毒素擬人化小説『ウミヘビのスープ』 〜十の賢者と百の猛毒が、寄生菌バイオハザード鎮圧を目指すSFファンタジー〜 

天海二色

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第二十二章 コーラル〜海の人形〜

第454話 《パラコート(C12H14Cl2N2)》

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「……すげぇ。ステージ5の凍結、成功してる……」

 ずっと机上の空論だった、ステージ5凍結及びコールドスリープ処理。
 それがアンモニアとジエチルエーテルの力と、ドイツ感染病棟全面協力によって建造された、凍結室で叶えられた。
 その一部始終を空の上……。空中に浮遊する、ミズクラゲ型アイギスの上から見ていたフリーデンは、フェイスマスクの下の目を見開いていた。

 生物災害バイオハザード発生の危険性を鑑みれば、人を集めて開催するなど正気の沙汰ではない。オンライン開催にすれば済む話だし、どうしても対面で行いたいというなら、首都ベルリンなどではなく、被害の少なく済む辺境地で行うのが妥当だ。
 それでもなお、ドイツ感染病棟を学会会場に選んだのには、明確な意図があった。

『チャンスでしょ』

 そう言ったのはカールだ。

『事前に予想できる災害なんて、利用しない手ぇないっしょー! いやあくまで予想よ? 本当に起きるかはぁ、その時にならないとわからないよ? でもでもぉ、もしハマったらぁ~。……ステージ5の治験にそのまま入れる』

 特にドイツ感染病棟は4年前、病棟内で患者をステージ5まで進行させてしまった苦い経験がある。
 仮に今回、学会で災害が起こらなかったとしても――いずれまた、同様の事態は起こるかもしれない。そう考えれば、この備えは無駄にならない。
 故に院長であるエミールも、協力を快諾していた。
 寧ろ仕掛けるのならば、“ここ”なのだ。

『人手も医療設備も揃ってる。記録も残せる。被害を最小限に抑えた上で、最大の成果が得られる。リスクは高いけど、回収率はもっと高い』

 災害の被害抑制は、事前にどれだけ準備したかにかかっている。
 そして人間は、どれだけシミュレートをしても、啓蒙をしても、我が身に降りかからない限り本腰を入れない。
 民間人はアメリカで起きた《暁の悲劇》でさえ、記憶から消え始めている事だろう。
 生物災害バイオハザードの深刻さとラボが編み出した対策の有用性を見せ付けるのは、その手段を広めるのは、ここが狙い目だと、カールは推測していた。

(敷地内で祭りを開催してたのは、大量投入した軍の部隊をカモフラージュする為。学会会場の聴講者も過半数が軍人。大学や病院も、最低限のスタッフ以外入れていない。入院患者も極限まで減らしてた)

 それでも病院から動かせない患者はいる。災害が起きれば、逃れる事は難しい。
 実際、ステージ4に近い患者が入院していた西棟は《植物型》に侵され、ステージ5へ強制的に進行させられている。
 虚な目で地を這う彼彼女らを見ると、かつて自分が滅ぼした故郷と重なり、フリーデンの胸が締め付けられる。

『患者はある程度残セ。祭りには民間人も招けケ。聴講者も院長クラスを呼ベ』

 そう言ったのは徐福だ。
 聴講者をすべて軍人にする案は、それによって退けられた。
 当然、民間人を巻き込む事に反対の声も上がった。特にユストゥスは頑なに頷こうとしなかった。
 だが、徐福は飄々と、冷ややかにこう答えたのだった。

『ステージ6を迎え討つならば、“油断”が必要ヨ。誰が武装でガチガチに固めた場所に、好き好んで来るネ?』
『副所長、それは確かに理屈としては正しいかもしれませんが……っ!』
『それに、ダ。お前達は学会を有意義なものにしたくないのカ?』

 医師としての信念、その本分を突く言葉。

『未だに対面式の学会が主流なのは、そっちの方が議論も検証も深まるからだろウ? 起きるかもわからない災害を恐れて、肝心の治療確立を後回しにするのカ? そんなの本末転倒ネ』

 巧妙な言葉の綾と、揺さぶり。それを崩せず、決定を覆す事はできなかった。
 そうして第36回特殊学会は、今の形となった。

(ユストゥスさんはアレで丸め込まれてたけど……。意見を押し通す為の詭弁、相当入ってたよな、アレ)

 徐福は手段を選ばない男だ。
 犠牲者が出ようとも、その犠牲者に己自身が含まれようとも、それで得られるものがあれば平然と身を投じに行く。

(俺に出来るのは、犠牲者を減らす事だよな)

 赤い胞子が空を舞う中、フリーデンはその空を移動する。
 途中、アンモニアが懸命に感染者を凍結している姿が見えた。彼は浮遊するアイギスに気付き視線を向けてくれたので、フリーデンは軽く手を振って檄を送る。アンモニアは驚いたように手を振り返し、ぎこちなく笑った。
 フリーデンの視線はすぐに前へ戻る。
 向かう先は、巨大に膨れ上がった《植物型》の正面。
 その直下では、クロールが膝をつきながら、なおも前線を維持していた。

「クロール、頑張ってんな~」
「フリーデン先生!」

 声をかければ、苛立ちで険しくなっていたクロールの表情は一瞬で緩み、ぱっと笑顔になる。

「クロール、アイギスに乗ってくれ。《植物型》はに任せる」
「了解です!」

 彼は側に垂れ下がってきたアイギスの触手を掴み、そのまま宙へと舞い上がる。
 そのフリーデンの言う“あいつ”とは……、ユストゥスがまさに今、呼び出しに向かっていた。

「巨大ではあるが、種類自体は前回と同じ典型的な《植物型》。副所長のには抜け目がないな」

 アカクカゲ型アイギスにクロロホルムと共に乗り、空中移動をしながら呟くユストゥス。

(相性ならば、はこの上なく最適)

 目的地は、ラボの空陸両用車を駐車している立体駐車場。その屋上である。
 そこへ危なげなく降り立ったユストゥスは、クロロホルムと共に空陸両用車の内の一台へ足を運び、車窓をノックした。

「仕事だぞ、《パラコート(C12H14Cl2N2)》」

 ノックから数秒後、やや重たげにスライドドアが開く。
 中から現れたのは、フード付きの黒衣を纏った長身の男だった。
 青みを帯びた長髪が風に靡く。その顔立ちは整い過ぎていて、どこか寒気を覚える程の美しさを湛えている。
 だが、その背に負った刃――身の丈ほどもある大鎌が、その風貌を“死神”に結び付ける。

「……はぁ、最悪」

 開口一番、男は深い溜め息をつき、露骨に嫌そうな表情を浮かべる。
 彼の名は、《パラコート(C12H14Cl2N2)》。
 かつて非選択性除草剤として使われていた毒素。
 あらゆる植物を枯らす猛毒を持った、ウミヘビである。



▼△▼

補足

パラコート(C12H14Cl2N2)
除草剤。それも非選択性除草剤。
大抵の植物を無差別に枯らす事が可能。他にも防菌剤や防カビ剤として利用されている。
即効性は強いが持続性はないのが特徴で、パラコートがかかった箇所しか効果を発揮せず、葉や茎を枯らしながらも根をそのままにしておける、毒の持続性の低さから散布後間を置かず作業ができるメリットがあったりと、重宝されていた模様。

ただし、現在は毒物に指定されている通り、パラコートの毒性は人体にとって凶悪。何なら特定毒物(作中で言う第三課)指定も議論された程。海外では使用禁止令が出ている国もある。
致死性が高いうえに解毒剤はなく、マスクを着用せずに使用した結果、死亡した例も。
また日本ではかつて自販機の付近にパラコート混入の飲料水(コーラやオロナミンCが多かった)を置き、それを飲んだ人が亡くなるという無差別連続中毒死事件が発生している。
作中のパラコートが炭酸水を飲んでいる元ネタはこれ。

外見について
パラコート自体は白い結晶だが、青色に着色されている。よって髪が青色。
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