ある日、人気俳優の弟になりました。2

雪 いつき

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お風呂

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 翌日。直柾なおまさはトートバッグを片手に訪れた。

 バスルームに並べられたのは、シャンプーとコンディショナーと、ボディソープ。脱衣場にはボディミルクが置かれた。

「これ、わざわざ持って来たんですか?」
「うん。開けたばかりだけど、使いかけでごめんね。優くんに使って貰いたくて」

 そう言って笑う。
 どれもスーパーなどでは見た事がないブランドだ。多分、とてもお高いやつ。優斗ゆうとは触るのも躊躇ってしまった。

「じゃあ、入ろうか」
「はい。……脱がせる許可は出してませんけどね」

 さも当然のように優斗のパーカーに手を掛ける直柾を、視線で牽制する。

「そんな、なんで? みたいな顔しても駄目です。先に入るので、後から来てください」

 グイグイと脱衣場から追い出し、ドアを閉めた。さすがに脱がされるのはちょっと違うと思う。
 いや、お風呂自体が早まったかもしれない。と思っても今更どうにも出来ず、さっさと服を脱ぎバスルームへと入った。


 直柾に声を掛ければ、すぐにドアが開き、服を脱ぐ音が聞こえる。そして。

 ――え、早……。

 確か今日はボタンのあるシャツを着ていた筈だが、早い。器用か。

 まだかけ湯をした段階で直柾を迎えてしまった。

 直柾は、優斗が腰に巻いたタオルにチラリと視線を向けるが、特に何も言わなかった。これまで奪っては優斗が逃げ出してしまうと思ったのだろう。
 直柾もタオルを巻いてはいるが、彼は取る事にも躊躇いがなさそうだ。そんな気がする。

 しかし……。

 ――意外と、筋肉ある……。

 服を着ていると細身に見えるが、こうして見ると腹筋も胸筋もしっかりとついている。腹斜筋も鍛えられ、腰が綺麗な形に括れていた。これをセクシーな筋肉と言うのだろうか。
 ムキムキではなく、芸術的な体型。まるで彫刻のようだ。

 腕も男らしく、筋肉の筋が綺麗で……。完璧な王子様は、体型まで完璧なのか。あまりの事に目眩がしそうだった。

 ……普段から抱き締められて、薄々気付いてはいた。だが、ここまでとは思わないだろう。

「優くん?」
「えっ? あっ……兄さん、着痩せするタイプです?」
「そうだね。衣装合わせの時に良く驚かれるよ」
「そうですよね」

 あはは、と笑ってみせる。脱いだらこの体。誰でも驚くだろう。
 自分が女だったなら抱かれたいと思うかもしれない。きっと、次の抱かれたい芸能人一位を獲るのは直柾だ。

「もしかして、見惚れてくれてた?」
「っ…………少なからず」
「少なからず?」
「……大変、完璧な体型ですね……」

 しどろもどろになる優斗に、直柾は思わずクスクスと笑った。

「そんなに笑わないでくださいよっ。驚いただけですからっ」
「うん、そうだね。優くんに褒めて貰えて嬉しいよ」

 まだ笑いながら、優斗を椅子に座らせる。そのままシャワーを手に取り、優斗の背後に座った。

「髪から洗うね」
「えっ……、いえ、自分で」
「熱かったら言ってね?」

 この人、全く話を聞いていない。
 相変わらず、と思っている間に、適温になった湯で優斗の髪を濡らしていく。

 ――……まあ、今回限りのはずだから……。

 そう何度も入る事はないだろう。それに直柾は、本当に兄弟として優斗の世話をしたくて誘ったのかもしれない。

 ふと体の力を抜いた優斗の髪を、直柾は丁寧に洗っていく。

「いい香りですね」
「気に入ってくれて良かったよ」

 穏やかな声音と、優しい手つき。
 甘い花と、バニラの香り。
 優斗は普段、少しでも男らしくとシトラス系を使っていたが、本当は甘い香りの方が好きだった。この香りは、まさに優斗好みだ。

 ――気持ちいい……。

 誰かに髪を洗われる事がこんなに気持ちが良いなんて。目を閉じると、心地よさに眠ってしまいそうになる。
 コンディショナーまで終わると、これで終わってしまうのか、と残念な気持ちにすらなった。


 だが、髪が終わると今度はスポンジを手に取る。ボディソープも甘い香りで、肌に触れる滑らかな泡が心地よかった。

 背中から、首、両腕、そのまま胸元へとスポンジが滑る。

「あの……」
「優くんのお肌、すべすべで気持ちがいいね」
「そうですか?」
「うん。ずっと触れていたくなるよ」
「えっと……ありがとうございます」

 その後もスルスルと肌を洗うだけで、特におかしな事はされなかった。……が。

「本当に、すべすべ。食べちゃいたいな」
「っ!?」
「食べないけどね?」

 大丈夫だよ、と笑う直柾に、鏡越しに不機嫌な顔をしてみせた。

 直柾は、嘘か本当か分からない事を言う。
 今のも本気なのか、実はそんな気がなくなり誤魔化す為なのか。優斗は本来の目的を思い出した。

「あの、俺、この通りしっかり男の体なんですけど……本当に、そんな気持ちになりますか……?」

 鏡越しに直柾に視線を向ける。
 すると直柾はピタリと動きを止め、優斗から手を離した。そして、はーー……と深く息を吐き、そのまま俯いてしまった。

「あの、直柾さん……」
「あまり煽らないで」
「え?」
「優くんが許してくれるなら、今すぐこの場で抱きたいよ」
「っ……」
「抱きたい。優」
「だ、だめです……」
「どうして?」
「どうして、って……まだ、俺……」

 小さく震える優斗のこめかみに唇を押し付ける。頬にも触れるだけのキスをして、ごめんね、と困ったように笑い、優斗の体の泡を流し始めた。

 先に浸かってて、と湯船へと促され、おとなしく従う。さすがに今の状況で背中流しましょうか、など言い出せなかった。


 湯船に浸かり、視線を落とす。お湯は乳白色で甘すぎないバニラの香りがした。
 直柾が気を利かせて入れてくれたのだろう。初めて肌を見せる状況で、この濁り湯はありがたかった。

 チラリと横目で直柾を見れば、体を洗う姿すら様になっている。何より、この体格が……。
 ……つい見惚れてしまい、慌てて視線を反らした。

 直柾の完璧な体とは違い、優斗はそこまで筋肉もなく色気もない。それでも直柾は抱きたいと言った。

 ――……この人に抱かれる、……なんて想像したら、逆上せそう。

 出来る出来ないは、別として。

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