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遊園地2
しおりを挟む次は和物のお化け屋敷だ。
ドロドロとおどろおどろしい音の中を歩いていく。花楓は無言でそっと隼音の手を握った。卒塔婆の側や井戸の脇を抜けると、お札の貼られた扉が現れる。
「……開けたら駄目な気がする」
「雰囲気ありますねー。開けますね?」
「開けちゃうの?」
「開けちゃいます」
花楓を庇うように前に立ち扉を開けると、病室に繋がった。カーテンの掛かる室内を歩いていると、花楓がピタリと脚を止めた。
「……絶対あの角曲がったら何かいるよ」
「でしょうね」
「……行かなきゃ駄目?」
「後ろの人たちが来ちゃいますからね」
それもそうだ、と思うが脚が動かない。隼音は手を繋いでくれて頼もしいのにちょっといじわるで、つい、ペシッと背を叩いてしまった。
「うー……テレビで見る分には平気なのに……」
派手なゾンビより静かな日本のホラーの方が怖い。繋いだ手にギュッと力を込め、隼音に体を寄せた。
(怖がる花楓さん、世界一可愛い。食べちゃいたい……)
腕に触れる暖かさに、いけない想いが沸き起こった。
隼音はドラマの撮影で廃校舎や廃病院を訪れている為、この手の場所には慣れている。
手は既に繋いでいる。その手を一旦するりと離し、そっと花楓の肩を抱いた。
「このまま早足で行きましょう?」
「う、うん……」
守られるように抱き寄せられ、花楓はドキリとする。お化け役の人に見られたら、と思いはするが、今この腕を解く勇気はなかった。
隼音としては、病室セットには人的な仕掛けがない事は調べ済みだ。防犯カメラがあるにしてもそこまで鮮明には映らないだろう。
「わっ、隼音君隼音君っ……」
飛び出す仕掛けに、花楓が隼音に抱きつく。もはや隼音はお化けに感謝しかない。
ここではしっかり格好良い姿を見せながら、花楓を出口までエスコートしたのだった。
扉を開け、眩しい太陽に目を細めた。
「外だあっ……!」
「このホッとする感じ、いいですよねー」
「うん。お化け屋敷の醍醐味というか、達成感があるよね」
ふふ、と笑う。先程まで怖がっていた花楓の笑顔に、やっぱり笑っている顔が一番好きだなと思う。
すると花楓は、隼音の顔を覗き込むようにしてそっと目を細めた。
「頼もしくて、惚れ直しちゃった」
「っ……花楓さん、それは反則です……」
「可愛い隼音君も、格好良い隼音君も、大好きだよ」
やはり恋人になった花楓は強い。繋いだ隼音の手にそっと指を絡め、人が来る前に、するりと離す。
女の子だったら、このままでいられるのに……。
花楓は、離れた手に視線を落とす。会うのは室内でばかりで、たくさんの好きを貰っていたから自覚する事がなかった。
だが現実は、彼がアイドルでなくても外で手も繋げない。普通の恋人同士のような事が何も出来ない。それで、彼は幸せだと思ってくれるのだろうか。
この先、好きで居続けてくれるだろうか。
「次、どこ行こうか?」
パッと顔を上げた花楓は、笑顔を見せて地図を広げた。
今日は隼音の誕生日祝いを兼ねたデートだ。暗い顔をしてはいけない。そんな花楓の心中に気付かないふりで、隼音も地図を覗き込んだ。
約束通り花楓からキャラメルチュロスを買って貰い、二人で食べながら歩いた。キャラメルの甘くて少し香ばしい味と、粗めの砂糖が絶妙で美味しい。
そこでふいに、女の子二人が駆け寄って来た。
「あのっ、SYUNNさんですよね?」
「あー、良く言われるんですけど、違います」
普段の甘い低音と違い、高めの声が隼音の口から出る。
女の子たちも“あれ?”という顔をしたが、花楓も内心で驚いていた。声まで変えられるなんて、本当に、多才。
女の子たちはSYUNNではないと納得したようだが。
「あの、私たちと一緒に回りませんか?」
「ごめんね。今日は兄弟水入らずなので。ね、兄さん」
なるほど。そういう設定。花楓は頷くだけで良かったのだが。
「兄さんなんて普段言わないくせに、格好つけちゃって」
クスリと笑うと、女の子たちが“お兄さんもカッコいい”と視線を奪われる。世間のSYUNNの“格好良い”イメージから離れた扱いをして、花楓は女の子たちに笑い掛けた。
「ごめんね。俺たち、嫉妬深い恋人がいるから」
楽しんでね、と声を掛け、隼音の背を押しその場を後にした。
園内のベンチに座り、ホッと一息つく。
「嫉妬深い恋人、ですか」
「……はい、俺です」
「なるほどなるほど。俺もです」
隼音はクスリと笑った。花楓に嫉妬されるのはとても嬉しい。
「花楓さん、演技上手いですね」
「咄嗟に恥ずかしいことをしてしまった……」
「そのおかげで完璧に誤魔化せました。ありがとうございます」
お礼を言う隼音の頭を、花楓はいい子いい子と撫でた。
「でも俺は嫉妬深い恋人なので、あの子たちに見せた笑顔の百倍、花楓さんの笑顔を回収させて貰いますね」
そんな事を言う隼音に、花楓は楽しそうに笑った。
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