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直柾と正輝と
しおりを挟む耀からは元気を、隆晴からは次の約束を貰い、恵まれているな……と噛み締めながら優斗は日々を過ごしていた。
あれから直柾とは会えない日が続いている。やはり無理して会いに来てくれていたのかな、と思うと、申し訳ない気持ちになる。自分にそんな価値は……と思うとまた落ち込みそうで、ブンブンと頭を振って不安を振り払った。
その翌々週の、ある朝。直柾が突然訪ねてきた。まだ両親も出掛けていない時間に来るのは珍しい。
優斗が玄関のドアを開けると、直柾は一瞬戸惑った顔をした。
「直柾さん?」
「優くん、ごめんね。今日は父さんに用事があって来たんだ」
直柾は困ったように笑った。そして余所余所しく視線を反らし、優斗のそばを通り抜けて正輝の部屋をノックする。
正輝は事前に連絡を受けていたらしく、直柾を見るなり嬉しそうにした。
部屋に入りドアを閉じ、正輝は首を傾げる。
「優くんと喧嘩でもしたのかい?」
「喧嘩? してないよ?」
「そうかい? でも、優くんも同じ顔をしていたけどね」
「そう、なの?」
まさか優斗がそんな顔を。……と、自分の顔はどんなだっただろうと思い返す。久しぶりに会えたのに、喜ぶでもなく困った顔をしてしまった。余所余所しい態度も取ってしまった。
優斗が同じ顔をしていたなら、直柾とは違い、本当に直柾の来訪に困っているのかもしれない。……と思うと、直柾は泣きたい気持ちになる。
「でも、お前が喧嘩なんて珍しいな」
「喧嘩じゃなくて、……一方的に嫉妬してはいる、かな……。優くんが、俺よりも大学の先輩と仲がいいから」
そう答えると、正輝は目を瞬かせた。そしてそっと顔を綻ばせる。
「子供みたいだな」
「……うん。子供、だね」
直柾は苦笑した。こんな子供じみた事を思うなんて。
「俺だけと仲良くして欲しいのに、それは困らせるって分かってるから……でも、優くんの顔を見ると言ってしまいそうで、どうしたらいいか分からないんだ」
自分の感情なのに制御出来なくなりそうで、会えない時間が長かった分、余計に気持ちをぶつけてしまいそうで……。
子供の頃から厳しい世界で生きてきて、普通の友人付き合いなど出来なかった。
友人も、弟も、兄弟も、どういうものかいまいち分からない。その距離感も。
家族も同じ。もう、直柾にとっては役柄で演じた物が“家族の記憶”になっている。だから、一緒に食事をとる事を敬遠してきた。台本のない中で、何を話してどんな顔をしていれば良いのか分からなくなってしまったから。
「普通は、どうするんだろう」
普通の、兄弟は。
困らせたくない。でも、言わなければ伝わらない。
優斗の中で“どうでも良い存在”になりたくなくて、好きな想いを言葉で、行動で、伝えて。大好きだと示す事しか出来ない。
「直柾。……すまなかった。あの時は、それが直柾にとって良い選択肢だと思えたんだ」
母親が亡くなり酷く塞ぎ込んでいた頃、夢中になれるものがあればと思った。厳しい世界だと知りながら、直柾には天職になると思えた。
まだ母を失った傷も癒えていないうちから大人になる事を強いてしまったのだと、後になって気付いてしまった。
その所為で結果的に死を望む程に自分を追い詰めてしまった事も。
初めて聞く正輝の心中に、直柾は驚きに目を見張った。
だが、すぐにふわりとした笑顔を見せる。
「いい選択肢だったよ」
「直柾……」
「この世界は、俺の人生を懸けられるものだから。それに、そのおかげで優くんにも出逢えたんだ。……ありがとう、父さん」
その言葉に、正輝は涙を浮かべた。昔から情に脆い人だったが、最近ますます涙脆くもなった気がする。
今日は、正輝に少し早めの誕生日のプレゼントを持って来たのだ。
忙しい中でも、それこそ留学中にも、プレゼントだけ送る事はせずに直接会って渡していた。毎年正輝は涙を浮かべる程に喜ぶのだから、やめてしまうと号泣してしまうかもしれない。
やはり今年も持って来て良かったなと思う。大喜びする正輝に、直柾はクスリと笑った。昔からずっと、親子仲は良かったのだ。
「直くん。優くんは優しくて賢い子だから、少しくらい我儘を言っても嫌われたりはしないよ」
「……でも、困らせるから」
「だからって、避けられる方が傷付くんじゃないかい?」
「…………うん」
「それに、そのくらいの我儘はいつも言ってるじゃないか」
「え、嘘」
真顔になる直柾に、正輝は微笑ましそうに笑う。
たまに早く帰った時に、直柾が優斗に“優くんをポケットに入れて帰りたい”だとか、“俺のこといっぱい考えてね”と言っている光景を見かける。要求は相手に無理矢理押し付けなければ可愛い我儘だ。
優斗も苦笑はしていたが、本気で困ってはいなかった。
「もう少し時間があるなら、優くんと仲直りして行くんだよ?」
「喧嘩じゃないけどね。でも、分かったよ」
直柾は少し恥ずかしそうに笑った。
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