触手生物に溺愛されていたら、氷の騎士様(天然)の心を掴んでしまいました?

雪 いつき

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聖女じゃなくて聖者様?

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 翌日。白のスラックスとシャツ、グレーのベストという、異世界にしては普通の服で屋敷を出た。
 シグルズじゃなく執事さんの同行で向かった先は、外壁に白い柱が並ぶ、真っ白な建物だった。室内には西洋の教会のようなステンドグラスがあり、ついキョロキョロしてしまう。

 並ぶ礼拝用の長椅子の間を進み、祭壇前に着くと、赤いローブを纏う神官達に囲まれた。そして透明な桶に入った謎の黒い液体に手を浸すよう指示される。


「見るからに怪しいんですけど……」

 という呟きは無視されてしまった。おそるおそる触れてみると、ただの冷たい水だった。
 手が溶けることもなく、真っ黒な液体はみるみる透明に変化する。これ、どういう仕組みだ?

「まさか、このような……」

 神官達がざわつき、別の桶が目の前に置かれる。そこに手を浸すと、先程よりも早く透明に変化した。

「色がない……?」
「だが、しかし……」
「ん? 水だよな?」

 冷たいと感じたけど、水から上げた手には水滴一つ付いていない。それを見て、神官達は目を見開いた。


「聖者様っ……」
「聖者様だ!」

 わあっ、と歓声が上がる。

「聖者?」

 聖女じゃなくて? いや、まあ、俺は男だけど。
 ここは確実に異世界だし、魔王でも倒しに行くのかな?

 ……ここ、異世界……なんだよな。

 両親はとっくの昔に他界してるし、転々としていた親戚のところでは邪魔者扱いだったから、失踪したところで何とも思われないだろう。
 友人や職場のみんなはいい人ばかりだった。俺がいなくなったらきっと悲しんでくれる。じんと目の奥が痛んで、きつく目を閉じた。


「……泣いてる場合じゃなかった」

 この展開。きっと帰れないだろうことは後で考えるとして、このままでは聖者とやらにされ、魔王討伐か何か大変な任務を任されてしまう。

「俺はただの一般市民です」
「何を仰います! 穢れた聖水の色が変わり、穢れを寄せ付けぬその御手……聖者様に間違いございませんっ」

 いや、聖水が穢れたら駄目だろ。
 怪しい宗教かと疑ってしまう。もしかしたら、ただの人間を聖者として祭り上げて生贄にするような、そんな宗教では。

「何かの間違いです。では、俺はこれで」
「お待ちくださいっ!」
「うわ!」

 逃げようとしたらガシッと両側から腕を掴まれ、前開きの白いローブを着せられる。蔦のような金色の刺繍が、裾と袖と、両肩から下がる真っ白な細い布にも施されていた。布の先には、ライトブルーの大きな雫型の宝石が下がっている。

「はっ? 何これっ?」

 戸惑っている間に教会から連れ出される。神官のローブより布地をたっぷりと使用したそれは、風をはらんで翼のように広がった。
 俺を聖者様と呼ぶわりに、わりと強引に馬車に押し込まれる。両側と前を屈強な神官に囲まれ、逃げられる気がしない。やたら体格の良い神官がいると思ったら、こういう時のためかと納得してしまった。



◇◇◇



 到着した場所は、どう見ても……城だった。
 案内された広間にいた人物は、どう見ても王様。
 白くて長い髭を触りながら金色の椅子にふんぞり返り、高そうな服と毛皮を着て、大きな宝石の指輪やネックレスをしている。
 王様って本当に王冠かぶるんだな……。教科書で見た王冠より宝石ゴテゴテで重そうだ。


「国王陛下。このお方は、聖者様で間違いございません」
「その者がっ。その石の色は、水の聖者かっ?」

 布から下がる宝石に目を遣り、高揚した声を出した。でも神官は頭を下げて震える。

「恐れながら……穢れた聖水は青ではなく、無色透明へと変化いたしました」
「透明だと?」
「前例のないことですので、私どもにも理由が……」

 だから透明に変わった時ざわついてたのか。それならやっぱ聖者じゃないってこと?

「ですが御手に水滴さえも残しませんでした。穢れを払っておられるのですから、聖者様であることに間違いはございません」
「では、神聖力はあるのか?」
「それは……」
「色だけでなく神聖力もないと申すか!」
「力が目覚めていない可能性もございますっ。この世界の気に馴染めば、いずれっ……」
「今までの聖者は皆、初めから力を持っていたのだろう?」
「そ、それは……」

 何やら雲行きが怪しい。空気になった気持ちでそっと様子を窺っていると、神官はゴクリと息を呑み、しっかりと顔を上げた。


「時が来れば力が目覚めるやもしれません。聖水の色を変化させ、穢れを寄せ付けぬお力は本物でございます」
「ふむ……」

 王様は、俺と神官を交互に見る。いまいち理解が追い付いてないけど、神官が必死で俺を庇ってくれてるのは分かる。馬車に詰め込まれた時は少し乱暴だったけど、正しく慈悲深い神官なんだろうな……。

 対照的に王様は、暴君っぽさを感じる。機嫌を損ねたらアリスのように、首をお切り! とでも言われてしまいそうだ。俺は引き続きおとなしくすることに決めた。

「時が来ればとは、神聖力が必要になる時か?」
「っ、恐らくは……」
「ならば聖者には、東の森に住むドラゴンの討伐を命じよう」
「国王陛下! それはあまりにっ」
「貴様如きが我に口答えするか!」

 怒鳴り声が響き、神官は額が床に付くほどにひれ伏した。さすがにもう傍観してはいられなくて、顔を上げた。


「討伐の命、慎んでお受けいたします」

 パワハラモラハラ上司が調子乗ってんじゃねぇぞ?

 にっこりと笑って真っ直ぐに見据えると、思った通りに相手は怯んだ。大声を出して弱者を虐げる奴ほど、強く出られると弱い。新入社員を怒鳴り続ける上司に思わず言い返してしまった時と同じだった。
 この神官さん、身を挺して部下を庇うタイプの上司なんだな……。感動して目頭が熱くなる。こういう上司が元の世界の時にも欲しかった。

「私はこの世界の者ではなく土地勘がございませんので、案内の者をつけてはいただけないでしょうか?」
「お、おお……そうであったな」
「討伐に際しては、神聖力が必要とお見受けしました。神聖力とはどのようなものか、こちらの神官様にご教授いただければと」

 笑顔で言葉だけは丁寧なまま、ズケズケと要望ばかりを伝える。こういうタイプは押せば大抵のことは受け入れる。叩き上げの営業職をなめるなよ、と内心で拳を握った。

 最終的に俺は、王宮の離れに部屋まで貰った。そこでこの世界のことを教わり、数日後に討伐に出る。討伐メンバーとして与えられたのは、騎士がたった二人。殺す気か、とは言わなかった。今はこれで良しとしよう。

 ……魔王討伐じゃないけど、結局討伐ルートか。

 無理そうだったら死んだふりして途中で退散しよう。元は現役社会人だ。この世界でもどうにか就職して生きていけるだろう。



「ライム・ヴァルト。こちらへ」

 王様が呼ぶと、俺の背後から騎士の一人が前へと進み出た。
 中世の騎士のようにサーコートとマントを身に着け、腰に剣を帯びた、長い銀髪の青年。つい今朝方まで一緒にいた、シグルズだ。
 でも、纏う雰囲気があまりにも違う。表情もなく、感情も読めない。それなのに、背筋が凍るほどに冷たく強い瞳。まるで氷の刃を突きつけられているようだ。

「この者は我が国一番の騎士だ。幾度もこの国を守ってくれた。この者がいれば討伐も容易いであろう」

 その言葉に周囲がざわつく。この国一番の騎士が王のそばを離れるというのに、反対する者は誰一人いなかった。


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