毒素擬人化小説『ウミヘビのスープ』 〜十の賢者と百の猛毒が、寄生菌バイオハザード鎮圧を目指すSFファンタジー〜 

天海二色

文字の大きさ
470 / 600
第二十二章 コーラル〜海の人形〜

第453話 凍結室

しおりを挟む
 ところで。
 魚の鮮度を効率よく保つ方法を知っているだろうか?
 答えは『瞬間冷凍』である。
 漁猟した直後に凍結し、保管庫に移す事で、船の中で長期保存されても鮮度を維持できるのである。
 その手法は、人間にも通用する。

 パァンッ!
 リボルバーの形をした冷弾銃から放たれた冷弾が、感染者の一人に着弾。
 瞬間、感染者の体がびくりと痙攣したかと思えば、次の刹那には全身が一気に白化する。手近にいた警備隊を襲おうとした体勢そのままの形で固まり、足元からは霜が広がっていった。
 それだけに留まらず凍結は更に広がり、感染者の体表に纏っていた水分まで凍りだし、遂には感染者を氷の中に包み込んでしまう。
 その姿は、まるで透明な琥珀の中に封じ込められたかのようだった。

「や、や、やった……!」

 アンモニアの口から歓喜の声がこぼれる。
 冷弾による凍結、成功である。
 しかし気を抜いてはいられない。これはあくまで第一段階。アンモニアはすかさずリボルバーから分銅鎖型抽射器へ得物を持ち替えると、鎖を操り氷漬けとなった感染者へ巻き付ける。
 そしてグンと持ち上げると……場所に向け放り投げた。

 庭園の中央に設置されていたヒュギエイア像──医神アスクレピオスの娘であり、健康と衛生を司る女神の象徴──を飾っていた噴水は、災害発生バイオハザード直後からその姿を変えていた。
 水はすでに引いており、底に敷かれていたモザイク模様が露出している。
 その模様は円を描くように回転しながら沈み込み、地下に設けられた『凍結室』に繋がる冷却投下通路へ変貌していた。
 中で真っ先に行われるのは、コールドスリープ処理だ。

 オフィウクス・ラボは当初、コールドスリープ患者運搬用のコフィンを用いてステージ5感染者を保護しようと、実験を繰り返していた。
 しかしもしも、前回の特殊学会と同じように、会場で災害が起きる可能性を想定した場合――
 会場の敷地内に、凍結室へ直接繋げる施設を作ってしまった方が、迅速にコールドスリープ処置を施せるのでは? という案が浮上した。
 そうすれば感染者をコフィンへ収納する手順を省ける。また凍結室を地下に設けておけば、重力に従って感染者を“落とす”だけで処理工程に入れる。
 ウミヘビの凍結が叶えば、物理的に押しやるだけで地面を滑らせ、投下する事も可能。これは人力でも十分に行える作業だ。

 よってオフィウクス・ラボは地下凍結施設の建設が可能な場所と技術を有する、ドイツ感染病棟の講演ホールを特殊学会の会場に決定した。
 ラボ側はそのための資金援助や技術提供、人材派遣(※ラボ内部ではなく外部の支援者)を惜しみなく行った。
 これは特殊学会の開催を世間へ発表する前、臨床試験着手が決定した時から、密かに進められていた計画である。

 ちなみに感染者の凍結を成した後は、警備隊に処置を任せるのが事前に決めていた順当な手順となる。
 しかしアンモニアは敢えて自分の手で、感染者を凍結室へ導きたかった。

(フ、フ、フリーデン先生が製造した冷弾が、通用した……!)

 クスシが、フリーデンが願ってやまなかった感染者の保護の達成を、実感したかったからだ。
 この瞬間を、肌で、骨で、深く刻み込みたかった。
 地下へ続く投下通路からは、凍結室のアラーム音も、暴れる音も聞こえてこない。
 内部でのコールドスリープ処理が、順調に進んでいる証拠だ。
 これはステージ4臨床試験成功に匹敵する、歴史的な一歩――

『アァアアアッ!』

 その刹那、背後から跳びかかる影。
 菌糸に侵された腕から鋭利な爪を形成した感染者が、アンモニアに襲いかかる。
 パンッ!
 しかし彼が反応するよりも早く、ジエチルエーテルが冷弾を撃ち放つ。
 発砲音と共に、感染者は襲いかかろうとした体勢のまま、白く凍り付いた。

「気ぃ抜くんじゃぬぇよ、アンモニア」

 低く唸るような声に、アンモニアははっと息を呑む。

「ご、ご、ごめん……っ」
「あの病棟の病床数は200だって話じゃぬぇか。最低でもそんぐらい来るって考えた方がいい。呆けている暇はぬぇぞ?」
「う、う、うん……!」

 ここから先は、いちいち感動してはいられない。
 凍らせた感染者の運搬は警備隊へと任せ、アンモニアはジエチルエーテルと共に、次なる凍結対象へと照準を定めた。

 一方その頃。
 《植物型》が侵蝕する西棟の前では、

「チィッ! 蔦が邪魔だ!」
「でっかいだけあって量が多いねぇ!」

 《植物型》の幹を伝い西棟屋の到達を試みるクロールと燐が、迫り来る蔦状菌糸に行方を阻まれていた。
 四方八方から槍のように突き刺しに来る蔦状菌糸。クロールは分銅鎖で切り落とし、燐は銃で撃ち落とし続けているのだが、一向に数が減らない。ここに感染者の襲撃も加わるものだから、《植物型》へ近付く事も難しい状態であった。

「蔦も感染者もまとめて壊せれば、こんな手間……!」

 此度の菌床処分の大目標は、『感染者の保護』。いつものように処分する事は叶わない。できる事といえば、鎖を巻き付けアンモニアの方へ放り投げるぐらいだ。
 進行が滞っている状況に、クロールの苛立ちが募っていく。
 燐は感染者の襲撃は全て無視。正確には全ての攻撃を回避し、銃口を《植物型》へのみ向け、発砲。しかし燐の毒素は幹へ着弾する前に蔦状菌糸によって防がれ、その蔦状菌糸はその場で切断パージ。〈根〉へ毒素が回らないよう立ち回っている。

「こりゃ、なかなか分が悪い!」

 だが、燐は直ぐに限界を見切った。
 彼の毒素は《植物型》への効きが悪い。だが周囲の感染者が受ければ致死へ至る。回避と並行して《植物型》へ猛攻をすれば、を起こしかねなかった。
 燐の視線がちらりと、庭園中央……今や冷却投下通路となった噴水へ向かう。
 その周囲では、アンモニアとジエチルエーテルが冷弾を駆使し、次々に感染者を凍らせていた。白い霜と氷の塔が次々に築かれ、冷却処置は順調に見える。凍結された感染者の運搬に、警備隊は手間取っている。
 何体も一斉に凍らせることはできても、それを迅速に冷却室へ投下しなければ、感染者は時間経過と共に暴れ出してしまう。氷像は、あくまで一時身動きを封じられているだけなのだから。
 しかも、凍らせられていない感染者はまだ相当数いる。
 警備隊は彼らの排除と搬送の二手に分かれており、両立は難航していた。まるで雪崩の中で土嚢を積んでいるような作業――足元が追いつかない。

 それを見た燐は離脱を決意。
 密集する感染者の間を縫うように駆け抜け、飛びかかってくる個体を蹴り飛ばしながら、《植物型》からの後退を開始した。

「軍も対処し切れてないみたいだ! アッシは後で木登りする事にするよ!」
「腰抜けが!」
「アッシらのお役目は人命救助と凍結の補佐! それに加えて、アッシは信号発信も任されているからねぇ! あまり持ち場を離れられないのさァ!」

 ステージ6による電気信号は、電気機器を機能不全とする。
 凍結室もそれを見越し、電気干渉が届き難い地下へ設置した。
 その中で燐の『轟音』と『光』による非電子的な指令伝達は、連携の要。無茶はできないのだ。

「美味しいところ持っていくといいよ、クロール!」
「言われずとも……!」

 クロールの低く唸るような返事に、燐は小さく口笛を吹きながら次の持ち場へ向かっていった。

しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

女神の白刃

玉椿 沢
ファンタジー
 どこかの世界の、いつかの時代。  その世界の戦争は、ある遺跡群から出現した剣により、大きく姿を変えた。  女の身体を鞘とする剣は、魔力を収束、発振する兵器。  剣は瞬く間に戦を大戦へ進歩させた。数々の大戦を経た世界は、権威を西の皇帝が、権力を東の大帝が握る世になり、終息した。  大戦より数年後、まだ治まったとはいえない世界で、未だ剣士は剣を求め、奪い合っていた。  魔物が出ようと、町も村も知った事かと剣を求める愚かな世界で、赤茶けた大地を畑や町に、煤けた顔を笑顔に変えたいという脳天気な一団が現れる。  *表紙絵は五月七日ヤマネコさん(@yamanekolynx_2)の作品です*

忘却の艦隊

KeyBow
SF
新設された超弩級砲艦を旗艦とし新造艦と老朽艦の入れ替え任務に就いていたが、駐留基地に入るには数が多く、月の1つにて物資と人員の入れ替えを行っていた。 大型輸送艦は工作艦を兼ねた。 総勢250艦の航宙艦は退役艦が110艦、入れ替え用が同数。 残り30艦は増強に伴い新規配備される艦だった。 輸送任務の最先任士官は大佐。 新造砲艦の設計にも関わり、旗艦の引き渡しのついでに他の艦の指揮も執り行っていた。 本来艦隊の指揮は少将以上だが、輸送任務の為、設計に関わった大佐が任命された。    他に星系防衛の指揮官として少将と、退役間近の大将とその副官や副長が視察の為便乗していた。 公安に近い監査だった。 しかし、この2名とその側近はこの艦隊及び駐留艦隊の指揮系統から外れている。 そんな人員の載せ替えが半分ほど行われた時に中緊急警報が鳴り、ライナン星系第3惑星より緊急の救援要請が入る。 機転を利かせ砲艦で敵の大半を仕留めるも、苦し紛れに敵は主系列星を人口ブラックホールにしてしまった。 完全にブラックホールに成長し、その重力から逃れられないようになるまで数分しか猶予が無かった。 意図しない戦闘の影響から士気はだだ下がり。そのブラックホールから逃れる為、禁止されている重力ジャンプを敢行する。 恒星から近い距離では禁止されているし、システム的にも不可だった。 なんとか制限内に解除し、重力ジャンプを敢行した。 しかし、禁止されているその理由通りの状況に陥った。 艦隊ごとセットした座標からズレ、恒星から数光年離れた所にジャンプし【ワープのような架空の移動方法】、再び重力ジャンプ可能な所まで移動するのに33年程掛かる。 そんな中忘れ去られた艦隊が33年の月日の後、本星へと帰還を目指す。 果たして彼らは帰還できるのか? 帰還出来たとして彼らに待ち受ける運命は?

ネクスト・ステージ~チートなニートが迷宮探索。スキル【ドロップ★5】は、武器防具が装備不可!?

武蔵野純平
ファンタジー
現代ファンタジー(ローファンタジー)です。ニート主人公のスキルは【ドロップ★5】――ドロップ確率が大幅上昇し、ドロップアイテムの品質も大幅上昇するチートスキルだった。だが、剣や盾などの装備品が装備出来ない欠陥があり、攻撃力、防御力に問題を残す。 ダンジョン探索をする為に冒険者となりパーティーメンバーを募集するが、なぜか【ワケあり】女性ばかり集まってくる。

初恋♡リベンジャーズ

遊馬友仁
青春
【第五部開始】  高校一年生の春休み直前、クラスメートの紅野アザミに告白し、華々しい玉砕を遂げた黒田竜司は、憂鬱な気持ちのまま、新学期を迎えていた。そんな竜司のクラスに、SNSなどでカリスマ的人気を誇る白草四葉が転入してきた。  眉目秀麗、容姿端麗、美の化身を具現化したような四葉は、性格も明るく、休み時間のたびに、竜司と親友の壮馬に気さくに話しかけてくるのだが――――――。  転入早々、竜司に絡みだす、彼女の真の目的とは!?  ◯ンスタグラム、ユ◯チューブ、◯イッターなどを駆使して繰り広げられる、SNS世代の新感覚復讐系ラブコメディ、ここに開幕!  第二部からは、さらに登場人物たちも増え、コメディ要素が多めとなります(予定)

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

日本列島、時震により転移す!

黄昏人
ファンタジー
2023年(現在)、日本列島が後に時震と呼ばれる現象により、500年以上の時を超え1492年(過去)の世界に転移した。移転したのは本州、四国、九州とその周辺の島々であり、現在の日本は過去の時代に飛ばされ、過去の日本は現在の世界に飛ばされた。飛ばされた現在の日本はその文明を支え、国民を食わせるためには早急に莫大な資源と食料が必要である。過去の日本は現在の世界を意識できないが、取り残された北海道と沖縄は国富の大部分を失い、戦国日本を抱え途方にくれる。人々は、政府は何を思いどうふるまうのか。

【完結】大量焼死体遺棄事件まとめサイト/裏サイド

まみ夜
ホラー
ここは、2008年2月09日朝に報道された、全国十ケ所総数六十体以上の「大量焼死体遺棄事件」のまとめサイトです。 事件の上澄みでしかない、ニュース報道とネット情報が序章であり終章。 一年以上も前に、偶然「写本」のネット検索から、オカルトな事件に巻き込まれた女性のブログ。 その家族が、彼女を探すことで、日常を踏み越える恐怖を、誰かに相談したかったブログまでが第一章。 そして、事件の、悪意の裏側が第二章です。 ホラーもミステリーと同じで、ラストがないと評価しづらいため、短編集でない長編はweb掲載には向かないジャンルです。 そのため、第一章にて、表向きのラストを用意しました。 第二章では、その裏側が明らかになり、予想を裏切れれば、とも思いますので、お付き合いください。 表紙イラストは、lllust ACより、乾大和様の「お嬢さん」を使用させていただいております。

プライベート・スペクタル

点一
ファンタジー
【星】(スターズ)。それは山河を変えるほどの膂力、千里を駆ける脚力、そして異形の術や能力を有する超人・怪人達。 この物語はそんな連中のひどく…ひどく個人的な物語群。 その中の一部、『龍王』と呼ばれた一人の男に焦点を当てたお話。 (※基本 隔週土曜日に更新予定)

処理中です...