ある日、人気俳優の弟になりました。2

雪 いつき

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一泊二日4

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 逆上せる前に優斗ゆうとを温泉から上げ、まだほわほわしながら浴衣の裾を上げて帯を締める姿を、隆晴りゅうせいはジッと見つめた。

「どうしました?」
「いや、可愛いな」
「??」
「ふ、間抜けな顔」
「そんな笑われても、脈絡がなさすぎてですね」
「脈絡あるだろ。浴衣姿も、丈が長いのも可愛い」
「…………その顔にちょっとドキッとしつつも、丈を上げなくてもいける先輩に悔しい気持ちにもなりつつ……」

 複雑です、と優斗は口をへの字に曲げる。やはり男なので小さくて可愛いより逞しくて格好良くなりたい。

「まあ、お前はまだ伸びるだろうけど、そしたらワンサイズでかいやつ用意して貰うわ」
「俺の話聞いてました?」
「聞いてた聞いてた」
「聞いてませんよね。先にドライヤー使います」

 会話を強制終了して、隆晴の返答を待たずに脱衣場のドライヤーをオンにした。
 

 きちんと乾かしてから隆晴にドライヤーを渡し、さっさと部屋に戻り座椅子に座る。
 スマホを開くと直柾なおまさから今日初めてのメールが来ていた。
 旅行を楽しんで欲しいからメールはなるべく控えるね、と気を遣ってくれた直柾は大人だなと思う。

 “無事?”と書かれたメールに目を瞬かせ、心配性だなとクスリと笑う。少し悩んでから、“元気です”と文字を打って、滅多に撮らない自撮り写真を送った。

『浴衣だ! 優くん可愛い!』

 すぐに返信が返り、こちらもあまり使わない絵文字でハートマークが大量に飛んできた。
 初めて旅館で浴衣を着て嬉しくなって直柾にも報告してしまったが、ここまで喜んで貰えると気恥ずかしくも嬉しくなる。
 綺麗に撮れた海の写真も送って、幾つかやり取りをした。

「優斗。にやけすぎ」
「わっ」

 突然背後から抱き締められ、スマホ画面をオフにされる。代わりに隆晴のスマホが優斗の前に出てきて、パシャリと音がした。

「え、ちょっ……」
「お裾分けです、っと」

 文字を打ち、写真と共に直柾へと送信した。

「ええっ……なんでそんな微妙な写真を……」

 脚を投げ出して座る優斗の、腰から下を撮って直柾に送ったのだ。
 直柾からの返信を、隆晴は優斗に見えないように開く。

『優くんにセクハラしないでくれるかな? 今すぐ消して? そこどいて? お裾分けじゃなくて優くんは俺のだからね?』
『いつアンタのものになったんですか』
『昔からだよ』
『へえ?』

 間。

『優くんに何かしたら、ウォッカにその顔面沈める』

「やべ」
「え?」
「あー……拗ねた、ってか?」
「拗ねた。え、直柾さん可愛い……じゃなくて、喧嘩しないでくださいよ」

 もう、と溜め息をつく。
 悪い、と隆晴は苦笑して、直柾に素直に“すみません”と送った。普段隆晴以外には穏やからしい直柾は怒ると怖いというか、確実に遂行するであろう事を言ってくる。
 先に優斗の肌を見たとはいえ、会えない時にさすがにこれは陰湿だったかもしれない。

 優斗もメールを開き、お土産買って帰りますね、と送った。

「……直柾さん、大人ですね」
「は?」
「お土産は気にしないで楽しんで来てね、って。もっと不機嫌になるかと心配してたんですが」

 不機嫌どころかめちゃくちゃ怒ってたぞ。とは言えない。
 頬を緩めてスマホを閉じる優斗に、へぇ、と返して、隣の座椅子に座り優斗を持ち上げるようにして前に座らせた。
 背後から抱き締めると、小さな子供じゃないんですけど……と優斗は頬を膨らませた。

「暖かいな。やっぱ、こう、犬みたいな?」
「ここ、ペット禁止じゃないんですか」

 ペシペシと隆晴の手を叩く。

「いや、俺に対して色々雑じゃねぇ?」
「そうですか?」
「自覚くらいあんだろ」
「ないですね」

 と言いながらクスリと笑って、隆晴に全体重を預ける。ペットと言うならこのくらい許されるだろう。
 少しくらい重そうにしてくれれば、と思い隆晴を見上げるが、そこには嬉しそうな顔があった。

「重くないです?」
「いや? ちょうどいい重さだな」
「少しくらい重そうにしてくださいよ」

 拗ねた顔をして背を反らせる優斗はもう、あまりにも可愛いしかない。
 ここまで完全に気を許して大丈夫か、という心配と、自分だからここまで甘えてくれるのだという優越感。出来ればこのまま優越感の方に浸っていたい。

「そろそろ晩飯だな」
「楽しみです」
「お前って意外と食うよな」
「人並みですよ」
「人並みってか、……いや、もっと食え。軽くて心配になる」
「さすがにそこまではないかと」

 緩い会話をしながら、もたれ掛かったままの優斗にスマホ画面を見せながら明日回る観光スポットや名物を検索する。
 そのうちに時間になり、仲居から声が掛かった。


 運ばれて来た料理に優斗は目を輝かせ、隆晴はそんな優斗を優しく見つめる。
 仲居の女性は二人を見て、微笑ましく笑った。

「ご兄弟ですか?」
「いえ、大学の後輩です」

 隆晴は爽やかな笑顔で返した。

「あら、失礼しました」
「似てますか?」
「その、はい。お二人ともお顔立ちが良くて、雰囲気が似ていらしたので」

 申し訳ありません、と彼女は眉を下げて上品に笑う。

 似てますか? こんなイケメンと。とんでもない。まさかそんな。心の声が駄々漏れな顔をする優斗に、女性はますます微笑ましそうに頬を緩めた。

「ご飯はお代わり自由ですのでお気軽にお声かけくださいね。どうぞごゆっくりお過ごしください」

 幼い我が子を見るように目を細め、デザートは後程お持ちします、と言って部屋を出て行った。

「間違われたな。お前の兄貴が聞いたら拗ねそう」

 クッと笑う隆晴に、悪い顔になってますよ、と言いながらも、確かに“俺が兄なのに”と拗ねる姿が目に浮かぶ。
 そもそも血が繋がっていないので似る筈がないのだが、それでも拗ねそうな直柾を可愛いなと思う。

「髪色でしょうか。先輩と似ているとはとても……、この栗の甘露煮、ツヤがいいですね」

 美味しそう。一瞬で優斗の意識は料理に向いた。


 優斗はどれを食べても“美味しい……!”と目を輝かせる。刺身の盛り合わせやミディアムレアの牛ヒレステーキ、山菜や天麩羅、しっかりと味わいながらももりもりと食べている。
 リスみたいだな。隆晴は優斗の頬を見つめた。

 優斗は色気より食い気だが、隆晴は食い気より優斗だ。見ているだけで美味い。

「食いすぎて腹壊すなよ?」
「壊しても本望ですね」

 モグモグと白米を頬張る。白米はおかわり自由だ。

 頬に米でも付けば定番の“付いてるぞ”が出来るのだが、優斗は行儀が良くて器用なので零すような事はしない。少し残念だった。

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