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第二十二章 コーラル〜海の人形〜
第453話 凍結室
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ところで。
魚の鮮度を効率よく保つ方法を知っているだろうか?
答えは『瞬間冷凍』である。
漁猟した直後に凍結し、保管庫に移す事で、船の中で長期保存されても鮮度を維持できるのである。
その手法は、人間にも通用する。
パァンッ!
リボルバーの形をした冷弾銃から放たれた冷弾が、感染者の一人に着弾。
瞬間、感染者の体がびくりと痙攣したかと思えば、次の刹那には全身が一気に白化する。手近にいた警備隊を襲おうとした体勢そのままの形で固まり、足元からは霜が広がっていった。
それだけに留まらず凍結は更に広がり、感染者の体表に纏っていた水分まで凍りだし、遂には感染者を氷の中に包み込んでしまう。
その姿は、まるで透明な琥珀の中に封じ込められたかのようだった。
「や、や、やった……!」
アンモニアの口から歓喜の声がこぼれる。
冷弾による凍結、成功である。
しかし気を抜いてはいられない。これはあくまで第一段階。アンモニアはすかさずリボルバーから分銅鎖型抽射器へ得物を持ち替えると、鎖を操り氷漬けとなった感染者へ巻き付ける。
そしてグンと持ち上げると……噴水だった場所に向け放り投げた。
庭園の中央に設置されていたヒュギエイア像──医神アスクレピオスの娘であり、健康と衛生を司る女神の象徴──を飾っていた噴水は、災害発生直後からその姿を変えていた。
水はすでに引いており、底に敷かれていたモザイク模様が露出している。
その模様は円を描くように回転しながら沈み込み、地下に設けられた『凍結室』に繋がる冷却投下通路へ変貌していた。
中で真っ先に行われるのは、コールドスリープ処理だ。
オフィウクス・ラボは当初、コールドスリープ患者運搬用の棺を用いてステージ5感染者を保護しようと、実験を繰り返していた。
しかしもしも、前回の特殊学会と同じように、会場で災害が起きる可能性を想定した場合――
会場の敷地内に、凍結室へ直接繋げる施設を作ってしまった方が、迅速にコールドスリープ処置を施せるのでは? という案が浮上した。
そうすれば感染者を棺へ収納する手順を省ける。また凍結室を地下に設けておけば、重力に従って感染者を“落とす”だけで処理工程に入れる。
ウミヘビの凍結が叶えば、物理的に押しやるだけで地面を滑らせ、投下する事も可能。これは人力でも十分に行える作業だ。
よってオフィウクス・ラボは地下凍結施設の建設が可能な場所と技術を有する、ドイツ感染病棟の講演ホールを特殊学会の会場に決定した。
ラボ側はそのための資金援助や技術提供、人材派遣(※ラボ内部ではなく外部の支援者)を惜しみなく行った。
これは特殊学会の開催を世間へ発表する前、臨床試験着手が決定した時から、密かに進められていた計画である。
ちなみに感染者の凍結を成した後は、警備隊に処置を任せるのが事前に決めていた順当な手順となる。
しかしアンモニアは敢えて自分の手で、感染者を凍結室へ導きたかった。
(フ、フ、フリーデン先生が製造した冷弾が、通用した……!)
クスシが、フリーデンが願ってやまなかった感染者の保護の達成を、実感したかったからだ。
この瞬間を、肌で、骨で、深く刻み込みたかった。
地下へ続く投下通路からは、凍結室のアラーム音も、暴れる音も聞こえてこない。
内部でのコールドスリープ処理が、順調に進んでいる証拠だ。
これはステージ4臨床試験成功に匹敵する、歴史的な一歩――
『アァアアアッ!』
その刹那、背後から跳びかかる影。
菌糸に侵された腕から鋭利な爪を形成した感染者が、アンモニアに襲いかかる。
パンッ!
しかし彼が反応するよりも早く、ジエチルエーテルが冷弾を撃ち放つ。
発砲音と共に、感染者は襲いかかろうとした体勢のまま、白く凍り付いた。
「気ぃ抜くんじゃぬぇよ、アンモニア」
低く唸るような声に、アンモニアははっと息を呑む。
「ご、ご、ごめん……っ」
「あの病棟の病床数は200だって話じゃぬぇか。最低でもそんぐらい来るって考えた方がいい。呆けている暇はぬぇぞ?」
「う、う、うん……!」
ここから先は、いちいち感動してはいられない。
凍らせた感染者の運搬は警備隊へと任せ、アンモニアはジエチルエーテルと共に、次なる凍結対象へと照準を定めた。
一方その頃。
《植物型》が侵蝕する西棟の前では、
「チィッ! 蔦が邪魔だ!」
「でっかいだけあって量が多いねぇ!」
《植物型》の幹を伝い西棟屋の到達を試みるクロールと燐が、迫り来る蔦状菌糸に行方を阻まれていた。
四方八方から槍のように突き刺しに来る蔦状菌糸。クロールは分銅鎖で切り落とし、燐は銃で撃ち落とし続けているのだが、一向に数が減らない。ここに感染者の襲撃も加わるものだから、《植物型》へ近付く事も難しい状態であった。
「蔦も感染者もまとめて壊せれば、こんな手間……!」
此度の菌床処分の大目標は、『感染者の保護』。いつものように処分する事は叶わない。できる事といえば、鎖を巻き付けアンモニアの方へ放り投げるぐらいだ。
進行が滞っている状況に、クロールの苛立ちが募っていく。
燐は感染者の襲撃は全て無視。正確には全ての攻撃を回避し、銃口を《植物型》へのみ向け、発砲。しかし燐の毒素は幹へ着弾する前に蔦状菌糸によって防がれ、その蔦状菌糸はその場で切断。〈根〉へ毒素が回らないよう立ち回っている。
「こりゃ、なかなか分が悪い!」
だが、燐は直ぐに限界を見切った。
彼の毒素は《植物型》への効きが悪い。だが周囲の感染者が受ければ致死へ至る。回避と並行して《植物型》へ猛攻をすれば、事故を起こしかねなかった。
燐の視線がちらりと、庭園中央……今や冷却投下通路となった噴水へ向かう。
その周囲では、アンモニアとジエチルエーテルが冷弾を駆使し、次々に感染者を凍らせていた。白い霜と氷の塔が次々に築かれ、冷却処置は順調に見える。凍結された感染者の運搬に、警備隊は手間取っている。
何体も一斉に凍らせることはできても、それを迅速に冷却室へ投下しなければ、感染者は時間経過と共に暴れ出してしまう。氷像は、あくまで一時身動きを封じられているだけなのだから。
しかも、凍らせられていない感染者はまだ相当数いる。
警備隊は彼らの排除と搬送の二手に分かれており、両立は難航していた。まるで雪崩の中で土嚢を積んでいるような作業――足元が追いつかない。
それを見た燐は離脱を決意。
密集する感染者の間を縫うように駆け抜け、飛びかかってくる個体を蹴り飛ばしながら、《植物型》からの後退を開始した。
「軍も対処し切れてないみたいだ! アッシは後で木登りする事にするよ!」
「腰抜けが!」
「アッシらのお役目は人命救助と凍結の補佐! それに加えて、アッシは信号発信も任されているからねぇ! あまり持ち場を離れられないのさァ!」
ステージ6による電気信号は、電気機器を機能不全とする。
凍結室もそれを見越し、電気干渉が届き難い地下へ設置した。
その中で燐の『轟音』と『光』による非電子的な指令伝達は、連携の要。無茶はできないのだ。
「美味しいところ持っていくといいよ、クロール!」
「言われずとも……!」
クロールの低く唸るような返事に、燐は小さく口笛を吹きながら次の持ち場へ向かっていった。
魚の鮮度を効率よく保つ方法を知っているだろうか?
答えは『瞬間冷凍』である。
漁猟した直後に凍結し、保管庫に移す事で、船の中で長期保存されても鮮度を維持できるのである。
その手法は、人間にも通用する。
パァンッ!
リボルバーの形をした冷弾銃から放たれた冷弾が、感染者の一人に着弾。
瞬間、感染者の体がびくりと痙攣したかと思えば、次の刹那には全身が一気に白化する。手近にいた警備隊を襲おうとした体勢そのままの形で固まり、足元からは霜が広がっていった。
それだけに留まらず凍結は更に広がり、感染者の体表に纏っていた水分まで凍りだし、遂には感染者を氷の中に包み込んでしまう。
その姿は、まるで透明な琥珀の中に封じ込められたかのようだった。
「や、や、やった……!」
アンモニアの口から歓喜の声がこぼれる。
冷弾による凍結、成功である。
しかし気を抜いてはいられない。これはあくまで第一段階。アンモニアはすかさずリボルバーから分銅鎖型抽射器へ得物を持ち替えると、鎖を操り氷漬けとなった感染者へ巻き付ける。
そしてグンと持ち上げると……噴水だった場所に向け放り投げた。
庭園の中央に設置されていたヒュギエイア像──医神アスクレピオスの娘であり、健康と衛生を司る女神の象徴──を飾っていた噴水は、災害発生直後からその姿を変えていた。
水はすでに引いており、底に敷かれていたモザイク模様が露出している。
その模様は円を描くように回転しながら沈み込み、地下に設けられた『凍結室』に繋がる冷却投下通路へ変貌していた。
中で真っ先に行われるのは、コールドスリープ処理だ。
オフィウクス・ラボは当初、コールドスリープ患者運搬用の棺を用いてステージ5感染者を保護しようと、実験を繰り返していた。
しかしもしも、前回の特殊学会と同じように、会場で災害が起きる可能性を想定した場合――
会場の敷地内に、凍結室へ直接繋げる施設を作ってしまった方が、迅速にコールドスリープ処置を施せるのでは? という案が浮上した。
そうすれば感染者を棺へ収納する手順を省ける。また凍結室を地下に設けておけば、重力に従って感染者を“落とす”だけで処理工程に入れる。
ウミヘビの凍結が叶えば、物理的に押しやるだけで地面を滑らせ、投下する事も可能。これは人力でも十分に行える作業だ。
よってオフィウクス・ラボは地下凍結施設の建設が可能な場所と技術を有する、ドイツ感染病棟の講演ホールを特殊学会の会場に決定した。
ラボ側はそのための資金援助や技術提供、人材派遣(※ラボ内部ではなく外部の支援者)を惜しみなく行った。
これは特殊学会の開催を世間へ発表する前、臨床試験着手が決定した時から、密かに進められていた計画である。
ちなみに感染者の凍結を成した後は、警備隊に処置を任せるのが事前に決めていた順当な手順となる。
しかしアンモニアは敢えて自分の手で、感染者を凍結室へ導きたかった。
(フ、フ、フリーデン先生が製造した冷弾が、通用した……!)
クスシが、フリーデンが願ってやまなかった感染者の保護の達成を、実感したかったからだ。
この瞬間を、肌で、骨で、深く刻み込みたかった。
地下へ続く投下通路からは、凍結室のアラーム音も、暴れる音も聞こえてこない。
内部でのコールドスリープ処理が、順調に進んでいる証拠だ。
これはステージ4臨床試験成功に匹敵する、歴史的な一歩――
『アァアアアッ!』
その刹那、背後から跳びかかる影。
菌糸に侵された腕から鋭利な爪を形成した感染者が、アンモニアに襲いかかる。
パンッ!
しかし彼が反応するよりも早く、ジエチルエーテルが冷弾を撃ち放つ。
発砲音と共に、感染者は襲いかかろうとした体勢のまま、白く凍り付いた。
「気ぃ抜くんじゃぬぇよ、アンモニア」
低く唸るような声に、アンモニアははっと息を呑む。
「ご、ご、ごめん……っ」
「あの病棟の病床数は200だって話じゃぬぇか。最低でもそんぐらい来るって考えた方がいい。呆けている暇はぬぇぞ?」
「う、う、うん……!」
ここから先は、いちいち感動してはいられない。
凍らせた感染者の運搬は警備隊へと任せ、アンモニアはジエチルエーテルと共に、次なる凍結対象へと照準を定めた。
一方その頃。
《植物型》が侵蝕する西棟の前では、
「チィッ! 蔦が邪魔だ!」
「でっかいだけあって量が多いねぇ!」
《植物型》の幹を伝い西棟屋の到達を試みるクロールと燐が、迫り来る蔦状菌糸に行方を阻まれていた。
四方八方から槍のように突き刺しに来る蔦状菌糸。クロールは分銅鎖で切り落とし、燐は銃で撃ち落とし続けているのだが、一向に数が減らない。ここに感染者の襲撃も加わるものだから、《植物型》へ近付く事も難しい状態であった。
「蔦も感染者もまとめて壊せれば、こんな手間……!」
此度の菌床処分の大目標は、『感染者の保護』。いつものように処分する事は叶わない。できる事といえば、鎖を巻き付けアンモニアの方へ放り投げるぐらいだ。
進行が滞っている状況に、クロールの苛立ちが募っていく。
燐は感染者の襲撃は全て無視。正確には全ての攻撃を回避し、銃口を《植物型》へのみ向け、発砲。しかし燐の毒素は幹へ着弾する前に蔦状菌糸によって防がれ、その蔦状菌糸はその場で切断。〈根〉へ毒素が回らないよう立ち回っている。
「こりゃ、なかなか分が悪い!」
だが、燐は直ぐに限界を見切った。
彼の毒素は《植物型》への効きが悪い。だが周囲の感染者が受ければ致死へ至る。回避と並行して《植物型》へ猛攻をすれば、事故を起こしかねなかった。
燐の視線がちらりと、庭園中央……今や冷却投下通路となった噴水へ向かう。
その周囲では、アンモニアとジエチルエーテルが冷弾を駆使し、次々に感染者を凍らせていた。白い霜と氷の塔が次々に築かれ、冷却処置は順調に見える。凍結された感染者の運搬に、警備隊は手間取っている。
何体も一斉に凍らせることはできても、それを迅速に冷却室へ投下しなければ、感染者は時間経過と共に暴れ出してしまう。氷像は、あくまで一時身動きを封じられているだけなのだから。
しかも、凍らせられていない感染者はまだ相当数いる。
警備隊は彼らの排除と搬送の二手に分かれており、両立は難航していた。まるで雪崩の中で土嚢を積んでいるような作業――足元が追いつかない。
それを見た燐は離脱を決意。
密集する感染者の間を縫うように駆け抜け、飛びかかってくる個体を蹴り飛ばしながら、《植物型》からの後退を開始した。
「軍も対処し切れてないみたいだ! アッシは後で木登りする事にするよ!」
「腰抜けが!」
「アッシらのお役目は人命救助と凍結の補佐! それに加えて、アッシは信号発信も任されているからねぇ! あまり持ち場を離れられないのさァ!」
ステージ6による電気信号は、電気機器を機能不全とする。
凍結室もそれを見越し、電気干渉が届き難い地下へ設置した。
その中で燐の『轟音』と『光』による非電子的な指令伝達は、連携の要。無茶はできないのだ。
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