見てすかさず立ち上がる。

「あいっ!」

 そして元気よく返事をすると、自身の抽射器、グレネードランチャーを構え引き金を引いた。
 ドカンッ!
 低く腹に響く轟音と共に、廊下に爆風が走る。
 菌糸の棘を纏った砒素の身体を吹き飛ばさぬよう巧みに狙い、周囲だけを粉砕。
 同時に、会議室の扉にも大穴が開き通路が確保される。
 そのままアニリンは廊下を突っ切って大穴へ飛び込み、パウルの元へ駆け付けた。

「おやおや」

 ロベルトは扉の奥を覗き込むような動作を挟み、わざとらしく喋る。

「柴三郎が瀕死のようだね、とても苦しそうだ。どうだろう? 私ならば助けてあげられるよ」
「まっちぽんぷというやつか? できもしない事をよう言うのぅ」
「いいや、出来るよ。『珊瑚』に寄生させればいい。例え心臓に穴が空いても、塞いで、治す事が……」

 カッ
 砒素が投擲したヒ首が、ロベルトの顔の真横を掠め、壁に突き刺さる。

「眉間に当てたかったんじゃが……。躱されたか」

 ぶちり。
 一拍置いて、革が裂ける音が空気を裂いた。
 ロベルトのフェイスマスクのベルトが切れたのだ。それは重力に従い、床へ無造作に落ちる。

「まぁよいわ。お喋りは終わりよ」

 そう言った砒素の右手に、光粒子がきらめき、渦を巻くように集まり始める。
 瞬く間に形を成し、現れたのは彼の身の丈に等しい、重厚なガトリングガン。
 転移装置によって呼び出した、めいんうえぽん。

「ここがおぬしの墓場じゃな、垢汚れ」
「えぇ? 酷いあだ名だ。もうロベルトとは呼びたくないのだね?」

 ロベルトと呼ばれていた男は、オレンジがかった薄桃色の瞳を細め、相変わらず穏やかな声音で言う。しかしその顔に浮かぶのは人間の温度を持たない、仮面のような微笑みだった。
 露わになった頬には――炎のような形をした、黄色く光る刻印。
 直後、砒素から笑みが消える。
 その刻印が硫黄のマーキングだと、知っているからだ。

「それでは。私の事はどうか、『コーラル』と呼んで欲しい」

 ペガサス教団教祖を指し示す、目印。

 もはや芝居も、仮面も、嘘も、戯言も、必要ない。
 何せ今日は11月1日。
 仮装が許される夜は、とうに明けている。


  ▼△▼

 次章より『コーラル ~海の人形~』、開幕。

 ここまでお読みいただき誠にありがとうございます。
 『ハロウィンの翌日』、これにて完結です。
 11月にあるいい感じの祝日を調べたらめちゃくちゃハロウィンに絡まる話になりました。不思議ですね。

 ロベルトの正体については執筆ギリギリまで定まっていなかったのですが(どっちに転がすか大分迷った)、この形に落ち着きました。
 ロベルトの元ネタの方はパウル達の師匠で、勿論ドイツの偉人なのですが……ドイツではなく拙作オリジナルの「パラス国」に居た点で最初から違和感を持たせていたつもりでした。
 そんなの伏線にならないって? 仰る通りです。ゴメンナサイ。

 次章ではいよいよ所長が登場……!? 多分。恐らく。ぱはっぷすめいびー。お楽しみに!

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